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第四章 覚醒編
腕の傷
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「そう…。ルーファス王子は死んだのね…。」
魔法鏡でスザンヌから話を聞いたエルザは特に驚くことなくその事実を受け入れた。
それよりも、エルザが気がかりなのはリスティーナのことだ。
「ティナ様は大丈夫なの?」
「それが…、あれからリスティーナ様は部屋に閉じこもってばかりで…。こちらが話しかけても碌に反応してくれないの。今のリスティーナ様は…、ヘレネ様が亡くなった時みたいになってしまって…。」
「!」
エルザは息を呑んだ。
思ったよりも深刻な状態だ。リスティーナ様がそれ程、あの王子を慕っていたなんて…。
「まずいわね…。このままだとリスティーナ様の心が壊れてしまうわ。何とかしないと…、」
「リスティーナ様は今後は教会や修道院に行こうと考えているみたい。」
「そう…。それがいいかもね。一度、俗世から離して暮らした方がリスティーナ様にとってもいいだろうし…。ところで、ちゃんと下調べはしているのよね?教会といっても、腐敗していたら意味がないでしょ。善人の面を被った変態聖職者共の巣窟だったりしないでしょうね?」
「そこは大丈夫よ。心配しないで。リスティーナ様をそんな所に連れて行くわけにはいかないもの。
でも、万が一のことがあっては大変だから、男子禁制のルノア修道院に行こうかなと思っているの。調べたところ、ルノア修道院は評判もいいし、問題はなさそうよ。」
「それなら、いいわ。とりあえず、リスティーナ様から目を離さないようにね。こっちの方は順調に計画は進んでいるから。アリアも動いてくれているし…。とりあえず、わたしは革命軍に情報を流さないといけないから、それが終わったら一度、そっちに行くわ。それまで、リスティーナ様のことをお願いね。」
「分かったわ。エルザも気を付けてね。」
魔法鏡の通信が途切れ、スザンヌはただの鏡になった魔法道具を元の場所に戻した。
リスティーナ様はまだ部屋にいるのかな?そう思って、リスティーナの部屋に行くと、そこはもぬけの殻だった。
「リスティーナ様!?」
スザンヌは慌てて屋敷中を捜した。が、どこにもいない。まさか、この雨の中、外へ!?
急いで屋敷を飛び出す。
「リスティーナ様ー!リスティーナ様ー!」
声を上げるが、雨の音が強すぎて、すぐに掻き消えてしまう。
一体、どこに…?焦りと不安の中、周囲を見渡すと、クイクイ、と服の裾を引っ張られた。
反射的に振り返ると、黒の縞模様をした白い子猫がスザンヌの裾を咥えて引っ張っている。
くりくりした円らな瞳でスザンヌを見上げる子猫にスザンヌは思わず胸がキュン、とした。
か、可愛い…!い、いや!今はそんな場合じゃない…!思わず撫でまわしたくなるが慌ててその考えを打ち消し、スザンヌは子猫から引き離そうと服を引っ張る。
「あ、あの…、ごめんね?あたし急いでいるから…、」
だから、離してというが子猫はスザンヌの服を離そうとしない。
ど、どうしよう…。でも、無理矢理離すのも可哀想だし…。そんな思いで葛藤していると、子猫はグイグイ、とスザンヌの裾を引いて、どこかに案内しようとする。
あれ?もしかして、この子…、わたしをどこかに連れて行こうとしている?
スザンヌは何となく子猫が何をしようとしているのか気が付き、無意識に導かれるままに歩いていく。
子猫が案内した先は古びた東屋だった。蔓が絡まり、植物で覆われた東屋は大分、古びていて朽ち果てていた。かろうじて、雨風が凌げるといった感じだ。
屋敷の近くにこんな場所があったなんて…。そんな思いで東屋に近づくと、東屋の椅子に横たわっている人を見て、スザンヌは目を見開いた。
「リスティーナ様!」
横たわっていたのはリスティーナだった。スザンヌは慌ててリスティーナに駆け寄る。
すうすう、と寝息を立てるリスティーナを見てほっとする。
良かった…。生きている。スザンヌはリスティーナの手を握る。
でも、体が冷たい。雨で濡れているせいだ。このままだと風邪を引いてしまう。
スザンヌは魔道具のブレスレットで身体強化魔法を使い、リスティーナを背負った。
あ、そうだ。さっきの子猫は…、そう思って子猫がいた場所に目を向けるが…、そこに子猫の姿はなかった。
あれ?もうどこかに行ってしまったのかな?
そう思いながらも、今はリスティーナ様を早く屋敷に連れて帰らないといけないと思い、子猫のことはそれ以上、気に留めることはなかった。
屋敷内は重苦しい空気に包まれていた。
皆が皆、暗い顔をしている。
「何で…、いい人ばかりが亡くなるんでしょうね…。」
ボーと空を見上げるルカと啜り泣くリリアナ、立ったまま微動だにしないロイドはぼんやりと過ごしていた。
何をする訳でもない。会話をする訳でもない。無言の沈黙が続く中、ルカがぽつりと呟いた。
横で啜り泣くリリアナには答える気力はない。
ロイドも何も答えない。
「リスティーナ様は…、葬儀に参加するのかな…。」
「無理に参加させる必要はないとロジャー様は言っていた。」
「そういえば、ロジャーさんは?」
「葬儀の手配をしている所だ。」
「そう…、ですか。ロジャーさん、大丈夫なんですかね…。あの人にとって、殿下は自分の子供みたいなものだったんでしょ?」
「ああ。」
ルカも何度かリスティーナの所に行ったが、魂が抜けた人形のようになってしまったリスティーナを見て、何も声をかけられなかった。
愛する人が亡くなるってどんな気持ちなんだろう。
恋愛経験のないルカには分からない。
でも…、きっと凄く辛いはずだ…。
そんな思いで何をするでもなくぼんやりと雨が降る空を見ていると、どこからか足音が聞こえた。
見れば、スザンヌがびしょ濡れのままでリスティーナを背負っていた。
「スザンヌ!?ど、どうしたんですか?何があったんです!?」
「リスティーナ様が外で倒れてたの。このままだと、風邪を引いてしまうわ。ルカ。悪いけど、タオルとお湯を準備してくれる?」
「は、はい!」
「スザンヌ。俺が運ぼう。」
「ありがとう。ロイド。お願いできる?」
スザンヌはロイドにリスティーナを任せ、部屋まで運ぶようにお願いした。
「す、スザンヌ!私も何かお手伝いを…、」
リスティーナの姿を見て、涙が引っ込んだリリアナは手伝いを申し出た。
スザンヌはリリアナと一緒に急いで着替えや寝台の準備に取り掛かる。
濡れたリスティーナの身体を拭いて、着替えさせ、寝台に寝かせる。
転んだのか、膝から血がでているので手当てをする。
リスティーナの腕の包帯もとれかかっていたので消毒し、包帯を巻き直していく。
リスティーナの腕の傷は噛まれた跡がくっきりと残っていて、見ているだけで痛々しい。
「リスティーナ様の腕の傷…、残らないかしら…。」
「お医者様に診てもらいましょう。」
リリアナはそう言って、医者を連れて来てくれた。
「これは…、」
医者はリスティーナの腕の傷を見て、息を吞んだ。
「感染の心配はありませんが…、思った以上に傷が深いのでその…、」
医者は言葉を濁しながら、
「残念ですが、傷痕は残ってしまうでしょう。」
「そ、そんな…!何とかならないのですか!?」
「聖女様の治癒魔法か、聖職者の白魔法ならもしかしたら、治るかもしれませんが…。」
光魔法と白魔法は回復や治癒に特化した魔法だ。
確かにその魔法を使えば可能だろうが…、光の聖女フィオナは多忙の身。しかも、聖女に会うには教会を通さないといけない。
ルーファス王子の妻、という理由だけでリスティーナの治療を拒否するのは目に見えている。
何より、光魔法にしろ、白魔法にしろ、治癒魔法を受けるには、莫大な費用がかかる。
教会や聖職者が治療費と称して、法外な請求をしてくるからだ。
一介の侍女が払えるような額ではない。
「そんな…!」
リスティーナの腕に傷が残ると聞き、スザンヌは顔を青褪めた。
リスティーナ様の白い腕に傷が残ってしまうなんて…!
ああ…!やっぱり、あの時、私が無理やりにでも止めていれば…!
後悔で一杯になりながら、スザンヌはリスティーナの傍で看病を続けた。
魔法鏡でスザンヌから話を聞いたエルザは特に驚くことなくその事実を受け入れた。
それよりも、エルザが気がかりなのはリスティーナのことだ。
「ティナ様は大丈夫なの?」
「それが…、あれからリスティーナ様は部屋に閉じこもってばかりで…。こちらが話しかけても碌に反応してくれないの。今のリスティーナ様は…、ヘレネ様が亡くなった時みたいになってしまって…。」
「!」
エルザは息を呑んだ。
思ったよりも深刻な状態だ。リスティーナ様がそれ程、あの王子を慕っていたなんて…。
「まずいわね…。このままだとリスティーナ様の心が壊れてしまうわ。何とかしないと…、」
「リスティーナ様は今後は教会や修道院に行こうと考えているみたい。」
「そう…。それがいいかもね。一度、俗世から離して暮らした方がリスティーナ様にとってもいいだろうし…。ところで、ちゃんと下調べはしているのよね?教会といっても、腐敗していたら意味がないでしょ。善人の面を被った変態聖職者共の巣窟だったりしないでしょうね?」
「そこは大丈夫よ。心配しないで。リスティーナ様をそんな所に連れて行くわけにはいかないもの。
でも、万が一のことがあっては大変だから、男子禁制のルノア修道院に行こうかなと思っているの。調べたところ、ルノア修道院は評判もいいし、問題はなさそうよ。」
「それなら、いいわ。とりあえず、リスティーナ様から目を離さないようにね。こっちの方は順調に計画は進んでいるから。アリアも動いてくれているし…。とりあえず、わたしは革命軍に情報を流さないといけないから、それが終わったら一度、そっちに行くわ。それまで、リスティーナ様のことをお願いね。」
「分かったわ。エルザも気を付けてね。」
魔法鏡の通信が途切れ、スザンヌはただの鏡になった魔法道具を元の場所に戻した。
リスティーナ様はまだ部屋にいるのかな?そう思って、リスティーナの部屋に行くと、そこはもぬけの殻だった。
「リスティーナ様!?」
スザンヌは慌てて屋敷中を捜した。が、どこにもいない。まさか、この雨の中、外へ!?
急いで屋敷を飛び出す。
「リスティーナ様ー!リスティーナ様ー!」
声を上げるが、雨の音が強すぎて、すぐに掻き消えてしまう。
一体、どこに…?焦りと不安の中、周囲を見渡すと、クイクイ、と服の裾を引っ張られた。
反射的に振り返ると、黒の縞模様をした白い子猫がスザンヌの裾を咥えて引っ張っている。
くりくりした円らな瞳でスザンヌを見上げる子猫にスザンヌは思わず胸がキュン、とした。
か、可愛い…!い、いや!今はそんな場合じゃない…!思わず撫でまわしたくなるが慌ててその考えを打ち消し、スザンヌは子猫から引き離そうと服を引っ張る。
「あ、あの…、ごめんね?あたし急いでいるから…、」
だから、離してというが子猫はスザンヌの服を離そうとしない。
ど、どうしよう…。でも、無理矢理離すのも可哀想だし…。そんな思いで葛藤していると、子猫はグイグイ、とスザンヌの裾を引いて、どこかに案内しようとする。
あれ?もしかして、この子…、わたしをどこかに連れて行こうとしている?
スザンヌは何となく子猫が何をしようとしているのか気が付き、無意識に導かれるままに歩いていく。
子猫が案内した先は古びた東屋だった。蔓が絡まり、植物で覆われた東屋は大分、古びていて朽ち果てていた。かろうじて、雨風が凌げるといった感じだ。
屋敷の近くにこんな場所があったなんて…。そんな思いで東屋に近づくと、東屋の椅子に横たわっている人を見て、スザンヌは目を見開いた。
「リスティーナ様!」
横たわっていたのはリスティーナだった。スザンヌは慌ててリスティーナに駆け寄る。
すうすう、と寝息を立てるリスティーナを見てほっとする。
良かった…。生きている。スザンヌはリスティーナの手を握る。
でも、体が冷たい。雨で濡れているせいだ。このままだと風邪を引いてしまう。
スザンヌは魔道具のブレスレットで身体強化魔法を使い、リスティーナを背負った。
あ、そうだ。さっきの子猫は…、そう思って子猫がいた場所に目を向けるが…、そこに子猫の姿はなかった。
あれ?もうどこかに行ってしまったのかな?
そう思いながらも、今はリスティーナ様を早く屋敷に連れて帰らないといけないと思い、子猫のことはそれ以上、気に留めることはなかった。
屋敷内は重苦しい空気に包まれていた。
皆が皆、暗い顔をしている。
「何で…、いい人ばかりが亡くなるんでしょうね…。」
ボーと空を見上げるルカと啜り泣くリリアナ、立ったまま微動だにしないロイドはぼんやりと過ごしていた。
何をする訳でもない。会話をする訳でもない。無言の沈黙が続く中、ルカがぽつりと呟いた。
横で啜り泣くリリアナには答える気力はない。
ロイドも何も答えない。
「リスティーナ様は…、葬儀に参加するのかな…。」
「無理に参加させる必要はないとロジャー様は言っていた。」
「そういえば、ロジャーさんは?」
「葬儀の手配をしている所だ。」
「そう…、ですか。ロジャーさん、大丈夫なんですかね…。あの人にとって、殿下は自分の子供みたいなものだったんでしょ?」
「ああ。」
ルカも何度かリスティーナの所に行ったが、魂が抜けた人形のようになってしまったリスティーナを見て、何も声をかけられなかった。
愛する人が亡くなるってどんな気持ちなんだろう。
恋愛経験のないルカには分からない。
でも…、きっと凄く辛いはずだ…。
そんな思いで何をするでもなくぼんやりと雨が降る空を見ていると、どこからか足音が聞こえた。
見れば、スザンヌがびしょ濡れのままでリスティーナを背負っていた。
「スザンヌ!?ど、どうしたんですか?何があったんです!?」
「リスティーナ様が外で倒れてたの。このままだと、風邪を引いてしまうわ。ルカ。悪いけど、タオルとお湯を準備してくれる?」
「は、はい!」
「スザンヌ。俺が運ぼう。」
「ありがとう。ロイド。お願いできる?」
スザンヌはロイドにリスティーナを任せ、部屋まで運ぶようにお願いした。
「す、スザンヌ!私も何かお手伝いを…、」
リスティーナの姿を見て、涙が引っ込んだリリアナは手伝いを申し出た。
スザンヌはリリアナと一緒に急いで着替えや寝台の準備に取り掛かる。
濡れたリスティーナの身体を拭いて、着替えさせ、寝台に寝かせる。
転んだのか、膝から血がでているので手当てをする。
リスティーナの腕の包帯もとれかかっていたので消毒し、包帯を巻き直していく。
リスティーナの腕の傷は噛まれた跡がくっきりと残っていて、見ているだけで痛々しい。
「リスティーナ様の腕の傷…、残らないかしら…。」
「お医者様に診てもらいましょう。」
リリアナはそう言って、医者を連れて来てくれた。
「これは…、」
医者はリスティーナの腕の傷を見て、息を吞んだ。
「感染の心配はありませんが…、思った以上に傷が深いのでその…、」
医者は言葉を濁しながら、
「残念ですが、傷痕は残ってしまうでしょう。」
「そ、そんな…!何とかならないのですか!?」
「聖女様の治癒魔法か、聖職者の白魔法ならもしかしたら、治るかもしれませんが…。」
光魔法と白魔法は回復や治癒に特化した魔法だ。
確かにその魔法を使えば可能だろうが…、光の聖女フィオナは多忙の身。しかも、聖女に会うには教会を通さないといけない。
ルーファス王子の妻、という理由だけでリスティーナの治療を拒否するのは目に見えている。
何より、光魔法にしろ、白魔法にしろ、治癒魔法を受けるには、莫大な費用がかかる。
教会や聖職者が治療費と称して、法外な請求をしてくるからだ。
一介の侍女が払えるような額ではない。
「そんな…!」
リスティーナの腕に傷が残ると聞き、スザンヌは顔を青褪めた。
リスティーナ様の白い腕に傷が残ってしまうなんて…!
ああ…!やっぱり、あの時、私が無理やりにでも止めていれば…!
後悔で一杯になりながら、スザンヌはリスティーナの傍で看病を続けた。
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