上 下
131 / 222
第三章 立志編

帝国の第五皇子

しおりを挟む
「これを取引材料にすれば…、」

エルザの魔石が入った袋を握り締め、リスティーナは心に決めた。
これを使って、ラシード殿下に直談判してみよう。
アーリヤ様にお願いすればラシード殿下と会える場を設けてくれるかもしれない。
あのラシード殿下を説得できるかどうかは正直言って、自信がない。
でも、これは、私一人でやらないと…!

ルーファス様はローザ様との件でラシード殿下とは深い確執がある筈…。
自分の元婚約者を奪った相手だ。会いたくないと思うのが普通だろう。
だから、ルーファス様とラシード殿下は会わせずに私が説得すればいい。
上手くいくかは分からないけど…、もうこれしかない!リスティーナは早速、行動に移そうと、会場に戻ろうとした。
薔薇園を通り抜けて、曲がり角を曲がると、丁度、人がいて、リスティーナはぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃でリスティーナは尻餅をついてしまう。

「痛ッ!無礼者!どこを見て歩いている!」

「も、申し訳ありません…!」

リスティーナは床に尻餅をついた状態で座り込んでしまい、慌てて謝った。
打った場所がズキズキと痛い。リスティーナは痛みに堪えながら、頭を下げた。
すると、男が呆けたように固まっているのが見えた。じっと一点を集中して見てる。
視線の先を辿ると、リスティーナの露になった足を見られていた。転んだ際にスカートの裾が捲れてしまったのだ。

「!」

リスティーナは羞恥心から顔を赤くし、バッとスカートで足を隠した。
勢いよく立ち上がり、深く頭を下げた。

「ご、ご無礼をお許しください!お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした!」

そう言って、逃げる様にそのまま立ち去ろうとしたが…、そんなリスティーナの手首を男が掴んだ。

「待て。」

「え…?あの、何か…?ッ!?」

リスティーナは相手の男性の顔を見て、驚愕した。顔が青ざめていくのが分かる。
どうして…、どうして、この人が…?
相手はリスティーナの知っている男だった。
帝国の第五皇子、ハリト。ハリト皇子は第五皇子でありながら、次期皇帝として名が知られている皇子だ。ハリト皇子は国内だけでなく、各国でも有名だ。ただし、悪い意味で。
丸々と太った身体に小さく低い鼻、細い目、分厚くぼってりとした唇はお世辞にも美しいとはいえない。体型も相まってまるで豚のようだと言われ、裏では豚皇子と呼ばれている。
勿論、誰も表立ってそんな事は口にしない。醜いが皇子として優秀であることは確かだからだ。
実績もあるため、容姿は悪くても皇帝としての器は本物だといわれている。
そんなハリト皇子が今、リスティーナの目の前にいる。
リスティーナは心臓がドクドクと嫌な音を立てた。
思い出す…。あの時の恐ろしい記憶を…、薄暗い中で無理矢理押し倒され、ドレスを引き裂かれたあの時の恐怖を…。でも、あの時は…、

『姫様…?』

目の前の光景が信じられないとでも言いたげな表情で深緑の目がリスティーナを見つめる。エルザはリスティーナを見て、状況を理解した途端、その目が殺気に染まった。

『私の姫様に…、何してんのよ!この、下衆野郎がああああ!』

瞬間、巨大な蔓がハリト皇子に襲い掛かった。あの時はエルザが助けてくれた。でも、今は…、私一人…。

「お前、確かメイネシアの王女だな?母親が踊り子の下賤な女の娘じゃないか。」

「…て、帝国の皇太子殿下。お、お久しぶりでございます。」

我に返ったリスティーナは慌てて片手でスカートの裾を持ち、深々と頭を下げた。
手首を掴まれたままなので片手でしかスカートの裾を持つことしかできない。
こ、怖い…。また、あの時と同じような目に遭ったらと思うと…、震えが止まらない。
その時もハリト皇子は今のようにまるで身体を舐め回すような視線で不躾にリスティーナを見つめ、厭らしい笑みを浮かべていた。そう。今のように…、

「名前は確か…、リスティーナだったか?」

「は、はい…。」

息が上がる。声が震えて…、上手く話せない。
ハリト皇子の目を見ると…、怖くて動けない。視線を逸らすことすらできなくなる。
この目だ…。あの時も彼は私をこんな目で見ていた。欲望を含んだ視線…。この目を見ると、ゾッとする。
私に乱暴しようとした人達はいつもこんな目をしていた。
逃げたいのに…!足が竦んで動かない。

「前よりも随分といい女になったじゃないか。…悪くない。」

ハリトは厭らしく笑い、愉快そうに呟いた。
どうしてだろうか。この人に褒められても全然嬉しくない。むしろ、怖かった。
早く…、早くここから逃げ出したい…!
そんなリスティーナを嘲笑うようにハリトは傲慢な態度で言い放った。

「お前を気に入ったぞ。喜べ。俺の妻にしてやる。」

「!?」

リスティーナは固まった。つ、妻…?私がこの方の…?思わず鳥肌が立った。
そんなリスティーナにハリトは脂ぎった手で無遠慮に触れた。
うっ…!強い口臭にリスティーナは顔を背けた。
ひ、ひどい臭い…!嗅いでいるだけで気持ち悪くなりそう…。

「その前に身体の相性を確かめないとな…。どれ…、」

「ッ!い、嫌!放して!」

あまりにも強い生理的嫌悪を抱いたせいかあんなにも身体が震えて指一本動かせなかったのに、リスティーナは弾かれたようにパンッ!とハリトの手を叩いてしまった。

「あ…、」

リスティーナは自分のした行動に顔を青褪めた。やってしまった…!あまりにも気持ち悪くて、つい…!
ハリトは一瞬、何が起こったのか分からず、呆気にとられた様子だったが状況を理解すると、怒りで顔を真っ赤に染め、リスティーナを睨みつけた。

「き、貴様あ!ふざけるな!よくも、この俺様を叩いたな!このっ…!」

「きゃあ!?」

バシッと頬に強い衝撃が走った。ハリトがリスティーナを叩いたのだ。
大の男の力で殴られたリスティーナはまたしても地面に倒れ込んでしまう。
ぶたれた頬が痛い。ジンジンする。リスティーナは思わず頬を押さえた。

「たかが、小国の王女の分際でこの俺を拒むとはどういうつもりだ!帝国の皇子であり、次期皇帝の俺が妻にしてやると言っているのに…!俺様はお前なんかよりも高貴でずっと偉い存在なんだぞ!そこは、泣いて喜ぶのが普通だろう!」

「わ、私は…、殿下とは結婚できません!わ、私はもう…、きゃあ!?」

「ふざけるな!この俺に恥を掻かせやがって…!もう、お前など妻にもしてやらん!この俺を拒んだことを後悔させてやる!」

ハリトに髪を掴まれ、リスティーナはそのまま無理矢理どこかへ連れて行かれそうになる。
抵抗したいのに、抵抗ができない。ハリトに引っ張られるままについていく事しかできない。
痛い…!ブチブチと髪が抜かれる音がした。思いやりの欠片もない乱暴な手…。リスティーナはじわり、と涙が滲んだ。
そのまま人気のない場所に連れて行かれ、ドン!と突き飛ばされる。
次いで、ハリトがリスティーナの上に馬乗りに圧し掛かった。
お、重い…!あまりの重さにリスティーナは顔を顰めた。
ガッと顎を強く掴まれ、無理矢理上を向かせられる。

「泣いて、許しを乞うてももう遅い。俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」

ハリトの脂ぎった手がリスティーナの身体を弄る。
嫌…!嫌…!ルーファス様以外に触られるなんて嫌…!ルーファス様…!
リスティーナは心の中でルーファスに助けを求めた。ギュッと目を瞑る。涙が頬を伝った。

「その手を放せ。」

「ッ!誰だ!?グッ…!」

え…?この声…。
低く、聞き覚えのある声にリスティーナはおそるおそる目を開いた。
ハリト皇子の背後から肩を掴んでいる人物にリスティーナは目を見開いた。
そこには、夜会に参加していない筈のルーファスが立っていた。

ルーファス様…!?一瞬、ルーファスがリスティーナに視線をやった。
リスティーナの姿を見た瞬間、ルーファスは目を見開いた。
やがて、スッと目を細めたルーファスはハリト皇子に視線を向けた。さっきとは比にならない位に怖い表情を浮かべたルーファスがいた。
そして、ルーファスはハリトに手を翳すと、あの黒い霧のようなものが放たれた。

「ぼへえ!?」

そのまま地面に倒れ込むハリト皇子をリスティーナは呆然と見つめた。

「リスティーナ。…来るのが遅くなって悪かった。大丈夫か?」

そう言って、ルーファスは膝をついて、リスティーナに話しかける。

「る、ルーファス様…!」

リスティーナは思わず彼にしがみついた。
ルーファスはそっと優しく抱き締め返してくれる。そのぬくもりにリスティーナはホッとした。
また、私を助けてくれた…。

「その頬…。殴られたのか?あの男に?」

「あっ、これは…、」

「こ、このッ…!よ、よくもこの俺様を殴ってくれたな!」

「ッ!ルーファス様!」

その時、ハリトがルーファスに襲い掛かった。リスティーナは思わず声を上げる。
ルーファスが振り返ると、ハリトの拳が当たった。が、その直後に吹き飛んだのはハリトの方だった。
しかし、ハリトの手がルーファスの仮面に当たったせいで仮面が地面に落ちて、ルーファスの素顔が露になった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

「お前のような田舎娘を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の王太子から溺愛されます〜今更私の力が必要だと土下座したところでもう遅い〜

平山和人
恋愛
グラントニア王国の聖女であるクロエはラインハルト侯爵から婚約破棄を突き付けられる。 だがクロエは動じなかった、なぜなら自分が前世で読んだ小説の悪役令嬢だと知っていたからだ。 覚悟を決め、国外逃亡を試みるクロエ。しかし、その矢先に彼女の前に現れたのは、隣国アルカディア王国の王太子カイトだった。 「君の力が必要だ」 そう告げたカイトは、クロエの『聖女』としての力を求めていた。彼女をアルカディア王国に迎え入れ、救世主として称え、心から大切に扱う。 やがて、クロエはカイトからの尽きない溺愛に包まれ、穏やかで幸せな日々を送るようになる。 一方で、彼女を追い出したグラントニア王国は、クロエという守護者を失ったことで、破滅の道を進んでいく──。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...