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第二章 相思相愛編
ミレーヌside
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「あーあ…。何であんな引きこもりのお姫様の侍女になっちゃったのかしら。どうせだったら、ダニエラ様付きがよかったのに。」
ミレーヌの侍女はそんな愚痴を吐きながら、ミレーヌの部屋を掃除していた。
ミレーヌの部屋は全体的に薄暗い。どうやら、ミレーヌは明るい灯りが苦手らしく、いつも薄暗い部屋で過ごしている。
必要以上に侍女も寄せ付けず、ミレーヌの侍女は食事やお茶を運んで下げたり、掃除をする位だ。
だから、ミレーヌが部屋で何をしているかは侍女ですらよく知らない。
ミレーヌの部屋には外国語の本や魔法に関する本ばかりが置いてあり、よく分からない道具や物で埋め尽くされている。
パッと見た感じ、年頃の娘の部屋とは思えない。
カーテンもテーブルクロスも全体的に暗く、白か黒の無地の柄。可愛い小物も置いておらず、ドレスや装飾品、化粧道具も後宮の予算で支給された必要最低限の物しか持っていない。
しかも、ミレーヌは王女の癖に黒か白、灰色といった地味で暗い色のドレスしか着ない。
華やかなドレスを着て、身だしなみを完璧に整えるダニエラとは大違いだった。
ミレーヌは、容姿は綺麗だが全体的に暗く、地味な印象を与える。
あんな根暗お姫様の侍女じゃ、あたしまで暗く見られちゃうじゃないの。
そんな風に愚痴を溢しながら、侍女は適当に掃除する。ミレーヌはあの通り、大人しい王女だ。
ちょっと手を抜いたり、サボった所で文句何て言えやしない。
侍女は内心、ミレーヌを見下していた。王女といっても、大国のローゼンハイムとは比べ物にならない小国の王女。貴族令嬢である侍女はミレーヌよりも自分の方が上だと思っていた。
「そういえば…、あの部屋って何の部屋なのかしら?」
侍女はチラッと部屋の奥にある扉を見つめた。
その部屋はミレーヌ以外、入ることを許されていない部屋だった。
ミレーヌは部屋の掃除は侍女にさせるがあの奥の部屋だけは誰も入れたことがない。
掃除をすると言ってもミレーヌは必要ない、と言ってきっぱり断り、絶対に誰も近寄らせなかった。
ミレーヌはこの国に嫁ぎ、後宮入りして、この部屋を与えられた時から、奥の部屋に入る事を使用人達に禁じていた。いつも大人しくて、自己主張のしないミレーヌが唯一、使用人に命令したことだった。
入るな、と言われたら、入りたくなる。侍女は好奇心が疼いた。あれだけ人の出入りを禁じている部屋だ。もしかしたら、珍しい宝石や高価な物が保管されているのかもしれない。
侍女はまだミレーヌが戻ってきていないのを確認し、そっと奥の部屋に近付いた。扉を開けようとしたその瞬間…、
「何してるの?」
背後から、少女特有の高い声が聞こえ、侍女はビクッとした。振り返ると、そこには、ミレーヌがいた。
え…?何で?さっきまでここは私一人だけだったのに…。いつから、そこに?それに、扉が開く音もしなかった。侍女は得体のしれない恐怖を感じた。
「その部屋には入らないで。私はそう言ったよね?」
ミレーヌが目を細めた。背筋がゾクッとした。
いつもの弱々しい態度とは全く違う。
な、何…?この女…。こんな子供みたいな女にあたしは何をビビっているの?そう思いながらも、侍女は冷汗を掻いた。
「も、申し訳ありません。そ、掃除をしておりまして…、」
侍女は何とかそう口にするのが精一杯だった。
「出て行って。今すぐ。」
「は?」
「聞こえなかったの?出て行けと言ったのよ。」
ミレーヌの目がギラッと光った。静かな口調でありながらも有無を言わせない迫力があった。
侍女は手足が震えた。
「は、はい!」
そのまま逃げる様に立ち去る侍女。
な、何なの?あの女…!?気味が悪い…!侍女は当分、ミレーヌには近寄らないでいようと心に決めた。
部屋を出て行った侍女の後姿を見ながら、ミレーヌはぽつりと呟いた。
「命拾いしたね。あんたが扉を開けていたら、その時、あんたの息の根は止まっていたよ。」
ミレーヌはコツコツと靴音を響かせながら、例の部屋の前に近付いた。
ミレーヌは扉にそっと手を触れ、口を開き、何か呪文のような言葉を呟いた。
それは、古代エミベス語で開けという意味の言葉だった。
カチッと音がして、ギイイ、とひとりでに扉が開く。
ミレーヌは奥の部屋に入っていく。中に入ると、一瞬ブオン、と無機質な音がした。
中は薄暗くてぼんやりとした灯りしかない。
部屋の中央には大きな浴槽があった。浴槽の中は黄緑色の光で包まれている。浴槽の中にはゆらゆらと黒い何かが漂っていた。それは長い黒髪だった。浴槽の中に沈んでいるのは、紛れもなく、人間の女性だった。
ミレーヌは浴槽を覗き込んだ。浴槽に沈んだ女性は異様に肌が白かった。女性は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
白いドレスを纏った女性は若く、美しかった。ミレーヌは黒髪の女性をじっと見つめる。無表情でありながらもその目の奥には狂気の色が宿っていた。ギュッと拳を握り締めた。
「あたしは…、絶対に諦めない。」
握り締めた拳からは血が滴り落ちた。
ふと、ミレーヌは部屋の外を見つめた。
一瞬、浴槽の中にいる女性を見つめ、そのまま踵を返して、部屋を出て行った。
ミレーヌが部屋を出ると、扉はひとりでに閉まった。
ミレーヌが窓を開けると、バサバサと音を立てて、黒い何かが入ってきた。それは一匹の蝙蝠だった。
ミレーヌは蝙蝠に向かって、手を差し出した。蝙蝠はミレーヌの手にとまり、キー、キーと鳴き声を上げた。
「ふうん。そう…。あの女、ルーファス王子と…。」
蝙蝠が見た映像をミレーヌは精神感応魔法を使って見た。そこには、ルーファスを見つめるリスティーナが映し出された。リスティーナの目は真っ直ぐにルーファスを見つめていて、その表情は恋をしているかのようだった。一目見ただけで分かる。この女はルーファスに惚れているのだという事に。
ミレーヌは眉を顰めた。
「馬鹿な女…。」
ミレーヌは吐き捨てるようにそう呟いた。ふと、ミレーヌは包帯を巻いた手に視線を落とした。
昨日、薔薇の棘で怪我をした手だ。さっき、手を握り締めたせいで爪が食い込み、血が滲んでいる。
『母様!これ、お母様にあげる!』
『まあ、ミレーヌ…。』
幼い頃、母と庭を散歩していた時、ミレーヌが母の為に白い薔薇を手折って持っていくと、母は嬉しそうに微笑み、薔薇を受け取った。が、すぐにミレーヌの指が薔薇の棘に刺さって血が出ているのに気付き、
『まあ、大変!血が出ているじゃないの。早く手当てしないと…。』
『えー。これ位、大丈夫だよ。』
『駄目よ。薔薇の棘は危険なんだから。薔薇の棘のせいで亡くなってしまう方もいるのよ。』
そう言って、母はミレーヌの指から出る血を舐めとって止血してくれた。そして、ミレーヌの手を取り、部屋に戻ると丁寧に手当てをしてくれた。
あの時の母と全く同じ事をリスティーナも言っていた。純粋にこちらを心配しているかのような表情を浮かべるあの女の顔を思い出すと、どうしてか母と重なって見えてしまう。
ギリッ、とミレーヌは爪を噛み締めた。忌々しい…。
酷い事を言われても、変わらない態度を取り続けるあの女を見ると、無性に心がざわついた。
自分が悪くもないのにすぐ謝る所も見ていて、苛々した。
ああ…!嫌い!嫌い!嫌い!あんな女、大っ嫌い!
弱くて、卑屈で一人じゃ何もできない。その癖、恋だの愛だのに浮かれてへらへら笑っているあんな女…、大っ嫌い!
あの見透かすように見つめてくる目も嫌いだ。あの女の全てが憎くて、憎くて仕方がない。
ミレーヌはリスティーナが嫌いだった。一人では何もできない弱い女。
虐げられ、搾取され、いいように利用される惨めな女。ミレーヌは弱い女が嫌いだった。
やられてもやり返すこともできず、泣くことしかできず、他人に助けを求める甘ったれた女が大っ嫌いだった。
だから、ミレーヌはリスティーナを嫌った。
リスティーナの前だと、感情を抑えられなくなる。あいつを見ていると、無性に苛ついて仕方がない。
弱い女は嫌いだが、馬鹿な女も恋だ愛だと浮ついた女も大っ嫌いだ。
リスティーナはその全てに当て嵌まっていて、ミレーヌの嫌いな要素を全て持ち合わせていた。
男なんかに心を許すなんて、弱者のすることだ。
男は簡単に女を裏切る。男は汚い。男は醜い。男は卑怯で下劣な生き物だ。自分の欲望の為なら、女を道具のように扱い、利用して、捨てる。それなのに、あのお姫様は何も知らずに笑っている。馬鹿な女。
そうやって笑っていられるのも今の内だ。
あいつもいつか、きっと捨てられる。あの男だって、ただの気まぐれで相手をしているだけに過ぎない。自分の身が危なくなったら、平気で見捨てるに決まっている。男なんて、そういう身勝手な生き物なんだから。
「あたしはあんたとは違う。」
ミレーヌは自分に言い聞かせるように呟いた。
一人じゃ何もできないあの弱い女とは違う。男に簡単に身も心も委ねるなんて、そんな愚かな真似はあたしは絶対にしない。あたしは強い。誰よりも強いんだから!
他人にいいように虐げられて、反撃もできないあの女とは違う。あたしはたった一人であの魔女達に立ち向かい、勝ったのだから。あの女とはそもそも格が違うんだ。
ミレーヌはふと、部屋に飾られた花に目を留める。花瓶に生けられた花は真っ赤な薔薇だった。
赤い薔薇は嫌いだ。血のように真っ赤な薔薇はあの魔女を思い出す。
派手な巻き髪と厚化粧、鼻が曲がりそうな程に強い香水の匂い、血のような赤い唇…。
『あっけなく死んだわねえ。あの女。』
母の葬式の日、クスクスと笑う魔女の耳障りな声が甦る。
ミレーヌは花瓶を床に叩きつけ、薔薇を踏みつけた。何度も何度も…。
ミレーヌはハアハア、と荒く息をした。
「あたしは…、もう泣き虫で弱虫だった昔のあたしじゃない。あたしは…、力を手に入れたんだから。」
ミレーヌはそう言って、異様に目を輝かせ、天井を見上げた。
そう…。あたしはあの絶望の淵で力に目覚めた。
この力があれば、何だってできる。あたしは無敵だ。今なら、何だってできる気がする。
「どんな手を使ってもいい!どれだけの犠牲を払ってでも…、あたしはあたしの願いを叶えてみせる!」
そう叫ぶミレーヌはまるで何かに憑りつかれているかのようで狂気に満ちていた。だが、ミレーヌのその姿を見た者は誰もいなかった。
ミレーヌの侍女はそんな愚痴を吐きながら、ミレーヌの部屋を掃除していた。
ミレーヌの部屋は全体的に薄暗い。どうやら、ミレーヌは明るい灯りが苦手らしく、いつも薄暗い部屋で過ごしている。
必要以上に侍女も寄せ付けず、ミレーヌの侍女は食事やお茶を運んで下げたり、掃除をする位だ。
だから、ミレーヌが部屋で何をしているかは侍女ですらよく知らない。
ミレーヌの部屋には外国語の本や魔法に関する本ばかりが置いてあり、よく分からない道具や物で埋め尽くされている。
パッと見た感じ、年頃の娘の部屋とは思えない。
カーテンもテーブルクロスも全体的に暗く、白か黒の無地の柄。可愛い小物も置いておらず、ドレスや装飾品、化粧道具も後宮の予算で支給された必要最低限の物しか持っていない。
しかも、ミレーヌは王女の癖に黒か白、灰色といった地味で暗い色のドレスしか着ない。
華やかなドレスを着て、身だしなみを完璧に整えるダニエラとは大違いだった。
ミレーヌは、容姿は綺麗だが全体的に暗く、地味な印象を与える。
あんな根暗お姫様の侍女じゃ、あたしまで暗く見られちゃうじゃないの。
そんな風に愚痴を溢しながら、侍女は適当に掃除する。ミレーヌはあの通り、大人しい王女だ。
ちょっと手を抜いたり、サボった所で文句何て言えやしない。
侍女は内心、ミレーヌを見下していた。王女といっても、大国のローゼンハイムとは比べ物にならない小国の王女。貴族令嬢である侍女はミレーヌよりも自分の方が上だと思っていた。
「そういえば…、あの部屋って何の部屋なのかしら?」
侍女はチラッと部屋の奥にある扉を見つめた。
その部屋はミレーヌ以外、入ることを許されていない部屋だった。
ミレーヌは部屋の掃除は侍女にさせるがあの奥の部屋だけは誰も入れたことがない。
掃除をすると言ってもミレーヌは必要ない、と言ってきっぱり断り、絶対に誰も近寄らせなかった。
ミレーヌはこの国に嫁ぎ、後宮入りして、この部屋を与えられた時から、奥の部屋に入る事を使用人達に禁じていた。いつも大人しくて、自己主張のしないミレーヌが唯一、使用人に命令したことだった。
入るな、と言われたら、入りたくなる。侍女は好奇心が疼いた。あれだけ人の出入りを禁じている部屋だ。もしかしたら、珍しい宝石や高価な物が保管されているのかもしれない。
侍女はまだミレーヌが戻ってきていないのを確認し、そっと奥の部屋に近付いた。扉を開けようとしたその瞬間…、
「何してるの?」
背後から、少女特有の高い声が聞こえ、侍女はビクッとした。振り返ると、そこには、ミレーヌがいた。
え…?何で?さっきまでここは私一人だけだったのに…。いつから、そこに?それに、扉が開く音もしなかった。侍女は得体のしれない恐怖を感じた。
「その部屋には入らないで。私はそう言ったよね?」
ミレーヌが目を細めた。背筋がゾクッとした。
いつもの弱々しい態度とは全く違う。
な、何…?この女…。こんな子供みたいな女にあたしは何をビビっているの?そう思いながらも、侍女は冷汗を掻いた。
「も、申し訳ありません。そ、掃除をしておりまして…、」
侍女は何とかそう口にするのが精一杯だった。
「出て行って。今すぐ。」
「は?」
「聞こえなかったの?出て行けと言ったのよ。」
ミレーヌの目がギラッと光った。静かな口調でありながらも有無を言わせない迫力があった。
侍女は手足が震えた。
「は、はい!」
そのまま逃げる様に立ち去る侍女。
な、何なの?あの女…!?気味が悪い…!侍女は当分、ミレーヌには近寄らないでいようと心に決めた。
部屋を出て行った侍女の後姿を見ながら、ミレーヌはぽつりと呟いた。
「命拾いしたね。あんたが扉を開けていたら、その時、あんたの息の根は止まっていたよ。」
ミレーヌはコツコツと靴音を響かせながら、例の部屋の前に近付いた。
ミレーヌは扉にそっと手を触れ、口を開き、何か呪文のような言葉を呟いた。
それは、古代エミベス語で開けという意味の言葉だった。
カチッと音がして、ギイイ、とひとりでに扉が開く。
ミレーヌは奥の部屋に入っていく。中に入ると、一瞬ブオン、と無機質な音がした。
中は薄暗くてぼんやりとした灯りしかない。
部屋の中央には大きな浴槽があった。浴槽の中は黄緑色の光で包まれている。浴槽の中にはゆらゆらと黒い何かが漂っていた。それは長い黒髪だった。浴槽の中に沈んでいるのは、紛れもなく、人間の女性だった。
ミレーヌは浴槽を覗き込んだ。浴槽に沈んだ女性は異様に肌が白かった。女性は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
白いドレスを纏った女性は若く、美しかった。ミレーヌは黒髪の女性をじっと見つめる。無表情でありながらもその目の奥には狂気の色が宿っていた。ギュッと拳を握り締めた。
「あたしは…、絶対に諦めない。」
握り締めた拳からは血が滴り落ちた。
ふと、ミレーヌは部屋の外を見つめた。
一瞬、浴槽の中にいる女性を見つめ、そのまま踵を返して、部屋を出て行った。
ミレーヌが部屋を出ると、扉はひとりでに閉まった。
ミレーヌが窓を開けると、バサバサと音を立てて、黒い何かが入ってきた。それは一匹の蝙蝠だった。
ミレーヌは蝙蝠に向かって、手を差し出した。蝙蝠はミレーヌの手にとまり、キー、キーと鳴き声を上げた。
「ふうん。そう…。あの女、ルーファス王子と…。」
蝙蝠が見た映像をミレーヌは精神感応魔法を使って見た。そこには、ルーファスを見つめるリスティーナが映し出された。リスティーナの目は真っ直ぐにルーファスを見つめていて、その表情は恋をしているかのようだった。一目見ただけで分かる。この女はルーファスに惚れているのだという事に。
ミレーヌは眉を顰めた。
「馬鹿な女…。」
ミレーヌは吐き捨てるようにそう呟いた。ふと、ミレーヌは包帯を巻いた手に視線を落とした。
昨日、薔薇の棘で怪我をした手だ。さっき、手を握り締めたせいで爪が食い込み、血が滲んでいる。
『母様!これ、お母様にあげる!』
『まあ、ミレーヌ…。』
幼い頃、母と庭を散歩していた時、ミレーヌが母の為に白い薔薇を手折って持っていくと、母は嬉しそうに微笑み、薔薇を受け取った。が、すぐにミレーヌの指が薔薇の棘に刺さって血が出ているのに気付き、
『まあ、大変!血が出ているじゃないの。早く手当てしないと…。』
『えー。これ位、大丈夫だよ。』
『駄目よ。薔薇の棘は危険なんだから。薔薇の棘のせいで亡くなってしまう方もいるのよ。』
そう言って、母はミレーヌの指から出る血を舐めとって止血してくれた。そして、ミレーヌの手を取り、部屋に戻ると丁寧に手当てをしてくれた。
あの時の母と全く同じ事をリスティーナも言っていた。純粋にこちらを心配しているかのような表情を浮かべるあの女の顔を思い出すと、どうしてか母と重なって見えてしまう。
ギリッ、とミレーヌは爪を噛み締めた。忌々しい…。
酷い事を言われても、変わらない態度を取り続けるあの女を見ると、無性に心がざわついた。
自分が悪くもないのにすぐ謝る所も見ていて、苛々した。
ああ…!嫌い!嫌い!嫌い!あんな女、大っ嫌い!
弱くて、卑屈で一人じゃ何もできない。その癖、恋だの愛だのに浮かれてへらへら笑っているあんな女…、大っ嫌い!
あの見透かすように見つめてくる目も嫌いだ。あの女の全てが憎くて、憎くて仕方がない。
ミレーヌはリスティーナが嫌いだった。一人では何もできない弱い女。
虐げられ、搾取され、いいように利用される惨めな女。ミレーヌは弱い女が嫌いだった。
やられてもやり返すこともできず、泣くことしかできず、他人に助けを求める甘ったれた女が大っ嫌いだった。
だから、ミレーヌはリスティーナを嫌った。
リスティーナの前だと、感情を抑えられなくなる。あいつを見ていると、無性に苛ついて仕方がない。
弱い女は嫌いだが、馬鹿な女も恋だ愛だと浮ついた女も大っ嫌いだ。
リスティーナはその全てに当て嵌まっていて、ミレーヌの嫌いな要素を全て持ち合わせていた。
男なんかに心を許すなんて、弱者のすることだ。
男は簡単に女を裏切る。男は汚い。男は醜い。男は卑怯で下劣な生き物だ。自分の欲望の為なら、女を道具のように扱い、利用して、捨てる。それなのに、あのお姫様は何も知らずに笑っている。馬鹿な女。
そうやって笑っていられるのも今の内だ。
あいつもいつか、きっと捨てられる。あの男だって、ただの気まぐれで相手をしているだけに過ぎない。自分の身が危なくなったら、平気で見捨てるに決まっている。男なんて、そういう身勝手な生き物なんだから。
「あたしはあんたとは違う。」
ミレーヌは自分に言い聞かせるように呟いた。
一人じゃ何もできないあの弱い女とは違う。男に簡単に身も心も委ねるなんて、そんな愚かな真似はあたしは絶対にしない。あたしは強い。誰よりも強いんだから!
他人にいいように虐げられて、反撃もできないあの女とは違う。あたしはたった一人であの魔女達に立ち向かい、勝ったのだから。あの女とはそもそも格が違うんだ。
ミレーヌはふと、部屋に飾られた花に目を留める。花瓶に生けられた花は真っ赤な薔薇だった。
赤い薔薇は嫌いだ。血のように真っ赤な薔薇はあの魔女を思い出す。
派手な巻き髪と厚化粧、鼻が曲がりそうな程に強い香水の匂い、血のような赤い唇…。
『あっけなく死んだわねえ。あの女。』
母の葬式の日、クスクスと笑う魔女の耳障りな声が甦る。
ミレーヌは花瓶を床に叩きつけ、薔薇を踏みつけた。何度も何度も…。
ミレーヌはハアハア、と荒く息をした。
「あたしは…、もう泣き虫で弱虫だった昔のあたしじゃない。あたしは…、力を手に入れたんだから。」
ミレーヌはそう言って、異様に目を輝かせ、天井を見上げた。
そう…。あたしはあの絶望の淵で力に目覚めた。
この力があれば、何だってできる。あたしは無敵だ。今なら、何だってできる気がする。
「どんな手を使ってもいい!どれだけの犠牲を払ってでも…、あたしはあたしの願いを叶えてみせる!」
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