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第二章 相思相愛編

侍女達の心情

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「姫様。お帰りなさいませ。」

「スザンヌ…。」

リスティーナが部屋に戻ると、スザンヌが出迎えてくれた。スザンヌはリスティーナが持っている本を受け取る。そして、本の題名を見て、目を見開いた。
そうだ。私は…、まだスザンヌに何も話していない。

「スザンヌ。あのね…、少し話があるの。ルーファス殿下の事で。」

「!ルーファス殿下の…?」

「私…、殿下の呪いを解く方法を探しているの。」

「!呪いを…?ど、どうして、姫様がそこまでして…、」

リスティーナは一度、胸に手を当て、深く息を吸った。そして、勇気を出して、言った。

「スザンヌ。私ね…、ルーファス殿下のことが好き。」

「…!」

スザンヌは息を呑んだ。

「私は殿下に生きていて欲しい。」

「姫様…。その為に呪いを解く方法を?」

リスティーナは頷いた。

「もう、これ以上、殿下が苦しむ姿を見ていたくないの。私ができる事なんて、何もないかもしれない。
それでも…、私は彼の力になりたい。そう思ったの。」

「姫様…。」

リスティーナはスザンヌの手を握り、懇願した。

「ねえ、スザンヌ。お願いがあるの。どうか、殿下を…、噂に聞く殿下ではなく、実際の殿下を見てほしいの。」

「え…?」

「あの方は本当はとても優しい方なの。あの噂は全部誤解なの!」

少しずつ、少しずつ…。
殿下への誤解を解いていきたい。
リスティーナはそう思った。
アーリヤ様も話せば分かってくれた。だから…、スザンヌにも話せば分かってくれるかもしれない。

「…姫様。分かりました。」

スザンヌもギュッと手を握り締める。

「姫様がそう仰るのでしたら…、私はそれに従います。正直、私も最近、殿下は噂とは違うのではないかと思い始めていたのです。」

「ッ!本当!?」

「はい。すぐには無理ですけど…、それでも…。これからは、噂ではなく、実際の殿下を見て、判断していきます。」

「スザンヌ!ありがとう!」

リスティーナはスザンヌを抱き締めた。
嬉しそうなリスティーナにスザンヌも笑顔で抱き締め返した。

「でも…、そんな簡単に呪いを解く方法は見つかるのでしょうか?
今までも魔術師や医者や聖職者の人達が手を尽くしたのに誰も呪いを解くことができなかったと聞いていますが…。」

「それがね、アーリヤ様が助言を下さったの。光の聖女様の力を借りれば殿下の呪いを解けるかもしれないって。」

「アーリヤ様が?いつの間にアーリヤ様とそんなに親しくなられたのですか?」

「実は偶然、図書室でアーリヤ様とお会いして…、アーリヤ様が呪いに詳しいというからさっきまでアーリヤ様の部屋にお邪魔していたの。あ、この本もアーリヤ様が貸してくれたのよ。」

リスティーナはそう言って、スザンヌに『呪術全書』の本を見せた。

「それでね…、アーリヤ様も殿下の呪いを解くのに協力してくれるって言って下さったの!」

「そうなんですね。」

スザンヌは不思議そうな顔をしながらもリスティーナの言葉に頷いた。
そして、嬉しそうなリスティーナにスザンヌも優しく微笑み返した。

「良かったですね。姫様。さあ、今夜は殿下がお越しになられるそうですのでお早めに食事を摂ることにしましょう。」

「あ、そ、そうね。」

リスティーナは今夜…、と聞いてポッと頬を赤く染めた。
どうしよう。アーリヤ様に言われたのもあって緊張してきた。
も、もしかして、私は今夜、殿下と…?
そこまで想像して、リスティーナはかああ、と顔を赤くした。
どうしても、期待してしまう自分がいる。殿下を好きだと自覚した分、余計に。
それに…、彼は言っていた。もう一度、私を抱きたいと思ってくれてるって…。
だから、もしかしたら、彼もその気でいるんじゃないかって期待してしまう。
そうだったら…、嬉しい。リスティーナはドキドキ高鳴る胸を押さえながら、そう思った。

「…。」

そんなリスティーナをスザンヌは黙って見つめていた。





「このドレスは処分して!今すぐに!」

「か、畏まりました。」

ダニエラは大急ぎでドレスを脱ぎ、それを侍女に投げつけた。

「それから、これも捨てて頂戴!」

ダニエラは手にしていた扇も処分するように命じた。
そのままダニエラは浴室に直行する。苛々と爪を噛んだ。

「ああ…!もう!最悪!」

まさか、あそこであの側室に遭遇するとは思わなかった。しかも、私に触ったのだ。
ルーファス王子の呪いが私にまで移ったら…、そう考えるだけでゾッとする。

リスティーナの部屋にルーファス王子がいたのを見たダニエラはその場は逃げだすことで精一杯だった。目を合わせたら呪われる!そう思って一目散に部屋へ逃げ帰った。

そして、落ち着いた頭で考え、理解した。
あの時間にルーファス王子がいたということはあの側室はルーファス王子と閨を共にしたのだと。

何て悍ましい!私だったら、耐えられない!
あんな化け物と肌を合わせる位なら死んだ方がマシだ!

だから、ダニエラは決めたのだ。リスティーナには絶対に近付かないでおこうと。
ルーファス王子と閨を共にしたあの女は穢れている。呪いもその身に移っている事だろう。
あの女に関わったら、私まで呪われる!そう思ったからだ。

でも、それはある意味、好都合だった。次の生贄がリスティーナだと分かったからだ。
そうだ。ルーファス王子が私の元へ来る時はあの女に相手をしてもらえばいい。
何て名案なのだろう。これで一つの悩みが解決した。私ってば天才!
後はルーファスが死ぬまで徹底的に避ければいい。そう思っていたのに…、まさか、あんな風に接近を許してしまうなんて!

ダニエラは苛つきが増した。とにかく、早く身体を洗わないと!今日は徹底的に隅々まで念入りに…!
そう思っていると、パキン!と突然、浴室の鏡が割れた。

「きゃあ!?」

「か、鏡が…!」

ダニエラも思わず鏡に視線を向ける。すると、その鏡の破片がまるで意思を持ったように浮いた。

「ヒッ…!?」

「な、何よ…。これ…?きゃあああああ!?」

その鏡の破片は突然、ダニエラに襲い掛かった。浴室内には悲鳴が反響し、真っ赤な血が飛び散った。





「え…?ダニエラ様が大怪我を?」

「はい。あたしも詳しくは知らないんですけど…、」

リスティーナは思わずナイフとフォークを持つ手を止めて、ミラに聞き返した。
ミラは給仕をしながら、答えた。

「さっき、廊下で他の侍女達が話しているのをたまたま聞いちゃったんです。」

「それなら、私もさっき耳にしました。もう後宮中の噂ですよ。」

ミラに続いてセリーも答えた。
ミラよりも年上で赤茶色の髪をしたセリーは、リスティーナのグラスに水を注ぐと、

「ダニエラ様の浴室にあった大きな鏡が割れて、その破片が当たって怪我をしたらしいですよ。」

「そんな事が…?ダニエラ様のお怪我は大丈夫なの?」

リスティーナの質問に同じく傍に控えていたもう一人の侍女、ジーナが答えた。

「それが結構な大怪我みたいで何十針も縫ったみたいですよ。幸い、傷は残らないみたいですけど、完治するのに一か月はかかるらしくて…。」

「そんなに…?」

「やっぱり、これもルーファス王子の呪いなんでしょうか?」

「有り得る…。だって、前の正妃様だって…、呪い殺されたって話だし…。」

「ちょ、それじゃあ、リスティーナ様も危険って事じゃ…、」

侍女達は青褪め、リスティーナに視線を向けた。

「り、リスティーナ様。その…、殿下には体調不良だってことにして、こちらに来るのはお断りしましょうか?」

「そ、そうです!ダニエラ様達だって、よく使っている手ですし…、」

三人の侍女はリスティーナを心配してくれている。
それはよく分かる。その気持ちは嬉しい。でも…、リスティーナはその言葉を聞いて、悲しくなった。
違うのに…。彼は…、そんな風に恐れられる人じゃないのに…。
でも、リスティーナは何と言って、誤解を解いたらいいのか分からなかった。

「…心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫よ。」

「リスティーナ様!無理をしなくても…、」

「無理なんてしていないわ。それに…、殿下は決して無理強いをする方じゃないから。」

「え?で、でも…、」

「殿下は命令ではなく、ちゃんと私に聞いてくれたの。
私が嫌だって言えば、きっと、あの方は私の意思を尊重してくれた。」

リスティーナはルーファス殿下から今夜、部屋に行ってもいいかと聞かれた時、頷いた。
私は強制された訳でも、無理強いされた訳でもない。私は自分の意思で彼の申し出を受けたのだ。

「え、ええ?いや。でも、ルーファス殿下に聞かれたら、嫌とは言えませんし…、」

「断ったら、あの殺人鬼みたいな目でギロッと睨まれそうですし‥、」

リスティーナの言葉を聞いても、侍女達は信じられないとでも言いたげな表情を浮かべた。

「そんな事ない!殿下は私にちゃんと選択肢を与えてくれたわ。
私は、殿下に来て欲しいと思ったから、彼の申し出を受けたのよ。だから…、大丈夫よ。何も心配することなんてないわ。」

「ええ!?り、リスティーナ様が!?」

三人の侍女は驚いて、リスティーナを見つめる。
リスティーナは微笑んで頷いた。

「な、何で了承したんです!?」

「幾ら何でもむ、無防備すぎでは!?」

「相手はルーファス殿下ですよ!?」

「それは…、だって…、わ、私は殿下の妻…、だから…。」

理由なんて決まっている。好きだからだ。でも、それを口にするのは恥ずかしくて、リスティーナは尤もらしい言い訳を口にした。が、表情は隠せていなかった。
微かに頬を赤くしたリスティーナはまるで恋する乙女のような表情だった。
三人の侍女達はそんなリスティーナの様子に気付かない程、馬鹿ではない。
唖然として、リスティーナを凝視し、お互いの顔を見合わせる。
リスティーナはそんな視線から逃れるようにそっと目を逸らし、誤魔化すようにコクコクとグラスの水を飲み干した。




入浴をすませ、薄い夜着を身に纏ったリスティーナは薄紫色の肩掛けを羽織った状態でそわそわと室内を落ち着かない様子で歩き回っていた。

その様子を見ながら、侍女達はヒソヒソと囁き合った。

「リスティーナ様…。本当にどうしちゃったっていうの?」

「これは…、間違いないわね。リスティーナ様はあのルーファス王子に惚れてるとしか思えない。」

「ってことは、やっぱり、あれは見間違いじゃなかったってことですか?リスティーナ様、本当に殿下の事が…?」

「う、嘘でしょう?な、何でよりによってルーファス殿下を?趣味が悪いにも程があるんじゃない?」

信じられない、といった表情でリスティーナを見つめる。

「もしかして…、これも呪いなんじゃない?ほら、大昔でもいたじゃない。魅了魔法を使って国を滅ぼしかけたっていう魔女の話。ルーファス殿下の呪いにも魅了魔法と同じような力があるのよ。きっと。それで、リスティーナ様があんな風になってしまったんじゃ…、」

「ええ?あの王子の呪いってそんな力もあるの?」

「でも、今までそんなの聞いたことないわよ。」

「た、確かに…。」

うーん、と唸る侍女達はリスティーナがルーファスに恋をしているという事実を中々、受け止めることができずにいた。
スザンヌは三人の侍女がそんな風にヒソヒソと話しているのを見て、溜息を吐いた。
そして、リスティーナを心配そうに見つめる。

リスティーナがルーファスに想いを寄せているのはとっくに気付いていた。
姫様には幸せになって欲しい。でも…、あの王子は本当に信頼できるの?
あの王子に姫様を任せてもいいの?そんな不安と疑問があった。
でも…、姫様は私に言った。ルーファス王子をちゃんと見て欲しいと。噂とは関係なく、ありのままの彼を見てあげて欲しいと。
それに、ルーファス王子から言われた忠告も気になる。
言葉少なでその真意は分からないが…、少なくとも私には…、姫様の身を心から案じている様に見て取れた。

「……。」

今はまだ…、ルーファス王子を心から信用することはできない。
油断してはいけない。甘い顔をして、本性を隠した男だって世の中にいるのだから。あの男のように…。

スザンヌはヘレネ様と約束したのだ。自分の代わりに娘を守って欲しいと…。
そして、くれぐれもあの男には気を付けろとも言われた。
スザンヌはグッと拳を握り締めた。私は亡くなったヘレネ様の代わりに姫様を守る。
ここには、ニーナ様もエルザもアリアもいない。
姫様を守れるのは、私だけなのだから…。

それでも…、ルーファス王子の忠告は心に留めようと思った。そして、彼がこれから、姫様にどう接していくのかを見た上で判断しよう。
スザンヌはそう心に決めたのだった。
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