冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

ルーファスside

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「ハアッ…!ハアッ…!」

ルーファスは肩で息をし、剣で身体を支えるようにして、地面に立っていた。
その周囲には、狼のような生き物の死骸が転がっている。ルーファスは改めて、自分が倒した狼を見下ろした。
狼といっても、普通の狼よりもずっと大きい。牛と同じくらいの大きさだ。
牙も爪も普通の狼より鋭い。全身が赤い毛で覆われ、背中には黒い縞模様がある。
こんな狼は見たことがない。そもそも、これは狼なのか?
いきなり、現れ、襲い掛かってきたこの獣をルーファスは傷を負いながらも、何とか剣で倒した。
けれど、この一匹を倒すだけでルーファスは気力と体力を使い果たした。正直、立っているのがやっとの状態だ。
この夢は何度も見てきたから、知っている。この先に何が起こるのかも大体は予想がつく。
敵はこいつだけじゃない。この先に行けば、更に強い敵が待ち受けている筈…。

それにしても、不思議なものだ。現実では剣を握ることもままならない自分がこんなにも戦う事ができるなんて…。しかも、魔力も使えるようになっている。現実では有り得ない事だった。
しかし、何故、毎回こんな夢を見るのだろうか?これも呪いの一つか?
ただの夢とは思えない。何故なら、ルーファスは夢の中で毎回…、その時、突然、壁から何かが飛び出し、ルーファスの身体に食いついた。不意打ちの攻撃にルーファスは避ける事もできなかった。

「ガッ…!?」

身体が宙に浮く。ボタボタ、と何かが滴り落ちた。血だ。大きな鱗に覆われた化け物がルーファスの腹に牙を立て、食らいついていた。ルーファスは口元から血を流した。
自分は化け物に食われているのだ、と認識した途端、縦長に開いた瞳孔の無機質な目がギョロ、とルーファスを見据えた。その直後、化け物は更にルーファスの身体に牙を突き立てた。

「ぐああああああ!」

想像を絶する激痛にルーファスの口からは悲鳴が上がった。痛い。まるで身体を焼かれるような痛みだ。今にも気が遠くなりそうなのに何故か意識は保ったまま。肉が裂かれ、骨が砕ける音がする。
全身に力が入らない。何とか逃れようと弱々しく手で化け物の身体を掴むがその腕も食われてしまう。化け物が口からルーファスを離す。ドサッと音を立てて、ルーファスの身体は地面に落下した。
呼吸すらもうまくできない。腹からドクドクと血が流れていくのが分かる。
目の前に影ができたかと思うと、化け物が大きな口を開けて、目の前が真っ暗になった。
頭から齧り付かれ、肉が潰れる嫌な音が最後に聞こえた。

「ッ!」

ルーファスは目を覚ました。ハッ、ハッ、と息が上がる。
心臓がドクドクと嫌な音を立ている。自分の手足を見ればそこには、五体満足な自分の身体があった。
傷一つない。

「また、この夢か…。」

ルーファスはもう何度もこの夢を体験している。不思議な事にいつも条件は同じだった。
出口の見えない迷路…。正体不明の敵。敵を倒さないと先に進めず、殺されるまで戦い続けないといけない。違う点といえば、毎回遭遇する敵が違う姿形をしていることと場所が変わっていることだ。
今日は地下のような所だったが前に見た夢は砂漠のような場所だった。その前は洞窟、その前は遺跡のような場所…。
最初は小さな生き物を倒すだけだったのに敵を倒す度に次の敵は大きな生き物へと変わり、強く凶暴なものになっていく。そして、何故か敵は全て人外の生き物だった。
最近は、見ないと思っていたのに…。
夢の中ではルーファスは何度も殺されていた。

ただの夢だと思いたかった。
だが…、夢だとは思えない位に生々しい感覚が身体に残っている。あの時、化け物に身体を食われた恐怖も焼かれるような痛みも肉と骨を砕く音も…。全て身体が覚えている。まるで本当にその身に体験したような錯覚に陥る。一体、これは何なのだろう。
どうして、いつも夢の中で俺は殺されるのだろう?しかも、人ではない化け物に。

それに…、夢の中と現実の自分はあまりにも違い過ぎる。
ルーファスの身体では、剣を握るどころか走る事すらままならない。
それなのに、夢の中の自分は戦う事ができる。
まるで健康な体を持つ普通の人間のように…。
初めは戦い方も知らずに逃げることしかできなかった。けれど、逃げているだけでは殺されるだけだと気づき、戦うようになった。
何故かいつも自分の近くに剣が落ちていたり、手元にあることが多く、武器を手に入れるのには苦労はしなかった。
最初は戦っても負けてばかりだったが、次第に戦い方が身に着いた。
あくまでも夢の中で、という話だが。現実の自分はこんなに速く動くことはできない。
まるで命を賭けた遊戯の世界に自分が迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。

一度見た夢なら、ただの偶然か悪い夢だと思うかもしれないがこの夢は呪いにかかってからずっと定期的に見ている。それこそ、十年以上も見続けている悪夢だ。今までの悪夢と同じように…。
自分が戦う事を望んでいるかのような何者かの思惑を感じる。一体、何の為に?
分からない。これも呪いの一種なのだろうか?ルーファスは気怠さを感じつつも起き上がった。
額に掻いた汗を掻き上げる。
そして、机の引き出しに閉まっていたハンカチを取り出した。
リスティーナがくれた太陽の刺繍のハンカチだ。

「やっぱり、そうか…。」

予想通りの結果だった。
ルーファスはこの夢を見る前に一度、ハンカチを傍に置いて就寝した。
ルカにはあらかじめ数時間が経過したら、起こすように頼んでいた。
そして、一度起きて、ハンカチを一旦手元から離し、この引き出しの中に閉まっておいたのだ。
やっぱり、あの時、感じた違和感は気のせいではなかった。初めてリスティーナがくれたハンカチも同じ事が起きた。彼女がくれたハンカチを傍に置いて寝ると、悪夢は見ない。
けれど、そのハンカチを手元に置かずに寝るとあの悪夢を見る。
これは、偶然なんかじゃない。ルーファスはそっとハンカチに手を触れた。
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