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第二章 相思相愛編

王妃の来訪

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スザンヌが廊下を歩いていると、見覚えのある後姿が目に入った。あれは、ジーナ?
スザンヌは声を掛けようとしたが、フラッ、と身体をふらつかせながら廊下を歩いている姿に違和感を抱いた。

「ジーナ?具合でも悪いの?」

「あ…、スザンヌ。」

振り返ったジーナにスザンヌは目を瞠った。泣いていたのだと一目で分かる表情だ。
涙の跡が残り、目が赤い。それに、顔色も酷かった。服も乱れていて、まるで乱暴されたかのようだ。

「ど、どうしたの!ジーナ!何があったの!?」

「何でもない。」

「何でもないって…、そんな顔をして…、」

「本当に大丈夫だから!放っておいて!」

ジーナはギュッと胸元を握り締めて、そう叫ぶと、スザンヌの横を通り過ぎた。スザンヌはジーナの後姿を見送りながら、困惑した表情を浮かべた。

「ジーナ…?」



ジーナはふらつきながら、リスティーナの部屋に向かった。やや目を伏せながら、部屋に入ると、

「うわあ…!綺麗ですね!これがパパラチアサファイアですか!」

「私、パパラチアサファイアなんて、初めて見ました!本当に綺麗なピンク色なんですねー。さすが、王族は違いますね。こんな高そうな宝石を使った靴をくれるなんて…。」

「ルーファス殿下って意外とセンスがあるんですね。そういえば、前のドレスも素敵だったし…。」

部屋ではミラとセリーがはしゃぎながら、何かを見つめていた。
箱に入った物を見て、興奮したように目を輝かせている。その時、セリーがジーナに気付いた。

「あ!ジーナ。丁度いい所に…、今ねリスティーナ様がルーファス殿下から頂いたっていう靴を見せてもらっているの。パパラチアサファイアの宝石を使った靴なんですって!ジーナも早くこっち来て見ていったら?」

セリーが笑顔でそう言うが、ジーナは暗い表情のままだ。そんなジーナにリスティーナは怪訝な表情を浮かべた。

「ジーナ?どうしたの?何だか顔色が悪いけど…、もしかして、どこか具合でも悪いの?」

立ち上がって、ジーナに近付く。

「!?どうしたの!?その傷…!」

リスティーナはジーナの手が赤く腫れ、出血しているのを見て、驚愕した。

「…転んだんです。」

「転んだ…?」

「うわ!本当だ!ジーナさん、怪我しているじゃないですか…!」

ミラはジーナを見て、悲鳴を上げた。

「だ、大丈夫!?」

セリーも心配そうに声を掛けた。
リスティーナはジーナの怪我を見て、数秒黙った。あの傷…。

「セリー。包帯とガーゼと消毒液を持ってきてくれる?」

「あ、はい!」

セリーは慌てて、包帯とガーゼと消毒液を持ってきた。

「リスティーナ様!私は大丈夫ですから…!」

「いいから。じっとしていて。」

リスティーナはそう言って、ジーナの手当てをした。
この傷…、やっぱり…。そう思いながらもリスティーナはジーナには何も聞かず、手当てを施した。

「リスティーナ様。器用ですね。包帯の巻き方も上手だし。」

「そう?」

ジーナの手に巻かれた包帯を見て、ミラは感心したように言った。

「リスティーナ様って傷の手当てもできるんですね。王女様なのに、凄いです!」

「私の侍女がよく怪我をしていたから、私が手当てをしていたの。それで、自然と身に着いて…、あ。ジーナ。傷に響くから、今日はもう休んでいいわ。」

「え…、でも…、」

「大丈夫。今日はミラもセリーもいるから、気にしないで。」

「良かったわね。ジーナ。リスティーナ様が折角、こう言って下さっているんだし、今日は休んだら?」

「リスティーナ様のお世話はあたしとセリーさんに任せて下さい!」

セリーとミラにそう言われ、ジーナは戸惑いがちに頷いた。

「わ、分かりました。それでは、お言葉に甘えさせて今日の所は休ませて頂きます。」

「ええ。ゆっくり休んでね。」

そう言って、リスティーナはジーナの後姿を見送った。
あの傷痕…、間違いない。あれは、鞭で打たれてできた傷だ。
メイネシアにいた頃、レノア王女に何度も鞭で打たれたことがあるから、リスティーナは鞭でできた傷痕の特徴をよく覚えていた。
ジーナの怪我は自分がかつて受けた傷とよく似ていた。あれは、転んでできる傷じゃない。
でも、あの時のジーナは何だか思い詰めた表情を浮かべて、隠そうとしている様子だった。
きっと、聞かれたくないのかもしれない。だから、リスティーナは追及することはしなかった。

リスティーナもレノア王女に傷つけられたことを母やエルザ達に必死に隠そうとしていたことがある。
心配をかけたくなかったからだ。まあ、結局、勘の鋭いエルザが様子のおかしいリスティーナにすぐに気づき、あっけなくバレてしまったのだが。
リスティーナはジーナの身を案じた。一体、誰があんな酷い事をしたのだろう?

「リスティーナ様?どうしました?」

「あ、大丈夫。何でもないの。」

リスティーナは心配そうに声を掛けるセリーに慌ててそう言って誤魔化した。

「リスティーナ様。今日はあいにくの雨ですけど、何をして過ごされますか?」

「そうね。今日は部屋でゆっくりと刺繍でもして過ごそうかしら。」

「では、裁縫道具をお持ちしますね。後、お茶とお菓子も!」

「ありがとう。」

リスティーナはミラとセリーに微笑むと、刺繍を始めた。





「スザンヌ!スザンヌ!…ああ!もう!何で出ないのよ!」

エルザは思わず舌打ちした。さっきから、ずっと呼びかけているのに全然反応がない。
もしかして、本当にティナ様の身に何かよくないことが起きたんじゃ…、エルザは胸騒ぎがした。

「何の為にスザンヌにティナ様を任せたと思ったのよ!やっぱり、あたしが行けばよかった!」

エルザは悔し気に顔を歪めた。もし、ティナ様の身に何かあったら、スザンヌも犯人も絶対に許さないんだから!
もう、こうなったら、一度転移魔法でリスティーナ様の元に…!そう思っていると、通信が繋がった。

「エルザ!ごめんなさい。実はあたしの不注意で鏡が割れちゃって…、大急ぎで直して貰ったんだけど…、」

「スザンヌ!遅いわよ!この、馬鹿!それより!ティナ様は大丈夫なんでしょうね!?」

「え、ええ。大丈夫だけど…?」

「ティナ様はあの茶葉を飲んではいないわよね!?」

「うん。とりあえず、エルザの報告を待ってからにするって…。」

「そう。良かった。」

エルザは最悪の事態は防げたとホッと溜息を吐いた。

「どうしたのよ?一体、何をそんなに慌てているの?あの茶葉に何かあったの?」

「どうしたもこうしたもないわよ!あの茶葉には毒が入っているわ!どうして、あんな物をティナ様が持っているの!?誰よ!ティナ様にあの茶葉を送りつけた奴は!」

「…何ですって!?」

スザンヌはサア、と顔を青褪めた。あの茶葉は王妃様から頂いた物だ。ということは、王妃様はリスティーナ様を…。

「姫様!」

「スザンヌ!?まだ話は…!」

スザンヌはエルザの声も耳に入らず、部屋を飛び出した。スザンヌは急いでリスティーナの部屋に走った。



夜に咲く甘い花 月の光に照らされて 白く淡く輝いている

スザンヌがエルザと話しをする少し前…、リスティーナは歌を口ずさみながら、自室で刺繍をしていた。
青のハンカチにスッ、スッと針をいれて、刺繍を施していく。

「綺麗な歌ですねー。その歌、メイネシア国の歌なんですか?」

ミラがお菓子を持ってきて、リスティーナに話しかけた。

「ああ。これは…、母に教えてもらった歌なの。異国の歌らしくて…。」

「そういえば、スザンヌさんから聞きましたけどリスティーナ様のお母様って踊り子だって言ってましたもんね。だから、色んな国の歌にも詳しいんですね!」

ミラの言葉にリスティーナは頷いた。
ふと、眠気が襲い、リスティーナは欠伸を噛み殺した。

「大丈夫ですか?リスティーナ様。何だか眠そうですけど…。」

「大丈夫よ。昨日は少し…、寝るのが遅かっただけだから…、」

「昨日もずっと殿下の相手をしていたんですか?」

「ッ!そ、それは…、ええと…、」

ミラの質問にリスティーナはギクッとした。
リスティーナはかああ、と顔を赤くする。その反応だけでミラはある程度の事情を理解したのか、

「や、やっぱりそうだったんですね!その…、本当に大丈夫なんですか?無理していません?リスティーナ様、昨日もすごく疲れた顔をしていましたし…、」

「だ、大丈夫よ!心配してくれて、ありがとう。ミラ。」

リスティーナは慌てて、笑って大丈夫だとミラに言った。
リスティーナは昨夜の情事を思い出した。まさか、足を舐められるなんて思わなかった…。
思い出すだけで顔が熱くなる。リスティーナは邪念を払うようにブンブンと首を横に振り、刺繍をする手を再開した。



「できた…。」

リスティーナはぱあ、と顔を輝かせた。
出来上がったハンカチを広げて、不備やおかしな所はないか確認する。
青のハンカチに太陽の刺繍が入ったハンカチ。
ルーファス様…。喜んでくれるかな?そうだったら、嬉しい。リスティーナはハンカチを見ながら、ルーファスの事を考えた。母はティナが大きくなったら、大切な人にあげなさいと言っていた。
大切な人。今のリスティーナにとって、それはルーファスだった。
リスティーナはこの刺繍を彼にあげたいと思った。リスティーナがハンカチを箱に入れて、丁寧に包装していると、セリーが来客を告げた。

「リスティーナ様。あの…、たった今、王妃様がお見えになられて…!」

リスティーナは思わず手を止めた。王妃様がこちらに…!?





「姫様!」

スザンヌが廊下を走っていると、前方にミラとセリーがいた。

「ミラ!セリー!」

「あれ?スザンヌ。今日って、お休みじゃなかったの?」

「そんな事はどうでもいいの!姫様…、リスティーナ様はどこ!?」

「それが…、今、リスティーナ様の部屋に王妃様がいらっしゃって…、」

「リスティーナ様と内密のお話があるからってあたしとセリーさん、部屋から追い出されちゃったんです。王妃様の侍女がいるから、多分、大丈夫だとは思うんですけど。」

「王妃様が!?」

スザンヌはザッと顔を青褪めた。つまり、姫様は王妃様と二人っきりという事!?

「姫様!」

「あ、スザンヌ!駄目よ!暫く、誰も近付かないようにって王妃様が…!」

セリーが止める声が聞こえるが無視して、スザンヌはリスティーナの部屋に向かった。
が、扉の前で護衛をしている騎士に阻まれてしまう。
誰もここに近付かせるなという王妃の命令に従った彼らによってスザンヌは追い払われてしまった。

「姫様…!」

スザンヌは最悪の事態を想像した。どうしよう…!このままだと、姫様が…!
その時、スザンヌの脳裏にルーファス王子の姿が浮かんだ。
スザンヌはすぐに身を翻して、駆け出した。
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