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第四章 覚醒編
合格
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あれから、何回訓練しただろう。もう数え切れないほどだ。
最初は何もできなかった。三人の動きについていけなかったし、負けてばかりだった。
一度もこの三人には勝てたことはない。だけど…、前よりも自分が強くなったのを感じる。
木から木へと飛び移って、高速で移動するリーを追いながら、ルーファスはそう思った。
追えている。リーの姿を見失わない程度には動けるようになっている。
リーが時々、鞭を振るって攻撃してくるがそれらを全て躱していく。
地面に着地したと同時にリーの鞭が飛んでくる。ルーファスはそれを見極めて、避けて、リーに近付く。
リーの身体に触れれば、俺の勝ちだ。今日こそは…!ルーファスはリーに手を伸ばした。
ガッと鞭を持つ手を掴み、攻撃を防いだ。
「ッ!?」
リーが驚いたように目を瞠った。
初めて…、リーの攻撃を防ぐことができた。
ハアハア、と肩を上下して呼吸するルーファスを見て、リーはフッと笑い、
「合格よ。ルーファス。」
そう言ったリーは嬉しそうに…、どこか安心したような表情を浮かべていた。
「私からの課題はこれでお終い。」
そう言って、リーはルーファスの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
それはまるで姉が弟を褒めるかのような仕草だった。
合格?俺が…?リーの言葉を聞いても、ルーファスは信じられない気持ちで一杯だった。
まさか、俺がリーの課題を達成できる日が来るなんて…。
「…頑張ってね。ルーファス。きっと、あなたなら乗り越えられるわ。」
どういう意味だろう。
リーは何か知っているのだろうか?俺がこの先、何が起こるのかを…。
その時、濃い霧が辺りを包み込み、リーの姿が見えなくなった。
「リー?」
リーの気配が消えた。しばらくすると、霧は晴れたが、そこにリーはいなかった。
ゴオオ!と巨大な火の球が襲い掛かる。
それを防御魔法で防ぎ、ルーファスはエレンに接近する。
エレンが杖を振って、無詠唱で魔法を連発する。
エレンの杖から、影の刃が生み出され、ルーファスに向かって放たれる。
エレンの攻撃を身体強化魔法と加速魔法を使い、避ける。
そうしている間にもエレンがルーファスに向かって、手を翳す。
ブワッと黒い霧が視界を覆う。
視覚遮断の魔法…!咄嗟に顔を腕で庇うが避けきれずにまともに食らってしまう。
視覚を奪い、隙が生まれたルーファスの身体をエレンの鎖魔法が拘束する。
今日も僕の勝ちか…。フウ、と溜息を吐きながら、エレンはルーファスに近付く。
そのままルーファスの喉元に杖の先端を突き付けようとするが、鎖魔法で拘束されていた筈のルーファスの身体がフッと掻き消えた。
「!」
エレンは目を見開いた。これは、幻覚魔法…!本体はどこに…?
エレンが周囲を見渡したその時、ルーファスが真横に現れた。
エレンが魔法を発動するより早く、ルーファスの剣がエレンの首筋に突き付けられる。
エレンは突き付けられた剣を横目で確認すると、フッと笑い、杖を下ろした。
「…君の勝ちだ。ルーファス。」
エレンの言葉にルーファスは剣を下ろした。
ハアハア、と肩で息をして、呼吸を整える。
あのエレンに勝てる日が来るなんて…。
信じられない。
ルーファスはリーの時と同じような気持ちを抱いた。未だにエレンに勝てた実感がない。
それ位、今までルーファスはエレンに負け続けたからだ。
そんなルーファスにエレンはニコッと笑った。
「よく頑張ったね。ルーファス。」
自分が負けたにも関わらず、エレンはとても嬉しそうだった。
安心した様な…、それでいて少しだけ寂しそうな表情をしていた。
この表情…。同じだ。リーもあの時、今のエレンと同じ顔をしていた。
エレン…?
「君はきっと、これからもっと強くなる。…ルーファス。先輩である僕から一ついい事を教えてあげる。
人が強くなる秘訣はね…、大切な人がいて、その人を守りたいという気持ちがある限り、人は強くなれるんだよ。これは僕の経験談なんだ。僕がそうだったように君もそうなるよ。だから、きっと…、大丈夫だよ。」
ルーファスにというよりは、まるで自分に言い聞かせるような口調だった。
「リスティーナを守りたいという今の気持ちを忘れないで。」
まただ。エレンはどうして、そこまで…。
ルーファスはずっと気になっていた事をエレンに訊ねた。
「エレン。君は…、どうしてそこまでリスティーナを気にかけるんだ?もしかして、エレンはリスティーナと会ったことがあるのか?」
「ないよ。」
エレンはきっぱりとそう断言した。
「リスティーナに会った事はないけど、彼女が幸せになれるように手助けすることが僕の役目だからね。僕は受けた恩はしっかりと返す人間なんだ。それに、家族の幸せを願うのは当たり前のことでしょ?」
「家族…?」
「僕とリスティーナは血筋を辿れば親戚になるんだ。つまり、リスティーナと結婚した君も僕とは親戚関係になるって訳。」
「親戚…!?リスティーナと?エレン。まさか、君は巫女の…?」
「違うよ。僕は巫女の一族じゃない。僕の奥さんが巫女の妹なんだ。」
妹?リスティーナに妹はいない。まさか、リスティーナの母親に妹がいたのか?
しかし、巫女の一族は巫女狩りによってそのほとんどが途絶えてしまっている筈。いや。そういえば、ローザも巫女の末裔だ。ローザの家系と血縁関係のある女性だったという可能性もある。
しかし、エレンの年齢を考えると、リスティーナやローザ位の年齢でないと釣り合いがとれない。
そして、この二人以外に巫女の末裔で若い娘はいない筈。
「エレン。君はもしかして…、」
ルーファスが何かを言いかけるが、その言葉は最後まで口にすることができなかった。
エレンがフッと笑ったかと思ったら、強い風が吹き、エレンの姿が消えてなくなった。
ガッ!キンッ!
剣と剣がぶつかり合い、衝撃波で木々が吹き飛んでいく。
シグルドの剣が連続で突きを放つ。その攻撃を剣で受け流し、軌道を逸らしていく。
相変わらず、凄い力だ…!シグルドの剣は重くて、早い。
シグルドの斬撃を受け流しながら、ルーファスはシグルドの隙を窺う。
振り下ろされた剣を交わし、時には自らの剣で受け止める。一撃でも食らったらその時点で俺の負けだ。それ位にシグルドの攻撃には威力がある。今まで何度もシグルドとは手合わせしてきた。
ルーファスはまだ一度もシグルドに勝ったことがない。全てシグルドの全勝だった。
今日こそは…!シグルドに勝つ!決意を新たにルーファスもシグルドに攻撃を仕掛けていく。
「最初と比べると随分と戦えるようになったじゃないか。ルーファス。だが…、まだまだ隙だらけだ!」
シグルドはそう言って、ルーファスの剣を弾き返し、隙ができた場所を的確に突いてくる。
その攻撃を寸での所で躱していく。
以前の俺だったら、考えられないことだ。あのシグルドとこうして、剣で戦っているなど…。
今なら、分かる。最初のシグルドはかなり手加減していたのだという事を…。
リーとエレン、シグルドに鍛えられ、訓練を受けたからこそ、気付けた。
シグルドは最初は剣を鞘から抜かずに、ルーファスに剣の稽古をしていた。
例え、真剣ではなく、稽古用の模擬剣であったとしても、シグルドの腕なら、十分に威力がある。
まともに攻撃を受ければ無事では済まされない。
それ程に最初はシグルドとルーファスでは実力の差があった。
でも、今は違う。俺は少しずつではあるが、強くなった。現に今、シグルドは鞘から剣を抜いた状態で稽古をしてくれている。
最初の頃よりも動きも早く、攻撃も容赦がない。今のシグルドは手加減なく、本気で勝負をしている。
つまり、俺はやっとシグルドと同じ土台に立てたという事だ。
以前はここまで早く動けなかった。数分どころか数秒でシグルドに負けてしまった。
こんなにもちこたえることもなかった。
ガッ!とシグルドの剣を受け止め、その場で踏みとどまった。
「どうした!ルーファス!お前の本気はそんなものか!」
「ッ!」
激しい鍔迫り合いをしながら、ルーファスはシグルドを見据えた。
シグルドの剣を弾き返して、鋭い突きを放つ。
が、シグルドはその攻撃を回避し、横薙ぎの一撃を放った。
迫りくる剣を身体を逸らして、避ける。かなりギリギリのタイミングだった。
後少し反応が遅かったら、その時点で勝負は決まっていた。
ハアハア、と肩を上下させて息切れをするルーファス。
まずい…。もうほとんど体力が残っていない。
もう…、次の一撃で決めるしかない…!
覚悟を決めたルーファスは一度、距離を取ると、剣を構えて、隙を窺った。
すると、シグルドはルーファスの正面に立つと、音もせずに地面を足で蹴ると、風のような速さでルーファスに接近する。
正面からの攻撃…!ルーファスも迎え撃つために地面を足で蹴り、加速する。
この一撃で決めろ…!これを逃せば…、俺に勝機はない!
ルーファスはグッと剣を握り締めた。
シグルドの剣が振り下ろされる。ルーファスの肩に剣の峰を叩き込もうとした次の瞬間、ルーファスの姿が掻き消えた。
「ッ!?」
シグルドは目を見開く。
その直後、腹部に衝撃を感じた。
シグルドが見下ろせば、ルーファスの剣が腹部に当たっていた。
シグルドの視界から掻き消えて見える程の加速をもってして、真横に移動したルーファスがシグルドの腹に剣を当てたのだ。
ルーファスはハアハア、と肩で息をしながらも、呆然と自分の剣とシグルドを見つめた。
勝ったのか…?俺が…、あのシグルドに…。
フッと笑う声が聞こえる。シグルドは笑っていた。
「一本取られたな。…ルーファス。お前の勝ちだ。」
そう言ったシグルドは寂しそうに…、けれど、嬉しそうな表情をしていた。
初めて…、シグルドに勝てた。
視界が滲むのを唇を噛んで堪える。
俺がシグルドにたった一回でも勝てるだなんて…!俺はちゃんと強くなっているんだ。
こうして、目に見える形で自分の成長を知ることができたルーファスは拳をグッと握り締めた。
「よくやったな。ルーファス。」
「!」
シグルドの言葉にルーファスは目を見開いた。
シグルドが俺を褒めてくれた…。
今まで一度もシグルドはルーファスを褒めたことはなかった。
初めて…、シグルドはルーファスを認めてくれた。それはルーファスを一人前として認めてくれたという事に他ならない。その事がどうしようもなく、嬉しかった。
「強くなったな。本当に…。ここまでよく頑張った。お前は立派な一人の男だ。」
「ッ…!」
あのシグルドが俺を認めてくれた。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。
込み上げる感情を抑えるようにグッと唇を引き結んだ。
「俺の稽古はこれで終いだ。後は、ルーファス。お前次第だ。」
「最後…?俺次第とはどういう?」
「言葉通りだ。俺から言えるのはそれだけだ。…ルーファス。負けるなよ。何が何でも生き残れ。」
「!それは、どういう意味だ…?俺はもうすぐ死ぬかもしれないのか?」
現実のルーファスは強くはない。呪いで侵食されていく身体…。死期が近いのは薄々感づいている。
死が一刻、一刻と迫っていく恐怖に押しつぶされそうになる。
シグルドの言葉により、その恐怖と不安は増していくばかりだ。
シグルドはルーファスの質問にすぐには答えず、無言のままだった。
しばらく無言のままだったがやがて、ゆっくりと口を開くと、
「ルーファス。お前の身体はもう最終段階を迎えているんだ。エレンもリーも俺も…、それを乗り越えた。だから、お前も…、乗り越えろよ。ルーファス。」
最終段階?まさか、あの呪いには段階があるのか?
高熱が出たり、黒い紋様が身体に刻まれたのも…。幻覚や幻聴、全身の激痛や目が見えなくなったりしたのも、恐ろしい悪夢を見るのも…。あれらは全て、段階に分けられて…?
最終段階には一体、何が待ち受けているんだ。
「それを乗り越えられなかったら…?」
「その時は死ぬだけだ。乗り越えた人間だけが生き残る。」
予想通りの答えにルーファスは立ち尽くすことしかできない。
生きる為には…、耐えて、乗り越えるしかない。
死ねない。俺はまだ死ぬわけにはいかない…!
リスティーナを残しては…!
シグルドはスッと視線を外すと、ルーファスに背中を向けた。
「ルーファス。最後に忠告だけしてやる。お前は俺のようにはなるなよ。」
「え…?」
「俺の話はこれで終いだ。…負けるなよ。ルーファス。」
「シグルド!待ってくれ!まだ…!」
まだ聞きたいことがあった。ルーファスはそんな思いで呼び止めるが、シグルドは聞く耳を持たずに森の奥に入って行ってしまう。
慌てて、追いかけるがシグルドを追っている内に魔物が現れ、その相手をして倒していると、いつの間にかシグルドの姿を見失ってしまった。
「シグルド!」
シグルドの魔力を感知して、居場所を探ろうとするがシグルドの魔力が消えていた。
リーやエレンの時と同じように…、一瞬で姿を消してしまった。
シグルド。エレン。リー。不思議な人達だった。急に現れて、そして、突然消えていなくなる。
あの三人は一体、何者なんだ?
最初は何もできなかった。三人の動きについていけなかったし、負けてばかりだった。
一度もこの三人には勝てたことはない。だけど…、前よりも自分が強くなったのを感じる。
木から木へと飛び移って、高速で移動するリーを追いながら、ルーファスはそう思った。
追えている。リーの姿を見失わない程度には動けるようになっている。
リーが時々、鞭を振るって攻撃してくるがそれらを全て躱していく。
地面に着地したと同時にリーの鞭が飛んでくる。ルーファスはそれを見極めて、避けて、リーに近付く。
リーの身体に触れれば、俺の勝ちだ。今日こそは…!ルーファスはリーに手を伸ばした。
ガッと鞭を持つ手を掴み、攻撃を防いだ。
「ッ!?」
リーが驚いたように目を瞠った。
初めて…、リーの攻撃を防ぐことができた。
ハアハア、と肩を上下して呼吸するルーファスを見て、リーはフッと笑い、
「合格よ。ルーファス。」
そう言ったリーは嬉しそうに…、どこか安心したような表情を浮かべていた。
「私からの課題はこれでお終い。」
そう言って、リーはルーファスの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
それはまるで姉が弟を褒めるかのような仕草だった。
合格?俺が…?リーの言葉を聞いても、ルーファスは信じられない気持ちで一杯だった。
まさか、俺がリーの課題を達成できる日が来るなんて…。
「…頑張ってね。ルーファス。きっと、あなたなら乗り越えられるわ。」
どういう意味だろう。
リーは何か知っているのだろうか?俺がこの先、何が起こるのかを…。
その時、濃い霧が辺りを包み込み、リーの姿が見えなくなった。
「リー?」
リーの気配が消えた。しばらくすると、霧は晴れたが、そこにリーはいなかった。
ゴオオ!と巨大な火の球が襲い掛かる。
それを防御魔法で防ぎ、ルーファスはエレンに接近する。
エレンが杖を振って、無詠唱で魔法を連発する。
エレンの杖から、影の刃が生み出され、ルーファスに向かって放たれる。
エレンの攻撃を身体強化魔法と加速魔法を使い、避ける。
そうしている間にもエレンがルーファスに向かって、手を翳す。
ブワッと黒い霧が視界を覆う。
視覚遮断の魔法…!咄嗟に顔を腕で庇うが避けきれずにまともに食らってしまう。
視覚を奪い、隙が生まれたルーファスの身体をエレンの鎖魔法が拘束する。
今日も僕の勝ちか…。フウ、と溜息を吐きながら、エレンはルーファスに近付く。
そのままルーファスの喉元に杖の先端を突き付けようとするが、鎖魔法で拘束されていた筈のルーファスの身体がフッと掻き消えた。
「!」
エレンは目を見開いた。これは、幻覚魔法…!本体はどこに…?
エレンが周囲を見渡したその時、ルーファスが真横に現れた。
エレンが魔法を発動するより早く、ルーファスの剣がエレンの首筋に突き付けられる。
エレンは突き付けられた剣を横目で確認すると、フッと笑い、杖を下ろした。
「…君の勝ちだ。ルーファス。」
エレンの言葉にルーファスは剣を下ろした。
ハアハア、と肩で息をして、呼吸を整える。
あのエレンに勝てる日が来るなんて…。
信じられない。
ルーファスはリーの時と同じような気持ちを抱いた。未だにエレンに勝てた実感がない。
それ位、今までルーファスはエレンに負け続けたからだ。
そんなルーファスにエレンはニコッと笑った。
「よく頑張ったね。ルーファス。」
自分が負けたにも関わらず、エレンはとても嬉しそうだった。
安心した様な…、それでいて少しだけ寂しそうな表情をしていた。
この表情…。同じだ。リーもあの時、今のエレンと同じ顔をしていた。
エレン…?
「君はきっと、これからもっと強くなる。…ルーファス。先輩である僕から一ついい事を教えてあげる。
人が強くなる秘訣はね…、大切な人がいて、その人を守りたいという気持ちがある限り、人は強くなれるんだよ。これは僕の経験談なんだ。僕がそうだったように君もそうなるよ。だから、きっと…、大丈夫だよ。」
ルーファスにというよりは、まるで自分に言い聞かせるような口調だった。
「リスティーナを守りたいという今の気持ちを忘れないで。」
まただ。エレンはどうして、そこまで…。
ルーファスはずっと気になっていた事をエレンに訊ねた。
「エレン。君は…、どうしてそこまでリスティーナを気にかけるんだ?もしかして、エレンはリスティーナと会ったことがあるのか?」
「ないよ。」
エレンはきっぱりとそう断言した。
「リスティーナに会った事はないけど、彼女が幸せになれるように手助けすることが僕の役目だからね。僕は受けた恩はしっかりと返す人間なんだ。それに、家族の幸せを願うのは当たり前のことでしょ?」
「家族…?」
「僕とリスティーナは血筋を辿れば親戚になるんだ。つまり、リスティーナと結婚した君も僕とは親戚関係になるって訳。」
「親戚…!?リスティーナと?エレン。まさか、君は巫女の…?」
「違うよ。僕は巫女の一族じゃない。僕の奥さんが巫女の妹なんだ。」
妹?リスティーナに妹はいない。まさか、リスティーナの母親に妹がいたのか?
しかし、巫女の一族は巫女狩りによってそのほとんどが途絶えてしまっている筈。いや。そういえば、ローザも巫女の末裔だ。ローザの家系と血縁関係のある女性だったという可能性もある。
しかし、エレンの年齢を考えると、リスティーナやローザ位の年齢でないと釣り合いがとれない。
そして、この二人以外に巫女の末裔で若い娘はいない筈。
「エレン。君はもしかして…、」
ルーファスが何かを言いかけるが、その言葉は最後まで口にすることができなかった。
エレンがフッと笑ったかと思ったら、強い風が吹き、エレンの姿が消えてなくなった。
ガッ!キンッ!
剣と剣がぶつかり合い、衝撃波で木々が吹き飛んでいく。
シグルドの剣が連続で突きを放つ。その攻撃を剣で受け流し、軌道を逸らしていく。
相変わらず、凄い力だ…!シグルドの剣は重くて、早い。
シグルドの斬撃を受け流しながら、ルーファスはシグルドの隙を窺う。
振り下ろされた剣を交わし、時には自らの剣で受け止める。一撃でも食らったらその時点で俺の負けだ。それ位にシグルドの攻撃には威力がある。今まで何度もシグルドとは手合わせしてきた。
ルーファスはまだ一度もシグルドに勝ったことがない。全てシグルドの全勝だった。
今日こそは…!シグルドに勝つ!決意を新たにルーファスもシグルドに攻撃を仕掛けていく。
「最初と比べると随分と戦えるようになったじゃないか。ルーファス。だが…、まだまだ隙だらけだ!」
シグルドはそう言って、ルーファスの剣を弾き返し、隙ができた場所を的確に突いてくる。
その攻撃を寸での所で躱していく。
以前の俺だったら、考えられないことだ。あのシグルドとこうして、剣で戦っているなど…。
今なら、分かる。最初のシグルドはかなり手加減していたのだという事を…。
リーとエレン、シグルドに鍛えられ、訓練を受けたからこそ、気付けた。
シグルドは最初は剣を鞘から抜かずに、ルーファスに剣の稽古をしていた。
例え、真剣ではなく、稽古用の模擬剣であったとしても、シグルドの腕なら、十分に威力がある。
まともに攻撃を受ければ無事では済まされない。
それ程に最初はシグルドとルーファスでは実力の差があった。
でも、今は違う。俺は少しずつではあるが、強くなった。現に今、シグルドは鞘から剣を抜いた状態で稽古をしてくれている。
最初の頃よりも動きも早く、攻撃も容赦がない。今のシグルドは手加減なく、本気で勝負をしている。
つまり、俺はやっとシグルドと同じ土台に立てたという事だ。
以前はここまで早く動けなかった。数分どころか数秒でシグルドに負けてしまった。
こんなにもちこたえることもなかった。
ガッ!とシグルドの剣を受け止め、その場で踏みとどまった。
「どうした!ルーファス!お前の本気はそんなものか!」
「ッ!」
激しい鍔迫り合いをしながら、ルーファスはシグルドを見据えた。
シグルドの剣を弾き返して、鋭い突きを放つ。
が、シグルドはその攻撃を回避し、横薙ぎの一撃を放った。
迫りくる剣を身体を逸らして、避ける。かなりギリギリのタイミングだった。
後少し反応が遅かったら、その時点で勝負は決まっていた。
ハアハア、と肩を上下させて息切れをするルーファス。
まずい…。もうほとんど体力が残っていない。
もう…、次の一撃で決めるしかない…!
覚悟を決めたルーファスは一度、距離を取ると、剣を構えて、隙を窺った。
すると、シグルドはルーファスの正面に立つと、音もせずに地面を足で蹴ると、風のような速さでルーファスに接近する。
正面からの攻撃…!ルーファスも迎え撃つために地面を足で蹴り、加速する。
この一撃で決めろ…!これを逃せば…、俺に勝機はない!
ルーファスはグッと剣を握り締めた。
シグルドの剣が振り下ろされる。ルーファスの肩に剣の峰を叩き込もうとした次の瞬間、ルーファスの姿が掻き消えた。
「ッ!?」
シグルドは目を見開く。
その直後、腹部に衝撃を感じた。
シグルドが見下ろせば、ルーファスの剣が腹部に当たっていた。
シグルドの視界から掻き消えて見える程の加速をもってして、真横に移動したルーファスがシグルドの腹に剣を当てたのだ。
ルーファスはハアハア、と肩で息をしながらも、呆然と自分の剣とシグルドを見つめた。
勝ったのか…?俺が…、あのシグルドに…。
フッと笑う声が聞こえる。シグルドは笑っていた。
「一本取られたな。…ルーファス。お前の勝ちだ。」
そう言ったシグルドは寂しそうに…、けれど、嬉しそうな表情をしていた。
初めて…、シグルドに勝てた。
視界が滲むのを唇を噛んで堪える。
俺がシグルドにたった一回でも勝てるだなんて…!俺はちゃんと強くなっているんだ。
こうして、目に見える形で自分の成長を知ることができたルーファスは拳をグッと握り締めた。
「よくやったな。ルーファス。」
「!」
シグルドの言葉にルーファスは目を見開いた。
シグルドが俺を褒めてくれた…。
今まで一度もシグルドはルーファスを褒めたことはなかった。
初めて…、シグルドはルーファスを認めてくれた。それはルーファスを一人前として認めてくれたという事に他ならない。その事がどうしようもなく、嬉しかった。
「強くなったな。本当に…。ここまでよく頑張った。お前は立派な一人の男だ。」
「ッ…!」
あのシグルドが俺を認めてくれた。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。
込み上げる感情を抑えるようにグッと唇を引き結んだ。
「俺の稽古はこれで終いだ。後は、ルーファス。お前次第だ。」
「最後…?俺次第とはどういう?」
「言葉通りだ。俺から言えるのはそれだけだ。…ルーファス。負けるなよ。何が何でも生き残れ。」
「!それは、どういう意味だ…?俺はもうすぐ死ぬかもしれないのか?」
現実のルーファスは強くはない。呪いで侵食されていく身体…。死期が近いのは薄々感づいている。
死が一刻、一刻と迫っていく恐怖に押しつぶされそうになる。
シグルドの言葉により、その恐怖と不安は増していくばかりだ。
シグルドはルーファスの質問にすぐには答えず、無言のままだった。
しばらく無言のままだったがやがて、ゆっくりと口を開くと、
「ルーファス。お前の身体はもう最終段階を迎えているんだ。エレンもリーも俺も…、それを乗り越えた。だから、お前も…、乗り越えろよ。ルーファス。」
最終段階?まさか、あの呪いには段階があるのか?
高熱が出たり、黒い紋様が身体に刻まれたのも…。幻覚や幻聴、全身の激痛や目が見えなくなったりしたのも、恐ろしい悪夢を見るのも…。あれらは全て、段階に分けられて…?
最終段階には一体、何が待ち受けているんだ。
「それを乗り越えられなかったら…?」
「その時は死ぬだけだ。乗り越えた人間だけが生き残る。」
予想通りの答えにルーファスは立ち尽くすことしかできない。
生きる為には…、耐えて、乗り越えるしかない。
死ねない。俺はまだ死ぬわけにはいかない…!
リスティーナを残しては…!
シグルドはスッと視線を外すと、ルーファスに背中を向けた。
「ルーファス。最後に忠告だけしてやる。お前は俺のようにはなるなよ。」
「え…?」
「俺の話はこれで終いだ。…負けるなよ。ルーファス。」
「シグルド!待ってくれ!まだ…!」
まだ聞きたいことがあった。ルーファスはそんな思いで呼び止めるが、シグルドは聞く耳を持たずに森の奥に入って行ってしまう。
慌てて、追いかけるがシグルドを追っている内に魔物が現れ、その相手をして倒していると、いつの間にかシグルドの姿を見失ってしまった。
「シグルド!」
シグルドの魔力を感知して、居場所を探ろうとするがシグルドの魔力が消えていた。
リーやエレンの時と同じように…、一瞬で姿を消してしまった。
シグルド。エレン。リー。不思議な人達だった。急に現れて、そして、突然消えていなくなる。
あの三人は一体、何者なんだ?
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エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
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