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第三章 立志編

ラシードとアーリヤの密談

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「まさか、ローザ以外にも巫女の生き残りがいたなんてな…。」



ラシードは銀色のコインを手の中で弄びながら、そう呟いた。



あの勝負は最初から仕組まれたものだった。

ラシードが北の森で会った女は、ルーミティナ王国の紋章である太陽の刺繍がされた肩掛けを所持していた。あの紋章は巫女の一族の間でしか受け継がれない。

だから、あの金髪の女は巫女の末裔である可能性が高かった。

そして、その女とリスティーナが同一人物だった。

つまり、リスティーナは巫女の末裔かもしれないということだ。



過去の例を見ても、巫女は自分達の血筋と力を隠して生きてきたという特徴がある。

巫女は昔から、争いを好まず、権力や贅沢な生活から離れ、人目を忍んで生きてきたといわれている。そうしてきたのは、自分と一族を守る為だ。



恐らく、直接聞いたところではぐらかされるか、否定するだろう。

だからこそ、親切心を装い、落とした肩掛けを返すことでリスティーナに善人だという印象を植え付けたのだ。

初めは警戒していたリスティーナだったが、落とし物を返す為に呼び出したのだと言うと、警戒心をあっさりと解いた。警戒心が緩んだ人間ほど、情報を引き出しやすい時はない。



だから、あえて自然な形でリスティーナの出自について聞き出そうとした。

上手く誘導すれば必ずどこかでボロが出てくるはずだ。

途中までは素直に答えてくれたリスティーナだったが急に口を閉ざし、それ以上は話そうとしなかった。…さすがにそう簡単に口は割らないか。



さすがにこれだけでは、まだ確信は持てない。

ラシードはまだリスティーナを見極める事ができなかった。

リスティーナが巫女の一族と関係しているのは間違いない。

だが、この女が神聖力の持ち主であるかどうかは分からない。

だから、ラシードはリスティーナを試すことにしたのだ。それがあのコインの勝負だった。



あの勝負は動体視力に秀でた人間なら難しくはない。

ラシードの動体視力なら、難なく当てることができる。

最初からあの勝負はリスティーナには不利な形で提示されたものだった。

圧倒的にこちらに有利な勝負であると気付かず、リスティーナはその勝負に乗った。



そして、カリルには最後の勝負の時にはコインを入れないように合図した。

つまり、リスティーナは最初から負けが確定したも同然だった。

案の定、リスティーナはカリルの動きについていくことができなかった。

やはり、リスティーナの動体視力は人並みしかない。魔法を使った形跡もない。

…まあ、こんなの魔法を使うまでもないが。



ラシードが持ち前の動体視力を使って、次々とコインを当てていくと、リスティーナの顔がどんどん青褪めていった。

不安そうに揺れる眼差しに気を取られたせいで一度は外してしまったが上々の結果だった。

リスティーナの負けはほとんど決まったようなものだった。

あのローザですら、コインを当てるのは一回か二回位しか当てられなかった。



巫女の証である桃色の瞳を持たないリスティーナがどれだけの力を見せてくれるのか。

正直、そこまで期待はしていなかった。

リスティーナが力を使えたとしても、ローザ程、強い力は使えないだろうと思っていた。

例え、神聖力の持ち主だったとしても巫女はローザだ。

ローザは歴代巫女のように強い力はない。それでも、巫女の証を持っている以上、その事実は覆せない。

あくまでもリスティーナはローザのスペアでしかない。

ローザ程の力はなくても、素質があるようなら、補佐的な立場として使えるだろうと思った。



だが…、それは大きな間違いだと気付かされた。

リスティーナが勝負に挑み、一回目の勝負で早くもコインを見失ったのはすぐに分かった。

カリルの手が止まり、選ぶように促してもリスティーナは中々選ばない。

当たり前だ。とっくにコインがどこにあるのか見失っているのだからどれを選んだら分からないのだ。視線を右往左往させながら、おどおどするリスティーナを見て、ラシードはやっぱりな。と思った。



ローザの代わりにはなるかと思ったが無理そうだな。

…まあ、いい。この勝負がついたら、アーリヤの望み通り、パレフィエ国に連れ帰ることにするか。この勝負に負けたら敗者は勝者の言う事を聞く。

リスティーナはそれに同意した。断る事なんてできない。

もし、拒否をした場合はさっきの会話を録音した魔道具を見せつけてやればいい。



それに、この女は巫女の力がなくても、十分にいい女だ。

アーリヤの許可も貰っている事だし、一度くらい、味見してみるのもいいかもしれないな。

伝承によると、巫女と性交すると、魔力が高まり、強い快感を味わう事ができるという。

ローザとの行為も悪くはなかったが、正直、普通だなと思った。他の女を抱いた時と変わりない。



巫女のローザですら、あんなものだったのだから、あまり期待はしてない。

だが、こいつは巫女の末裔でなくても、十分楽しめそうだ。

感度もよさそうだし、いい声で啼いてくれそうだ。

そんな風に頭の中で今後の計画を立てていたラシードだったが…、ここで誤算が生じた。



「お兄様…。あれは、一体どういうことなの?まさか…、本当にリスティーナが…、」



そんなラシードに近付き、アーリヤが信じられないといった様子で話しかけてきた。



「どういう事も何も、お前もその目で見ただろう。カリル。カーラ。お前らも見ただろう?」



「はい。殿下。確かにこの目で見ました。」



「では…、やはりあれは見間違いではないのですね。」



ラシードは傍に控えていたカリルとカーラに視線を向けた。

カリルは頷き、カーラは困惑した表情を浮かべた。



「ええ。確かにこの目で見たわ。正直、あの時は目を疑ったわ。まさか、リスティーナが…、」



アーリヤはあの時の光景が未だに忘れられない。

あの時…、コインを選ぼうとしたリスティーナの雰囲気が突然、変わった。

それまでおどおどしていた様子のリスティーナの空気が神秘的で清廉なものへと変化した。

思わず目が惹きつけられた。しかし、驚いたのはその後だ。

空気が変わったと思ったら、リスティーナのエメラルドグリーンの目の色が突然、桃色に変わったのだ。

ローザの瞳とは比べ物にならない位に澄んだ美しい瞳…。



その後、リスティーナは的確にコインを当てた。

その上、最後の勝負で初めからコインが入っていないという事も当てて見せた。

本物だ。声に出さなかったが誰もが心の中でそう思った。

これが巫女の力…。



「でも、それだと、ローザはどうなるの?まさか…、巫女はもう一人いたってこと?」



「それはないな。巫女の伝説によれば、巫女に選ばれるのはたった一人だ。巫女以外にも神聖力の使い手はいたらしいが…。」



「だけど、その人達はあくまでも巫女の代理みたいなものだったんでしょう?巫女よりも、力は弱かったんじゃないの?」



本来なら、巫女の証を持っているローザの方が神聖力が強い筈だ。

巫女の証を持っていないリスティーナは力を使えたとしても、ローザより力は弱い。その筈だった。

だが、リスティーナは巫女の証を持っていた。

恐らく、リスティーナの場合はローザと違って神聖力を使った場合にのみ、瞳の色が桃色に変化するという事だろう。

だが、ここで矛盾が生じる。巫女はその世代でたった一人しか選ばれない。なのに、巫女の証を持つ者が二人も存在する。これは一体、どういう事なのか。

ラシードは溜息を吐いた。



「さあな。そもそも、巫女の情報が少なすぎるんだ。巫女は存在そのものがイレギュラーだし、ほとんどが謎に包まれている。もしかしたら、そういった事は一族の間の極秘情報なのかもな。まあ、それもちゃんと継承されているかどうかも危ういが…。」



「それなら、ローザに聞けばいいじゃない。」



「あいつに聞いても、俺達が知っている事しか知らないんだし、大した情報は得られなかった。」



「何て、使えない女なの。普段、使えない女なんだから、こういう時に役立ってほしいのに。」



「そう言うな。あれはあれで可愛いからいいじゃないか。」



「それはお兄様の前でだけよ!」



ラシードの言葉にアーリヤはクワッと目を剥いた。

後ろでカーラがうんうん、と頷いている。



「しかし、驚きました。まさか、殿下があそこまで強硬手段にでるとは思いませんでしたので。」



「まあ、あれは俺も予想外の展開だったが…。あんな目の前に極上の獲物がいるのに我慢なんてできる訳ないだろう?」



カリルの言葉にラシードは口角を吊り上げ、笑った。



アーリヤ達が呆然としている間に早くも反応したのはラシードだった。

ラシードはこの瞬間にリスティーナを手に入れることにした。

しかし、リスティーナはラシードの求婚を迷うことなく、断った。

自分はルーファスの妻なのだからと…。

婚約者がいながらもあっさりと婚約者を捨て、勇者のラシードに鞍替えしたローザとはまるで違う。



歴代の巫女達は美しいだけでなく、その心根も清らかで慈愛深い女性だったといわれている。

その上、貞操観念が強く、心に決めた人にしか操を捧げなかったとも言い伝えられている。

そんなのはただの美化された夢物語だと思っていた。

女はいつの時代も打算と欲に塗れて生きている。そういった人間の欲望に忠実な女は嫌いじゃないし、見ていると飽きないが時々、辟易としてしまう。

だけど…、この女は違うのだ。



人間は負の感情を抱きやすい生き物だ。どれだけ善良な人間でも自分を虐げたり、悪意を受ければ、見返してやりたい、仕返しをしたい、復讐したいという考えを抱くのは必然の事だった。

リスティーナは今まで出自のせいで虐げられていた。

巫女とはいえ、人間だ。自分を虐げた奴らに鬱屈とした感情を少なからず抱いている筈だ。

だから、ラシードはリスティーナに囁いた。

彼女の中の復讐心や負の感情が掻き立てられるように…。

だが、ラシードの甘い囁きにリスティーナが躊躇したのは一瞬だけだった。

彼女は自分はそんな事は望まないと言い、受け入れることはしなかった。

その目は曇りがなく、迷いがなかった。



あの目にぞくりとした。直感的に欲しいと思った。

今までは女を抱くのに無理強いをしたことはなかったし、同意を得るか、落とすまでの過程を楽しんでいた。だが…、この女はすぐに手に入れたいと思った。

そう思って、既成事実を作る為に多少、強引ではあったが寝所に連れ込んだ。

まさか、ルーファスが乱入してくるとは思わなかったが…。



「いいの?お兄様。あのままリスティーナを見逃しちゃって。」



「焦るな。アーリヤ。あの場は退いたが俺は別にリスティーナを諦めた訳じゃない。心配しなくても、近いうちにあの女は手に入れる。必ず、な。」



「何をする気?まさか、ルーファスを殺すつもり?」



「そんな面倒な事するか。言っただろう?俺には切り札があると。」



「切り札…。ああ。ローザの事ね。」



「ああ。そうだ。今のあいつは死ぬか生きるかの瀬戸際だ。交渉するには丁度いい。誰だって、死は怖い。それはあいつだって例外じゃないさ。自分が生き延びる為なら、どんな条件でも呑み込むだろう。何せ、他に手がないんだからな。」



「だけど、ルーファスはリスティーナに心底、惚れ込んでいるわよ。そう簡単に上手くいくかしら?」



「最近、惚れたばかりの女と自分の命。どっちを取るかなんて決まっているだろう?」



「それもそうね。」



兄の言葉にアーリヤは納得したように頷いた。どんな綺麗事を吐こうとも、人間は結局、自分が一番可愛い。あのルーファスだって、リスティーナよりも自分が生きられる可能性を取るだろう。

だけど、問題が一つ…。



「ルーファスはリスティーナの正体に気付いているかしら?」



「さあな。それは俺にも分からない。」



「もし、気付いていたら、厄介ね。リスティーナの価値を知れば、益々手放さなくなるだろうし…。それに、リスティーナはローザよりも強い力を持っているんでしょう?まさか、ルーファスの奴、リスティーナの力を使って呪いを解こうとするんじゃ…、」



「リスティーナに呪いを解く力があるかなんて分からないだろう。呪いを解く力を持った巫女は歴代の巫女の中でも数人しか存在しなかったんだぞ。…まあ、でも、可能性はあるかもな。

あいつは今、かなり追い詰められている状態だ。ああいう追い詰められた人間は何をするか分からない。巫女を殺して、その血と肉を食べれば呪いが解けるかもしれないって考えそうだ。」



「えっ!?そ、それって、不味いじゃない!」



「だから、一刻も早くリスティーナを手に入れるんだよ。他の奴らに気付かれると、面倒だしな。」



「そうね。私も協力するわ。お兄様。」



「頼むぞ。アーリヤ。」



ラシードがそう言うと、アーリヤはそれに倣うように企んだ笑みを浮かべた。
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