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第四章 覚醒編
アリスティア女神
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サアア、と川の水が流れる音と清涼な風の音がする。
鳥の美しい鳴き声が聞こえる。それと、花のようないい香りも…。
リスティーナは目を開けようとするが瞼が重くて開けられない。
すると、頬に何かが触れる感触がした。スンスン、何か嗅ぐような音がしたかと思えば、ペロッと舌で舐められた。
リスティーナはびっくりして、飛び起きた。
「え?な、何?」
目を開けると、黒の縞模様をした白い毛並みの動物の赤ちゃんがいた。
くりくりとした青い目でリスティーナを見て、ガウ、と鳴き、またペロペロとリスティーナの顔を舐めてきた。
「わっ!ちょ、ちょっと待っ‥!ふふっ!く、くすぐったい‥!」
最初は戸惑っていたリスティーナだったがそのくすぐったさに思わず笑ってしまう。
リスティーナは目の前の可愛い動物を抱き上げる。
「あなたはどこから来たの?お母さんは?」
ホワイトタイガーの赤ちゃんだ。珍しい‥。
ホワイトタイガーは気難しくて、人にはあまり懐かないと聞くけど、この子は随分と人懐っこいのね。
「可愛いわね。それに、とても綺麗な毛並み。」
そういえば、ここはどこだろう?
気がつけばリスティーナはニワトコの樹の下にいた。
どうやら、さっきまで自分は木に凭れて眠っていた様だ。
でも、私、こんな所に来た記憶がないのに…。
リスティーナは改めて周りを見渡した。
「わあ‥!」
リスティーナは目の前の光景に思わず声を上げた。
辺りは花と緑に囲まれていて、空は晴れて、青空が広がっていた。
赤い実のなったトネリコの木やナナカマドの木があり、香りのいい白い花が咲いている。
近くには小川もあって、透き通った水が流れている。
そこには、自然の美しい光景が広がっていた。
でも、驚いたのはそれだけではない。
リスティーナの目の前には、背中に羽根の生えた妖精がくるくると辺りを飛び跳ねながら空中で舞い踊っていたのだ。
妖精だ‥!凄い…!こんなに近くで妖精を目にしたのは初めて…!
それに、こんなにも姿形がはっきりと見えるなんて…。
今までエルザやニーナが妖精を見せてくれたことはあったけど、こんなにはっきりとした姿で見たことはなかった。今まで見た妖精達は小さな光の塊でしか認識できなかったのに…。
でも、ここにいる妖精達は手の平サイズの小さな子供のような姿をしていて、どの妖精もそれぞれ違った色や光を纏っている。
木の葉っぱでできたような服を着ている子もいれば、花弁でできたような服を着ている子もいる。肌の色や髪の色、髪の長さもそれぞれ違っていて、個性がある。
他にも木の上で木の実を食べている妖精や小川で水遊びをしている妖精、花の下で眠っている妖精。いろんな所に妖精がいた。
可愛い‥!なんて可愛い生き物なんだろう。
見ているだけで癒される。
そんな思いでいると、青い妖精がリスティーナに近づくと、目の前でふわふわと浮いた。
思わず手を伸ばすと、妖精が手を伸ばし、リスティーナの手に触れる。
青い光がリスティーナの手を包み込んだ。
綺麗‥。
見惚れていると、青い妖精は嬉しそうな笑い声を上げて、飛び立っていく。
すると、次々と別の妖精がリスティーナに集まってくる。
この子は植物の妖精かな?緑の妖精の周りは葉っぱが散っていた。
こっちは花の妖精かな?周りに花が飛び散ってる。
リスティーナはフワッと舞った花を手で受け止める。
薄桃色の綺麗な花‥。
妖精はあまり人に懐かないと聞いてたけど‥、実は人懐っこい生き物なのね。
リスティーナの頬に擦り寄る妖精を見て、リスティーナは微笑んだ。
魔力の高い人間は妖精に好かれるって妖精図鑑に書いてあったけど…、魔力のない私にどうして、妖精はこんなに懐いてくれるのだろう?
そんな疑問を抱いていると、リスティーナの腕の中から、ホワイトタイガーの赤ちゃんがいきなりタッ!と飛び降りて、地面に着地した。そのまま駆け出していく。
「あ、待って!」
リスティーナが反射的に追いかけると、ホワイトタイガーの子供は一度、ピタッと立ち止まると、振り返り、リスティーナを見た。
そのままタッタッ!と走っていく。
まるでついてくるように言っているみたい。
リスティーナは後を追う。やがて、ホワイトタイガーは茂みに入っていく。
茂みを掻き分けて、進むと、そこは開けた場所になっていた。
そこには、一本の大きな林檎の木があった。
銀の葉に黄金色の林檎‥。
まさか、これって伝説の?
林檎の樹の下にはさっきのホワイトタイガーの赤ちゃんが母親らしきホワイトタイガーに擦り寄ってた。
不思議と恐怖を感じない。
リスティーナは自然と吸い寄せられるように林檎の樹に近づいた。
すると、樹の影に隠れて気づかなかったが一人の女性が樹の下に佇んでいることに気がついた。
誰だろう?
すると、その女性は振り返り、リスティーナを見た。
「待っていましたよ。ティナ。」
「ッ…!」
振り返った女性の顔を見て、リスティーナは固まった。
この世の人とは思えない程の美しさに思わず息を止めて見惚れてしまう。
なんて、綺麗な人…!こんなにも美しい人に会ったのは初めて。
でも、どうしてだろう。何だか、初めて会った気がしない。
どこかで会ったことがあるような…。そんな懐かしさすら感じる。
「あなたは…?」
白金色の髪に桃色の瞳。
白い薄衣を身に纏い、腰には金の帯、二の腕には金の飾りを身に着け、胸元には太陽のペンダント…。
その顔は神話の本に載っていたアリスティア女神の顔にそっくりだった。
「まさか、あなたは…、アリスティア様!?」
アリスティアはニコッとリスティーナに微笑みかけた。
ほ、本物…?まさか、そんな…。きっと、これは夢だ。だって、人間の私が女神様なんかと…。
リスティーナは目の前の出来事が信じられない気持ちで一杯だった。
ッ!いけない!私ったら、女神様と目を合わせるなんて…!
慌てて、地面に膝を突こうとするリスティーナだったが、それを目の前の女神はスッと手を上げて、制した。
「そのままで。あなたとはきちんと目を見て、話したいの。…こうして、また会えて、嬉しく思いますよ。私の愛しい子。」
アリスティアの言葉にリスティーナは混乱した。今、女神様は…、私を愛しい子と呼んだ?
人間の私を…?どうして、私を娘と呼ぶのだろうか。私は紛れもなく、人間の娘だ。
それに、また会えて嬉しいとは一体…?
「私に…?あ、あの…、不躾な質問をお許しくださいませ。女神様。あなた様はどうして、私を子と呼んで下さるのですか?私は…、人間の娘です。」
「血の繋がりはなくとも、あなたは私の娘のようなもの。例え、あなたが忘れていたとしても、私は覚えていますよ。」
アリスティアはそう言って、リスティーナに微笑んだ。
慈愛に溢れた眼差し…。これは母が娘を見る目だ。
お母様と同じ目…。溢れんばかりの愛情を感じ、リスティーナは亡くなった母を思い出して、胸が締め付けられた。
「わ、私は…、女神様と前にもお会いしたことがあるのですか?私は一体…、何を忘れているのでしょうか?」
リスティーナの問いに女神は優しく目を細めた。
「ティナ。今はまだ…、あなたはそれを知る時ではない。…大丈夫。時が来れば必ず思い出すでしょう。…それよりも、今は目の前の出来事に目を向けなさい。」
「ッ!」
アリスティアの言葉でリスティーナはハッとした。
ルーファス様の死が甦る。
「うっ…!ルー、ファス…、様…!」
ルーファスを失った悲しみを堪えきれずに、リスティーナは泣き崩れた。涙が次から次へと流れる。
「ティナ。泣かないで。あなたの夫であるルーファスは…、」
「…して…、」
リスティーナは思わず本音を口から吐き出した。
「どうして、ですか…?どうして、女神様は…、私の祈りを聞いて下さらなかったのですか…?」
止まらなかった。人間の身で神に意見するなど冒涜行為であることは分かっていた。
それでも…、言わずにはいられなかった。
「女神様なら…!ルーファス様を助けることができたはずです!アリスティア様は全能神、ゼクスの娘であり、癒しを司る神でもあるのですから…!ルーファス様を助ける力があるのにどうして、助けて下さらなかったのですか?あんな風に苦しんで若く、儚くなるのがルーファス様の運命だと言うのですか!?」
涙を拭う事もせず、リスティーナは本音をぶちまけた。
自分がとんでもない事をしているのは分かっていた。でも、止められなかった。
人間が神を非難するなんて、この場で神の怒りを買い、殺されてもおかしくない。
それでも…、リスティーナはこれがルーファスの運命だといわれて黙っている訳にはいかなかった。
「そんな運命…、私は決して認めません!ルーファス様を苦しめるなんて、私は許しません!それが例え神であっても…!」
私はこんな運命認めない。
そんなリスティーナをアリスティアはじっと見つめたまま、静かに聞いていた。
そして、そっとリスティーナに近付くと、スッと手を伸ばして、リスティーナの涙をその手で拭った。
「ティナ…。あなたは本当にルーファスを心から愛しているのですね。」
アリスティアはリスティーナの涙を拭いながら、嬉しそうにそう言った。
「私にも愛する夫がいます。だから…、あなたのその気持ちは痛いほどよく分かります。ティナ。あなたは私に願った。ルーファス王子を助けて欲しいと…。それがあなたの願いなのですね?」
「はい…。ですが、その願いはもう…、」
ルーファス様はもうこの世にいない。私の願いは届かなかった。今それを願った所で…、そんな思いで項垂れるリスティーナにアリスティアは言った。
「いいえ。ルーファスはまだ死んでいません。彼はただ眠っているだけ。」
「え…!?眠って…?で、でも…!ルーファス様は確かにあの時、心臓が止まって…!」
「心臓が止まっているのは彼が一時的に仮死状態になっているからです。」
「仮死、状態…?」
そんな事が有り得るの…?
呆然と呟くリスティーナにアリスティアはリスティーナの頬に手を当て、
「ティナ。これが最後の決断です。ここで決めてしまったら最後、もう二度と後戻りはできなくなる。あなたの願いはルーファス王子の命を助ける事…。そうでしたね?」
「ッ…!は、はい!」
リスティーナは女神の言葉に力強く頷いた。
「最後にもう一度だけ聞きます。その決断に後悔はありませんか?この契約は一生に一度しか行使できないもの…。もう、この先は一生、使えないのですよ。それでも、あなたはいいのですか?」
「構いません!それでルーファス様の命が助かるなら…!」
「…あのペンダントには、どんな願いも叶えることができます。あなたが願うのなら、どんなことでも…。あなたはそれを自分の為に使う事も出来るのですよ?自分が幸せになる為に使う事もできます。それでも…?」
「私の幸せはルーファス様が生きて下さる事。それだけなんです!ルーファス様がいない人生なんて考えられない…!ルーファス様は私のすべてなんです!ルーファス様の為だったら、私は全てを捧げても構わない!」
例え、富や名声、力を与えると言われても私は同じ答えを選ぶ。
そんなものを与えられたところで空しいだけだ。ルーファス様のいない世界なんて絶望でしかない。
ルーファス様さえ生きていてくれればいい。他には何も望まない。
一生に一度しか叶えられない願いだったとしても、私はこの選択に悔いはない。
それで、ルーファス様が助かるのなら…!
「お願いします…!アリスティア様!どうか…、ルーファス様を助けて下さい…!お願い、します…!」
リスティーナはアリスティアに跪き、足元に縋りつくようにして懇願する。
「ティナ。顔を上げて。」
アリスティアの手がリスティーナの肩に置かれ、顔を上げさせられる。
アリスティアは優しい眼差しでリスティーナを見つめる。
「あなたの覚悟はよく分かりました。それがあなたの望みなら…、叶えましょう。その願い。」
アリスティアがスッと手を翳した。
アリスティアの手から金色の光の粒が溢れだす。
「パルデノン22神の一人、アリスティアの名にかけて、ルーファス・ド・ローゼンハイムの命を救うと、ここに誓います。この契約は絶対。例え、神であってもこの誓いを破ることは許されない。」
金色の光の粒はどんどん大きくなり、アリスティアとリスティーナの周りを包み込んだ。
神秘的なその光に思わず目を奪われる。温かくて、優しい光…。
アリスティアのペンダントの石がキラッと光った。
アリスティアが手を空に翳すと、空から強い光が放たれた。
リスティーナはその眩しさに思わず目を瞑った。
気付けば、光が消え、アリスティアは手を下ろしていた。
今のは、一体…?呆然とするリスティーナにアリスティアは微笑んだ。
「ティナ。あなたの願い、しっかりと聞き届けました。だから、安心して行きなさい。」
「え…?」
行くってどこに?
「ルーファスはあなたを待っています。彼を目覚めさせることができるのはあなただけ…。」
「私が…?でも…、目覚めさせるってどうやって…?」
アリスティアはニコッと微笑み、
「大丈夫…。自分がするべきことはその時になれば分かります。ティナ。あなたは、迷わず自分の信じた道を突き進みなさい。私はいつもあなたを見守っています。」
アリスティアの優しい眼差しと慈愛に溢れた微笑みにリスティーナは自然とその言葉を受け入れることができた。
「アリスティア様…。」
「さあ、早くお行きなさい。」
アリスティアがスッと手を上げると同時にその姿が遠ざかっていく。
ブワッと花が舞い、リスティーナの視界を覆う。
「あ…!待って!アリスティア様!」
リスティーナは慌てて手を伸ばすが、その手が届くことはなかった。
待って…!私、まだ何も…!あんなにひどいことを言ったのに…。
女神様は私を責めることなく、受け止めてくれた。私に…、道を示してくれた。
私…、まだ感謝の言葉も伝えていないのに…!
そのままアリスティアの姿は見えなくなり、リスティーナの意識は途切れてしまった。
鳥の美しい鳴き声が聞こえる。それと、花のようないい香りも…。
リスティーナは目を開けようとするが瞼が重くて開けられない。
すると、頬に何かが触れる感触がした。スンスン、何か嗅ぐような音がしたかと思えば、ペロッと舌で舐められた。
リスティーナはびっくりして、飛び起きた。
「え?な、何?」
目を開けると、黒の縞模様をした白い毛並みの動物の赤ちゃんがいた。
くりくりとした青い目でリスティーナを見て、ガウ、と鳴き、またペロペロとリスティーナの顔を舐めてきた。
「わっ!ちょ、ちょっと待っ‥!ふふっ!く、くすぐったい‥!」
最初は戸惑っていたリスティーナだったがそのくすぐったさに思わず笑ってしまう。
リスティーナは目の前の可愛い動物を抱き上げる。
「あなたはどこから来たの?お母さんは?」
ホワイトタイガーの赤ちゃんだ。珍しい‥。
ホワイトタイガーは気難しくて、人にはあまり懐かないと聞くけど、この子は随分と人懐っこいのね。
「可愛いわね。それに、とても綺麗な毛並み。」
そういえば、ここはどこだろう?
気がつけばリスティーナはニワトコの樹の下にいた。
どうやら、さっきまで自分は木に凭れて眠っていた様だ。
でも、私、こんな所に来た記憶がないのに…。
リスティーナは改めて周りを見渡した。
「わあ‥!」
リスティーナは目の前の光景に思わず声を上げた。
辺りは花と緑に囲まれていて、空は晴れて、青空が広がっていた。
赤い実のなったトネリコの木やナナカマドの木があり、香りのいい白い花が咲いている。
近くには小川もあって、透き通った水が流れている。
そこには、自然の美しい光景が広がっていた。
でも、驚いたのはそれだけではない。
リスティーナの目の前には、背中に羽根の生えた妖精がくるくると辺りを飛び跳ねながら空中で舞い踊っていたのだ。
妖精だ‥!凄い…!こんなに近くで妖精を目にしたのは初めて…!
それに、こんなにも姿形がはっきりと見えるなんて…。
今までエルザやニーナが妖精を見せてくれたことはあったけど、こんなにはっきりとした姿で見たことはなかった。今まで見た妖精達は小さな光の塊でしか認識できなかったのに…。
でも、ここにいる妖精達は手の平サイズの小さな子供のような姿をしていて、どの妖精もそれぞれ違った色や光を纏っている。
木の葉っぱでできたような服を着ている子もいれば、花弁でできたような服を着ている子もいる。肌の色や髪の色、髪の長さもそれぞれ違っていて、個性がある。
他にも木の上で木の実を食べている妖精や小川で水遊びをしている妖精、花の下で眠っている妖精。いろんな所に妖精がいた。
可愛い‥!なんて可愛い生き物なんだろう。
見ているだけで癒される。
そんな思いでいると、青い妖精がリスティーナに近づくと、目の前でふわふわと浮いた。
思わず手を伸ばすと、妖精が手を伸ばし、リスティーナの手に触れる。
青い光がリスティーナの手を包み込んだ。
綺麗‥。
見惚れていると、青い妖精は嬉しそうな笑い声を上げて、飛び立っていく。
すると、次々と別の妖精がリスティーナに集まってくる。
この子は植物の妖精かな?緑の妖精の周りは葉っぱが散っていた。
こっちは花の妖精かな?周りに花が飛び散ってる。
リスティーナはフワッと舞った花を手で受け止める。
薄桃色の綺麗な花‥。
妖精はあまり人に懐かないと聞いてたけど‥、実は人懐っこい生き物なのね。
リスティーナの頬に擦り寄る妖精を見て、リスティーナは微笑んだ。
魔力の高い人間は妖精に好かれるって妖精図鑑に書いてあったけど…、魔力のない私にどうして、妖精はこんなに懐いてくれるのだろう?
そんな疑問を抱いていると、リスティーナの腕の中から、ホワイトタイガーの赤ちゃんがいきなりタッ!と飛び降りて、地面に着地した。そのまま駆け出していく。
「あ、待って!」
リスティーナが反射的に追いかけると、ホワイトタイガーの子供は一度、ピタッと立ち止まると、振り返り、リスティーナを見た。
そのままタッタッ!と走っていく。
まるでついてくるように言っているみたい。
リスティーナは後を追う。やがて、ホワイトタイガーは茂みに入っていく。
茂みを掻き分けて、進むと、そこは開けた場所になっていた。
そこには、一本の大きな林檎の木があった。
銀の葉に黄金色の林檎‥。
まさか、これって伝説の?
林檎の樹の下にはさっきのホワイトタイガーの赤ちゃんが母親らしきホワイトタイガーに擦り寄ってた。
不思議と恐怖を感じない。
リスティーナは自然と吸い寄せられるように林檎の樹に近づいた。
すると、樹の影に隠れて気づかなかったが一人の女性が樹の下に佇んでいることに気がついた。
誰だろう?
すると、その女性は振り返り、リスティーナを見た。
「待っていましたよ。ティナ。」
「ッ…!」
振り返った女性の顔を見て、リスティーナは固まった。
この世の人とは思えない程の美しさに思わず息を止めて見惚れてしまう。
なんて、綺麗な人…!こんなにも美しい人に会ったのは初めて。
でも、どうしてだろう。何だか、初めて会った気がしない。
どこかで会ったことがあるような…。そんな懐かしさすら感じる。
「あなたは…?」
白金色の髪に桃色の瞳。
白い薄衣を身に纏い、腰には金の帯、二の腕には金の飾りを身に着け、胸元には太陽のペンダント…。
その顔は神話の本に載っていたアリスティア女神の顔にそっくりだった。
「まさか、あなたは…、アリスティア様!?」
アリスティアはニコッとリスティーナに微笑みかけた。
ほ、本物…?まさか、そんな…。きっと、これは夢だ。だって、人間の私が女神様なんかと…。
リスティーナは目の前の出来事が信じられない気持ちで一杯だった。
ッ!いけない!私ったら、女神様と目を合わせるなんて…!
慌てて、地面に膝を突こうとするリスティーナだったが、それを目の前の女神はスッと手を上げて、制した。
「そのままで。あなたとはきちんと目を見て、話したいの。…こうして、また会えて、嬉しく思いますよ。私の愛しい子。」
アリスティアの言葉にリスティーナは混乱した。今、女神様は…、私を愛しい子と呼んだ?
人間の私を…?どうして、私を娘と呼ぶのだろうか。私は紛れもなく、人間の娘だ。
それに、また会えて嬉しいとは一体…?
「私に…?あ、あの…、不躾な質問をお許しくださいませ。女神様。あなた様はどうして、私を子と呼んで下さるのですか?私は…、人間の娘です。」
「血の繋がりはなくとも、あなたは私の娘のようなもの。例え、あなたが忘れていたとしても、私は覚えていますよ。」
アリスティアはそう言って、リスティーナに微笑んだ。
慈愛に溢れた眼差し…。これは母が娘を見る目だ。
お母様と同じ目…。溢れんばかりの愛情を感じ、リスティーナは亡くなった母を思い出して、胸が締め付けられた。
「わ、私は…、女神様と前にもお会いしたことがあるのですか?私は一体…、何を忘れているのでしょうか?」
リスティーナの問いに女神は優しく目を細めた。
「ティナ。今はまだ…、あなたはそれを知る時ではない。…大丈夫。時が来れば必ず思い出すでしょう。…それよりも、今は目の前の出来事に目を向けなさい。」
「ッ!」
アリスティアの言葉でリスティーナはハッとした。
ルーファス様の死が甦る。
「うっ…!ルー、ファス…、様…!」
ルーファスを失った悲しみを堪えきれずに、リスティーナは泣き崩れた。涙が次から次へと流れる。
「ティナ。泣かないで。あなたの夫であるルーファスは…、」
「…して…、」
リスティーナは思わず本音を口から吐き出した。
「どうして、ですか…?どうして、女神様は…、私の祈りを聞いて下さらなかったのですか…?」
止まらなかった。人間の身で神に意見するなど冒涜行為であることは分かっていた。
それでも…、言わずにはいられなかった。
「女神様なら…!ルーファス様を助けることができたはずです!アリスティア様は全能神、ゼクスの娘であり、癒しを司る神でもあるのですから…!ルーファス様を助ける力があるのにどうして、助けて下さらなかったのですか?あんな風に苦しんで若く、儚くなるのがルーファス様の運命だと言うのですか!?」
涙を拭う事もせず、リスティーナは本音をぶちまけた。
自分がとんでもない事をしているのは分かっていた。でも、止められなかった。
人間が神を非難するなんて、この場で神の怒りを買い、殺されてもおかしくない。
それでも…、リスティーナはこれがルーファスの運命だといわれて黙っている訳にはいかなかった。
「そんな運命…、私は決して認めません!ルーファス様を苦しめるなんて、私は許しません!それが例え神であっても…!」
私はこんな運命認めない。
そんなリスティーナをアリスティアはじっと見つめたまま、静かに聞いていた。
そして、そっとリスティーナに近付くと、スッと手を伸ばして、リスティーナの涙をその手で拭った。
「ティナ…。あなたは本当にルーファスを心から愛しているのですね。」
アリスティアはリスティーナの涙を拭いながら、嬉しそうにそう言った。
「私にも愛する夫がいます。だから…、あなたのその気持ちは痛いほどよく分かります。ティナ。あなたは私に願った。ルーファス王子を助けて欲しいと…。それがあなたの願いなのですね?」
「はい…。ですが、その願いはもう…、」
ルーファス様はもうこの世にいない。私の願いは届かなかった。今それを願った所で…、そんな思いで項垂れるリスティーナにアリスティアは言った。
「いいえ。ルーファスはまだ死んでいません。彼はただ眠っているだけ。」
「え…!?眠って…?で、でも…!ルーファス様は確かにあの時、心臓が止まって…!」
「心臓が止まっているのは彼が一時的に仮死状態になっているからです。」
「仮死、状態…?」
そんな事が有り得るの…?
呆然と呟くリスティーナにアリスティアはリスティーナの頬に手を当て、
「ティナ。これが最後の決断です。ここで決めてしまったら最後、もう二度と後戻りはできなくなる。あなたの願いはルーファス王子の命を助ける事…。そうでしたね?」
「ッ…!は、はい!」
リスティーナは女神の言葉に力強く頷いた。
「最後にもう一度だけ聞きます。その決断に後悔はありませんか?この契約は一生に一度しか行使できないもの…。もう、この先は一生、使えないのですよ。それでも、あなたはいいのですか?」
「構いません!それでルーファス様の命が助かるなら…!」
「…あのペンダントには、どんな願いも叶えることができます。あなたが願うのなら、どんなことでも…。あなたはそれを自分の為に使う事も出来るのですよ?自分が幸せになる為に使う事もできます。それでも…?」
「私の幸せはルーファス様が生きて下さる事。それだけなんです!ルーファス様がいない人生なんて考えられない…!ルーファス様は私のすべてなんです!ルーファス様の為だったら、私は全てを捧げても構わない!」
例え、富や名声、力を与えると言われても私は同じ答えを選ぶ。
そんなものを与えられたところで空しいだけだ。ルーファス様のいない世界なんて絶望でしかない。
ルーファス様さえ生きていてくれればいい。他には何も望まない。
一生に一度しか叶えられない願いだったとしても、私はこの選択に悔いはない。
それで、ルーファス様が助かるのなら…!
「お願いします…!アリスティア様!どうか…、ルーファス様を助けて下さい…!お願い、します…!」
リスティーナはアリスティアに跪き、足元に縋りつくようにして懇願する。
「ティナ。顔を上げて。」
アリスティアの手がリスティーナの肩に置かれ、顔を上げさせられる。
アリスティアは優しい眼差しでリスティーナを見つめる。
「あなたの覚悟はよく分かりました。それがあなたの望みなら…、叶えましょう。その願い。」
アリスティアがスッと手を翳した。
アリスティアの手から金色の光の粒が溢れだす。
「パルデノン22神の一人、アリスティアの名にかけて、ルーファス・ド・ローゼンハイムの命を救うと、ここに誓います。この契約は絶対。例え、神であってもこの誓いを破ることは許されない。」
金色の光の粒はどんどん大きくなり、アリスティアとリスティーナの周りを包み込んだ。
神秘的なその光に思わず目を奪われる。温かくて、優しい光…。
アリスティアのペンダントの石がキラッと光った。
アリスティアが手を空に翳すと、空から強い光が放たれた。
リスティーナはその眩しさに思わず目を瞑った。
気付けば、光が消え、アリスティアは手を下ろしていた。
今のは、一体…?呆然とするリスティーナにアリスティアは微笑んだ。
「ティナ。あなたの願い、しっかりと聞き届けました。だから、安心して行きなさい。」
「え…?」
行くってどこに?
「ルーファスはあなたを待っています。彼を目覚めさせることができるのはあなただけ…。」
「私が…?でも…、目覚めさせるってどうやって…?」
アリスティアはニコッと微笑み、
「大丈夫…。自分がするべきことはその時になれば分かります。ティナ。あなたは、迷わず自分の信じた道を突き進みなさい。私はいつもあなたを見守っています。」
アリスティアの優しい眼差しと慈愛に溢れた微笑みにリスティーナは自然とその言葉を受け入れることができた。
「アリスティア様…。」
「さあ、早くお行きなさい。」
アリスティアがスッと手を上げると同時にその姿が遠ざかっていく。
ブワッと花が舞い、リスティーナの視界を覆う。
「あ…!待って!アリスティア様!」
リスティーナは慌てて手を伸ばすが、その手が届くことはなかった。
待って…!私、まだ何も…!あんなにひどいことを言ったのに…。
女神様は私を責めることなく、受け止めてくれた。私に…、道を示してくれた。
私…、まだ感謝の言葉も伝えていないのに…!
そのままアリスティアの姿は見えなくなり、リスティーナの意識は途切れてしまった。
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