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第三章 立志編
黒い鞭を持った女
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倒れたルーファスを見下ろし、軍服の男は剣を下ろした。
「エレン。お前はどう思う?」
ルーファスを気絶させた青い軍服の男がそう問いかけると、チリン、と鈴の音を奏でながら、エレンはルーファスに近付く。そして、膝を曲げて、ルーファスをジッと見つめながら、口を開いた。
「んー。はっきり言って、この子は弱いね。そこそこ戦えるみたいだけど、これじゃあ話にならない。」
「そうだな。」
「でも、見込みはある。」
エレンはそう言って、目を細めて面白そうな表情を浮かべ、笑った。
「僕、王族や貴族は大っ嫌いだけど、ルーファスは嫌いじゃないよ。この子は僕がはっきり弱い、馬鹿だと言っても怒ったりしなかった。
これを他の貴族連中にやったら、まず怒るだろうね。あいつら、プライドの塊みたいな生き物だから。」
「まさか、お前試したのか?」
男の言葉にエレンはにっこりと笑った。その笑みは肯定を表していた。
「僕はルーファスのこと認めてもいいと思うよ。シグルドだってそうでしょ?」
「はあ?俺がこんな弱っちくて、未熟な野郎を男として認めると思ってんのか?」
「だって、ルーファスって昔の君にそっくりじゃん。」
「エレン…。お前の目、腐ってるんじゃないのか。俺とこいつのどこが似てるってんだ。」
「外見の話じゃないよ。君だって気づいているんでしょ。君とルーファスは強くなりたい理由が同じなんだよ。好きな子以外、興味も関心も示さない君がそこまでルーファスに強く当たるのは昔の自分を思い出したからでしょ?シグルドも僕に初めて会った時、ルーファスと同じことを言ってたもんね。リーナを守りたいって。僕は君とルーファスは結構似てると思うよ。」
「……。」
青い軍服の男…、シグルドと呼ばれた男は無言でエレンから目を逸らした。
気絶したルーファスを見下ろす。守りたい女がいると言った時のルーファスの姿を思い出す。
それは、まるでかつての自分を見ている様だった。
「まあ…。惚れた女の為に強くなりたいって言い切ったこいつの心意気だけは評価してやってもいい。」
「素直じゃないんだから。」
「そういや、リーは?まだ来てないのか?」
「んー。もう来ている頃だと思うけど…、」
二人がそんな会話をしていると、ズシン、と音と同時に二人の頭上に影が差した。
とっくに魔獣の気配には気づいていた二人は特に驚く様子もなく、上を見上げた。
そこには、涎を滴らせた大型の肉食獣が佇んでいた。こちらを獲物だと認識している目だ。
今にも飛び掛かろうとする肉食獣を目にした二人は…、
「お。殺る気か?腕鳴らしには丁度いいな。」
「お肉だ。あ…、涎が…、」
戦う気満々のシグルドと目を輝かせて、口から涎を出すエレン。
二人共反応は違えど、その目には恐怖も焦りもない。
普通の人間なら恐怖で失神するか逃げ出すかの反応を示すだろうが生憎、ここには普通の感覚を持つ人間はいなかった。唯一、普通の感覚を持つルーファスは既に気絶している。
シグルドが剣の柄に手をかけ、エレンの持つ杖の石が淡い光を帯びる。
その時、目にも止まらぬ速さで黒い人影が肉食獣の顔面に突っ込み、肉食獣が吹っ飛んだ。周囲の木が薙ぎ倒され、土埃が舞った。
肉食獣が倒れる前に黒い人影は獲物を蹴り上げて、その反動を利用して、宙に舞った。
そのまま黒い鞭を取り出し、獲物が地面に倒れたと同時に鞭が振り下ろされた。
「あー!リー!ずるいぞ!それは俺の獲物だ!」
「あーあ。僕が出る幕もなかったかあ。残念。」
二人が駆けつける頃には、既に肉食獣を仕留めた黒い人影が己の武器である鞭をおさめた所だった。
黒い人影がゆっくりと振り返った。
「あら、エレン。シグルド。お久しぶり。」
全身を黒い革製の服に身を包んだ美女がニコッと麗しく微笑んだ。
どれくらい、気を失っていただろうか。気づいたら、ルーファスは仰向けに寝かされ、青い外套が体にかけられていた。
「あ、起きた。」
さっきの鈴の少年、エレンがルーファスを覗き込んでそう呟いた。
「リー。ルーファスが起きたよ。」
エレンがそう言って、誰かに話しかける。
ルーファスが視線を向けると、緑がかった黒髪を靡かせた細身の女が立っていた。
革製の黒い服を身に纏い、手には鞭のようなものを握っている。
露出度が高く、体の線にぴったりと沿った服は豊満な胸と尻が強調されていて、扇情的な格好だ。
それなりにスタイルに自信がなければ着こなすことができない服装だ。
履いている靴も革製でできた黒いロングブーツで、踵のヒールも細く尖っている。
何というか…、一部の男達に絶大な支持を受けそうなタイプの女性だ。
女性に罵倒されたり、叩かれたりすることに興奮するという被虐趣味の男達に人気がありそうだな。
そんな扇情的な格好をした女性の目の前には大型の肉食獣が倒れていた。
ルーファスはギョッと目を剥いた。
体長は十メートル以上ありそうだ。
で、でかい…!な、なんだあの生き物は…!
あんな大型の肉食獣初めて見た。
あの肉食獣…、昔、読んだ魔獣図鑑に載っていた魔獣と特徴がよく似ている。
竜の一種である大型の魔獣、サウルス。硬い鱗に岩をもかみ砕く歯と頑丈な顎、鋭い爪。
まさか、本当にあのサウルスなのか?あの魔獣も五千年前に滅びたはずだ。
こ、こんな大きな魔獣をあの人が倒したのか?
ルーファスは思わず女性を見つめる。女は鮮やかな青緑色の目をツイ、とこちらに向けると、優しく微笑んだ。
「大丈夫?シグルドに随分きつくしごかれたみたいね。」
「しょうがないよ。だって、この子、弱いんだもん。シグルドに追いつきもできてないし。」
弱い。エレンにもはっきりと言われてしまい、その言葉はグサッとルーファスの胸に深く突き刺さった。
「エレン。この子は私達と違って条件が厳しいのだから、もう少し優しくしてあげて。」
「弱いから弱いって言って何が悪いの?」
というか…、この二人は一体…。そういえば、さっきの男は…?
「やっと起きたのか。あれくらいで気絶するなんて男の癖に情けない。」
後ろから声を掛けられ、ルーファスは勢いよく振り向いた。
青みがかった黒髪に夜空を彷彿とさせる濃紺の瞳…。深みのある青い軍服を身に纏い、それを着崩している。
「シグルド。ルーファスはまだ初心者なんだから、お手柔らかにね。あ、そうだ。まだ自己紹介をしてなかったわね。私はリー。青い軍服を着た人がシグルド。それで、鈴のリボンをしているのがエレンよ。よろしくね。」
「はあ…。」
これは…、一応俺も自己紹介をしたほうがいいのか?
「俺は…、」
「ルーファス・ド・ローゼンハイムでしょ?知っているわ。」
リーと名乗った女性はそう言って、微笑んだ。
「何故、俺の名を…?」
「だって、あなたは私達の後輩だもの。」
「後輩…?後輩って何の?」
リーは意味深に笑うだけでルーファスの質問には答えようとしなかった。
「ルーファス。お腹空いたでしょ?あたしが手料理を作ってあげる。栄養満点、精力満点のサウルスのお肉料理よ。」
「え…。さ、サウルスの肉料理?」
もしかして、今、目の前で倒れているこの魔獣を?
そもそも、魔獣って食べれるのか?食べても大丈夫なのか?
「わーい!お肉!お肉ー!僕、串焼きが食べたい。」
「サウルスの肉か。悪くないな。あの肉は赤身が多くて、肉汁たっぷりで柔らかくて美味いんだよな。リーナの土産に持って帰ったときはすげえ喜んでいたし。」
「シグルドは相変わらず、奥さんが大好きなのね。」
「当たり前だろ。リーナは世界一、いい女なんだから。」
「僕の母様だって、負けていないよ。」
そんな会話をしながら、リーは大ぶりなナイフを取り出し、それでいきなり肉食獣の首を切り落とした。
ザクッ、と首が切り落とされ、勢いよく血が噴き出た。あんなに硬そうな首をあっさりと…?
返り血を浴びながらも、女は血抜きをし、切り込みを入れ、鱗を剥いで、肉を削ぎ落していく。
そんな淡々とした作業を黙々とこなしていく。女性が見たら、失神してしまいそうな光景だ。
いや。大の男が見ても思わず目が背けたくなるだろう。血と死を何度も見てきたルーファスですらも思わずたじろいでしまう。
なのに、女は鼻歌を歌いながら、嬉々として肉を捌いていっている。
その間にエレンは魔法を使って焚火を起こし、シグルドは内臓の処理をしていた。食べれない内臓と不要な部位をまとめているのだ。それらは魔術で燃やして破棄された。
ルーファスは唖然として、その光景を見ることしかできなかった。
もう、訳が分からない。一体、何が起きているのか…。
気づいたら、リーがスープと串焼きを作り終え、ルーファスにスープを注いでくれていた。
「はい。どうぞ。串焼きは今のあなたには重いと思うから、温かいスープでも飲んで、身体を休めるといいわ。」
ルーファスは戸惑いながらも礼を言い、木の器に注がれたスープを受け取った。
リーはニコッと微笑んで自分の席に戻っていく。見た目と違って、気さくな女性だ。
エレンとシグルドは串焼きを既に十本は平らげていた。
リーがせっせと串焼きを焼いている。
「野菜も食べないとダメ。」
「えー。」
「俺は肉専門だ。」
「野菜食べないと、お母さんやリーナに嫌われるかも…、」
「食べる。」
「分かった。」
リーに野菜を食べるよう促されても渋っていた二人だが母親とリーナの名前を出した途端にコロッと態度を変えている。
何となく、エレンは母親至上主義マザコンでシグルドはリーナという女性に弱いのだということが分かった。
会話の流れから、リーナという人はシグルドの奥さんのようだ。
ルーファスは渡されたスープに視線を落とす。
色や匂いに異常は見られない。毒は入っていないみたいだな。
常に命を狙われているルーファスは他人の食べ物は警戒して口にはしない。まず真っ先に毒が入っているのではないかと疑う。
だけど…、この人達からは悪意や敵意は感じられない。
迷った末にルーファスは木のスプーンを手に取り、一口掬って食べた。
「エレン。お前はどう思う?」
ルーファスを気絶させた青い軍服の男がそう問いかけると、チリン、と鈴の音を奏でながら、エレンはルーファスに近付く。そして、膝を曲げて、ルーファスをジッと見つめながら、口を開いた。
「んー。はっきり言って、この子は弱いね。そこそこ戦えるみたいだけど、これじゃあ話にならない。」
「そうだな。」
「でも、見込みはある。」
エレンはそう言って、目を細めて面白そうな表情を浮かべ、笑った。
「僕、王族や貴族は大っ嫌いだけど、ルーファスは嫌いじゃないよ。この子は僕がはっきり弱い、馬鹿だと言っても怒ったりしなかった。
これを他の貴族連中にやったら、まず怒るだろうね。あいつら、プライドの塊みたいな生き物だから。」
「まさか、お前試したのか?」
男の言葉にエレンはにっこりと笑った。その笑みは肯定を表していた。
「僕はルーファスのこと認めてもいいと思うよ。シグルドだってそうでしょ?」
「はあ?俺がこんな弱っちくて、未熟な野郎を男として認めると思ってんのか?」
「だって、ルーファスって昔の君にそっくりじゃん。」
「エレン…。お前の目、腐ってるんじゃないのか。俺とこいつのどこが似てるってんだ。」
「外見の話じゃないよ。君だって気づいているんでしょ。君とルーファスは強くなりたい理由が同じなんだよ。好きな子以外、興味も関心も示さない君がそこまでルーファスに強く当たるのは昔の自分を思い出したからでしょ?シグルドも僕に初めて会った時、ルーファスと同じことを言ってたもんね。リーナを守りたいって。僕は君とルーファスは結構似てると思うよ。」
「……。」
青い軍服の男…、シグルドと呼ばれた男は無言でエレンから目を逸らした。
気絶したルーファスを見下ろす。守りたい女がいると言った時のルーファスの姿を思い出す。
それは、まるでかつての自分を見ている様だった。
「まあ…。惚れた女の為に強くなりたいって言い切ったこいつの心意気だけは評価してやってもいい。」
「素直じゃないんだから。」
「そういや、リーは?まだ来てないのか?」
「んー。もう来ている頃だと思うけど…、」
二人がそんな会話をしていると、ズシン、と音と同時に二人の頭上に影が差した。
とっくに魔獣の気配には気づいていた二人は特に驚く様子もなく、上を見上げた。
そこには、涎を滴らせた大型の肉食獣が佇んでいた。こちらを獲物だと認識している目だ。
今にも飛び掛かろうとする肉食獣を目にした二人は…、
「お。殺る気か?腕鳴らしには丁度いいな。」
「お肉だ。あ…、涎が…、」
戦う気満々のシグルドと目を輝かせて、口から涎を出すエレン。
二人共反応は違えど、その目には恐怖も焦りもない。
普通の人間なら恐怖で失神するか逃げ出すかの反応を示すだろうが生憎、ここには普通の感覚を持つ人間はいなかった。唯一、普通の感覚を持つルーファスは既に気絶している。
シグルドが剣の柄に手をかけ、エレンの持つ杖の石が淡い光を帯びる。
その時、目にも止まらぬ速さで黒い人影が肉食獣の顔面に突っ込み、肉食獣が吹っ飛んだ。周囲の木が薙ぎ倒され、土埃が舞った。
肉食獣が倒れる前に黒い人影は獲物を蹴り上げて、その反動を利用して、宙に舞った。
そのまま黒い鞭を取り出し、獲物が地面に倒れたと同時に鞭が振り下ろされた。
「あー!リー!ずるいぞ!それは俺の獲物だ!」
「あーあ。僕が出る幕もなかったかあ。残念。」
二人が駆けつける頃には、既に肉食獣を仕留めた黒い人影が己の武器である鞭をおさめた所だった。
黒い人影がゆっくりと振り返った。
「あら、エレン。シグルド。お久しぶり。」
全身を黒い革製の服に身を包んだ美女がニコッと麗しく微笑んだ。
どれくらい、気を失っていただろうか。気づいたら、ルーファスは仰向けに寝かされ、青い外套が体にかけられていた。
「あ、起きた。」
さっきの鈴の少年、エレンがルーファスを覗き込んでそう呟いた。
「リー。ルーファスが起きたよ。」
エレンがそう言って、誰かに話しかける。
ルーファスが視線を向けると、緑がかった黒髪を靡かせた細身の女が立っていた。
革製の黒い服を身に纏い、手には鞭のようなものを握っている。
露出度が高く、体の線にぴったりと沿った服は豊満な胸と尻が強調されていて、扇情的な格好だ。
それなりにスタイルに自信がなければ着こなすことができない服装だ。
履いている靴も革製でできた黒いロングブーツで、踵のヒールも細く尖っている。
何というか…、一部の男達に絶大な支持を受けそうなタイプの女性だ。
女性に罵倒されたり、叩かれたりすることに興奮するという被虐趣味の男達に人気がありそうだな。
そんな扇情的な格好をした女性の目の前には大型の肉食獣が倒れていた。
ルーファスはギョッと目を剥いた。
体長は十メートル以上ありそうだ。
で、でかい…!な、なんだあの生き物は…!
あんな大型の肉食獣初めて見た。
あの肉食獣…、昔、読んだ魔獣図鑑に載っていた魔獣と特徴がよく似ている。
竜の一種である大型の魔獣、サウルス。硬い鱗に岩をもかみ砕く歯と頑丈な顎、鋭い爪。
まさか、本当にあのサウルスなのか?あの魔獣も五千年前に滅びたはずだ。
こ、こんな大きな魔獣をあの人が倒したのか?
ルーファスは思わず女性を見つめる。女は鮮やかな青緑色の目をツイ、とこちらに向けると、優しく微笑んだ。
「大丈夫?シグルドに随分きつくしごかれたみたいね。」
「しょうがないよ。だって、この子、弱いんだもん。シグルドに追いつきもできてないし。」
弱い。エレンにもはっきりと言われてしまい、その言葉はグサッとルーファスの胸に深く突き刺さった。
「エレン。この子は私達と違って条件が厳しいのだから、もう少し優しくしてあげて。」
「弱いから弱いって言って何が悪いの?」
というか…、この二人は一体…。そういえば、さっきの男は…?
「やっと起きたのか。あれくらいで気絶するなんて男の癖に情けない。」
後ろから声を掛けられ、ルーファスは勢いよく振り向いた。
青みがかった黒髪に夜空を彷彿とさせる濃紺の瞳…。深みのある青い軍服を身に纏い、それを着崩している。
「シグルド。ルーファスはまだ初心者なんだから、お手柔らかにね。あ、そうだ。まだ自己紹介をしてなかったわね。私はリー。青い軍服を着た人がシグルド。それで、鈴のリボンをしているのがエレンよ。よろしくね。」
「はあ…。」
これは…、一応俺も自己紹介をしたほうがいいのか?
「俺は…、」
「ルーファス・ド・ローゼンハイムでしょ?知っているわ。」
リーと名乗った女性はそう言って、微笑んだ。
「何故、俺の名を…?」
「だって、あなたは私達の後輩だもの。」
「後輩…?後輩って何の?」
リーは意味深に笑うだけでルーファスの質問には答えようとしなかった。
「ルーファス。お腹空いたでしょ?あたしが手料理を作ってあげる。栄養満点、精力満点のサウルスのお肉料理よ。」
「え…。さ、サウルスの肉料理?」
もしかして、今、目の前で倒れているこの魔獣を?
そもそも、魔獣って食べれるのか?食べても大丈夫なのか?
「わーい!お肉!お肉ー!僕、串焼きが食べたい。」
「サウルスの肉か。悪くないな。あの肉は赤身が多くて、肉汁たっぷりで柔らかくて美味いんだよな。リーナの土産に持って帰ったときはすげえ喜んでいたし。」
「シグルドは相変わらず、奥さんが大好きなのね。」
「当たり前だろ。リーナは世界一、いい女なんだから。」
「僕の母様だって、負けていないよ。」
そんな会話をしながら、リーは大ぶりなナイフを取り出し、それでいきなり肉食獣の首を切り落とした。
ザクッ、と首が切り落とされ、勢いよく血が噴き出た。あんなに硬そうな首をあっさりと…?
返り血を浴びながらも、女は血抜きをし、切り込みを入れ、鱗を剥いで、肉を削ぎ落していく。
そんな淡々とした作業を黙々とこなしていく。女性が見たら、失神してしまいそうな光景だ。
いや。大の男が見ても思わず目が背けたくなるだろう。血と死を何度も見てきたルーファスですらも思わずたじろいでしまう。
なのに、女は鼻歌を歌いながら、嬉々として肉を捌いていっている。
その間にエレンは魔法を使って焚火を起こし、シグルドは内臓の処理をしていた。食べれない内臓と不要な部位をまとめているのだ。それらは魔術で燃やして破棄された。
ルーファスは唖然として、その光景を見ることしかできなかった。
もう、訳が分からない。一体、何が起きているのか…。
気づいたら、リーがスープと串焼きを作り終え、ルーファスにスープを注いでくれていた。
「はい。どうぞ。串焼きは今のあなたには重いと思うから、温かいスープでも飲んで、身体を休めるといいわ。」
ルーファスは戸惑いながらも礼を言い、木の器に注がれたスープを受け取った。
リーはニコッと微笑んで自分の席に戻っていく。見た目と違って、気さくな女性だ。
エレンとシグルドは串焼きを既に十本は平らげていた。
リーがせっせと串焼きを焼いている。
「野菜も食べないとダメ。」
「えー。」
「俺は肉専門だ。」
「野菜食べないと、お母さんやリーナに嫌われるかも…、」
「食べる。」
「分かった。」
リーに野菜を食べるよう促されても渋っていた二人だが母親とリーナの名前を出した途端にコロッと態度を変えている。
何となく、エレンは母親至上主義マザコンでシグルドはリーナという女性に弱いのだということが分かった。
会話の流れから、リーナという人はシグルドの奥さんのようだ。
ルーファスは渡されたスープに視線を落とす。
色や匂いに異常は見られない。毒は入っていないみたいだな。
常に命を狙われているルーファスは他人の食べ物は警戒して口にはしない。まず真っ先に毒が入っているのではないかと疑う。
だけど…、この人達からは悪意や敵意は感じられない。
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こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
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