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第四章 覚醒編
フィオナとジェレミア
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「リスティーナ様。大丈夫でしたか?遠目からラシード殿下が無理矢理言い寄っているように見えたので咄嗟に割って入ってしまったのですが…、」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。皇女殿下。助かりました。」
リスティーナはジェレミアにペコッと頭を下げてお礼を言った。
「いいのですよ。リスティーナ様には昨夜、兄が迷惑を掛けましたからこれ位の手助けはさせて下さい。
勿論、これで兄のしたことが許されるわけではありませんが…。」
「そ、そんな!あれは皇女殿下のせいではありません!むしろ、昨日は助けて頂いて、それだけでもう十分ですのに…。」
また、ジェレミア様に助けられてしまった。
リスティーナは感謝と同時に申し訳ない気持ちになった。
「そういえば、フィオナ様。先程は庇って頂き、ありがとうございました。お蔭で助かりました。」
「別に。あたしはこの前の借りを返しただけよ。」
どうやら、フィオナとジェレミアは顔見知りの間柄のようだ。
この前の借り…?ジェレミア様はフィオナ様を助けたこともあるのかしら?
その疑問に答えるようにフィオナがチラッとリスティーナに視線を送る。
「それより、あなた達って知り合いだったの?もしかして、あの豚、あなたにも手を出したの?」
「ぶ、豚?…えっと、もしかして、それって…、」
「兄上の事ですよ。」
ジェレミアが苦笑しながらリスティーナにそう言った。
や、やっぱり、ハリト皇子の事だったんだ。
ん?今、聖女様は「あなたにも、」と言ってなかった?
「まさか…、聖女様もハリト殿下に…?」
「ええ。会って開口一番に側室になれ、って上から目線で求婚してきたわ。」
「そ、側室?せ、正妃ではなく?」
「正妃はもういるから、私は側室なのだそうよ。馬鹿にしたものよね。そんな求婚、受ける筈ないのにあの豚ときたら、あたしが喜んで頷くのが当然とでもいうかのような顔をしているから呆れるわ。…あの豚の顔はもう二度と見たくないわ。」
チッと舌打ちするフィオナは嫌悪感ありありとした表情を浮かべた。
よっぽど嫌だったのだろう。でも、その気持ちすごく分かる気がする。
内心、リスティーナはうんうんと強く同意した。
「その反応を見ると、あなたもあの豚野郎に言い寄られたみたいね。本当、あいつ節操がないわね。」
「フィオナ様。どうか、この件は内密にして頂けると…、」
「言わないわよ。あの男の女性関係なんて微塵も興味ないし、どうだっていいもの。それに、私は他人の悪評をばら撒いて、自分の評判を上げたりする陰険で姑息な女共とは違うんだから。わざわざそんな事しなくても、私の評判は揺るぎないものだし。」
そう言い切ったフィオナの目に偽りは見られなかった。
堂々と言い切るその姿は自信に溢れている。
ホッとすると同時にそんな聖女の姿にリスティーナは思わず見惚れてしまう。
かっこいい…。ルカは聖女様の事を我儘でヒステリックだと言っていたけど、とてもそんな人には見えない。
というか、ハリト皇子は聖女様にも手を出そうとしていたのね。
確かに聖女様は絶世の美貌の持ち主だし、同性の私から見ても惚れ惚れする位綺麗な人だから一目惚れしてしまうのも分かるけど…。
でも、まさか、聖女様相手に側室になれだなんて言うとは…。
普通、聖女様を娶るなら正妃として迎えるべきなのに…。
「あの…、ハリト殿下の発言は国際問題にならなかったのですか?」
幾ら帝国の皇太子とはいえ、聖女様に側室になれ、と言えば魔法省や教会が黙っていないだろう。
魔法省とはその名の通り、魔法政府機関のことで魔法を管理し、魔法の発展に務める組織の事だ。
魔術師達は皆、魔法省の試験に合格した者が初めて正式な魔術師として認定される。
王宮魔術師や魔法業界で活躍する魔術師達は皆、魔法省の試験を通過した者達だ。
逆に魔法省の試験を合格していない者は例え魔法が使えたとしても一人前の魔術師としては認められない。それがこの世界の魔法のルールなのだ。
魔法省には大精霊の加護を受けた聖女や勇者も所属している。
魔法省と教会は連携した機関であるため、役割は違えど協力体制にある。
つまり、魔法省と教会には聖女と勇者がいるという事になるのだ。
その為、魔法省や教会の存在は大きな影響力を持つ。
その発言力は一国の王ですらも簡単に無視できるものではない。帝国やローゼンハイムのような大国ですらも魔法省や教会相手には慎重にならざるをえないといわれている。
当然、聖女や勇者を侮辱したり、害をなすようなことをすれば魔法省や教会が抗議することだろう。
「聖女様のご厚意により、兄上の無礼な振る舞いを許して頂いたのです。ですから、このことはフィオナ様と私と兄上しか知りません。」
「え?あれだけの侮辱を受けたのにハリト殿下を許したのですか?」
「私はこれでも、慈悲深い女なの。豚の戯言位で咎めたりしないわ。」
意外だ。昨夜の某貴族令息を完膚なまでに叩きのめした姿を見たから、てっきり聖女様はハリト皇子にも容赦なく報復したと思っていた。やはり、帝国の皇太子相手だとそう簡単に報復なんて…、
「…私が駆けつけた時には兄上は黒焦げになっていましたけどね。」
「え!?」
「あれは、あの豚が勝手に自爆しただけよ。」
「な、何があったのですか?自爆って一体…?」
「私が求婚を断ったら逆切れしたあの豚が火魔法をぶっ放してきたの。でも、急にこちらに向かってきていた火の球が方向を変えて、あの豚に一直線に向かっていったのよね。凄い早さだっただから避けられなくて、護衛の騎士ともども黒焦げになって倒れてしまったの。ま、自業自得よね。」
「表向きは兄上が自分の魔法で自爆していたことになっていますが、本当はフィオナ様が咄嗟に魔力で防いだので兄上の魔法が跳ね返されてしまっただけの話なのですけどね。」
「人聞きの悪い事を言わないで。仕掛けたのはあいつの方よ。」
「ええ。勿論です。あれは完全に兄上が悪い。あなたに非はありません。しかし、あれだけで手打ちにして下さるなんてフィオナ様はお優しいですね。」
「本当なら、その場でボコボコにしてやりたかったけど、さすがに帝国の皇太子に手を出すと後で責任取れって難癖付けられると面倒だったから殴るのは我慢したのよ。それに、ジェレミアの提案も悪くなかったしね。」
「提案…?」
リスティーナの疑問にジェレミアが答えた。
「フィオナ様にはお詫びの品と帝国側から慰謝料を支払うという条件でお許し頂いたのです。」
「多少、不快な思いはしたけれど、帝国から慰謝料と宝石をぶんどってやったからまあ悪くない収穫だったわね。」
「その後、兄上は父上からしこたま怒られて、無期限の謹慎を食らっていましたけどね。」
「謹慎なんて随分生温い罰よね。普通、そこは廃嫡か、皇位継承権剥奪とかされないの?それとも、冷血帝と呼ばれた皇帝陛下も息子には甘いのかしら?」
「いえ。あの人は自分の血を分けた子供相手でも問題を起こせば即座に斬り捨てるような人です。
他にスペアになる皇子がいればそうなっていたのでしょうが…、他の皇子は全員事故や病気で亡くなっていまして…。今の皇室には兄上しか皇子がいないので兄上を廃嫡してしまえば後継者がいなくなってしまうのですよ。」
「何、それ。確か帝国ってあの豚も含めて六人皇子がいたわよね。それなのに、あの豚だけが生き残ってそれ以外の皇子は全員死んだって言うの?…何か、きな臭いわね。それ、本当に病気や事故だったの?」
そういえば、帝国はハリト以外の皇子が全員、亡くなっている。
確かにあまりにも不自然だ。
「さあ…。わたしは他の皇子達とは接点や関りがほとんどなかったので…。」
「ふーん。まあ、どうでもいいけど。もう二度と会う事もないだろうし、私に害がないなら別にいいわ。」
フィオナはすぐに興味を失ったかのようにそう締めくくった。
よっぽどハリトが嫌いなのだろう。まあ、それも仕方のない事かもしれない。
側室になれだなんて侮辱を受けた上に断ったら魔法で攻撃してきた人を嫌うなという方が無理な話だ。
その時、リスティーナはハッとした。いけない!こんな所でのんびりしている場合じゃなかった!
「あ、あの…、すみません。私、急いでいますのでこれで…。」
もう大分時間も経ってしまったし、一旦、ルーファス様の所に戻ろう。ルカも戻ってきているかもしれないし…、そう思いながら、リスティーナは足早にその場を立ち去ろうとするが…、
「待って。」
フィオナに呼び止められ、リスティーナは思わず足を止めた。
「あなた、まだあの第二王子のこと諦めてないの?」
フィオナがいう第二王子とは、誰の事を指すのかなど言われなくても分かる。ルーファス様の事を聞いているのだ。
リスティーナが答えるより早く、フィオナは言った。
「だとしたら…、もう諦めなさい。彼はもう助からないわ。あの呪いは人の手に負えるものじゃない。あんな強力な呪いを受けて助かる筈がないもの。それに…、大切なもの程、壊れやすいものよ。」
「聖女様…?」
聖女の目はこちらを見ている様で見ていない。
彼女の目は…、リスティーナを通して誰かを見ているかのようだった。
その目の奥には…、深い悲しみと苦しみの感情が見え隠れしていた。
もしかして、聖女様は…、
「聖女様。あの…、」
「聖女様!こちらにおられたのですね!」
「姿が見えないので心配しておりました。」
リスティーナが聖女に話しかけるがそれを遮るように割って入ってきたのは貴族令息達だった。
皆が皆、見目麗しい姿かたちをしていて、フィオナを熱の籠もった目で見つめている。
が、ジェレミアは彼らを見て、「ゲッ」と声を上げ、顔を顰めた。
そして、すぐにリスティーナに向き直ると、
「リスティーナ様。行きましょう。また、ラシード殿下のような輩に絡まれるかもしれませんし、僭越ながら私に送らせてください。護衛代わりにはなりますから。それでは、フィオナ様。御前、失礼いたします。」
「あ…、は、はい。」
やや急いでいるかのような様子でジェレミアはリスティーナを促した。
「ん?この者達は…?」
「聖女様のお知り合いですか?」
ジェレミアとリスティーナを警戒したように見つめる男達にフィオナは胸元で手を組むと、突然、うるっと涙目になった。
「まあ…。皆様、もしかして、そのお二人が気になるのですか?…妬けてしまいますわ。皆様は私よりも、他の女に興味がおありなのですね。」
「い、いいえ!決してそのようなことはありません!」
「誤解です!聖女様!僕はただ、聖女様の身が心配で…!」
「僕は聖女様一筋です!信じて下さい!」
「聖女様以外の女など、石ころ同然です!あなた以外の女性に目を向けるなんてある筈が…!」
フィオナが悲し気な表情を浮かべているのを見て、男達は必死にフィオナに話しかけている。
最早、彼らの関心はリスティーナとジェレミアにはない。今はフィオナの関心を自分に向けさせることに必死になっている。
「さ、行きましょう。リスティーナ様。馬車まで私がエスコート致します。」
「あ、ありがとうございます。」
リスティーナはジェレミアが差し出した手におずおずと自分の手を乗せた。
ジェレミアはリスティーナの手を引いて、自然に優雅に…、だけど早足でその場を立ち去った。
リスティーナはチラッと振り返り、フィオナを見つめた。
男を侍らせ、蠱惑的な笑みを浮かべているフィオナの姿に近くにいた令嬢達が扇越しにひそひそと囁いた。
「まあ、ご覧になって。何てはしたない…。」
「信じられませんわ。婚約者でもない殿方とあのように親し気にするなんて。」
「聖女様の男癖の悪さにも困ったものですわ。」
リスティーナはそんな令嬢達の姿から目を離し、もう一度フィオナに視線を戻した。
フィオナは取り巻きの男の一人に恭しく手の甲に口づけされている。そんな男の手を振り払う事も拒否することもなく、フィオナは微笑んでいた。
「……。」
「リスティーナ様。どうしました?」
「あ、いえ…。何でもありません。」
ジェレミアに話しかけられ、リスティーナは首を横に振った。
そうだ。私は早くルーファス様の所に戻らないといけないんだった。
リスティーナは前に向き直ってフィオナに背を向けた。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。皇女殿下。助かりました。」
リスティーナはジェレミアにペコッと頭を下げてお礼を言った。
「いいのですよ。リスティーナ様には昨夜、兄が迷惑を掛けましたからこれ位の手助けはさせて下さい。
勿論、これで兄のしたことが許されるわけではありませんが…。」
「そ、そんな!あれは皇女殿下のせいではありません!むしろ、昨日は助けて頂いて、それだけでもう十分ですのに…。」
また、ジェレミア様に助けられてしまった。
リスティーナは感謝と同時に申し訳ない気持ちになった。
「そういえば、フィオナ様。先程は庇って頂き、ありがとうございました。お蔭で助かりました。」
「別に。あたしはこの前の借りを返しただけよ。」
どうやら、フィオナとジェレミアは顔見知りの間柄のようだ。
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その疑問に答えるようにフィオナがチラッとリスティーナに視線を送る。
「それより、あなた達って知り合いだったの?もしかして、あの豚、あなたにも手を出したの?」
「ぶ、豚?…えっと、もしかして、それって…、」
「兄上の事ですよ。」
ジェレミアが苦笑しながらリスティーナにそう言った。
や、やっぱり、ハリト皇子の事だったんだ。
ん?今、聖女様は「あなたにも、」と言ってなかった?
「まさか…、聖女様もハリト殿下に…?」
「ええ。会って開口一番に側室になれ、って上から目線で求婚してきたわ。」
「そ、側室?せ、正妃ではなく?」
「正妃はもういるから、私は側室なのだそうよ。馬鹿にしたものよね。そんな求婚、受ける筈ないのにあの豚ときたら、あたしが喜んで頷くのが当然とでもいうかのような顔をしているから呆れるわ。…あの豚の顔はもう二度と見たくないわ。」
チッと舌打ちするフィオナは嫌悪感ありありとした表情を浮かべた。
よっぽど嫌だったのだろう。でも、その気持ちすごく分かる気がする。
内心、リスティーナはうんうんと強く同意した。
「その反応を見ると、あなたもあの豚野郎に言い寄られたみたいね。本当、あいつ節操がないわね。」
「フィオナ様。どうか、この件は内密にして頂けると…、」
「言わないわよ。あの男の女性関係なんて微塵も興味ないし、どうだっていいもの。それに、私は他人の悪評をばら撒いて、自分の評判を上げたりする陰険で姑息な女共とは違うんだから。わざわざそんな事しなくても、私の評判は揺るぎないものだし。」
そう言い切ったフィオナの目に偽りは見られなかった。
堂々と言い切るその姿は自信に溢れている。
ホッとすると同時にそんな聖女の姿にリスティーナは思わず見惚れてしまう。
かっこいい…。ルカは聖女様の事を我儘でヒステリックだと言っていたけど、とてもそんな人には見えない。
というか、ハリト皇子は聖女様にも手を出そうとしていたのね。
確かに聖女様は絶世の美貌の持ち主だし、同性の私から見ても惚れ惚れする位綺麗な人だから一目惚れしてしまうのも分かるけど…。
でも、まさか、聖女様相手に側室になれだなんて言うとは…。
普通、聖女様を娶るなら正妃として迎えるべきなのに…。
「あの…、ハリト殿下の発言は国際問題にならなかったのですか?」
幾ら帝国の皇太子とはいえ、聖女様に側室になれ、と言えば魔法省や教会が黙っていないだろう。
魔法省とはその名の通り、魔法政府機関のことで魔法を管理し、魔法の発展に務める組織の事だ。
魔術師達は皆、魔法省の試験に合格した者が初めて正式な魔術師として認定される。
王宮魔術師や魔法業界で活躍する魔術師達は皆、魔法省の試験を通過した者達だ。
逆に魔法省の試験を合格していない者は例え魔法が使えたとしても一人前の魔術師としては認められない。それがこの世界の魔法のルールなのだ。
魔法省には大精霊の加護を受けた聖女や勇者も所属している。
魔法省と教会は連携した機関であるため、役割は違えど協力体制にある。
つまり、魔法省と教会には聖女と勇者がいるという事になるのだ。
その為、魔法省や教会の存在は大きな影響力を持つ。
その発言力は一国の王ですらも簡単に無視できるものではない。帝国やローゼンハイムのような大国ですらも魔法省や教会相手には慎重にならざるをえないといわれている。
当然、聖女や勇者を侮辱したり、害をなすようなことをすれば魔法省や教会が抗議することだろう。
「聖女様のご厚意により、兄上の無礼な振る舞いを許して頂いたのです。ですから、このことはフィオナ様と私と兄上しか知りません。」
「え?あれだけの侮辱を受けたのにハリト殿下を許したのですか?」
「私はこれでも、慈悲深い女なの。豚の戯言位で咎めたりしないわ。」
意外だ。昨夜の某貴族令息を完膚なまでに叩きのめした姿を見たから、てっきり聖女様はハリト皇子にも容赦なく報復したと思っていた。やはり、帝国の皇太子相手だとそう簡単に報復なんて…、
「…私が駆けつけた時には兄上は黒焦げになっていましたけどね。」
「え!?」
「あれは、あの豚が勝手に自爆しただけよ。」
「な、何があったのですか?自爆って一体…?」
「私が求婚を断ったら逆切れしたあの豚が火魔法をぶっ放してきたの。でも、急にこちらに向かってきていた火の球が方向を変えて、あの豚に一直線に向かっていったのよね。凄い早さだっただから避けられなくて、護衛の騎士ともども黒焦げになって倒れてしまったの。ま、自業自得よね。」
「表向きは兄上が自分の魔法で自爆していたことになっていますが、本当はフィオナ様が咄嗟に魔力で防いだので兄上の魔法が跳ね返されてしまっただけの話なのですけどね。」
「人聞きの悪い事を言わないで。仕掛けたのはあいつの方よ。」
「ええ。勿論です。あれは完全に兄上が悪い。あなたに非はありません。しかし、あれだけで手打ちにして下さるなんてフィオナ様はお優しいですね。」
「本当なら、その場でボコボコにしてやりたかったけど、さすがに帝国の皇太子に手を出すと後で責任取れって難癖付けられると面倒だったから殴るのは我慢したのよ。それに、ジェレミアの提案も悪くなかったしね。」
「提案…?」
リスティーナの疑問にジェレミアが答えた。
「フィオナ様にはお詫びの品と帝国側から慰謝料を支払うという条件でお許し頂いたのです。」
「多少、不快な思いはしたけれど、帝国から慰謝料と宝石をぶんどってやったからまあ悪くない収穫だったわね。」
「その後、兄上は父上からしこたま怒られて、無期限の謹慎を食らっていましたけどね。」
「謹慎なんて随分生温い罰よね。普通、そこは廃嫡か、皇位継承権剥奪とかされないの?それとも、冷血帝と呼ばれた皇帝陛下も息子には甘いのかしら?」
「いえ。あの人は自分の血を分けた子供相手でも問題を起こせば即座に斬り捨てるような人です。
他にスペアになる皇子がいればそうなっていたのでしょうが…、他の皇子は全員事故や病気で亡くなっていまして…。今の皇室には兄上しか皇子がいないので兄上を廃嫡してしまえば後継者がいなくなってしまうのですよ。」
「何、それ。確か帝国ってあの豚も含めて六人皇子がいたわよね。それなのに、あの豚だけが生き残ってそれ以外の皇子は全員死んだって言うの?…何か、きな臭いわね。それ、本当に病気や事故だったの?」
そういえば、帝国はハリト以外の皇子が全員、亡くなっている。
確かにあまりにも不自然だ。
「さあ…。わたしは他の皇子達とは接点や関りがほとんどなかったので…。」
「ふーん。まあ、どうでもいいけど。もう二度と会う事もないだろうし、私に害がないなら別にいいわ。」
フィオナはすぐに興味を失ったかのようにそう締めくくった。
よっぽどハリトが嫌いなのだろう。まあ、それも仕方のない事かもしれない。
側室になれだなんて侮辱を受けた上に断ったら魔法で攻撃してきた人を嫌うなという方が無理な話だ。
その時、リスティーナはハッとした。いけない!こんな所でのんびりしている場合じゃなかった!
「あ、あの…、すみません。私、急いでいますのでこれで…。」
もう大分時間も経ってしまったし、一旦、ルーファス様の所に戻ろう。ルカも戻ってきているかもしれないし…、そう思いながら、リスティーナは足早にその場を立ち去ろうとするが…、
「待って。」
フィオナに呼び止められ、リスティーナは思わず足を止めた。
「あなた、まだあの第二王子のこと諦めてないの?」
フィオナがいう第二王子とは、誰の事を指すのかなど言われなくても分かる。ルーファス様の事を聞いているのだ。
リスティーナが答えるより早く、フィオナは言った。
「だとしたら…、もう諦めなさい。彼はもう助からないわ。あの呪いは人の手に負えるものじゃない。あんな強力な呪いを受けて助かる筈がないもの。それに…、大切なもの程、壊れやすいものよ。」
「聖女様…?」
聖女の目はこちらを見ている様で見ていない。
彼女の目は…、リスティーナを通して誰かを見ているかのようだった。
その目の奥には…、深い悲しみと苦しみの感情が見え隠れしていた。
もしかして、聖女様は…、
「聖女様。あの…、」
「聖女様!こちらにおられたのですね!」
「姿が見えないので心配しておりました。」
リスティーナが聖女に話しかけるがそれを遮るように割って入ってきたのは貴族令息達だった。
皆が皆、見目麗しい姿かたちをしていて、フィオナを熱の籠もった目で見つめている。
が、ジェレミアは彼らを見て、「ゲッ」と声を上げ、顔を顰めた。
そして、すぐにリスティーナに向き直ると、
「リスティーナ様。行きましょう。また、ラシード殿下のような輩に絡まれるかもしれませんし、僭越ながら私に送らせてください。護衛代わりにはなりますから。それでは、フィオナ様。御前、失礼いたします。」
「あ…、は、はい。」
やや急いでいるかのような様子でジェレミアはリスティーナを促した。
「ん?この者達は…?」
「聖女様のお知り合いですか?」
ジェレミアとリスティーナを警戒したように見つめる男達にフィオナは胸元で手を組むと、突然、うるっと涙目になった。
「まあ…。皆様、もしかして、そのお二人が気になるのですか?…妬けてしまいますわ。皆様は私よりも、他の女に興味がおありなのですね。」
「い、いいえ!決してそのようなことはありません!」
「誤解です!聖女様!僕はただ、聖女様の身が心配で…!」
「僕は聖女様一筋です!信じて下さい!」
「聖女様以外の女など、石ころ同然です!あなた以外の女性に目を向けるなんてある筈が…!」
フィオナが悲し気な表情を浮かべているのを見て、男達は必死にフィオナに話しかけている。
最早、彼らの関心はリスティーナとジェレミアにはない。今はフィオナの関心を自分に向けさせることに必死になっている。
「さ、行きましょう。リスティーナ様。馬車まで私がエスコート致します。」
「あ、ありがとうございます。」
リスティーナはジェレミアが差し出した手におずおずと自分の手を乗せた。
ジェレミアはリスティーナの手を引いて、自然に優雅に…、だけど早足でその場を立ち去った。
リスティーナはチラッと振り返り、フィオナを見つめた。
男を侍らせ、蠱惑的な笑みを浮かべているフィオナの姿に近くにいた令嬢達が扇越しにひそひそと囁いた。
「まあ、ご覧になって。何てはしたない…。」
「信じられませんわ。婚約者でもない殿方とあのように親し気にするなんて。」
「聖女様の男癖の悪さにも困ったものですわ。」
リスティーナはそんな令嬢達の姿から目を離し、もう一度フィオナに視線を戻した。
フィオナは取り巻きの男の一人に恭しく手の甲に口づけされている。そんな男の手を振り払う事も拒否することもなく、フィオナは微笑んでいた。
「……。」
「リスティーナ様。どうしました?」
「あ、いえ…。何でもありません。」
ジェレミアに話しかけられ、リスティーナは首を横に振った。
そうだ。私は早くルーファス様の所に戻らないといけないんだった。
リスティーナは前に向き直ってフィオナに背を向けた。
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いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。
監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。
元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。
しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。
「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。
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