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第四章 覚醒編
天から才能を授かった者
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「…オッドアイは…、不吉を招くといわれているんだ。」
暫くの間、無言だったルーファスはやがて、ポツリと呟くようにしてそう口にした。
「ただの迷信ですよ。そんなの。」
オッドアイは不吉の象徴。一部の国や地域ではそう呼ばれていると聞いたことがある。
確か、その国の一つは…、リヴァルドラ国。そして、その国の元王女がルーファス様の母親であるヨランダ王妃だ。まさか、ヨランダ様は…、
「オッドアイは異端だと…。左右の目の色が違うだなんて、気持ち悪いと…、」
「そんな事を言う人がいるんですか?勿体ないですね。こんなに綺麗なのにその素晴らしさが分からないなんて…。」
リスティーナはルーファスの頭を撫でながら、ふと昔、神話の本に載ってた神様の絵を思い出した。
「軍神マレス様とその双子の弟のユーゴ様もオッドアイだというのに…。」
軍神マレスは黒と青のオッドアイ。その双子の弟であり、音楽と芸術を司る神ユーゴは青と緑のオッドアイだと言い伝えられている。絵画でも二人の容姿はそのように描かれているのは有名な話だ。
オッドアイを否定するのは軍神マレスと音楽と芸術の神ユーゴの存在を否定していることと同じ事なのにどうして、それに気付かないのだろう。
「ルーファス様。少し他の人と違うというだけで批判する人の言葉なんて気にする必要はありません。
そういう人達は、物事を枠に嵌まった価値観で判断することしかできない人達なんです。」
元々、オッドアイを持つ人は、一般的な人達と比べると突出した才能を持っている傾向がある。
高度な知性と精神力を持ち、魔力や運動能力、記憶力や洞察力、独創性を兼ね備えているといわれている。その特性から、オッドアイの人達は天から才能を授かった者と呼ばれている。
主に魔術、算術、医療、政治、古代文字、法律、芸術、音楽等の専門分野で活躍する例が多く、歴史上でも彼らは偉大な功績を残し、歴史にその名を刻んでいる。
生まれついてから才能に恵まれ、幼少の頃からその才能の一端を見せている。
ただ、その特別な才能故に周囲から理解されず、差別されることが多い。
他人と違うというだけで異質な存在として扱われ、その才能を十分に発揮することもできないまま、孤独な幼少期を過ごす者が多いと聞く。
昔、母が童話の本を読んでくれた話の中にオッドアイの女の子が主人公のお話もあった。
実話を基にして作られた話で主人公の女の子もオッドアイという理由だけで家族に虐げられていた。
その童話から、オッドアイの人を差別する風習は昔からあったのだと知った。
でも、同時にこうも思った。童話に出てくる女の子の家族は…、女の子を妬み、羨んでいただけなのではないかと…。
もしかしたら…、ルーファス様も…。
「きっと、ルーファス様が羨ましかったんでしょうね。今までルーファス様を悪く言っていた人達は多分、ルーファス様に嫉妬していたんですよ。」
「嫉妬…?俺に…?」
「こんなに綺麗な瞳をしているんですもの。それだけ、ルーファス様は魅力的だということです。」
「ッ、リスティーナ…。」
ルーファスはキュッと唇を噛み、リスティーナの肩に顔を押しつけた。
そして、震える声で懇願した。
「リスティーナ…。もう少しだけ…、このままでいても構わないか?」
「勿論です。」
ルーファスの背中に手を回し、リスティーナはギュッと抱き締め返した。
ルーファス様は…、オッドアイであるというだけで今までどれだけ傷つけられてきたのだろう。
私はルーファス様の幼少期を知らない。だけど…、彼は自分の目を気持ち悪くないのか、と聞いてきた。
その言葉だけで彼の心の傷の一片を垣間見た気がする。
ルーファス様の心の傷が少しでも軽くなればいい。
ルーファスの頭を優しく撫でながら、リスティーナはそう願った。
やがて、ルーファスはそっと身体を離した。
顔を上げたルーファスはもう泣いてはいなかった。
さっきまでは怯えたような様子だったが今はそんな雰囲気は感じられない。
どこか吹っ切れたような…、そんな顔をしている。
「リスティーナ。」
ルーファスはリスティーナの頬に触れ、優しく微笑んだ。
その笑みにリスティーナはドキッとした。本来の姿に戻ったルーファスの笑顔は…、すごく眩しい。
それに…、目がとても甘い。そんな目で見つめられたら…、溶けてしまいそう…。
そんな錯覚すら抱いてしまう。でも、その目から逸らすことができない。
ルーファスはそのままリスティーナに唇を重ねる。
リスティーナはルーファスの口づけをそっと目を瞑って受け入れる。
「ルー、ファス、様…。」
どうしたんだろう。私の身体…、何だか熱い。
それに、頭がくらくらしてきた。これもキスのせい?
リスティーナはフッと目の前がぼやけた。あれ?どうしたんだろう。急に瞼が重く…、そのままリスティーナは身体の力が抜けて、グラリ、と後ろに倒れそうになった。
「リスティーナ!?」
ルーファスの声が聞こえるがリスティーナはそのまま目の前が真っ暗になり、意識を失った。
倒れそうになる身体を力強い腕が支えてくれた気がした。
「リスティーナ!?」
倒れそうになるリスティーナの身体をルーファスは慌てて抱き留めた。
リスティーナの名を呼んでもぐったりとしたまま目を開けない。
ハアハア、と苦しそうな息遣いと火照った頬…。まさかと思って、額に手を当てる。熱い…!すごい熱だ。
それに…、ルーファスはリスティーナの顔をジッと見下ろした。
顔が真っ青だ。よく見れば、目の下にはくっきりと隈があり、肌も荒れている。
華奢な身体は以前よりも痩せている。ただでさえ細いのにこんなに痩せて…。
何故か、なんて理由を聞かなくても分かる。
リスティーナはずっと俺の傍で献身的に看病してくれていた。
朦朧とした意識の中でもリスティーナの手の温もりははっきりと覚えている。
きっと、睡眠時間を削り、碌に寝ていなかった筈だ。
この痩せた姿を見ると、食事もほとんど摂っていなかったのだろう。
こんなにボロボロになってまで…。
ルーファスはグッとこみ上げる感情を抑えるように唇を噛み締め、ギュッとリスティーナを抱き締める。
「リスティーナ…。」
リスティーナを抱き締めると、あの甘い花の香りがした。それと同時に血の香りも…。
血?ルーファスは匂いを辿り、リスティーナの服の袖を捲る。
見れば、リスティーナの腕には包帯が巻かれていた。足元からも血の匂いがする。
一瞬、躊躇したがスカートの裾を捲って確認する。すると、膝も怪我をしているのかガーゼが当てられ、テープで固定されていた。爪の色を見れば、血色が悪く、紫色をしている。
怪我をして、血を流したせいで貧血を起こしているのだ。
ルーファスはリスティーナを寝台に寝かせ、医者を呼ぶために部屋から出ようと扉に手をかけた。
「リスティーナ様…。」
スザンヌはルーファスの部屋の前に立ったまま、中に入ろうかどうか迷っていた。
やっぱり、リスティーナ様が心配だ。そう思い直し、スザンヌはドアをノックした。
「リスティーナ様。入ってもよろしいでしょうか?」
返事はない。
まさか、リスティーナ様…!スザンヌは最悪の事態を想像し、ドアノブに手を伸ばした。
その時、ガチャッとドアノブが回される。
「リスティーナ様!良かった。返事がないからてっきり…、」
スザンヌはてっきり、中からリスティーナが現れるかと思ったが、現れたのはリスティーナではなかった。
だ、誰…?スザンヌは思わず、ぽかんと口を開けた。
目の前に現れたのは一人の男だった。しかも、超絶美形の。
艶やかな黒髪に青と紅の対照的な色を持つオッドアイ…。
沁み一つない綺麗な白い肌…。整った目鼻立ち。一つ一つのパーツが完璧でまるで芸術品のよう…。
あまりの美しさに言葉を失う。その超絶美形の男がスザンヌに視線を向ける。
「スザンヌ。丁度、良かった。リスティーナが倒れたんだ。すぐに医者を…、」
「……。」
「おい。聞いているのか?」
ルーファスの声にスザンヌはハッとした。
「り、リスティーナ様が!?い、いえ!それより!あなた、誰なんですか!?」
「…?何を言っている?」
男の声にどこか聞き覚えがあるような気がするが頭に血が上ったスザンヌはその事に気が付かなかった。
あまりにも美形だったから一瞬、見惚れてしまったがよく考えれば、この男は屋敷の侵入者だ。
まさか、泥棒!?
「リスティーナ様に何をしたの!この、不法侵入者!」
「ちょっと待て。スザンヌ。まさか、俺が誰か分からないのか?」
「あんたみたいな侵入者を知る訳ないでしょ!それより、気安く私の名前を呼ばないで!大体、何でわたしの名前を知って…、」
スザンヌはその時、違和感を抱いた。
あれ?そういえば、この男の服…、殿下が着ていた死装束と同じ服だ。
というか…、何でわたしとリスティーナ様の名前を知っているんだろう。
「知ってるも何も俺はお前の主の夫だぞ。」
「ば、馬鹿な事言わないで下さい!殿下は昨日、亡くなったんです!そんな嘘を吐いてわたしを騙そうたって…、」
「じゃあ、これで信じられるか?」
ルーファスは懐からスッと何かを取り出した。それは、太陽の刺繍がされた青いハンカチだった。
それは、リスティーナ様がルーファス様にあげた大切な…!
スザンヌは目を見開いた。
「ま、まさか…?ほ、本当にあなたが…、ルーファス殿下?」
スザンヌはパクパクと口を開けては閉じてを繰り返し、まじまじとルーファスを見つめた。
信じられない…!目の前のこの超絶美形があのルーファス殿下だなんて…!
でも、確かにあのハンカチはリスティーナ様がルーファス殿下にあげたもの。
ルカの話では、ルーファスはあのハンカチをとても大切にしていて、肌身離さず持っていたと聞いていたし…。
スザンヌはようやく目の前にいる男がルーファスと同一人物だと理解し、愕然とした。
「分かったら、早く医者を呼んで来い。リスティーナが倒れたんだ。」
「…は、はい!」
スザンヌは慌てて、その場を駆け出し、医者を呼びに行った。
「殿下…?」
スザンヌが駆け出した先とは反対の方向から、呆然とした声がかけられる。
ルーファスが視線を向けると、目を見開いたロジャーが立っていた。
ロジャーは眼鏡を外して、ゴシゴシと目を擦り、信じられない表情でルーファスを見つめた。
「こ、これは夢でしょうか…。」
ルーファスはロジャーに歩み寄ると、ロジャーの手を握る。
「爺。夢じゃない。目の前にいる俺は間違いなく本物だ。」
ルーファスの言葉にロジャーは驚愕した表情を浮かべ、そのままボロボロと涙を零した。
「し、信じられません…!こんな事が起こるなんて…!それに、痣も消えて…、まさか…、」
「ああ。呪いは消えた。もう、俺は大丈夫だ。…爺。ありがとう。爺には本当に助けられた。今まで俺を支えてくれていた事…、感謝している。」
「ッ、そ、そのような…!こんな老い耄れにそのようなことを言って頂けるなんて…!」
泣き崩れるロジャーの肩にルーファスは手を置いた。
「ロジャーさん?あの、大丈夫ですか?何かあっ…、」
その時、様子を見に来たルカ達が駆けつけて、ルーファスを見て、ピタッと立ち止まった。
「だ、誰ですか…?あんた…!まさか、侵入者…!」
ルカは慌てて、杖を取り出し、構える。
またか。ルーファスは溜息を吐きたくなった。
さっきもスザンヌに不法侵入者だと間違えられた。そんなに今の俺は以前と違うのだろうか。
そう思いながら、誤解を解こうと口を開きかけるルーファスだったが…、
「殿下…?」
「え!?」
ロイドの呟きにルカは動きを止めた。
「殿下なのですか?」
「ロイド。俺が分かるのか?」
「あ、痣が…、消えて…。」
「ああ。呪いが解けたんだ。」
「ッ!」
ルーファスの言葉にロイドが息を吞んだ。そのまま肩を震わせて、俯く。
時折、嗚咽交じりの声が聞こえる。
「殿下…!信じられません…!こんな、こんな奇跡が起こるなんて…!」
「え、ええええ!?で、殿下なのですか!?ほ、本物!?」
ルーファスを見て、リリアナは涙を流して喜んだ。
ルカは驚きのあまり仰天して、杖を取り落としてしまう。まじまじとルーファスを見つめる。
「で、ですがどうして…?どうして、息を吹き返したのでしょう?何が起こったのか…、」
「説明は後でするから、今はリスティーナを見てやってくれ。リスティーナが倒れたんだ。恐らく、栄養失調と睡眠不足、貧血が原因だ。」
「リスティーナ様が!?しょ、承知しました。今、リスティーナ様はどちらに?」
「俺の部屋にいる。医者はスザンヌが呼びに行った筈だ。」
ルーファスの言葉にロジャー達は慌てて、部屋に向かった。
その時、ルーファスの足元ににゃあ、と声を上げて擦り寄る黒猫がいた。ノエルだ。
「ノエル…。」
みゃあ、と鳴くノエルをルーファスは見下ろし、身を屈めると、
「長い間、ご苦労だったな。」
そう言って、ルーファスは手を伸ばした。
ルーファスの手がノエルに触れると、ノエルの身体は黒い魔力となってルーファスの体内に取り込まれていく。
「久しぶりだ…。この、感覚は…。」
自身の魔力を取り込むことに成功したルーファスは自身の手を見つめ、そう呟いた。
胸に手を当て、ルーファスは囁いた。
「しばらく、ゆっくり休むといい。近いうちにまた表に出る事になるからその時は頼んだぞ。」
ルーファスは誰もいない場所でそう呟くと、立ち上がり、リスティーナの寝る部屋に向かった。
暫くの間、無言だったルーファスはやがて、ポツリと呟くようにしてそう口にした。
「ただの迷信ですよ。そんなの。」
オッドアイは不吉の象徴。一部の国や地域ではそう呼ばれていると聞いたことがある。
確か、その国の一つは…、リヴァルドラ国。そして、その国の元王女がルーファス様の母親であるヨランダ王妃だ。まさか、ヨランダ様は…、
「オッドアイは異端だと…。左右の目の色が違うだなんて、気持ち悪いと…、」
「そんな事を言う人がいるんですか?勿体ないですね。こんなに綺麗なのにその素晴らしさが分からないなんて…。」
リスティーナはルーファスの頭を撫でながら、ふと昔、神話の本に載ってた神様の絵を思い出した。
「軍神マレス様とその双子の弟のユーゴ様もオッドアイだというのに…。」
軍神マレスは黒と青のオッドアイ。その双子の弟であり、音楽と芸術を司る神ユーゴは青と緑のオッドアイだと言い伝えられている。絵画でも二人の容姿はそのように描かれているのは有名な話だ。
オッドアイを否定するのは軍神マレスと音楽と芸術の神ユーゴの存在を否定していることと同じ事なのにどうして、それに気付かないのだろう。
「ルーファス様。少し他の人と違うというだけで批判する人の言葉なんて気にする必要はありません。
そういう人達は、物事を枠に嵌まった価値観で判断することしかできない人達なんです。」
元々、オッドアイを持つ人は、一般的な人達と比べると突出した才能を持っている傾向がある。
高度な知性と精神力を持ち、魔力や運動能力、記憶力や洞察力、独創性を兼ね備えているといわれている。その特性から、オッドアイの人達は天から才能を授かった者と呼ばれている。
主に魔術、算術、医療、政治、古代文字、法律、芸術、音楽等の専門分野で活躍する例が多く、歴史上でも彼らは偉大な功績を残し、歴史にその名を刻んでいる。
生まれついてから才能に恵まれ、幼少の頃からその才能の一端を見せている。
ただ、その特別な才能故に周囲から理解されず、差別されることが多い。
他人と違うというだけで異質な存在として扱われ、その才能を十分に発揮することもできないまま、孤独な幼少期を過ごす者が多いと聞く。
昔、母が童話の本を読んでくれた話の中にオッドアイの女の子が主人公のお話もあった。
実話を基にして作られた話で主人公の女の子もオッドアイという理由だけで家族に虐げられていた。
その童話から、オッドアイの人を差別する風習は昔からあったのだと知った。
でも、同時にこうも思った。童話に出てくる女の子の家族は…、女の子を妬み、羨んでいただけなのではないかと…。
もしかしたら…、ルーファス様も…。
「きっと、ルーファス様が羨ましかったんでしょうね。今までルーファス様を悪く言っていた人達は多分、ルーファス様に嫉妬していたんですよ。」
「嫉妬…?俺に…?」
「こんなに綺麗な瞳をしているんですもの。それだけ、ルーファス様は魅力的だということです。」
「ッ、リスティーナ…。」
ルーファスはキュッと唇を噛み、リスティーナの肩に顔を押しつけた。
そして、震える声で懇願した。
「リスティーナ…。もう少しだけ…、このままでいても構わないか?」
「勿論です。」
ルーファスの背中に手を回し、リスティーナはギュッと抱き締め返した。
ルーファス様は…、オッドアイであるというだけで今までどれだけ傷つけられてきたのだろう。
私はルーファス様の幼少期を知らない。だけど…、彼は自分の目を気持ち悪くないのか、と聞いてきた。
その言葉だけで彼の心の傷の一片を垣間見た気がする。
ルーファス様の心の傷が少しでも軽くなればいい。
ルーファスの頭を優しく撫でながら、リスティーナはそう願った。
やがて、ルーファスはそっと身体を離した。
顔を上げたルーファスはもう泣いてはいなかった。
さっきまでは怯えたような様子だったが今はそんな雰囲気は感じられない。
どこか吹っ切れたような…、そんな顔をしている。
「リスティーナ。」
ルーファスはリスティーナの頬に触れ、優しく微笑んだ。
その笑みにリスティーナはドキッとした。本来の姿に戻ったルーファスの笑顔は…、すごく眩しい。
それに…、目がとても甘い。そんな目で見つめられたら…、溶けてしまいそう…。
そんな錯覚すら抱いてしまう。でも、その目から逸らすことができない。
ルーファスはそのままリスティーナに唇を重ねる。
リスティーナはルーファスの口づけをそっと目を瞑って受け入れる。
「ルー、ファス、様…。」
どうしたんだろう。私の身体…、何だか熱い。
それに、頭がくらくらしてきた。これもキスのせい?
リスティーナはフッと目の前がぼやけた。あれ?どうしたんだろう。急に瞼が重く…、そのままリスティーナは身体の力が抜けて、グラリ、と後ろに倒れそうになった。
「リスティーナ!?」
ルーファスの声が聞こえるがリスティーナはそのまま目の前が真っ暗になり、意識を失った。
倒れそうになる身体を力強い腕が支えてくれた気がした。
「リスティーナ!?」
倒れそうになるリスティーナの身体をルーファスは慌てて抱き留めた。
リスティーナの名を呼んでもぐったりとしたまま目を開けない。
ハアハア、と苦しそうな息遣いと火照った頬…。まさかと思って、額に手を当てる。熱い…!すごい熱だ。
それに…、ルーファスはリスティーナの顔をジッと見下ろした。
顔が真っ青だ。よく見れば、目の下にはくっきりと隈があり、肌も荒れている。
華奢な身体は以前よりも痩せている。ただでさえ細いのにこんなに痩せて…。
何故か、なんて理由を聞かなくても分かる。
リスティーナはずっと俺の傍で献身的に看病してくれていた。
朦朧とした意識の中でもリスティーナの手の温もりははっきりと覚えている。
きっと、睡眠時間を削り、碌に寝ていなかった筈だ。
この痩せた姿を見ると、食事もほとんど摂っていなかったのだろう。
こんなにボロボロになってまで…。
ルーファスはグッとこみ上げる感情を抑えるように唇を噛み締め、ギュッとリスティーナを抱き締める。
「リスティーナ…。」
リスティーナを抱き締めると、あの甘い花の香りがした。それと同時に血の香りも…。
血?ルーファスは匂いを辿り、リスティーナの服の袖を捲る。
見れば、リスティーナの腕には包帯が巻かれていた。足元からも血の匂いがする。
一瞬、躊躇したがスカートの裾を捲って確認する。すると、膝も怪我をしているのかガーゼが当てられ、テープで固定されていた。爪の色を見れば、血色が悪く、紫色をしている。
怪我をして、血を流したせいで貧血を起こしているのだ。
ルーファスはリスティーナを寝台に寝かせ、医者を呼ぶために部屋から出ようと扉に手をかけた。
「リスティーナ様…。」
スザンヌはルーファスの部屋の前に立ったまま、中に入ろうかどうか迷っていた。
やっぱり、リスティーナ様が心配だ。そう思い直し、スザンヌはドアをノックした。
「リスティーナ様。入ってもよろしいでしょうか?」
返事はない。
まさか、リスティーナ様…!スザンヌは最悪の事態を想像し、ドアノブに手を伸ばした。
その時、ガチャッとドアノブが回される。
「リスティーナ様!良かった。返事がないからてっきり…、」
スザンヌはてっきり、中からリスティーナが現れるかと思ったが、現れたのはリスティーナではなかった。
だ、誰…?スザンヌは思わず、ぽかんと口を開けた。
目の前に現れたのは一人の男だった。しかも、超絶美形の。
艶やかな黒髪に青と紅の対照的な色を持つオッドアイ…。
沁み一つない綺麗な白い肌…。整った目鼻立ち。一つ一つのパーツが完璧でまるで芸術品のよう…。
あまりの美しさに言葉を失う。その超絶美形の男がスザンヌに視線を向ける。
「スザンヌ。丁度、良かった。リスティーナが倒れたんだ。すぐに医者を…、」
「……。」
「おい。聞いているのか?」
ルーファスの声にスザンヌはハッとした。
「り、リスティーナ様が!?い、いえ!それより!あなた、誰なんですか!?」
「…?何を言っている?」
男の声にどこか聞き覚えがあるような気がするが頭に血が上ったスザンヌはその事に気が付かなかった。
あまりにも美形だったから一瞬、見惚れてしまったがよく考えれば、この男は屋敷の侵入者だ。
まさか、泥棒!?
「リスティーナ様に何をしたの!この、不法侵入者!」
「ちょっと待て。スザンヌ。まさか、俺が誰か分からないのか?」
「あんたみたいな侵入者を知る訳ないでしょ!それより、気安く私の名前を呼ばないで!大体、何でわたしの名前を知って…、」
スザンヌはその時、違和感を抱いた。
あれ?そういえば、この男の服…、殿下が着ていた死装束と同じ服だ。
というか…、何でわたしとリスティーナ様の名前を知っているんだろう。
「知ってるも何も俺はお前の主の夫だぞ。」
「ば、馬鹿な事言わないで下さい!殿下は昨日、亡くなったんです!そんな嘘を吐いてわたしを騙そうたって…、」
「じゃあ、これで信じられるか?」
ルーファスは懐からスッと何かを取り出した。それは、太陽の刺繍がされた青いハンカチだった。
それは、リスティーナ様がルーファス様にあげた大切な…!
スザンヌは目を見開いた。
「ま、まさか…?ほ、本当にあなたが…、ルーファス殿下?」
スザンヌはパクパクと口を開けては閉じてを繰り返し、まじまじとルーファスを見つめた。
信じられない…!目の前のこの超絶美形があのルーファス殿下だなんて…!
でも、確かにあのハンカチはリスティーナ様がルーファス殿下にあげたもの。
ルカの話では、ルーファスはあのハンカチをとても大切にしていて、肌身離さず持っていたと聞いていたし…。
スザンヌはようやく目の前にいる男がルーファスと同一人物だと理解し、愕然とした。
「分かったら、早く医者を呼んで来い。リスティーナが倒れたんだ。」
「…は、はい!」
スザンヌは慌てて、その場を駆け出し、医者を呼びに行った。
「殿下…?」
スザンヌが駆け出した先とは反対の方向から、呆然とした声がかけられる。
ルーファスが視線を向けると、目を見開いたロジャーが立っていた。
ロジャーは眼鏡を外して、ゴシゴシと目を擦り、信じられない表情でルーファスを見つめた。
「こ、これは夢でしょうか…。」
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「爺。夢じゃない。目の前にいる俺は間違いなく本物だ。」
ルーファスの言葉にロジャーは驚愕した表情を浮かべ、そのままボロボロと涙を零した。
「し、信じられません…!こんな事が起こるなんて…!それに、痣も消えて…、まさか…、」
「ああ。呪いは消えた。もう、俺は大丈夫だ。…爺。ありがとう。爺には本当に助けられた。今まで俺を支えてくれていた事…、感謝している。」
「ッ、そ、そのような…!こんな老い耄れにそのようなことを言って頂けるなんて…!」
泣き崩れるロジャーの肩にルーファスは手を置いた。
「ロジャーさん?あの、大丈夫ですか?何かあっ…、」
その時、様子を見に来たルカ達が駆けつけて、ルーファスを見て、ピタッと立ち止まった。
「だ、誰ですか…?あんた…!まさか、侵入者…!」
ルカは慌てて、杖を取り出し、構える。
またか。ルーファスは溜息を吐きたくなった。
さっきもスザンヌに不法侵入者だと間違えられた。そんなに今の俺は以前と違うのだろうか。
そう思いながら、誤解を解こうと口を開きかけるルーファスだったが…、
「殿下…?」
「え!?」
ロイドの呟きにルカは動きを止めた。
「殿下なのですか?」
「ロイド。俺が分かるのか?」
「あ、痣が…、消えて…。」
「ああ。呪いが解けたんだ。」
「ッ!」
ルーファスの言葉にロイドが息を吞んだ。そのまま肩を震わせて、俯く。
時折、嗚咽交じりの声が聞こえる。
「殿下…!信じられません…!こんな、こんな奇跡が起こるなんて…!」
「え、ええええ!?で、殿下なのですか!?ほ、本物!?」
ルーファスを見て、リリアナは涙を流して喜んだ。
ルカは驚きのあまり仰天して、杖を取り落としてしまう。まじまじとルーファスを見つめる。
「で、ですがどうして…?どうして、息を吹き返したのでしょう?何が起こったのか…、」
「説明は後でするから、今はリスティーナを見てやってくれ。リスティーナが倒れたんだ。恐らく、栄養失調と睡眠不足、貧血が原因だ。」
「リスティーナ様が!?しょ、承知しました。今、リスティーナ様はどちらに?」
「俺の部屋にいる。医者はスザンヌが呼びに行った筈だ。」
ルーファスの言葉にロジャー達は慌てて、部屋に向かった。
その時、ルーファスの足元ににゃあ、と声を上げて擦り寄る黒猫がいた。ノエルだ。
「ノエル…。」
みゃあ、と鳴くノエルをルーファスは見下ろし、身を屈めると、
「長い間、ご苦労だったな。」
そう言って、ルーファスは手を伸ばした。
ルーファスの手がノエルに触れると、ノエルの身体は黒い魔力となってルーファスの体内に取り込まれていく。
「久しぶりだ…。この、感覚は…。」
自身の魔力を取り込むことに成功したルーファスは自身の手を見つめ、そう呟いた。
胸に手を当て、ルーファスは囁いた。
「しばらく、ゆっくり休むといい。近いうちにまた表に出る事になるからその時は頼んだぞ。」
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しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
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