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第二章 相思相愛編

ルーファスside

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リスティーナをアーリヤの元に行かせなくて、良かった。
やはり、自分が行っておいて正解だった。
ルーファスはアーリヤの部屋から出て廊下を歩きながら、そう思った。
リスティーナをアーリヤの元に行かせたら、お人好しな彼女の事だから、あの狡猾な女に上手く丸め込まれていたことだろう。恐らく、リスティーナはあの女の本性を知らない。

アーリヤは決して、親切な女ではない。
アーリヤはあのラシードとよく似ている。ルーファスはラシードと数回しか顔を合わせたことがないがそれでも、あのパレフィエ国の王太子が油断ならない男だという事は分かっていた。
あの猛禽類を彷彿とさせる鋭い目を思い出す。あれは、獲物を狩る目だ。
アーリヤもあの男と同じ目をしている。だからこそ、ルーファスはアーリヤを警戒していた。

リスティーナからアーリヤの話を聞いた時、ルーファスは胡散臭いと思った。
あのアーリヤが協力?何か企んでいるとしか思えない。
何故、リスティーナに近付いたのかは分からない。だが、これだけは断言できる。
アーリヤをリスティーナに近付けるのは危険だ、と。
ここで仮にアーリヤの力を借りたとしても、後で何を要求されるか分からない。
あの女がリスティーナに近付いたのを見ると、要求されるものはリスティーナか、彼女に関係するものか…。そんな気がしてならない。

ルーファスはリスティーナに生きると約束した。だが…、それとこれとは話が別だ。
彼女を危険に犯してまで、生きながらえたいとは思わない。
そもそも、アーリヤの力を借りて、ローザが巫女の力を使ったところでルーファスの呪いが解けるとは限らないのだ。そんなリスクは冒せなかった。
とりあえず、リスティーナにはアーリヤには近づかないように上手く言っておく必要がある。

警戒するのはアーリヤだけじゃない。後宮にはまだ油断ならない女がいる。
ルーファスの脳裏に艶やかな黒髪を靡かせた少女の姿が浮かんだ。
エミベス国の第一王女、ミレーヌ。彼女はルーファスの妃の中で一番、若い。
成熟した女性というよりは、まだ少女といった雰囲気を感じさせる。
ダニエラやアーリヤのように華やかさはなく、目立つ存在ではない。
その場にいても気付かれない。それ位、存在感の薄い女だ。
だが、ルーファスはダニエラやアーリヤよりもミレーヌを一番警戒していた。
ルーファスがミレーヌを警戒するには理由がある。
思い出すのはミレーヌが口ずさんでいたあの不気味な旋律…。

いつものように悪夢のせいで眠れず、ルーファスは夜の散歩に出かけていた。
その時、いつの間にかノエルも着いて来ていた。ノエルの気まぐれに付き合っている内に気付けば、後宮の庭に辿り着いた。
その時、人の気配を感じ、咄嗟にノエルと自分の姿を隠した。誰だと思って確認すれば、それはミレーヌだった。

フワフワと宙に浮かんだミレーヌは寝間着姿のまま軽やかな足取りで地面に着地した。
あれは、風魔法の一種…?
そういえば、ミレーヌはエミべス国の王女であるだけあって、魔力が高く、複数の属性持ちだと聞いたことがある。確か、風と火の二つの属性を持っていた筈だ。
ミレーヌはルーファスの存在に気付かずに夜空の月を見上げた。じっと暫く、月を眺めていたが不意に足を動かし、その場でクルッとターンをし、楽しそうに躍り始めた。
そして、すう、と息を吸い込んで歌い出した。

魔女は悪い子。殺しちゃえ。悪い魔女を懲らしめろ。
一番目の魔女は手を切った。
二番目の魔女は溺れたよ。
三番目の魔女は落っこちた。

魔女を倒せ。魔女を倒せ。悪い魔女はやっつけろ。
四番目の魔女は潰れたよ。
五番目の魔女は首吊った。
六番目の魔女はバラバラに。

ざまあみろ!ざまあみろ!
次はどの魔女にしようかな。次は誰を懲らしめよう。愉しいなあ。愉しいなあ。
七番目の魔女は火傷した。
八番目の魔女は捨てられた。
九番目の魔女は食われたよ。

待っててね。魔女さん。待っててね。魔女さん。魔女さん。魔女さん。魔女さん。
残りは後、一人だけ。そいつを倒せばあたしの勝ち。
最後の魔女は夢を見た。とっても怖い夢を見た。何度も何度も夢を見た。
これで、全部、倒したよ。悪い魔女をやっつけた。

ミレーヌは飛んだり、跳ねたりして軽やかに躍り続けた。
踊りながら、無邪気に笑いながら歌い続ける。それはそれは楽しそうに…。
だが、その笑い声はどこか歪さを感じた。

物悲しくも静かなメロディーは聞いているだけなら、美しい歌だと思うものかもしれない。
実際、ミレーヌの歌声は美しかった。しかし、それはあくまでも、その歌詞を聞かなければの話だ。
この国の人間ならミレーヌが何を歌っているのかは気付かないだろう。あれは、異国の言葉だから、この国の人間には分からない。

だが、ルーファスにはミレーヌが歌っている歌詞が理解できてしまった。あの歌詞はエミベス語…。
ミレーヌの母国語だ。
美しい旋律なのに歌詞の内容はあまりにも不気味だった。
ミレーヌの歌詞は恋歌でも童謡でもない。内容は魔女狩りの歌。
だが、何だ?やけにその歌詞が生々しく感じる。得体のしれない不気味さを感じる。

見てはいけないものを見てしまった気がして、ルーファスは気配を消したまま自分の部屋に戻った。

あの時、ミレーヌの歌声には隠し切れない興奮と愉悦が含まれていた。
ミレーヌは歌い終わった後も、ケタケタと笑っていた。心底、楽しそうに…。
そんなミレーヌにルーファスはぞっとした。
人形みたいに大人しい女。物静かで影の薄い側室。人々はミレーヌをそう言っている。その言葉の裏には嘲りも含まれていた。
だが…、本当にそうだろうか?あのミレーヌには底知れない闇を感じた。
あれは大人しいだけの女ではない。むしろ…、決して敵に回してはいけないといわれる部類の女だ。

そして、その考えは正しかった。そう思ったのは、ミレーヌの周りで起こった不思議な現象。
後宮の侍女が大火傷を負ったり、誤って階段から転落したりと次々に不幸が起こった。
何故か全てルーファスの呪いのせいだと噂されたがあれは呪いではないとルーファスは確信した。
確実にミレーヌが何か仕掛けたのだと思った。何故なら、被害に遭った侍女は全員、ミレーヌに嫌がらせをした者ばかりだったからだ。
偶然とは思えない。

一度だけその現場に遭遇したことがあった。花瓶が割れて、その破片が何故か侍女の顔に突き刺さり、その場は大騒ぎになった。顔から血を流しながら、痛みに泣き叫ぶ侍女と周囲の侍女や使用人達が慌ただしく動く中、妙な視線を感じた。
視線を向ければ、そこには黒髪の女がじっと騒ぎの中心にいる怪我をした侍女を見つめていた。
黒髪の女はルーファスの視線には気付いていない。ルーファスは目が悪いから、女の顔は見えない。
けれど、ルーファスはそれがミレーヌだと確信した。黒髪の女…、ミレーヌはその赤い唇を吊り上げて、笑った。その唇はまるで血の色のようで…。ルーファスはその笑みを見た瞬間、全身に戦慄が走った。

あの、女…。

ミレーヌは視線を感じたのかルーファスを見た。だが、すぐに目を逸らすと、そのまま背を向けて姿を消した。
騒ぎに気を取られて、誰もミレーヌの存在に気付かなかった。
現場にルーファスがいたこともあって、その場に居合わせた人間はルーファスの呪いのせいだと騒いでいたが真実は違う。あの女が…、ミレーヌが何かをしたのだ。あの割れた花瓶からは微かに魔力の匂いがした。そして、あの魔力は…、ミレーヌが持つ魔力と同じ匂いを感じた。

ルーファスはリスティーナを側室として迎える前の三人の妻の中で誰を一番警戒していたかというと、他でもないミレーヌだった。
だから、ルーファスは極力ミレーヌには関わらないでいた。
ダニエラが大怪我を負った時もミレーヌが何かしたのだと思った。実際、ダニエラの部屋に行って確かめた鏡からはミレーヌの魔力を感じた。

普通なら、ミレーヌに疑いがかけられそうなものだが、ルーファスの噂によってミレーヌへ疑いが向けられることはなかった。
それに、ミレーヌは見るからに内気で大人しくて、気弱そうな雰囲気から害のない女だと周囲からは思われている。だからこそ、ミレーヌに疑惑の視線が向けられることもなかった。
それを分かっているから、ミレーヌもこれだけ大胆な行動に出ているのだろう。これもあの女の策略かと思うと、末恐ろしい女だ。

ミレーヌがリスティーナに危害を加えないという保証はない、
ただ、ミレーヌは自分に危害を加えた人間以外には手を出すことはない。
だから、リスティーナがミレーヌに傷つけられる心配はないだろう。彼女は他人を傷つけることはできない優しい性格の持ち主だ。
だが、警戒するに越したことはない。一応、リスティーナにもそれとなくミレーヌには近づかないように忠告して…。
ルーファスが思案しながら、庭で待っているリスティーナの元に行くと、そこにリスティーナの姿はない。

リスティーナ?怪訝に思いながら、リスティーナの姿を探していると、リスティーナはすぐに見つかった。リスティーナは誰かと話している様子だった。その誰かはリスティーナよりも背が低く、リスティーナの身体に隠れて、よく見えない。
近づくにつれて、リスティーナと一緒にいる人物が誰なのかはっきりと分かった。
ルーファスはリスティーナと一緒にいる女を見て、顔を強張らせた。
一緒にいた女は…、ルーファスの側室、ミレーヌだった。
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