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第三章 立志編
子守唄
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「大丈夫ですか!?」
「ッ、平気、だ…。少し…、力を使いすぎた…。」
そう言うルーファスの顔色は真っ青だった。肩が上下していて、息も苦しそうだ。
「た、大変!誰か人を…!」
「ッ、待て…。大、丈夫、だ…。休めば治る、から…。」
「で、では…、どこか休める所へ…。ルーファス様。もう少しだけ歩けそうですか?」
「部屋まで歩く位はできる。…悪いが、少しだけ肩を貸してくれるか?…ちょっと、一人ではッ…、歩けそうに、ないんだ…。」
「勿論です!辛ければ、私に寄りかかってください!」
「…ああ。ありがとう。」
リスティーナはルーファスの腕を肩に回し、ゆっくりと彼の身体に負担をかけないように歩き出した。
「辛くないですか?ルーファス様。」
「ああ。」
「もうすぐ着きますから、あと少しの辛抱です。」
ルーファスとリスティーナは王宮内の休憩できる部屋に向かった。
ルーファスの部屋はここからだと遠いからだ。一度、身体を休ませてから、移動した方がいい。
何とか、休憩室まで辿り着くことができ、リスティーナはルーファスを寝台まで誘導した。
寝台に倒れ込んだルーファスは激しく咳込んだ。
「ルーファス様!大丈夫ですか!?」
咳のせいで返答するのも苦しそうなルーファスにリスティーナはオロオロした。
どうしよう。どうしよう。ルーファスの背中を摩りながら、傍にいる事しかリスティーナにはできなかった。
私のせいだ…。さっき、私を助ける為にハリト皇子に力を使ったから…。
「…ルーファス様…。ッ、ごめんなさい…!」
じわり、と視界が涙で滲んだ。
「ッ…、何で…、君が、ゴホッ!謝るん、だ…。」
「だって、私のせいでルーファス様が…、」
「君の、せいじゃない、だろ…。俺が…、勝手にやった、ことだ…。それより…、君は…、大丈夫なのか?」
「私は全然大丈夫です。」
「そうか…。」
リスティーナの言葉にルーファスはホッとしたように表情を和らげた。
ルーファス様…!こんな時まで私の事を心配してくれるなんて…。
嬉しいけど…、苦しい。私の存在がルーファス様を苦しめているのかと思うと…、胸が痛い。
ふと、リスティーナはある疑問を抱いた。
「あの…、でも、どうして、ルーファス様はこちらに…?まだ病み上がり前なのに歩くのも辛いのでは…?」
「…今日の夜会に…、ハリト皇子が来ると聞いたから…。君がまたハリト皇子に絡まれているのではないかと思って…、」
「え…?あの、またって…。」
リスティーナはギクッとした。
まさか、ルーファス様…。知っているの?私が以前にもハリト皇子に犯されそうになったことを…。
「君がメイネシアでどんな扱いをされたのかが気になって…、調べたんだ。その時に、知った。君は夜会でハリト皇子に襲われそうになったことがあるらしいな。」
「あ、あの…、ルーファス様。私…、」
「悪い。君を責めてるんじゃないんだ。そんな顔をしないでくれ。…俺の方こそ、悪かった。勝手に自分の事を調べられて、いい気分にはならないよな。」
「い、いいえ!それは全然…!ただ、あの…、私、別にハリト皇子を誘惑したつもりはなくて…、ほ、本当に私は誘ったりしてないんです。し、信じて下さい…!」
リスティーナは怖かった。ルーファスに軽蔑されるのが。
リスティーナは初めて男性に乱暴されそうになった時、周囲の人に助けを求めた。
だけど…、父も王妃様も他の貴族達も…、リスティーナを責め立てた。
リスティーナが男を誘ったのではないか。一人で人気のない所を歩くなんて無防備にも程がある。
わざと一人でいたのではないか等と…。
一人でいたのは、貴族達の冷たい目線と陰口から逃げたくなっただけなのに…。
私は誘ったりなんかしていない。それなのに…、どうして?どうして、私はこんなに責められないといけないの?私が悪いの?こんな…、こんな思いをする位なら…、最初から言うんじゃなかった。
それ以来、リスティーナは父や周囲の大人達に助けを求めるのは止めた。
だからこそ、怖かった。ルーファス様にも誤解されるんじゃないのかと。
知られたくなかった。こんな過去…。そう思っていると…、
「そんな事…、思ってない。俺は君が男を誘うようなみだらな女だなんて疑ったことは一度もない。」
そう言って、ルーファスはそっとリスティーナの頬に手を伸ばし、涙を拭ってくれる。
「…怖かっただろう。もっと早く助けてやれなくてすまなかった。」
「っ、そんな…、そんな事…!」
ルーファス様…!私の事、信じてくれるんだ。
嬉しかった。リスティーナはルーファスの手を握り返した。
「君が無事で良かった。じゃないと…、あの場で俺はハリト皇子を殺していたかもしれない。」
「まあ…。ルーファス様でも冗談を言うんですね。…冗談、ですよね?」
「…ああ。冗談だ。」
ルーファスの答えにリスティーナはホッとした。そうよね。幾ら何でも帝国の皇子を殺すなんてしないわよね。
それにしても、ルーファス様ってエルザに似てるな。よくエルザもこういう笑えない冗談を言っていたし…。
横になって休んだおかげかルーファスの呼吸が安定し、咳も少しだけおさまってきた。
「それにしても、メイネシアの国王は君がハリト皇子に襲われても何の抗議もしなかったのか?未婚の王女を襲うなど幾ら帝国の皇子が相手だからといって許される行為ではないだろう。」
「あ…、父はこの件は知らないんです。父に知られたら、ハリト皇子の側室として帝国に嫁がされるのは目に見えていたので…。だから、父や他の貴族達にも知られないように隠してたんです。エルザの魔法でハリト皇子の記憶を操作してもらったのでハリト皇子は私を襲ったことは覚えてないんです。
だから、ハリト皇子が私を襲ったということは私とエリザ位しか知らないんです。」
「そうだった、のか…。だが、調べればすぐに分かる事だろ。よく今まで隠せたな。」
「父は私に興味も関心もないので。元々、私は姉のように目立つタイプではなかったですし…。だから、私がハリト皇子に襲われたことに誰も気づきませんでした。」
メイネシアでは、日陰王女と呼ばれている位だ。でも、その存在感が薄いお蔭で誰にも知られることはなかったのである意味、助かったといえる。
リスティーナはルーファスが汗を掻いているのに気づき、ハンカチで汗を拭った。
水に浸して、濡らした方がいいかもしれない。そう思い、水はないかな?と辺りを見回した。
水差しはあったが中身が空だった。
「あ…、水が…。ルーファス様。もう水がないみたいなので私、水を貰ってきます。すぐに戻りますから、待っててください。」
「ま、待て。行くな…。ここにいてくれ…。」
ルーファスがリスティーナの手首を掴み、リスティーナが部屋を出て行くのを止めた。
「でも…、」
「大丈夫だ。俺は平気だから…。水なんてなくていい。だから…、ここにいてくれ…。頼む…。」
「……。」
ルーファスの必死の懇願にリスティーナは彼の手を振り払う事は出来なかった。
でも…、本当にいいのかしら…。ただ傍にいるだけなんて何の役にも立たないのに…。
そう思いながらも、ルーファス様の頼みならとリスティーナはその場に留まって、彼の手を握った。
その時、リスティーナはルーファスの目の下の隈が濃くなっていることに気が付いた。
「あの…、ルーファス様。もしかして、最近あまり寝られてないのですか?」
「…ああ。少し、な。」
「また、悪い夢でも見たんですか?」
ルーファスは気まずそうに目を逸らした。
「そこまで酷い夢じゃない。ただ…、少し寝つきが悪くなっているだけだ。」
ルーファス様…。やっぱり、寝れてないんだ。
「闇の勇者様がいれば…、ルーファス様の不眠も解決できたんでしょうね。」
望みが薄いと分かっていてもつい、ぽろっと口に出してしまう。
「闇の勇者?何故、そう思ったんだ?」
「以前、エルザから闇魔法の特徴について、聞いたことがあるんです。闇魔法には、精神魔法と魔力無効化以外にも苦痛魔法、鎮痛魔法という特徴があるのだと。
その時、思ったんです。闇魔法を使えば、精神病や不眠症の人を助けることができるんじゃないかなって。」
「闇魔法で…、人を助ける?」
「闇魔法って、攻撃魔法に特化した魔法ですし、暗闇や夜というイメージが強いのであんまりいいイメージを持っている人はいないみたいですけど…。使い方次第によっては人を助ける事も出来ると思うんです。精神や痛みを操ることができるということは、それをコントロールできるということですよね?
だったら、それを上手く使えば、治療方法に役立つのではないかと思って…。だから、ルーファス様の不眠症も闇魔法で治せたらいいのにと思って…。」
「……。そんな事、考えたこともなかったな。」
ルーファスはリスティーナの言葉に意外そうに呟いた。
「でも、これはあくまでも私の考えですし、何の根拠もありませんけどね。ただ、そうだったらいいなと思っただけで…。」
例え、理論的に成り立ったとしても、今の世界に闇魔法の使い手がいないので現実的な解決にはならない。
「私に闇の魔力があったら良かったのに…。」
リスティーナはぽつりと呟いた。そうすれば、ルーファス様を助けることができたかもしれない。
闇魔法には呪術魔法や解呪魔法の特徴もある。私に闇の魔力があればルーファス様の呪いを解くこともできたかもしれないのに…。そんな風に考えていると、
「魔力なんてなくてもいい。君は…、十分に俺を助けてくれている。今だって…。こうやって、君の手を握っているだけで不思議と心が落ち着くんだ。」
「ルーファス様…。」
ルーファス様に何かしてあげられることはないだろうか。こんな状況でも私を気遣ってくれる優しいルーファス様に何か…。あ、そうだ。
「あの…、ルーファス様。もし、良ければ…、子守唄を歌いましょうか?」
「子守唄?」
「私も雷の夜とか、怖い本を読んだりして、眠れないことがあったんです。でも、そんな時は昔から、お母様がよく子守唄を歌って聴かせてくれて…。その子守歌を聴くと、いつも寝ることができたんです。母がいつも言ってました。この子守唄は悪い夢を追い払うのよって。だから…、その…、」
リスティーナは段々と自信なさげに声が小さくなった。子守唄だなんてそんな子供っぽいものを勧めるだなんて失礼かもしれない。
私にとっては効果のある方法だったけど、ルーファス様が嫌がったりしたらどうしよう…。
そんな風に思っていると、
「君が歌ってくれるのか?」
「は、はい!あの…、私、そんなに歌は上手くないですけど…、もし、嫌でしたら無理には…、」
「いや。君が歌ってくれるなら…、お願いしよう。聴かせてくれるか?」
「ッ!はい!」
リスティーナはぱあ、と顔を輝かせた。リスティーナは一度、スウ、と息を吸い込み、歌を口ずさんだ。
眠れ 眠れ 眠れ
銀に輝くお月様がキラキラと輝いている 月の光の下で花が眠っている
薔薇の花に覆われて 揺り籠の中で お休み 我が子よ
庭も野も静まり返り、羊も小鳥も母の手に抱かれ 眠っている
森の木も静かにざわめいて、夢のようにささやく 眠れ、眠れ、眠れよ、我が子よ
空にはきらきらお星さま 星があなたを優しく見守っている
さあ お休み 愛しい我が子よ 明日の日の光を浴びるまで ゆっくりと眠りなさい
優しく、幸せな夢を 眠れ 眠れ 眠れ 愛し子よ
「ッ、平気、だ…。少し…、力を使いすぎた…。」
そう言うルーファスの顔色は真っ青だった。肩が上下していて、息も苦しそうだ。
「た、大変!誰か人を…!」
「ッ、待て…。大、丈夫、だ…。休めば治る、から…。」
「で、では…、どこか休める所へ…。ルーファス様。もう少しだけ歩けそうですか?」
「部屋まで歩く位はできる。…悪いが、少しだけ肩を貸してくれるか?…ちょっと、一人ではッ…、歩けそうに、ないんだ…。」
「勿論です!辛ければ、私に寄りかかってください!」
「…ああ。ありがとう。」
リスティーナはルーファスの腕を肩に回し、ゆっくりと彼の身体に負担をかけないように歩き出した。
「辛くないですか?ルーファス様。」
「ああ。」
「もうすぐ着きますから、あと少しの辛抱です。」
ルーファスとリスティーナは王宮内の休憩できる部屋に向かった。
ルーファスの部屋はここからだと遠いからだ。一度、身体を休ませてから、移動した方がいい。
何とか、休憩室まで辿り着くことができ、リスティーナはルーファスを寝台まで誘導した。
寝台に倒れ込んだルーファスは激しく咳込んだ。
「ルーファス様!大丈夫ですか!?」
咳のせいで返答するのも苦しそうなルーファスにリスティーナはオロオロした。
どうしよう。どうしよう。ルーファスの背中を摩りながら、傍にいる事しかリスティーナにはできなかった。
私のせいだ…。さっき、私を助ける為にハリト皇子に力を使ったから…。
「…ルーファス様…。ッ、ごめんなさい…!」
じわり、と視界が涙で滲んだ。
「ッ…、何で…、君が、ゴホッ!謝るん、だ…。」
「だって、私のせいでルーファス様が…、」
「君の、せいじゃない、だろ…。俺が…、勝手にやった、ことだ…。それより…、君は…、大丈夫なのか?」
「私は全然大丈夫です。」
「そうか…。」
リスティーナの言葉にルーファスはホッとしたように表情を和らげた。
ルーファス様…!こんな時まで私の事を心配してくれるなんて…。
嬉しいけど…、苦しい。私の存在がルーファス様を苦しめているのかと思うと…、胸が痛い。
ふと、リスティーナはある疑問を抱いた。
「あの…、でも、どうして、ルーファス様はこちらに…?まだ病み上がり前なのに歩くのも辛いのでは…?」
「…今日の夜会に…、ハリト皇子が来ると聞いたから…。君がまたハリト皇子に絡まれているのではないかと思って…、」
「え…?あの、またって…。」
リスティーナはギクッとした。
まさか、ルーファス様…。知っているの?私が以前にもハリト皇子に犯されそうになったことを…。
「君がメイネシアでどんな扱いをされたのかが気になって…、調べたんだ。その時に、知った。君は夜会でハリト皇子に襲われそうになったことがあるらしいな。」
「あ、あの…、ルーファス様。私…、」
「悪い。君を責めてるんじゃないんだ。そんな顔をしないでくれ。…俺の方こそ、悪かった。勝手に自分の事を調べられて、いい気分にはならないよな。」
「い、いいえ!それは全然…!ただ、あの…、私、別にハリト皇子を誘惑したつもりはなくて…、ほ、本当に私は誘ったりしてないんです。し、信じて下さい…!」
リスティーナは怖かった。ルーファスに軽蔑されるのが。
リスティーナは初めて男性に乱暴されそうになった時、周囲の人に助けを求めた。
だけど…、父も王妃様も他の貴族達も…、リスティーナを責め立てた。
リスティーナが男を誘ったのではないか。一人で人気のない所を歩くなんて無防備にも程がある。
わざと一人でいたのではないか等と…。
一人でいたのは、貴族達の冷たい目線と陰口から逃げたくなっただけなのに…。
私は誘ったりなんかしていない。それなのに…、どうして?どうして、私はこんなに責められないといけないの?私が悪いの?こんな…、こんな思いをする位なら…、最初から言うんじゃなかった。
それ以来、リスティーナは父や周囲の大人達に助けを求めるのは止めた。
だからこそ、怖かった。ルーファス様にも誤解されるんじゃないのかと。
知られたくなかった。こんな過去…。そう思っていると…、
「そんな事…、思ってない。俺は君が男を誘うようなみだらな女だなんて疑ったことは一度もない。」
そう言って、ルーファスはそっとリスティーナの頬に手を伸ばし、涙を拭ってくれる。
「…怖かっただろう。もっと早く助けてやれなくてすまなかった。」
「っ、そんな…、そんな事…!」
ルーファス様…!私の事、信じてくれるんだ。
嬉しかった。リスティーナはルーファスの手を握り返した。
「君が無事で良かった。じゃないと…、あの場で俺はハリト皇子を殺していたかもしれない。」
「まあ…。ルーファス様でも冗談を言うんですね。…冗談、ですよね?」
「…ああ。冗談だ。」
ルーファスの答えにリスティーナはホッとした。そうよね。幾ら何でも帝国の皇子を殺すなんてしないわよね。
それにしても、ルーファス様ってエルザに似てるな。よくエルザもこういう笑えない冗談を言っていたし…。
横になって休んだおかげかルーファスの呼吸が安定し、咳も少しだけおさまってきた。
「それにしても、メイネシアの国王は君がハリト皇子に襲われても何の抗議もしなかったのか?未婚の王女を襲うなど幾ら帝国の皇子が相手だからといって許される行為ではないだろう。」
「あ…、父はこの件は知らないんです。父に知られたら、ハリト皇子の側室として帝国に嫁がされるのは目に見えていたので…。だから、父や他の貴族達にも知られないように隠してたんです。エルザの魔法でハリト皇子の記憶を操作してもらったのでハリト皇子は私を襲ったことは覚えてないんです。
だから、ハリト皇子が私を襲ったということは私とエリザ位しか知らないんです。」
「そうだった、のか…。だが、調べればすぐに分かる事だろ。よく今まで隠せたな。」
「父は私に興味も関心もないので。元々、私は姉のように目立つタイプではなかったですし…。だから、私がハリト皇子に襲われたことに誰も気づきませんでした。」
メイネシアでは、日陰王女と呼ばれている位だ。でも、その存在感が薄いお蔭で誰にも知られることはなかったのである意味、助かったといえる。
リスティーナはルーファスが汗を掻いているのに気づき、ハンカチで汗を拭った。
水に浸して、濡らした方がいいかもしれない。そう思い、水はないかな?と辺りを見回した。
水差しはあったが中身が空だった。
「あ…、水が…。ルーファス様。もう水がないみたいなので私、水を貰ってきます。すぐに戻りますから、待っててください。」
「ま、待て。行くな…。ここにいてくれ…。」
ルーファスがリスティーナの手首を掴み、リスティーナが部屋を出て行くのを止めた。
「でも…、」
「大丈夫だ。俺は平気だから…。水なんてなくていい。だから…、ここにいてくれ…。頼む…。」
「……。」
ルーファスの必死の懇願にリスティーナは彼の手を振り払う事は出来なかった。
でも…、本当にいいのかしら…。ただ傍にいるだけなんて何の役にも立たないのに…。
そう思いながらも、ルーファス様の頼みならとリスティーナはその場に留まって、彼の手を握った。
その時、リスティーナはルーファスの目の下の隈が濃くなっていることに気が付いた。
「あの…、ルーファス様。もしかして、最近あまり寝られてないのですか?」
「…ああ。少し、な。」
「また、悪い夢でも見たんですか?」
ルーファスは気まずそうに目を逸らした。
「そこまで酷い夢じゃない。ただ…、少し寝つきが悪くなっているだけだ。」
ルーファス様…。やっぱり、寝れてないんだ。
「闇の勇者様がいれば…、ルーファス様の不眠も解決できたんでしょうね。」
望みが薄いと分かっていてもつい、ぽろっと口に出してしまう。
「闇の勇者?何故、そう思ったんだ?」
「以前、エルザから闇魔法の特徴について、聞いたことがあるんです。闇魔法には、精神魔法と魔力無効化以外にも苦痛魔法、鎮痛魔法という特徴があるのだと。
その時、思ったんです。闇魔法を使えば、精神病や不眠症の人を助けることができるんじゃないかなって。」
「闇魔法で…、人を助ける?」
「闇魔法って、攻撃魔法に特化した魔法ですし、暗闇や夜というイメージが強いのであんまりいいイメージを持っている人はいないみたいですけど…。使い方次第によっては人を助ける事も出来ると思うんです。精神や痛みを操ることができるということは、それをコントロールできるということですよね?
だったら、それを上手く使えば、治療方法に役立つのではないかと思って…。だから、ルーファス様の不眠症も闇魔法で治せたらいいのにと思って…。」
「……。そんな事、考えたこともなかったな。」
ルーファスはリスティーナの言葉に意外そうに呟いた。
「でも、これはあくまでも私の考えですし、何の根拠もありませんけどね。ただ、そうだったらいいなと思っただけで…。」
例え、理論的に成り立ったとしても、今の世界に闇魔法の使い手がいないので現実的な解決にはならない。
「私に闇の魔力があったら良かったのに…。」
リスティーナはぽつりと呟いた。そうすれば、ルーファス様を助けることができたかもしれない。
闇魔法には呪術魔法や解呪魔法の特徴もある。私に闇の魔力があればルーファス様の呪いを解くこともできたかもしれないのに…。そんな風に考えていると、
「魔力なんてなくてもいい。君は…、十分に俺を助けてくれている。今だって…。こうやって、君の手を握っているだけで不思議と心が落ち着くんだ。」
「ルーファス様…。」
ルーファス様に何かしてあげられることはないだろうか。こんな状況でも私を気遣ってくれる優しいルーファス様に何か…。あ、そうだ。
「あの…、ルーファス様。もし、良ければ…、子守唄を歌いましょうか?」
「子守唄?」
「私も雷の夜とか、怖い本を読んだりして、眠れないことがあったんです。でも、そんな時は昔から、お母様がよく子守唄を歌って聴かせてくれて…。その子守歌を聴くと、いつも寝ることができたんです。母がいつも言ってました。この子守唄は悪い夢を追い払うのよって。だから…、その…、」
リスティーナは段々と自信なさげに声が小さくなった。子守唄だなんてそんな子供っぽいものを勧めるだなんて失礼かもしれない。
私にとっては効果のある方法だったけど、ルーファス様が嫌がったりしたらどうしよう…。
そんな風に思っていると、
「君が歌ってくれるのか?」
「は、はい!あの…、私、そんなに歌は上手くないですけど…、もし、嫌でしたら無理には…、」
「いや。君が歌ってくれるなら…、お願いしよう。聴かせてくれるか?」
「ッ!はい!」
リスティーナはぱあ、と顔を輝かせた。リスティーナは一度、スウ、と息を吸い込み、歌を口ずさんだ。
眠れ 眠れ 眠れ
銀に輝くお月様がキラキラと輝いている 月の光の下で花が眠っている
薔薇の花に覆われて 揺り籠の中で お休み 我が子よ
庭も野も静まり返り、羊も小鳥も母の手に抱かれ 眠っている
森の木も静かにざわめいて、夢のようにささやく 眠れ、眠れ、眠れよ、我が子よ
空にはきらきらお星さま 星があなたを優しく見守っている
さあ お休み 愛しい我が子よ 明日の日の光を浴びるまで ゆっくりと眠りなさい
優しく、幸せな夢を 眠れ 眠れ 眠れ 愛し子よ
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