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第三章 立志編

聖女の光魔法

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「う、嘘だ!聖女が戦えるなんてそんな話は聞いたことが…!」

「当たり前でしょ。聖女っていうのは、清廉潔白で穢れなき乙女ってイメージを保たないといけないんだから。聖女は血や争いとは無縁の存在でありなさい。戦うなんて聖女らしくないって教会のお偉方はいつも小姑のようにグチグチ言ってくる位だもの。
だから、教会はあえてその事実を隠しているのよ。…まあ、兵士達には見られているし、知られるのも時間の問題だけなんでしょうけどね。」

そう言いながら、聖女は乱暴に髪を掻き上げ、つまらなそうにそう口にした。
そして、自分の頬に手を当てる。すると、聖女の手から淡い光が放たれた。あっという間に傷が消えていく。あれが治癒魔法…。
聖女はチラッと男を見下ろした。男はヒッ!と声を上げ、そのまま立ち上がって逃げようとするが、聖女が男に向かって手を翳した。すると、突然、光の縄が飛び出し、男の手足を拘束した。

「うわあ!な、何だ!これ!?く、くそっ!放せ!」

男は必死にもがくが光の縄はギチギチと容赦なく締め上げていく。そのまま男は地面に倒れ込んだ。

「そんなに慌てなくてもいいじゃないの。あなたにはまだお返しができていないんだから。」

「お、お返しだと!?何の事だ!いいから、この縄を解け!」

聖女は男の要求は無視し、

「さっき、あなたには手首と肩を掴まれて、最後は顔を殴ってくれたわよね?だから、あたしもあなたにお返ししないといけないなって思って。」

小首を傾げて微笑む聖女に男は顔を青褪めた。

「!?ま、まさか、僕を殴る気か!?」

「大丈夫。殴っても傷が残らないように治癒魔法をかけてあげるから。これで、あたしが暴力をした証拠は残らないし、あたしが暴力をしたことにはならない。…だから、間違ってもあたしに暴力を受けたなんて周りには言わないでね?嘘つき呼ばわりされたくはないでしょう?」

男は聖女の言葉を理解した途端、ガタガタと身体を震わせた。その表情には恐怖と怯えの感情が入り混じっていた。
つまり、聖女に殴られて、怪我をしても治癒魔法で治されれば、暴力を受けた証拠にはならない。
怪我もしていないのに聖女に暴力されたと訴えたところで誰も男の言葉を信じないだろう。
その事に男は気付いたのだ。聖女は男に近付く。

「や、止めろお!ち、近づくな!」

ジタバタともがく男だが、手足を縛られているせいで芋虫のように這いずり回ることしかできない。
そうしている内に目の前に聖女が立ち塞がった。

「ぼ、僕に手を出したら、ち、父上が黙ってな…、へぶっ!?」

聖女は男が言い終える前に拳を顔面に叩き込んだ。
すると、男は数メートル先に吹っ飛び、派手な音を立てて、木にぶつかって、地面に倒れ伏した。
倒れた男はピクピクと痙攣し、動かなくなった。いつの間にか男を拘束していた光の縄はなくなっている。

聖女とはいえ、女性の力で殴ったのにあそこまで吹き飛ぶとは思わず、リスティーナは唖然とした。
大の男の人が殴ってもあんなに吹き飛ぶことはない。もしかして、あれって、身体強化魔法?
確か、エルザが身体強化魔法を使って男を殴った時にあれ位、相手の男性を吹き飛ばしていた気がする。
聖女様は身体強化魔法も習得しているんだ。

…ところで、あの人、死んでないよね?リスティーナは少し不安になった。
あの男性には同情する気もないし、自業自得な面もあるが、死んでしまったら後味が悪い。

「たった一発でノックダウンだなんて雑魚すぎ。」

聖女はそう溜息を吐くと、手を翳した。すると、男の傷は瞬く間に塞がった。よく見れば、男は気絶しているだけだった。良かった。死んでなかった。
それにしても、聖女様の治癒魔法は凄い…。見た感じ、男の鼻は折れている様に見えたのに今は元通りになっている。所々に血はついているがもう傷は欠片も見当たらない。
これが治癒魔法…。リスティーナは感心して、思わず見入ってしまう。

「ところで…、あなたは?」

聖女の黄金の瞳が細められ、リスティーナを見つめる。リスティーナは慌ててスカートの裾を持ち上げ、頭を下げた。

「し、失礼しました!聖女様。初めてお目にかかります。私はルーファス殿下の側室、リスティーナと申します。突然の無作法をお許しくださいませ。」

「ルーファス…。ああ。確か第二王子の…。そういえば、メイネシアの王女を新しい側室として娶ったって言ってたわね。もしかして、その側室があなた?」

「はい。メイネシア国の第四王女でございます。」

「ふうん。そう…。それでどうして、こんな所に一人でいるの?誰かと逢引きでもしていたの?」

「ち、違います!私は…、聖女様にお話ししたいことがあり、ここに来ただけでございます!」

「私に…?」

「実は…、聖女様にお願いしたいことがあるのです。もし、よろしければ、少しの間だけお時間を頂けないでしょうか…!」

「嫌よ。」

聖女はきっぱりと断った。

「何であたしがあなたなんかの為に時間を割かなきゃいけないの?お断りだわ。」

そう言って、聖女は背を向けて、どこかに行こうとする。

「そ、そんな…!お願いします!聖女様!す、少しだけ…!十分…、いえ!五分!たった数分でも構いません!」

「どうせ、聖女の祝福が欲しいんでしょ?それとも、ルーファス王子の呪いから守ってくれって?くだらないわね。これだから、甘やかされたお姫様は嫌いなのよ。他力本願で自分の力では何もしない甘ったれたお姫様。そんなの、自分で何とかして欲しいわ。」

「違います!私はただ、殿下の呪いを解くために聖女様のお力添えをお願いしたいだけなのです!」

聖女はリスティーナの言葉に動きを止め、ゆっくりと振り返った。
リスティーナはバッと地面に膝をついて、跪くようにして聖女に頭を下げ、懇願した。

「お願いします!聖女様!聖女様の光魔法なら、殿下の呪いを解けるかもしれません!どうか、お力をお貸しください!」

「……。」

「勿論、ただでとは申しません!ささやかながら、贈り物をご用意させて頂きました。」

そう言って、リスティーナはあらかじめ持ってきていた魔石が入った袋を差し出した。
それは、エルザから貰った魔石だ。この魔石は魔力を持つ人間からすればとても価値のある物だ。
お金や宝石よりもずっと価値がある。リスティーナはそれを聖女に渡した。
聖女はリスティーナが差し出した魔石を手に取り、

「随分、上等な魔石ね。手に入れるの苦労したんじゃないの?」

「い、いえ…。」

さすがにエルザから貰った物だとは言えず、リスティーナは俯いた。しかし、聖女は魔石をリスティーナに返すと、

「でも、私、魔石は別にいらないの。そんな物なくても、私には光魔法があるからね。」

「で、では…、何をお望みでしょうか?私にできる事なら、何でもします!ですから、どうか…!」

縋るように聖女に懇願するリスティーナに聖女は無表情のまま、口を開いた。

「何であなたがそこまでするの?あなたと王子ってただの政略結婚なんでしょう?あのルーファス王子の為にそこまでする必要があるの?」

「ッ!た、確かに…、殿下と私は政略結婚です。ですが…、初めは政略結婚でも…、今の私は…、殿下に嫁げて良かったと思っています。私は殿下を助けたいのです!あの方の力になりたい。ただ、それだけなんです。」

「あなた…、もしかして、ルーファス王子の事好きなの?」

「…はい。」

リスティーナは恥ずかしそうにコクン、と頷いた。
聖女は目を伏せた。

「そう…。」

「聖女様…?」

一瞬、聖女が悲し気な表情を浮かべた気がした。が、次に目が合った時には聖女は無表情に戻っていた。

「申し訳ないけど、私はあなたの力にはなれないわ。」

「え…。」

「私の光魔法は…、病気や傷を治すことはできても、呪いを解除することはできないの。だから、私にはルーファス王子の呪いを解くことはできない。」

「…!」

リスティーナは愕然とした。その可能性は考えていない訳じゃなかった。
でも…、もしかしたらと僅かな希望に縋っていた。
その希望が打ち砕かれ、リスティーナはショックで項垂れた。

「そういう事だから…、この話はもう終わり。」

そう言って、聖女はリスティーナから遠ざかっていく。リスティーナは聖女を追う事はしなかった。
暫く、リスティーナはその場から動くことができなかった。

光魔法では駄目なんだ…。そうなると、もう闇魔法か、巫女に頼るしかない。
一番可能性があるのは、やはり、巫女の力を借りる事。つまり、ルーファス様の元婚約者、ローザ様の協力を得る事だ。でも…、
リスティーナはギュッと手を握り締めた。
ルーファス様はローザ様には一度裏切られた過去がある。
ローザ様と関わることは昔の心の傷を思い出させることになる。
だけど、ローザ様の力がないとルーファス様の呪いを解くことはできないし…、できるだけルーファス様を傷つけないやり方で協力を仰げないだろうか。
もう、これ以上、ルーファス様に傷ついて欲しくない。

ルーファス様はアーリヤ様に頼んでも駄目だと言っていた。
でも、それなら…、ラシード殿下に頼むのはどうだろうか?
ローザ様はラシード殿下を真実の愛だと断言していたようだし…。
ルーファス様と婚約破棄してまで一緒になった仲だ。
ローザ様は巫女の末裔でもあったがローゼンハイムの公爵令嬢でもあった。
王命による婚約がどれだけ重要なものであるか公爵令嬢だったローザ様なら理解している筈。
それを婚約破棄したという事は並々ならぬ覚悟があったのだろう。
きっと、ローザ様のラシード殿下に対する思いは本物だ。

夫であるラシード殿下の頼みならローザ様も引き受けてくれるかもしれない。その為には、ラシード殿下を説得しないと…、リスティーナは決意を胸に秘め、立ち上がった。
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