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第三章 立志編

香水

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「実は、俺も君に贈り物があるんだ。」

「え!?そんな…。この前もあんな立派な靴を頂いたばかりなのに…。」

「俺が君にあげたくてやっていることだ。気にすることはない。」

そう言って、ルーファスは黄色いリボンで包装された水色の箱をリスティーナに渡した。
それは、さっきルカがルーファスに届けた品物だった。

「ありがとうございます。あの、でも…、本当に私なんかが頂いてもいいのですか?その…、予算の方は…、」

確か後宮の妃に使われる金は予算で決められている筈だ。
勿論、ローゼンハイムの王族であるルーファス様が使うお金はそれなりの額が支給される。
でも、ただの側室の私がこんなに続けて貰ってもいいのだろうかと思ってしまう。

「いいんだ。元々、俺に支給された予算はいつも余ってしまっているからな。
ダニエラ達に形ばかりの贈り物をしても捨てられるか使われないかのどちらかだったから、次第に贈らなくなったしな。だから、嬉しいんだ。こうやって誰かに贈り物をして、受け取って貰えるのが。君はいつも喜んでくれるから。」

「ルーファス様…。」

そんな風に言われたら、贈り物を受け取らないわけにはいかず、リスティーナは贈り物を受け取った。
ドキドキしながら、小さな箱の蓋を開ける。中には、香水が三本入っていた。

「わ…。可愛い瓶。これは…、ラベンダーの香りですか?あ、こっちはベルガモットの香りが…、」

リスティーナは香水を手に取って匂いを楽しんだ。

「良かったら、つけてみてくれないか?」

「はい。」

リスティーナはどれの香水にしようか迷ったが、ベルガモットの香水をつけてみることにした。香水をつけると、ふわっと甘くて、爽やかな香りが鼻腔を擽った。
わあ…。すごくいい香り。

「匂いが薄いな。もう少し、量を増やした方がいい。」

「え?そうですか?」

ルーファスにそう言われ、リスティーナは首を傾げた。これでも、十分だと思うけど…、

「これ以上、つけると、香水臭くなってしまわないでしょうか?」

「大丈夫だ。…それ位が丁度いい。」

丁度いい?どういう意味だろう?リスティーナは彼の言葉の意味がよく分からなかった。
ルーファスの手で三回どころか五回も香水を振りかけられる。しかも、全身に。
おかげでリスティーナの全身からは、香水の匂いが強く残った。
ちょっと、やり過ぎではないだろうか?そう思ってしまうリスティーナだったがルーファスはリスティーナに近付くと、スン、と匂いを嗅いだ。

「…よし。これ位なら、大丈夫だな。」

ボソッと何かを呟くルーファスにリスティーナは戸惑った。

「リスティーナ。できれば、これからも毎日、この香水を使ってくれ。」

「は、はい…。分かりました。」

そういえば、エルザもよく私に香水を振りかけていたな。香水は高いから毎日つけなくてもいいよと言ったのだが何故か猛反対された。香水は淑女の身だしなみですから!と言って、エルザが自分で作った香水をプシュッ、プシュッと十回位、かけられた。かけすぎじゃない?と言っても、これ位が丁度いいんです!と押し切られてしまった。
ここにきてからは、香水も使えるので使っているがスザンヌもエルザみたいにかけすぎじゃないかと思う位に香水を使う。ルーファス様がここまで言うって事はローゼンハイムでも香水は淑女の身だしなみなのね。リスティーナはそう納得した。でも、香水の匂いが強すぎて、気分が悪くなりそう…。

「……。」

ふと、リスティーナはずっと心に引っ掛かっていた疑問を抱いた。スンスン、と思わず自分の腕を嗅ぐ。

「リスティーナ?」

「ルーファス様。あの…、正直に答えて欲しいのですけど…、私ってもしかして、体臭がきついのでしょうか?」

ずっと気になっていた事だった。もしかしたら、私って体臭が臭いのではないのかと。
そういえば、体臭がきつい人は自分の匂いには気付かないと聞いたことがある。だから、エルザもスザンヌも私に香水をあんなに使っていたのではないか。
ルーファスはリスティーナの言葉に一瞬、虚を突かれた表情を浮かべたが、次の瞬間には吹き出すように笑った。

「た、体臭…。やけに真剣な顔をしているかと思ったら、そんな事気にしていたのか…。」

「わ、笑うだなんてひどいです!私は真剣に…、」

ルーファスの言葉にリスティーナは涙目になった。
すると、ルーファスはフッと笑い、リスティーナの髪を一房、手に取り、髪の毛先に口づけた。

「そんな心配はいらない。君の匂いは…、甘くてとてもいい匂いがする。だから、大丈夫だ。君が心配するようなことは何もない。」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。」

頷くルーファスにリスティーナはホッとした。
でも、それなら、どうして、こんなに香水をかけたりするのだろうか?
そんな心の声を読んだかのようにルーファスは、

「俺はこう見えて、独占欲が強いんだ。君の魅力の一つであるこの甘い香りも…。俺だけが知っていればいい。だから、他の誰にも知られたくないんだ。…俺にそう思われるのは嫌か?」

「ッ!い、嫌じゃないです!」

独占欲…。まさか、ルーファス様がそんな感情を私に抱いてくれているだなんて…。
リスティーナは歓喜で胸が一杯になった。

「私、この香水、毎日使います!」

リスティーナの返答にルーファスはホッ、としたように口元を和らげた。
そして、突然、真顔になったかと思うと、リスティーナの頬に手を当て、触れるだけの口づけをした。
リスティーナは思わず固まり、唇に手を当てた。

「大丈夫だ。リスティーナ。何があっても俺は君を手放したりはしない。」

「ルーファス様…。」

リスティーナは突然の言葉に心臓がトクン、と高鳴った。
思わず彼の手をキュッと握る。嬉しい…。これからもずっとルーファス様の傍にいたいな。
その為にも…、ルーファス様の呪いを一刻も早く解いてあげたい。リスティーナは心の中で強くそう願った。彼がどうして、こんな事を言ったのか。リスティーナは知らなかった。
彼の言葉の真意を知るのはずっと先の話。





「え、勇者様が!?それ、本当!?」

「本当よ。女官長から聞いた話だもの。間違いないわ。」

「凄いわ!じゃあ、祝賀会には勇者様が三人も来られるってこと!?」

リスティーナがルーファスの部屋に飾るために庭で花を摘んでいると、侍女達の興奮した会話が聞こえてきた。王宮から派遣された通いの侍女達の声だ。
そういえば、もうすぐ祝賀会の時期だったわね。スザンヌがそんな事を話していたな。
祝賀会はローゼンハイムでも一大イベントであるため、各国の王族や貴族達も招かれている。
その為、来客である王族や貴族を出迎えるため、王宮は今、とても慌ただしい状況なのだそうだ。
きっと、夜会も豪華で華やかなものなのだろう。今回は勇者様も招かれているのね。

「キャー!じゃあ、じゃあ、勇者様に会えるかもしれないってこと!?それ、最高!」

「勇者様が三人も揃うなんて…!しかも、全員がタイプの違った美形!」

黄色い声を上げる侍女達は興奮した様子で盛り上がっている。
そういえば、今の勇者様達の内、三人は王族出身だ。しかも、三人共が王太子の地位にある。
招かれるのは当然だろう。
確か…、その三人の勇者は、水の勇者と炎の勇者、雷の勇者だった筈。
エルザが勇者について詳しかったのでリスティーナも勇者についてはある程度、知っている。
顔は見たことないので名前しか知らないが。

「ヴィルフリート様もいらっしゃるなんて最高じゃない!アルテナの至宝とまで呼ばれたあの方にお会いできるなんて…!」

「何、言ってるの!ヴィルフリート様よりもラシード様の方が素敵だわ!甘やかされて育ったいいところのお坊ちゃんと違ってオーラがあるし、あのただ者じゃないって感じがまた…!」

「あたしは断然、エルヴィン様!あの青い髪と青い目…!何より、銀の眼鏡がすごく似合ってて…!」

何だか、舞台俳優のファンクラブみたい。
どうやら、勇者の中でも派閥というものがあるみたいだ。
リスティーナは感心しながら、その場をそっと静かに立ち去った。

ヴィルフリート殿下は雷の勇者で、アルテナ国の第三王子、エルヴィン殿下はテルニエ国の第一王子。
そして、ラシード殿下はパレフィエ国の第六王子だった筈。
勇者は全員で五人、光魔法の使い手である聖女様が一人。加護持ちが六人も存在している。
六人も加護持ちが揃う事は長年の歴史の中でも非常に珍しい事なのだとか。
残るは闇の勇者だけだが、闇の勇者は過去に三人しか存在しないし…。
可能性がないということではないが、恐らくこの先も闇の勇者は現れることはないだろうといわれている。千年に一度、闇魔法の使い手が現れるといわれているが、必ずしもそうだとは限らないからだ。
確か三代目の闇の勇者、クリームヒルトは二千年振りに闇の勇者として覚醒したといわれている。
つまり、二千年間も闇魔法の使い手は現れなかったという事だ。
次にいつ現れるのかということは魔術師や専門家、教会の人間ですらも予測ができない。

勇者様かあ。会ってみたい気もするけど、エルザはあまり勇者様と関わらない方がいいって言っていたな。
リスティーナは純粋に勇者様の魔法に興味はあったがエルザの忠告もあるし、特別に会いたいとは思わなかった。何より、そういった人達に関わると面倒事に巻き込まれるのは体験済みだ。
自分の安全のためにも極力、勇者には関わらない方がいい。
そう思い、リスティーナはルーファスの部屋に戻った。
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