冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

文字の大きさ
上 下
26 / 222
第二章 相思相愛編

呼び捨て

しおりを挟む
「ノエル。本の上に乗っちゃ駄目だって何度も言っているだろ。あ!こら!ったく…。逃げ足が速いんだから…。」

ルカはルーファスの部屋にいたノエルが本の上で毛繕いしているノエルを叱ろうとしたが、ノエルはすぐに逃げて行ってしまう。ルカは部屋を片付けながら、本に手を伸ばした。

「そういえば、この本、昨日から殿下が熱心に読んでいたな。あの人、いつも難しい本読むからなあ。一体、今度はどんな本を読んで…、」

ルーファスは基本的にベッドで寝たきりの生活を送っていたが体調が安定していた時は本を読んでいることが多い。しかも、読む本も外国語の本だったり、哲学や経済書、歴史書といったものばかり…。
今回はどんな本を読んでいるのかと興味本位で本のタイトルに目をやれば、

「『女性を喜ばせる上手な抱き方~入門編』?」

ルカは沈黙した。ルーファスが昨日読んでいた他の本も手当たり次第に確認する。
解剖書はまだマシな方だ。でも、よく見れば女性の身体が記載されている頁の所が折り曲げられている。
どこを読んでいたのかが丸わかりだ。たくさん線も引いているし、細かく何かを書き込んでいる形跡まである。
それ以外の本は全部性交に関する本ばかりだ。ご丁寧に図の解説書までついているものまである。
しかも、かなり際どい描写の。

あの人…、あんな真面目な顔して、こんなエロい本を読んでいたのか。

「ん?そういえば、昨日…、」

ルカはふと思い出した。昨日、ルーファスに変な事を聞かれたことを。
ルーファスは聞きたいことがあると言い、ルカに話しかけてきたのだ。そりゃ、もう真剣な表情で。
珍しいなと思いながら何ですか?と聞けば、唐突に女性経験はあるのかと質問されたのだ。

「は!?いきなり、何ですか!?そんなのある訳ないでしょう!僕は経験どころか、恋人もできたことありませんよ!」

「…そうか。」

それだけ言うと、ルーファスはくるり、と背を向けた。質問はそれだけだったらしい。
その背中は少しだけ落胆している様にも見えた。何だったんだ?とルカは疑問に思ったが仕事があったので特に気にしなかった。

「あー。成程…、」

ルカは何となく事情が分かった気がした。
リスティーナ様の所に行く前に事前学習していた訳か。いつもと変わらない無表情だったけど、内心は必死だったんだな。そう思うと、何だかおかしくて、ルカは笑ってしまった。






「そろそろ、侍女が起こしに来るな。」

そう言って、ルーファスはベッドから降りて、着替え始めた。

「あ、殿下…!着替えるのでしたら、どなたか、お呼びしましょうか?」

「いや。大丈夫だ。…この身体はあまり他人に見られたくないからな。着替え位、一人でもできるから気にするな。」

それなら、私がお手伝いを…、と言いかけるが手際よく着替えていくルーファスを見て、言葉を呑み込んだ。手伝う必要はないみたい。
ルーファス様は王族なのに身の回りの事は自分でできるのね。
貴族や王族の人達は自分で服を着たことがない人ばかりなのに…、凄いな。
自立していて、とても格好いい。

リスティーナも裸だったのでスザンヌが来る前に何か着ておこうと昨日の夜着に袖を通した。
ルーファスは仮面を着けて、手袋を装着した。あ…、残念。ルーファス様の素顔が隠れてしまった。

その時、扉を叩く音が聞こえた。スザンヌ達が起こしに来たのだ。

「ルーファス殿下、リスティーナ様。おはようございます。」

「お、おはよう。スザンヌ。」

スザンヌは以前ほど、怯えた表情を浮かべなくなった。ルーファスを前にしても落ち着いた表情をしている。後ろにいるミラ達は相変わらず、ビクビクと震えているが。

リスティーナはスザンヌ達に着替えを手伝って貰い、ルーファスと朝食を共にした。

「昨日、ロジャーと話しをしたいと言っていた件だが…、君はこの後、何か予定はあるのか?ないのなら、このまま俺と一緒に部屋に来るといい。」

「よろしいのですか?」

「ああ。」

「ありがとうございます。是非、ご一緒させてください。」

この後もルーファス様と一緒にいられるんだ。嬉しくて、リスティーナは口元が自然と緩んでしまう。
ルーファスはスープとサラダ、果物を食べて食事を終えた。
あれだけの量で大丈夫なのかしら?でも、普段あまり食べない人が無理に食べ過ぎると身体によくないらしいし…。
リスティーナはルーファスの食の細さが心配になった。ただでさえ、彼は身体が細い。
ちゃんと栄養が摂れているのだろうかと思ってしまう。

食事を終えたリスティーナにルーファスは手を差し出してくれる。
リスティーナはお礼を言って、彼の手を取り、部屋を出た。

「リスティーナ姫。」

「はい。何でしょう?」

不意に話しかけられ、リスティーナはルーファスに視線を向ける。

「その…、君の母親の形見のことなんだが…、あれは俺以外にも見た人間はいるのか?」

「?いえ。あれは、私が信頼している乳母と侍女にしか見せていません。男性では殿下が初めてです。母があまり他人に見せてはいけないと言っていたので…。」

これは、特別な人にだけ見せなさいと言われたことを思い出す。
何だか、それは恥ずかしくて彼に言えなかった。

「そうか。それならいい。今後も俺以外には見せないようにしてくれ。」

「はい。そのつもりですけど…、どうして突然、そのような事を?」

「…念のためだ。後宮には手癖の悪い使用人もいるから注意した方がいいと思ってな。」

「あ、そうなんですね。分かりました。気を付けます!」

リスティーナはルーファスの言葉に納得したように頷いた。

「……。」

そういえば、さっき、ルーファス様は私の事…、

「どうした?浮かない顔をしているが。」

「あ…、えっと…、」

リスティーナはギクッとした。言おうか迷ったが正直に白状することにした。

「あの…、昨日のように…、呼んでは下さらないのかと思って…、」

昨日、ルーファスはリスティーナの事を呼び捨てで呼んでくれた。
嬉しかった。彼との距離が一気に縮まった気がした。それなのに…、今はリスティーナ姫と敬称をつけて呼ばれた。それが何だか寂しかった。

「それは…、」

ルーファスは言葉に詰まった。

「俺も昨日は余裕がなかったから…、いや。すまない。こんなのはただの言い訳だな。馴れ馴れしく君の名を呼び捨てにして悪かった。次からは気を付けて、」

「違います!そうではないのです!私は…、殿下に呼び捨てにされて、嬉しかったです。」

ルーファスは目を瞠った。

「私は…、殿下にまた、リスティーナと呼んで頂きたいです。駄目…、でしょうか?」

おずおずと不安そうに見上げるリスティーナにルーファスは、数秒黙ったままだったが、

「リスティーナ。」

「ッ!」

彼は柔らかい表情を浮かべて、呼び捨てで呼んでくれた。
それだけで胸にじんわりと温かいものがこみ上げてくる。

「俺の事も…、名前で呼んでくれないか?」

「え…、よろしいのですか?私が殿下の名前を呼んでも…?」

ルーファスの言葉にリスティーナは目を見開いた。
ただの側室の私が…、馴れ馴れしく名前を呼んでもいいのだろうか?

「ああ。俺は…、リスティーナの名前を呼びたいし、俺の事も名前で呼んで欲しい。」

「っ、は、はい!それでは…、ルーファス様と呼ばせて頂きます。」

「ああ。」

リスティーナの言葉にルーファスは優しい目でリスティーナを見つめた。
ルーファス様に名前を呼び捨てで呼んでもらうようになったばかりか彼の名前を呼ぶことを許して貰えた。嬉しい…!
本当はずっと…、彼の事を名前で呼んでみたかった。でも、許可もなく、彼の名前を勝手に呼ぶことなんてできなかった。だから、リスティーナはずっと心の中で彼の名前を呼んでいた。
心の中で呼ぶことだけを許して欲しい。そう思っていたのに…、彼は私が名前を呼ぶことを許してくれた。
リスティーナはルーファスの手をキュッと握り返した。



「お待ちしていました。リスティーナ様。」

「ロジャー様。おはようございます。突然、お邪魔してしまい、すみません。」

「とんでもございません。」

ルーファスの部屋に入ると、ロジャーが温かく出迎えてくれた。
そこにノエルがにゃあ、と鳴きながら、トコトコと近付いてきた。

「あ、ノエル。」

リスティーナはしゃがみ込んで、ノエルの頭を撫でた。
愛らしく鳴く黒猫にリスティーナは微笑んでノエルを抱き上げた。
ソファーに腰掛け、膝の上にノエルを乗せながら、リスティーナはノエルを撫でた。

「ノエルはリスティーナ様に随分、懐いてますね。世話している僕の事は引っ掻く癖に。」

ルカが紅茶と茶菓子を用意しながらリスティーナに話しかけた。
そして、最後はジトッとした目をノエルに向ける。
ノエルはそんなルカに気付かず、リスティーナの膝の上で丸くなっている。

「リスティーナ様、紅茶は砂糖淹れますか?ミルクとレモンもありますよ。」

「ありがとう。それじゃあ、砂糖とミルクを…。」

ルカはリスティーナに砂糖とミルク入りの紅茶を淹れてくれた。

「リスティーナ様。殿下から、お話は聞いております。殿下の呪いを解くために協力して下さるとか…。
ありがとうございます。そのように言って下さった方はリスティーナ様が初めてです。」

「い、いえ!そんな…!頭を上げて下さい。私が好きで勝手にしている事ですから…!」

ロジャーに頭を下げられ、リスティーナは慌てた。

「ロジャー様も殿下の呪いを解くために一生懸命その方法を探してくれているのだと聞きました。それで、あの…、ロジャー様に色々と聞きたいことがありまして…、」

「はい。わたしで分かる事でしたら、何でも聞いて下さい。」

「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこちらの方ですよ。リスティーナ様のお蔭で殿下もやっと前向きになって下さって…。」

ロジャーはルーファスを見て、嬉しそうに言った。
ルーファスは少し気まずそうに視線を逸らした。
そうだった。昨日、ルーファス様と話した時、彼はいつ死んでもいいと言い、自暴自棄になっている様子だった。まるで生きていることをもう諦めているような…。
でも、その後でルーファス様は生きたいと言ってくれた。
きっと、それは彼にとって、とても大きな心の変化だったのだろう。
ルーファス様の生きたいという気持ちに報いる為にも頑張らないと!
リスティーナはグッと拳を握り締めた。

「光の聖女様の件ですが…、やはり、教会の上層部の者達が反対するので協力を得るのは難しいかと思います…。」

「そう、なんですか…。」

やっぱり、そうなんだ…。
ルーファス様からあらかじめ聞いていたとはいえ、もしかしたら…、と思っていたのに…。
ロジャーの言葉にリスティーナは落ち込んだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...