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第二章 相思相愛編

キスマーク

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「ん…?朝…?」

リスティーナが目覚めると、既に日は高く昇っていた。時計を確認すると、いつも起きている時間より数時間も遅れている。

「え!?嘘…!もう、こんな時間!?」

寝坊をしたということに気付き、リスティーナは慌てて飛び起きた。が、その直後に腰がズキンと痛み、そのまま力なくベッドに倒れ込んでしまう。
そ、そうだった…。昨夜…、私ルーファス様と…。リスティーナはチラッと隣を見つめる。が、そこにルーファスの姿はない。

「ルーファス様…?」

「まあ、リスティーナ様。お目覚めになられたのですね。」

その時、スザンヌが現れて、にこやかに笑った。

「おはようございます!リスティーナ様。」

「よくお休みになられましたか?」

スザンヌの後ろから、ミラとセリーも現れた。

「ご、ごめんなさい。私、いつの間にか寝坊してしまって…、」

リスティーナはシーツで身体を隠して、手櫛で髪を整えた。

「大丈夫ですよ。リスティーナ様を起こさないようにと言ったのは殿下のご命令ですから。」

「ルーファス様が?」

「はい。リスティーナ様はお疲れのようだから、目が覚めるまで休ませておくようにと。」

ルーファス様がそんな事を…、リスティーナは彼の気遣いに嬉しさと申し訳なさを感じた。

「あの、ルーファス様は…?」

「殿下でしたら、朝から用事があるとかで先に出て行かれましたよ。」

「そ、そうだったの。」

情けない。ルーファス様が起きても寝続けてしまっただなんて。見送りもできなかった。礼儀知らずな女だと思われたらどうしよう。内心、リスティーナは落ち込んだ。

「それより、リスティーナ様。身体の方は大丈夫なのですか?」

スザンヌが心配そうに眉を顰め、リスティーナの身体を気遣った。

「だ、大丈夫よ。スザンヌ。心配してくれてありがとう。」

「それなら、いいのですけど…、」

スザンヌは心配そうな表情を浮かべながら、そう言った。

「リスティーナ様。よろしければ、私に掴まって下さい。」

「セリー。ありがとう…。」

セリーがリスティーナの身体を気遣ってリスティーナに手を貸して、ベッドから降りるのを手伝ってくれた。
うっ…!やっぱり、腰が痛い。リスティーナは思わず顔を歪めた。

「リスティーナ様。やはり、どこか痛むのですか?」

スザンヌの言葉にリスティーナは少し恥ずかしそうに白状した。

「こ、腰が少しだけ…、」

「まあ…!あの王子、姫様にそんな無茶を…?」

目を吊り上げるスザンヌにリスティーナは慌てた。

「ち、違うの!ルーファス様は私に酷い事なんてしなかったわ。むしろ…、」

まるで私のことを宝物に触れるかのように優しく、丁寧に愛撫してくれた。途中から、余裕がなくなり、行為が激しくなることはあったが、それすらも心地よいと感じてしまった。
そして、余裕がなくなってもルーファスは絶対にリスティーナの嫌がることはしなかった。
首や肩、胸や足…。全身の至る所に口づけされ、赤い印を残された。それすらも嬉しいと思ってしまう。
昨夜の情事を思い出し、リスティーナはかああ、と顔を赤くした。

「リスティーナ様。入浴の準備ができておりますが、お入りになられますか?」

ミラの言葉にリスティーナは頷いた。

「今日は薬草湯にしてみました。いつもの薔薇の花弁を浮かべたお風呂もいいですけど、昨夜は殿下の相手をして大変でしたでしょう?スザンヌさんが痛みや疲労回復に効く薬草を教えてくれたのでそれをお風呂に入れてみたんです!」

ミラは明るくそう言い、リスティーナを浴室に連れて行こうとした。
お風呂と聞いて、リスティーナははたと気が付いた。昨日、ルーファスにたくさん跡をつけられたせいでリスティーナの身体には全身にキスマークがある。つまり、それは着替えを手伝うスザンヌ達に見られるわけで…。リスティーナは焦った。

「では、リスティーナ様。服を脱がせるので少し失礼しますね。」

「ま、待って!あの、大丈夫!ひ、一人でもできるから…。き、今日はその…、一人で入りたい気分で…。そ、それに、ほら!スザンヌ達は他にも仕事があるでしょう?」

リスティーナはそう言って、スザンヌ達を無理矢理説得し、一人で浴室に入った。
リスティーナはメイネシアにいた頃から、世話をしてくれる侍女はスザンヌを含め数人しかいなかったので身の回りの事は自分でするようにしていた。一人で風呂に入ることはよくあることだったのでそれは全然問題ない。ただ、一国の姫が身の回りの事を自分でするというのはおかしいというのはリスティーナも分かっていたし、リスティーナの世話をするのは侍女の仕事だという事も理解していた。
だから、リスティーナもこの国に来てからは侍女達に任せるようにした。が、今回だけはスザンヌ達の手を借りたくなかった。服を脱いだら今の私の体を見られてしまう!そんなの恥ずかしくて、無理に決まっている!

「リスティーナ様!?突然、どうされたのですか?」

ミラが浴室の扉を叩きながら、不思議そうに訊ねるがリスティーナは浴室に鍵を掛けて、開けることはしなかった。というか、できなかった。
やがて、ミラをスザンヌが窘める声が聞こえ、スザンヌは何かあったら、お呼び下さいと言い、立ち去る音が聞こえた。リスティーナはホッとした。
スザンヌ達にこんな姿見られたら…、想像するだけで恥ずかしい。
羞恥心に見悶えるリスティーナは気付いていない。ルーファスが残したキスマークは服の下だけではないことに。
リスティーナの身体には首筋や鎖骨付近にもキスマークがくっきりと残されていることに。



「リスティーナ様!?」

「ミラ。ここはリスティーナ様の言う通りに。」

「え、どうしてですか?」

ミラが振り返ると、スザンヌとセリーは気まずそうな表情を浮かべていた。

「ミラ。あなた、気付いていないの?」

「何がですか?」

「リスティーナ様の首に…、その…、赤い跡があったでしょう?」

「ああ。そういえば、そんな跡があったような…、でも、あれって虫に刺されただけなんじゃ…?」

鈍感なミラの言葉にセリーがきっぱりと否定した。

「そんな訳ないでしょう!あれは、絶対キスマークよ!」

「しっ!セリー。声が大きいですよ。リスティーナ様に聞かれたらどうするの?」

「き、キス、モガッ!?」

セリーの指摘にびっくり仰天したミラがキスマーク!?と叫ぼうとした瞬間、スザンヌがミラの口を塞いだ。

「しー!」

スザンヌはリスティーナに聞かれなかったかと心配しつつ、ミラに小声で注意した。

「いい?ミラ。見なかったことにするのよ。リスティーナ様は私達にそれを見られたくなくて、ああ言ったの。だから、私達は何も知らないし、見なかった。」

ミラはスザンヌの言葉にコクコクと頷いた。

「でも、意外です。ルーファス殿下って、キスマークとか残すんですね。あの人、見るからに淡白そうなのに…。」

「確かに…。ルーファス殿下って病弱だから、そういう事できない人なのかと思ってたわ。」

「あなた達。幾ら本人がいないからといってこの国の王族の悪口を言うなんて、不敬ですよ。それより、着替えのドレスを準備しましょう。」

そう言って、スザンヌ達はリスティーナの着替えを準備し始めた。

「それにしても、スザンヌさんって物知りなんですね。薬草の事をあんなに詳しいだなんて。」

「ああ。あれは、同僚から教えてもらっただけで…。薬草の採集が趣味の変わった子がいたんですよ。」

「へえ!凄いですね。」

スザンヌはエルザの事を思い出す。エルザは薬草全般に詳しかったが中でも毒草に詳しかった。
そういえば、あの子呪術にも詳しかったな。姫様の食事に下剤を盛った侍女に呪いの人形を使って報復していたこともあったわ。
暗闇の中でその侍女によく似た人形を作り、名前を書き、黒い笑みを浮かべながら、針を刺して念じていたエルザの姿は今でも忘れられない。というか、最早あれはホラーだった。
そして、その侍女はエルザの呪いのせいで人前で失禁するという失態を犯してしまったらしい。
後日、クビになったのだと聞いた。ついでに恋人にも振られたのだとか。エリート騎士と付き合っていることが自慢だったその侍女からしたら、かなりショックが大きかったことだろう。
ちなみにそれを知った時のエルザは…、

「まあ!そんな事があったの?…可哀想に…。」

何て瞳を潤ませていた。おいおい。あんたが元凶でしょうが。スザンヌは思わず頬が引き攣った。
噂好きの侍女達はそんなエルザにコロッと騙され、「エルザはお人好しねえ。」と言っていた。
いやいや。先輩方。この子はそんな可愛い性格なんかしてませんから!内心、スザンヌはそう思った。
その後、二人っきりになった途端、エルザは高笑いした。

「アッハハハ!スザンヌ!聞いた!?あの女、人前で漏らした上にクビになって振られたって!ざまあみろだわ!」

そう言って、大爆笑するエルザにスザンヌは呆れた。この変わり様…。相変わらず、表裏が激しいんだから。溜息を吐きつつ、報復を受けた侍女に同情した。確かにあの侍女のやったことは許せないが少々、やり過ぎなのでは…?
でも、リスティーナ様はその侍女のせいで腹を壊してしまい、数日はまともにご飯を食べられなかった。というか、運ばれた食事が怖くて食べられなかった。ヘレネ様が作ってくれたスープとエルザが王宮からくすねてきた果物しか口にできなかった程だ。
うん。やっぱり、あの侍女には同情できないな。スザンヌはそう結論付けた。

―まあ、エルザは姫様の為なら、何でもする子だし。あの薬草採集も姫様の為に覚えたようなものだったし…、

姫様は成長するにつれて、美しくなり、悪い虫が集るようになった。
下心を持った男が近付くと、それを見たエルザがニコニコと笑ったまま黒い空気を発しているのが滅茶苦茶怖かった。笑っているのに目がギラギラと光っているのだ。それは、まるで天敵を狩る捕食者の目だった。あれだけ、殺気だった目をしているのに周りの人間は全然気付かない。
誰だ?この子を可憐だの、守ってあげなきゃならない子だの言ったのは?節穴にも程がある。
姫様ならともかく、エルザはない。絶対ない。
スザンヌは隣にいるエルザの鋭い殺気をビシバシと感じ、胃が痛くなった。

ちなみに、姫様に手を出した男達は全て未遂に終わっている。当然だ。あのエルザが目を光らせているのだから間違い何て起きる筈がない。まあ、危ない場面は数回だけあったが…。それも全てエルザが報復済みだ。
グツグツと煮立った鍋に怪しげな薬草や液体を注いで調合するエルザはまさに魔女のようだった。
スザンヌは心の中で例の男達に合掌した。まあ、死なないよ。多分。
…いっそ、死んだ方が楽なのではないかと思う位の苦しみを味わうとは思うけど…。
そんな全然慰めにもならないことを考えながら、スザンヌは見て見ぬ振りをした。そして、暫く姫様をエルザの部屋に近付けないようにしようと心に固く決めた。

スザンヌは着替えのドレスを用意しながら、ぼんやりとリスティーナの事を考えた。
本当に…、大丈夫だろうか?リスティーナ様はどんどんあの王子に心が惹かれている。
あの王子は本当に信用できるの?スザンヌは未だにその答えを導き出すことができなかった。
やっぱり、一度、エルザに話しておいた方がいいかもしれない。その為にも、鏡を早く直さないと…。
リスティーナ様には悪いけど、明日にでもお休みを貰えないか聞いてみよう。スザンヌはそう考え直した。
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