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第四章 覚醒編
木彫りの人形
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「やれやれ…。フィオナ様の機転のお蔭で何とかあいつらに絡まれずにすみました。」
「あの…、さっきの人達は聖女様とはどういう…?」
「ああ。彼らは皆、この国の高位貴族の息子達でフィオナ様の婚約者候補ですよ。」
「婚約者候補…。そういえば、聖女様はまだ婚約者もいないのでしたね。」
「ええ。ですから、あのように必死に聖女様の心を射止めようと纏わりついているのですよ。
けれど、あの通り聖女様の気を惹くために自分達以外の人間を排除しようとする傾向にあるので…。
少し聖女様と話しただけでああやって絡んでくるので絡まれる前に逃げるのが得策です。」
「そ、そうなんですか。随分と詳しいのですね。」
「一回、経験しましたからね。あんな面倒はもう二度と御免です。」
ハー、と溜息を吐くジェレミア。
リスティーナは何となく、何があったのか察した。
きっと、彼らはジェレミアを強敵なライバルとして敵視したのだろう。
ジェレミアは一見、男性のように見えるし、美形が多いとされる高位貴族や王族と比べても彼女の美貌は抜きんでている。
聖女の婚約者の座を狙っている彼らが警戒するのも当然だろう。
私も初めて会った時は男性かと思ったし、見惚れてしまった位なのだから。
でも、そのせいでジェレミア様は色んな所で苦労しているようだ。
ハリト皇子の件でも苦労しているみたいだし、ジェレミア様って苦労性なのかもしれない。
リスティーナは心底、同情した。
「あの…、皇女殿下…。」
「ジェレミアで結構ですよ。ここは公式の場でもありませんから。」
「え、ですが…、いいのでしょうか?」
「勿論です。皇女殿下と呼ばれるよりも、名前で呼ばれる方が私は嬉しいのです。」
「で、では…、ジェレミア様…。」
嬉しい。何だか、少しだけジェレミア様と仲良くなれた気がした。
リスティーナの言葉にジェレミアも嬉しそうに微笑んでくれた。
同性だと分かっていてもその美しい笑顔に思わずドキッとしてしまう。
「あ、あの…、そういえば、ジェレミア様はどうして、こちらに?」
「実は先程、ルーファス殿下の元を訪ねたら、丁度あなたの侍女に会ってリスティーナ様がルーファス殿下に同行して、避暑地に行かれると聞きまして…。それで最後にご挨拶だけでもと…。」
「まあ、わざわざありがとうございます。」
ジェレミアの心遣いが嬉しくてリスティーナは微笑んだ。
「しかし、災難でしたね。あの変態王太子に言い寄られるとは…。リスティーナ様が逆らえないのをいいことにあのように強引に迫るだなんて本当にどうしようもない男です。」
変態王太子。それって、ラシード殿下の事?
吐き捨てるような口調でそう言うジェレミアはさっきラシードの前で見せた紳士然とした表情とは打って変わって、苦々しい表情をしている。
「百歩譲って、フィオナ様や私のように恋人や婚約者のいない相手に言い寄るならまだしも、ルーファス殿下の側室であるリスティーナ様にも手を出そうとするなんて…。」
「もしかして、ジェレミア様もラシード殿下に…?ひょっとして、さっきラシード殿下が言っていた提案って…、」
「あー、実は、初めてラシード殿下にお会いした時、俺のハーレムに入らないかと言われたことがありまして…。」
「え!?」
「勿論、秒で断りましたよ。どうも、男装している私に興味を持ったようで…。あの変態王太子はパレフィエ国の王族でしかも、勇者という称号持ちでしょう?おまけに顔がいいせいか女に断られるという経験がほとんどなかったので断ったわたしを面白がって会うたびにハーレムに入らないかと言ってくるんですよ。…全く、いい根性してますよ。こっちが下手に出ていれば調子に乗って自分の要求を通そうとしてくるなんて。」
「ご、ごめんなさい!私を庇ったせいで…、」
「ああ。大丈夫ですよ。さっきので話し合いはケリがつきましたし、あれ以上は何も言ってこないでしょうから。」
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?後から、ジェレミア様に何か無茶な要求をしたりとかしないでしょうか?」
「大丈夫です。ああいう男はプライドが高く、無駄に自信家なので権力や地位を振り翳すような真似はしません。女を脅すなんてモテない男のすることだと公言しているような人ですから。自分の魅力だけで女を落とすことに価値を見出しているんですよ。ですから、心配は無用です。」
た、確かにラシード殿下ならそうするかもしれない。
ジェレミア様はラシード殿下の性格をよく知っているのね。
きっと、自分の身を守る為にラシード殿下の行動や性質を把握しているのだろう。
それにしても、ジェレミア様ってすごい観察眼の持ち主だ。
普通の女性なら、多分、ラシード殿下の容姿とか地位とか勇者という称号に目が眩んでしまいそうなのにそれに惑わされないでしっかりと自分を貫いている。
リスティーナはジェレミアに対して、益々好感を抱いた。
「リスティーナ様も気を付けた方がいいですよ。あの男は婚約者がいる女性や人妻にも手を出すような男ですから。大方、女を口説くのが礼儀だとでも思っているんでしょう。呆れたものです。」
「は、はい。気を付けます。」
昨日、ラシード殿下に妃になれって言われたのはびっくりしたけど、ジェレミア様にも同じことを言っていたんだ。きっと、他の女性にも似たような事を言っているのだろう。
リスティーナはホッとした。良かった。やっぱり、私の勘違いだったみたい。
きっと、私はラシード殿下が声を掛けた女性達の一人に過ぎないのだろう。
自分に執着している訳ではないのだという答えを出したリスティーナは心の底から安堵した。
「そうだ。リスティーナ様。良かったら…、道中のお守り代わりにこれを…。」
そう言って、ジェレミアはリスティーナに木彫りの人形を差し出した。
それは女神様の人形だった。
この顔…。アリスティア女神様の…?
「わあ…!もしかして、これ、アリスティア女神様ですか?」
「ええ。そうです。よく分かりましたね。」
「子供の頃に神話の本で見たことがあったので…。あの、でも、いいのですか?こんな素敵な物を私が頂いてしまっても…、」
「構いませんよ。私は他にも似たような物を持っていますから。どうぞ、受け取ってください。あなたに女神様の加護がありますように。」
「あ、ありがとうございます。…とても嬉しいです。大切にしますね。」
ジェレミアの気遣いが嬉しくて、リスティーナは微笑んで礼を述べた。
綺麗…。思わずまじまじと見つめる。一目見て、アリスティア女神だと分かる程の出来栄えだ。
繊細でとても丁寧に彫られている。きっと、名のある職人が作ったのだろう。
「それにしてもこの木彫りの人形はよくできていますね。昔、本の挿絵に載っていた女神様にそっくりです。この彫刻を作った人はとても腕のいい職人なのですね。」
一目見て、アリスティア女神だと分かる程の出来栄えだ。繊細でとても丁寧に彫られている。
リスティーナはそっと優しく女神様の彫刻を撫でた。
すると、ジェレミアは少し照れくさそうな表情を浮かべながら、
「えっと…、実はそれ、私が彫ったのです。」
「え!?ジェレミア様が!?」
思わず彫刻とジェレミアを交互に見つめる。
「私の母は木彫りが趣味で…。その影響で私も幼い頃からよく木彫りを作っていたんです。まあ、趣味で作った物なのでそこまで完成度は高くはないのですが…、」
「そんな事ないです!彫刻職人が作った物かと思う位によくできていると思います。皇女殿下は手先が器用なのですね。こんな素敵な物が作れるなんて、凄いです。」
「…ありがとうございます。」
ジェレミアは嬉しそうに目を細め、口元を綻ばせた。
その表情は思わず目を奪われる程に美しく、魅力的だった。
さっきのラシード殿下と対峙していた時の穏やかな紳士然とした姿も素敵だったけど、こっちの方が人間味に溢れていて、とても魅力的だ。
「あ。あの馬車でしょうか?」
気付いたら、馬車の所に戻ってきていた。
あっ、そうだ!
「あの…、ジェレミア様。少しここで待って頂けますか?すぐに戻りますから。」
そう言って、リスティーナはジェレミアの了承を得て、その場で待っててもらい、荷台に積んでいた自分の荷物から茶葉が入った箱を取り出した。
「お待たせしました!ジェレミア様。あの…、良ければこちらを…。」
「これは…?」
リスティーナが差し出した箱をジェレミアは受け取り、リスティーナを不思議そうに見つめる。
「私がブレンドした茶葉です。アプリコット入りのルイボスティーで…。」
「リスティーナ様が?そういえば、昨日あなたに淹れて頂いたお茶はとても美味しかったです。でも、いいのですか?そのような物をわたしが頂いても…、」
「勿論です!ジェレミア様には色々とお世話になりましたし、お守りも頂いたのでこれはせめてものお返しです。本当はちゃんとした物を用意したかったのですが今はこれ位しかお返しができなくて…。次にお会いする機会があれば是非、ちゃんとしたお礼をさせて下さい。」
「そんな事気にしないでください。リスティーナ様には兄の件でご迷惑を掛けたのですから礼など気にしなくていいんですよ。…でも、ありがとうございます。とても、嬉しいです。折角のご好意ですし、この茶葉頂いても?」
「はい!是非!」
ジェレミアはお礼を言って、そっと茶葉の箱を受け取った。
「アプリコットのルイボスティーなんて初めて聞きました。」
「ルイボスティーは果物系と組み合わせると、香りが引き立って美味しいお茶になるんです。アプリコット以外にもオレンジやレモン、林檎や桃も合うんですよ。」
「へえ。そうなんですか。ルイボスティーにも色々と種類があるんですね。」
リスティーナの言葉に感心したように呟いていたジェレミアが急に眉を顰めた。
そっと、耳につけている耳飾りに手を触れる。
「何だ。ユラン。」
あれ?耳飾りの宝石が少し光っている。もしかして、あれって通信魔道具?
帝国にはあんな便利な魔道具もあるんだ。
ジェレミアはややげんなりした顔をすると、長い長い溜息を吐いた。
「…はあ。分かった。すぐに行く。それまで何とかしろ。」
そう言って、ジェレミアは耳飾りから手を離した。
そして、リスティーナに向き直ると、ジェレミアは申し訳なさそうな表情を浮かべ、
「すみません。リスティーナ様。実は、あの馬鹿…、兄上に呼ばれまして今すぐ行かなければならなくなってしまい…、見送りができず、申し訳ありません。」
馬鹿と言いかけてすぐに兄上と言い直したところを見ると、ハリト皇子関係だろう。
また、ハリト殿下が何か問題を起こしたのだろうか。
「いえ…。私の事はどうぞお構いなく。助けて貰った上にここまで送ってくださってありがとうございました。このお守りの彫刻、大事にしますね。あの、それより、ジェレミア様は大丈夫ですか?」
「心配してくれているのですか?ありがとうございます。私なら大丈夫ですよ。大したことではありませんから。…お茶、ありがとうございます。私こそ、大事に飲みますね。」
ジェレミアの言葉にリスティーナは微笑んだ。
自分が作った物を大切にしてくれるなんて嬉しい。
そのまま立ち去るかと思いきや、ジェレミアはその場に突っ立ったまま、言いづらそうに口を開いた。
「あの…、リスティーナ様。最後に一つだけあなたに質問をしてもよろしいでしょうか?」
「?はい。」
聞きたい事って何だろう。私に分かる事かな?
リスティーナはジェレミアの突然の言葉に戸惑いながらも頷いた。
「その…、」
ジェレミアは少し迷うような素振りを見せた後、意を決したようにリスティーナに問いかけた。
「突然、こんな事を聞かれて戸惑うかもしれませんが…、恋をしたり、誰かを愛するとは…、幸せな事なのですか?」
どうして、そんな事を聞くのだろう?
不思議に思いながらも、正直にリスティーナは話した。
「わ、私は…、正直、まだよく分からないです…。私…、今まで恋をしたことがないんです。
私にとっての男性は平気で嘘を吐くし、時には言う事を聞かせるために暴力を振るうので怖くて…。
人間というよりも凶暴で残忍な生き物のように思えてしまってとても好きにはなれなかったんです。
でも…、それは一部の人達なんだって最近、気付いたんです。
ルーファス様に出会ってから…。私の中の男性像が大きく変わりました。
ルーファス様は…、今までの男性とは全然違って…、とても優しくて…。私…、感動したんです。
こんな男性が世の中に存在したんだなって…。」
ジェレミアは黙ってこちらの話に耳を傾けて聞いている。
「は、恥ずかしい話ですけど…、初恋なんです。恋をすると、幸せな気持ちになれるってよく聞きますけど…、ほ、本当にそうなんだなって実感してます。
こ、恋をしたり、誰かを好きになると、世界が変わるんです。
灰色だった世界がパッとまるで花が咲くように一瞬で…。今の私は幸せな気持ちで一杯です。
だから…、私は恋をするのは幸せな事だと思います。」
「…そう、ですか…。」
ジェレミアは思い悩んだ表情で目を伏せた。
「ジェレミア様…?」
「最後にあなたと話せて良かったです。ありがとうございます。リスティーナ様。」
そう言ったジェレミアの顔は少しだけすっきりとした表情を浮かべていた。
「どうか、道中お気をつけて。また、機会があればお会いしましょう。」
「はい。こちらこそ、色々と気遣って下さり、ありがとうございます。ジェレミア様。また会える日を楽しみにしています。」
リスティーナは微笑んでジェレミアの姿を見えなくなるまで見送った。
もう少しお話ししてみたかったな。少しだけ残念な気持ちを抱きながらもリスティーナはジェレミアと別れた。
「あの…、さっきの人達は聖女様とはどういう…?」
「ああ。彼らは皆、この国の高位貴族の息子達でフィオナ様の婚約者候補ですよ。」
「婚約者候補…。そういえば、聖女様はまだ婚約者もいないのでしたね。」
「ええ。ですから、あのように必死に聖女様の心を射止めようと纏わりついているのですよ。
けれど、あの通り聖女様の気を惹くために自分達以外の人間を排除しようとする傾向にあるので…。
少し聖女様と話しただけでああやって絡んでくるので絡まれる前に逃げるのが得策です。」
「そ、そうなんですか。随分と詳しいのですね。」
「一回、経験しましたからね。あんな面倒はもう二度と御免です。」
ハー、と溜息を吐くジェレミア。
リスティーナは何となく、何があったのか察した。
きっと、彼らはジェレミアを強敵なライバルとして敵視したのだろう。
ジェレミアは一見、男性のように見えるし、美形が多いとされる高位貴族や王族と比べても彼女の美貌は抜きんでている。
聖女の婚約者の座を狙っている彼らが警戒するのも当然だろう。
私も初めて会った時は男性かと思ったし、見惚れてしまった位なのだから。
でも、そのせいでジェレミア様は色んな所で苦労しているようだ。
ハリト皇子の件でも苦労しているみたいだし、ジェレミア様って苦労性なのかもしれない。
リスティーナは心底、同情した。
「あの…、皇女殿下…。」
「ジェレミアで結構ですよ。ここは公式の場でもありませんから。」
「え、ですが…、いいのでしょうか?」
「勿論です。皇女殿下と呼ばれるよりも、名前で呼ばれる方が私は嬉しいのです。」
「で、では…、ジェレミア様…。」
嬉しい。何だか、少しだけジェレミア様と仲良くなれた気がした。
リスティーナの言葉にジェレミアも嬉しそうに微笑んでくれた。
同性だと分かっていてもその美しい笑顔に思わずドキッとしてしまう。
「あ、あの…、そういえば、ジェレミア様はどうして、こちらに?」
「実は先程、ルーファス殿下の元を訪ねたら、丁度あなたの侍女に会ってリスティーナ様がルーファス殿下に同行して、避暑地に行かれると聞きまして…。それで最後にご挨拶だけでもと…。」
「まあ、わざわざありがとうございます。」
ジェレミアの心遣いが嬉しくてリスティーナは微笑んだ。
「しかし、災難でしたね。あの変態王太子に言い寄られるとは…。リスティーナ様が逆らえないのをいいことにあのように強引に迫るだなんて本当にどうしようもない男です。」
変態王太子。それって、ラシード殿下の事?
吐き捨てるような口調でそう言うジェレミアはさっきラシードの前で見せた紳士然とした表情とは打って変わって、苦々しい表情をしている。
「百歩譲って、フィオナ様や私のように恋人や婚約者のいない相手に言い寄るならまだしも、ルーファス殿下の側室であるリスティーナ様にも手を出そうとするなんて…。」
「もしかして、ジェレミア様もラシード殿下に…?ひょっとして、さっきラシード殿下が言っていた提案って…、」
「あー、実は、初めてラシード殿下にお会いした時、俺のハーレムに入らないかと言われたことがありまして…。」
「え!?」
「勿論、秒で断りましたよ。どうも、男装している私に興味を持ったようで…。あの変態王太子はパレフィエ国の王族でしかも、勇者という称号持ちでしょう?おまけに顔がいいせいか女に断られるという経験がほとんどなかったので断ったわたしを面白がって会うたびにハーレムに入らないかと言ってくるんですよ。…全く、いい根性してますよ。こっちが下手に出ていれば調子に乗って自分の要求を通そうとしてくるなんて。」
「ご、ごめんなさい!私を庇ったせいで…、」
「ああ。大丈夫ですよ。さっきので話し合いはケリがつきましたし、あれ以上は何も言ってこないでしょうから。」
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?後から、ジェレミア様に何か無茶な要求をしたりとかしないでしょうか?」
「大丈夫です。ああいう男はプライドが高く、無駄に自信家なので権力や地位を振り翳すような真似はしません。女を脅すなんてモテない男のすることだと公言しているような人ですから。自分の魅力だけで女を落とすことに価値を見出しているんですよ。ですから、心配は無用です。」
た、確かにラシード殿下ならそうするかもしれない。
ジェレミア様はラシード殿下の性格をよく知っているのね。
きっと、自分の身を守る為にラシード殿下の行動や性質を把握しているのだろう。
それにしても、ジェレミア様ってすごい観察眼の持ち主だ。
普通の女性なら、多分、ラシード殿下の容姿とか地位とか勇者という称号に目が眩んでしまいそうなのにそれに惑わされないでしっかりと自分を貫いている。
リスティーナはジェレミアに対して、益々好感を抱いた。
「リスティーナ様も気を付けた方がいいですよ。あの男は婚約者がいる女性や人妻にも手を出すような男ですから。大方、女を口説くのが礼儀だとでも思っているんでしょう。呆れたものです。」
「は、はい。気を付けます。」
昨日、ラシード殿下に妃になれって言われたのはびっくりしたけど、ジェレミア様にも同じことを言っていたんだ。きっと、他の女性にも似たような事を言っているのだろう。
リスティーナはホッとした。良かった。やっぱり、私の勘違いだったみたい。
きっと、私はラシード殿下が声を掛けた女性達の一人に過ぎないのだろう。
自分に執着している訳ではないのだという答えを出したリスティーナは心の底から安堵した。
「そうだ。リスティーナ様。良かったら…、道中のお守り代わりにこれを…。」
そう言って、ジェレミアはリスティーナに木彫りの人形を差し出した。
それは女神様の人形だった。
この顔…。アリスティア女神様の…?
「わあ…!もしかして、これ、アリスティア女神様ですか?」
「ええ。そうです。よく分かりましたね。」
「子供の頃に神話の本で見たことがあったので…。あの、でも、いいのですか?こんな素敵な物を私が頂いてしまっても…、」
「構いませんよ。私は他にも似たような物を持っていますから。どうぞ、受け取ってください。あなたに女神様の加護がありますように。」
「あ、ありがとうございます。…とても嬉しいです。大切にしますね。」
ジェレミアの気遣いが嬉しくて、リスティーナは微笑んで礼を述べた。
綺麗…。思わずまじまじと見つめる。一目見て、アリスティア女神だと分かる程の出来栄えだ。
繊細でとても丁寧に彫られている。きっと、名のある職人が作ったのだろう。
「それにしてもこの木彫りの人形はよくできていますね。昔、本の挿絵に載っていた女神様にそっくりです。この彫刻を作った人はとても腕のいい職人なのですね。」
一目見て、アリスティア女神だと分かる程の出来栄えだ。繊細でとても丁寧に彫られている。
リスティーナはそっと優しく女神様の彫刻を撫でた。
すると、ジェレミアは少し照れくさそうな表情を浮かべながら、
「えっと…、実はそれ、私が彫ったのです。」
「え!?ジェレミア様が!?」
思わず彫刻とジェレミアを交互に見つめる。
「私の母は木彫りが趣味で…。その影響で私も幼い頃からよく木彫りを作っていたんです。まあ、趣味で作った物なのでそこまで完成度は高くはないのですが…、」
「そんな事ないです!彫刻職人が作った物かと思う位によくできていると思います。皇女殿下は手先が器用なのですね。こんな素敵な物が作れるなんて、凄いです。」
「…ありがとうございます。」
ジェレミアは嬉しそうに目を細め、口元を綻ばせた。
その表情は思わず目を奪われる程に美しく、魅力的だった。
さっきのラシード殿下と対峙していた時の穏やかな紳士然とした姿も素敵だったけど、こっちの方が人間味に溢れていて、とても魅力的だ。
「あ。あの馬車でしょうか?」
気付いたら、馬車の所に戻ってきていた。
あっ、そうだ!
「あの…、ジェレミア様。少しここで待って頂けますか?すぐに戻りますから。」
そう言って、リスティーナはジェレミアの了承を得て、その場で待っててもらい、荷台に積んでいた自分の荷物から茶葉が入った箱を取り出した。
「お待たせしました!ジェレミア様。あの…、良ければこちらを…。」
「これは…?」
リスティーナが差し出した箱をジェレミアは受け取り、リスティーナを不思議そうに見つめる。
「私がブレンドした茶葉です。アプリコット入りのルイボスティーで…。」
「リスティーナ様が?そういえば、昨日あなたに淹れて頂いたお茶はとても美味しかったです。でも、いいのですか?そのような物をわたしが頂いても…、」
「勿論です!ジェレミア様には色々とお世話になりましたし、お守りも頂いたのでこれはせめてものお返しです。本当はちゃんとした物を用意したかったのですが今はこれ位しかお返しができなくて…。次にお会いする機会があれば是非、ちゃんとしたお礼をさせて下さい。」
「そんな事気にしないでください。リスティーナ様には兄の件でご迷惑を掛けたのですから礼など気にしなくていいんですよ。…でも、ありがとうございます。とても、嬉しいです。折角のご好意ですし、この茶葉頂いても?」
「はい!是非!」
ジェレミアはお礼を言って、そっと茶葉の箱を受け取った。
「アプリコットのルイボスティーなんて初めて聞きました。」
「ルイボスティーは果物系と組み合わせると、香りが引き立って美味しいお茶になるんです。アプリコット以外にもオレンジやレモン、林檎や桃も合うんですよ。」
「へえ。そうなんですか。ルイボスティーにも色々と種類があるんですね。」
リスティーナの言葉に感心したように呟いていたジェレミアが急に眉を顰めた。
そっと、耳につけている耳飾りに手を触れる。
「何だ。ユラン。」
あれ?耳飾りの宝石が少し光っている。もしかして、あれって通信魔道具?
帝国にはあんな便利な魔道具もあるんだ。
ジェレミアはややげんなりした顔をすると、長い長い溜息を吐いた。
「…はあ。分かった。すぐに行く。それまで何とかしろ。」
そう言って、ジェレミアは耳飾りから手を離した。
そして、リスティーナに向き直ると、ジェレミアは申し訳なさそうな表情を浮かべ、
「すみません。リスティーナ様。実は、あの馬鹿…、兄上に呼ばれまして今すぐ行かなければならなくなってしまい…、見送りができず、申し訳ありません。」
馬鹿と言いかけてすぐに兄上と言い直したところを見ると、ハリト皇子関係だろう。
また、ハリト殿下が何か問題を起こしたのだろうか。
「いえ…。私の事はどうぞお構いなく。助けて貰った上にここまで送ってくださってありがとうございました。このお守りの彫刻、大事にしますね。あの、それより、ジェレミア様は大丈夫ですか?」
「心配してくれているのですか?ありがとうございます。私なら大丈夫ですよ。大したことではありませんから。…お茶、ありがとうございます。私こそ、大事に飲みますね。」
ジェレミアの言葉にリスティーナは微笑んだ。
自分が作った物を大切にしてくれるなんて嬉しい。
そのまま立ち去るかと思いきや、ジェレミアはその場に突っ立ったまま、言いづらそうに口を開いた。
「あの…、リスティーナ様。最後に一つだけあなたに質問をしてもよろしいでしょうか?」
「?はい。」
聞きたい事って何だろう。私に分かる事かな?
リスティーナはジェレミアの突然の言葉に戸惑いながらも頷いた。
「その…、」
ジェレミアは少し迷うような素振りを見せた後、意を決したようにリスティーナに問いかけた。
「突然、こんな事を聞かれて戸惑うかもしれませんが…、恋をしたり、誰かを愛するとは…、幸せな事なのですか?」
どうして、そんな事を聞くのだろう?
不思議に思いながらも、正直にリスティーナは話した。
「わ、私は…、正直、まだよく分からないです…。私…、今まで恋をしたことがないんです。
私にとっての男性は平気で嘘を吐くし、時には言う事を聞かせるために暴力を振るうので怖くて…。
人間というよりも凶暴で残忍な生き物のように思えてしまってとても好きにはなれなかったんです。
でも…、それは一部の人達なんだって最近、気付いたんです。
ルーファス様に出会ってから…。私の中の男性像が大きく変わりました。
ルーファス様は…、今までの男性とは全然違って…、とても優しくて…。私…、感動したんです。
こんな男性が世の中に存在したんだなって…。」
ジェレミアは黙ってこちらの話に耳を傾けて聞いている。
「は、恥ずかしい話ですけど…、初恋なんです。恋をすると、幸せな気持ちになれるってよく聞きますけど…、ほ、本当にそうなんだなって実感してます。
こ、恋をしたり、誰かを好きになると、世界が変わるんです。
灰色だった世界がパッとまるで花が咲くように一瞬で…。今の私は幸せな気持ちで一杯です。
だから…、私は恋をするのは幸せな事だと思います。」
「…そう、ですか…。」
ジェレミアは思い悩んだ表情で目を伏せた。
「ジェレミア様…?」
「最後にあなたと話せて良かったです。ありがとうございます。リスティーナ様。」
そう言ったジェレミアの顔は少しだけすっきりとした表情を浮かべていた。
「どうか、道中お気をつけて。また、機会があればお会いしましょう。」
「はい。こちらこそ、色々と気遣って下さり、ありがとうございます。ジェレミア様。また会える日を楽しみにしています。」
リスティーナは微笑んでジェレミアの姿を見えなくなるまで見送った。
もう少しお話ししてみたかったな。少しだけ残念な気持ちを抱きながらもリスティーナはジェレミアと別れた。
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