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第二章 相思相愛編

アーリヤの本音

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リスティーナがいなくなった部屋でアーリヤは腹心の侍女の名を呼んだ。

「カーラ。」

「はい。アーリヤ様。」

アーリヤは数秒黙ったまま口を開かない。そっと俯いたアーリヤの肩は微かに震えている。
次の瞬間、バッと勢いよく顔を上げると、

「こんなに興奮したのすっごく久し振りだわ…!
お兄様と剣の手合わせをした時でさえこんなに気分が高揚したことはないのに…!」

頬を紅潮させ、目を爛々と輝かせたアーリヤは興奮のあまり声が上擦っている。

「随分と気に入られたのですね。」

誰を、とは言わない。誰の事か言わなくても分かるからだ。

「だって、カーラ!考えてみて?今まであんな可愛い子が私の周りにいた?
寄ってくる女はお兄様目当てのハイエナのような女ばかり。中でも最悪なのはローザね。
顔は可愛くても、中身が全然駄目。どの女も腹が黒すぎてちっとも、可愛くない。」

「確かにそうですわね。私もあの女が可愛いとは全く思いませんわ。」

カーラは憎々し気に呟いた。全く、の部分をものすごく強調している。
余程、ローザが嫌いらしい。まあ、無理もない。あれは男受けはいいが同性には嫌われるタイプの女だから。

「それに比べて、あの子は全然違う。あんなに可愛い子、初めて見たわ!」

「まあ、確かに…。とても美しい方でしたね。あれだけの美貌なら、他国で名が知られていてもおかしくはないと思うのですが…。」

「リスティーナ様の母親は王妃じゃなくて、側室。しかも、踊り子だったって話よ。
王族や貴族ってのは血筋や家柄を重んじる輩が多いもの。きっと、母親が平民だからって理由で冷遇されて存在を隠されていたのでしょうね。よくある話じゃない。正室が愛人や妾をいびり倒すなんてことは。」

カーラは成程、と頷いた。

「だから、あんなに腰が低かったのですね。」

正直、あまり王女らしくないなと思った。
普通、王女は侍女に対して、頭は下げないし、挨拶も返さない。
一国の王女として、蝶よ花よと育てられた彼女達は気位が高く、身分が下の者を見下す傾向にある。
命令することはあっても同じ目線に立って話すことはない。プライドが許さないからだ。
使用人は自分の言う事を聞く便利なお人形か道具としか思っていない。
そういった意味では、リスティーナのような王女は珍しい。
恐らく、母国で虐げられていたのもあって、自信やプライドといったものが一切、ないのだろう。

「それに、メイネシア国の王女は全員、性格が悪そうな女ばかりだしね…。特に第三王女のレノアって女は我が強そうだったし。あの王女なら、弱い者虐めとか嬉々としてやりそうだわ。リスティーナ様の事も好き放題甚振っていたんじゃないの?…あーあ。やだやだ。女って怖いんだから。」

そう言って、アーリヤは呆れたように溜息を吐いた。

―アーリヤ様も同じ女性なんですが…、いえ。アーリヤ様とそのような性根が腐った女を一緒にしてはいけませんね。アーリヤ様は女性の中でも特別な方。そこら辺の女とは違います。

カーラは心の中でアーリヤを称賛した。
でも、まさか主人があそこまで夢中になるだなんて…。

「まさかアーリヤ様があそこまでリスティーナ様を気に入るとは思いませんでしたわ。
確かに最初からアーリヤ様はリスティーナ様の容姿を気に入っている様子でしたが、それだけだと思ってました。」

「そうね。最初はそうだったわ。見た目は最高に好みだったし、退屈しのぎにはなるかなって思ってた。
でも、私、綺麗なだけのお人形は好きじゃないのよねえ。一緒にいても、つまらなさそうだし。
だけどあの時…、」

アーリヤはうっとりとした表情で目を細めた。

「私に言い返したあの子の顔…!最高だったわ…!大人しくて、従順そうな女かと思いきや、あんなに強い眼差しで私を見つめてくるなんて…!」

「落ち着いて下さいませ。アーリヤ様。」

カーラはすかさず、アーリヤに気分が落ち着く茶を用意した。

「今はいないので大丈夫ですが、途中からほとんど隠せていませんでしたよ。」

会話の最中にギラギラと目を輝かせたり、不穏な声を洩らす主人にカーラはさりげなくフォローをした。あの咳払いもその一つだった。何とかその場は誤魔化せたが危ない場面が何度もあった。

「そうね。私ったら興奮して、つい…。さっきは助かったわ。カーラ。」

「勿体ないお言葉です。ですが、珍しいですね。アーリヤ様があそこまで素を出してしまうだなんて。」

アーリヤはこう見えて、演技が上手い。
この国に嫁いだ時も呪われた王子に嫁がされた哀れな側室、という風情を装って同情を惹き、多くの貴族に顔と名前を売り、人脈と伝手を手に入れるなどして、その才能を発揮している。
そんなアーリヤが素の感情を出すなんて珍しい。
…まあ、時々、好きなことについて語り出すと止まらないという暴走癖はあるが。

「だって、リスティーナ様って顔だけじゃなくて、性格までも私好みなんだもの!純粋で素直で騙されやすくて…、何て愚かで可愛らしいのかしら…!」

リスティーナの反応からルーファスに好意を抱いていると察したアーリヤが共感した振りをすればすぐにコロッと騙されてくれた。それに、図星を突かれた時のあの赤くなった顔…。とてもそそられた。
ベッドの中で思う存分に啼かせてみたい。

「欲しい…。私、あの子が欲しいわ…。」

アーリヤはうっとりとした表情を浮かべて、呟いた。
リスティーナはアーリヤが剣を嗜んでいると聞いても軽蔑しなかった。
今までアーリヤが出会った女性達はアーリヤが剣を嗜んでいると知ると、あからさまに侮蔑した。
「まあ、何てはしたない。私にはとても真似できませんわ。」、「随分と野蛮ですこと。」等と面と向かって言われたこともある。
でも、彼女は違った。むしろ、格好いい、尊敬していると言ったのだ。
あの時の笑顔も最高に可愛かった。真っ白で純粋で穢れのない笑みそのもの…。
あの顔が快楽に歪んだらどんなに美しいのだろう。

「私、決めたわ!ルーファス王子が死んだら、あの子を国に連れ帰るわ!」

「連れ帰るといいましても…。さすがに一国の姫君をそう簡単に国に連れて帰るのは問題になりませんか?
第一、リスティーナ様は同意するのでしょうか?」

「心配ないわ。きっと、ルーファス王子が死んだら、あの子はショックで塞ぎこむでしょうよ。
あいつがいなくなれば、あの子を守る人は誰もいなくなる。
そこで、行く当てがない一人ぼっちのあの子に私が手を差し伸べてあげるの。きっとあの子は喜んで私の手を取ってくれるわ。どう?中々いい筋書きでしょう?」

「成程…。さすがです!アーリヤ様!計算高いアーリヤ様も魅力的ですわ!」

カーラの言葉にアーリヤはニッ、と口角を上げた。

「さて…、そうと決まれば、早速お兄様に…、」

まずは兄に頼んであの子の入国許可をお願いして…、ん?そうだわ…。

「カーラ。私、いい事を思いついたわ。」

何かを企んだような笑みを浮かべるアーリヤにカーラは首を傾げた。
リスティーナを連れ帰りたいと思ったのは、気に入ったのが一番の理由だが、あの子を使えばローザに一泡吹かせられるかもしれない。
アーリヤはすぐに便箋とペンを用意させた。



「そういえば…、そろそろ祝賀会の時期よね…。」

兄への手紙を認めながらもアーリヤはぽつりと呟いた。
祝賀会には各国から王族や貴賓が招かれる。当然、兄もパレフィエ国の代表として来る筈だ。
祝賀会の時期になったら、リスティーナを兄に紹介してみるのもいいかもしれない。
どうせ、ルーファス王子はもう一年もしない内に死ぬ。
光の聖女に頼んだ所で無駄な事だ。

リスティーナの前では協力する、とは言ったがアーリヤは正直言って、ルーファスが助かるとは思ってない。
ルーファスの呪いは強力で人間の領域を超えている。呪術学を学んだアーリヤだからこそ、分かる。
ルーファスが呪いから逃れる方法はただひとつ、死ぬことだ。それしか方法はない。
だから、どう足掻いてもあの男は呪いからは逃れられない。

呪いについてはそれなりに知識があるアーリヤですら、ルーファスの呪いの原因は全く分からない。
そもそも、あのような呪いは過去の文献や歴史の中でも聞いたことがないし、見たことがない。
似たような事例はあってもあんなに強力なものはかつてなかった。
だからこそ、得体がしれないのだ。そんなものに関わった所でメリットは一つもない。

リスティーナは何とかルーファスの呪いを解こうとしているが、無理だろう。
あれは、努力次第でどうこうできるものじゃない。人間の力では限界がある。
まあ、それこそ、奇跡でも起こればもしかしたら、可能かもしれない。でも、現実はそう甘くない。
どれだけリスティーナがルーファスを慕っていたとしても、あの呪いは愛の力でどうこうなるものじゃない。

「真実の愛があればどんな困難も乗り越えられる!」等という馬鹿げた台詞を吐く輩はたまーにいるがそんなもの、何の効果もない。そんなのはただの夢見がちな現実が見えていない馬鹿の持論である。
そこには、何の信憑性も確証もない。

まあ、でも、とりあえず、協力する姿勢を保っていればリスティーナは自分に感謝して、仲間意識を抱いてくれることだろう。そうやって、少しずつ少しずつ私に依存させていけばいい。

「悪いわね。ルーファス王子。」

彼の死後、リスティーナは絶対に私の物にする。
これは決定事項だった。欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れる。それがアーリヤだった。
アーリヤはダニエラ達と同様にルーファスを怖がっているかのように振る舞っているが、それはあくまでも振り、だ。実際は本心から怖がっているわけではない。
勿論、あの謎の呪いの力とやらは本物であるというのは分かっているので人並みに警戒はしている。

だが、それだけだ。別にルーファスを化け物と思う程、異常性のある男だとは思っていない。
それに、あの呪いの力はこちらから危害を加えなければ被害に遭う事はない。要はこちらから手出しをしなければいいのだ。だから、そこまで恐れる必要もない。

使えそうな男だったら、こちら側に引き込もうかと思ったがそれは早々に諦めた。
何せ、あの男、全く他人に心を許さないのだ。本当に氷の心を持っているのかと思う位に反応がない。
何を考えているのか分からないし、見た目も不気味だ。
何事にも動じないと自負しているアーリヤですら、初めてルーファスを見た時は思わずゾッとした。
それでも気を取り直して懐柔しようと試みたのだ。が、結果は惨敗。
まるで機械人形を相手にしているようだった。あれを落とすのは無理だと判断した。

だから、さっさとルーファスに見切りをつけて、他の王子に近付いた。
第三王子はダニエラが睨みを利かせているから手を出すのは面倒事の匂いがするので近付くのはやめた。第四王子は頭脳明晰といわれるだけあって警戒心が強く、落とすことはできなかったがダグラスは簡単に落とせた。脳筋は扱いやすくて助かる。

「それにしても、リスティーナ様はあれのどこに惚れたのかしらね…?」

顔はまずないだろう。美形が好きなら、他の王子に惚れる筈だ。
ならば、性格?リスティーナいわく優しくて、誠実と言っていたが…。
アーリヤの知るルーファスは気難しい。無表情。怖い。何を考えているの分からない。近寄り難い。冷たい。という言葉が似合う男だ。
優しさと誠実という言葉からはかけ離れている。

リスティーナはルーファスと寝たのは合意の上だといっていたが、アーリヤはそれを信じていない。
だって、相手はルーファスだ。
あんな見るからに弱そうで軟弱で薄気味悪い男とどうこうなりたいなど思わない。

大方、リスティーナを見て、自分の物にしたくなって無理矢理脅して、襲った…。
そちらの方が説得力がある。でも、その気持ちは分かる。すごく分かる。
私も男だったら、ぺろりと食べていたかもしれない。可愛いし、いい匂いがするし…。
アーリヤはリスティーナの反応を思い出し、ゾクゾクした。

何て愚かなのだろう。あの子は惚れるべき相手を間違えた。
今更、足掻いた所で無駄だというのに、必死に奮闘する様は滑稽だ。
でも、そんな所も可愛らしくて仕方がない。

「フフッ…、ああ…。待ち遠しいわ…。あの子が私の手を取る日が…。」

アーリヤの思惑にリスティーナは気付かない。
今のリスティーナは呪いを解くための手がかりを得たことで頭がいっぱいだった。
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