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第二章 相思相愛編

マリーの最後

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その後、ルーファスはノエルの身体を抱いたまま、ずっとその場に座り込んでいた。
侍女の知らせを受け、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが駆け付けるまでルーファスはその場から動かなかった。

「ルーファス!貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!?」

衛兵達によって、王の間に連れて行かれたルーファスは父に罵声を浴びせられた。
だが、ルーファスには父の声も耳に入らない。
無表情のままぴくりとも反応しないルーファスに皇帝は忌々し気に見下ろした。

「実の弟を殺すなんて、人間じゃない…。まさしく、悪魔だ…。」

「やはり、呪われた王子と呼ばれるだけはある。あいつは、化け物だ。」

「まだ子供だというのに、何故あんな残酷な真似ができるのだ。」

王の間に控えている貴族達はヒソヒソと囁き合った。誰もがルーファスをノエルを殺した犯人だと決めつけていた。
王妃は皇帝の横で扇で口元を覆い隠したまま、呟いた。

「何と恐ろしい…!陛下!あの子は人ではありませぬ!
きっと、恐ろしい悪魔か何かがあの子に乗り移ったに違いありません!思えば、あの子は産まれた時から普通の子ではありませんでした。その正体が今!明かされました!あの子は人間を食べる化け物なのです!」

王妃はルーファスを指差し、声高々に叫んだ。

「今すぐ死刑にするべきです!このような化け物、生かしておくわけにはいきませぬ!」

「王妃様の仰る通りです!陛下!ご決断を!」

「む…。」

王妃の言葉に他の貴族達も捲し立てる。しかし、ハロルド三世は躊躇した。

「ルーファスよ。何か申し開きはあるか?」

「…。」

黙ったままのルーファスに皇帝はイラッとした。

「己の非も認めず、だんまりか!ルーファス!貴様には失望した!貴様は王家の恥だ!
我が王家から呪われた人間がでただけでも一生の汚点なのに、実の弟までも殺すとは…!もう貴様は余の子ではない!」

皇帝はそう言って、立ち上がり、ルーファスを指差した。

「王族の子を殺した罪は重い!死刑じゃ!ルーファスを死刑とする!」

貴族達はおお、と声を上げた。それは賛同する声だった。
ルーファスは自分が死刑にされると聞いても何も感じなかった。

「連れていけ!」

皇帝がそう命じた瞬間、大きな音がした。
屈強な騎士が数名がかりで押さないと開かない重厚な扉が突然開き、暴風が王の間を襲った。

「う、うわあああああ!?」

「きゃあああ!?」

あまりにも強い風に人々は悲鳴を上げた。
パリン!ガッシャーン!と音を立て、窓ガラスや大きな鏡は割れ、その破片が王の間にいた人間に突き刺さった。
突然、ビリリッ!とカーテンが裂け、床にピシっ!と亀裂が走った。
王の間に飾られた石像や調度品が倒れていく。
王の間にいた人達はなすすべもなく、ただおさまるのを待つしかない。

漸く、暴風がおさまった。その時間は僅か五分にも満たなかったがその短時間で王の間は一変していた。
大理石の床や柱にはヒビが入り、石像は粉々に砕けている。
破片が突き刺さって大怪我をした人間も多くいた。多くの者は地面に倒れ伏し、気絶している。

「うっ…!」

ハロルド三世は頭から血を流し、痛みに呻いた。ガラスの破片が刺さって怪我をしたのだ。
玉座は倒れており、被っていた王冠は床に転がっていて、一部が破損している。

「ヒッ…!?」

その内、まだ軽傷だった貴族の一人がある一点を見つめて、悲鳴を上げた。
その声につられて、目を向けた人々は驚愕した。
ルーファスの周りだけ何の被害もなく、無傷だった。
ルーファスがいる場所だけは床にヒビ一つ見当たらなかった。
破片すらも落ちておらず、まるでルーファスだけを避けているかのような状態だ。
周りが悲惨な状態であるからこそ、その差は明らかだった。

「の、呪いだ…。」

「ヒイイ!」

貴族達はルーファスを見て、恐怖に顔を引き攣らせた。
皇帝ですらもルーファスを見て、顔を青褪めた。
ルーファスが感情の見えない目で皇帝を見つめた。
それだけで皇帝はビクッと怯えたような反応をした。
息子を見るその目には恐怖と怯えの色が濃く見られた。

「陛下!ご無事ですか!?」

そう言って、従者が皇帝を助け起こした。
医者を呼べ!と慌ただしく指示が飛ぶ中、皇帝はクッ、と顔を歪めた。

「…て、撤回だ。」

「陛下?」

「さ、先程の言葉を撤回する!ルーファス!そなたには謹慎を命じる!余の許可を得るまでは部屋で大人しくするのだ!」

そう言って、皇帝は逃げる様に王の間から出て行った。




「いやあああああ!ノエル!ノエル―!」

ルーファスは王の間から自室に戻る途中、女性の叫び声が聞こえた。
茶色い髪を振り乱し、子供を抱いて泣き叫んでいる女性は…、ノエルの母親マリーだった。
ルーファスは立ち止まり、マリーを見つめた。
マリーとルーファスの目が合った。
赤く目を腫らし、泣きながらもマリーはギッ、とルーファスを睨みつけた。
その目には明らかな殺意と憎悪があった。

「殿下。お急ぎください。」

そう衛兵に命じられ、ルーファスはマリーからそっと視線を逸らすと、先に進んだ。
背中に強い視線を感じながら。



父に命じられた通り、ルーファスは自室から一歩も出なかった。
次に呼び出されたのは、謹慎を命じられてから一週間後の事だった。

その翌日、ノエルの死が公表された。
散歩中に突然野犬に襲われ、死亡。表向きはそう公表された。
しかし、ノエルを殺したのはルーファスだと噂が流れた。

父はルーファスに罰は与えなかった。
調査の結果、証拠が不十分という事でルーファスは無罪となった。
心の中ではルーファスを犯人だと思っているのに…。
父はルーファスの呪いの力を恐れた。罰すれば、自分が殺されるかもしれないと考えたのだ。

あの一件以来、皇帝や貴族達は今まで以上にルーファスを忌避した。
ルーファスはあれから、また部屋に閉じこもるようになってしまった。
食事が喉を通らず、眠れない日々が続いた。
爺達がルーファスを少しでも元気づけようとしてくれていたが何も考えたくなかった。
ノエルはもういない。ノエルがいたからこそ、ルーファスはこの呪いにも耐えることができたのに…。
ノエルのいない世界でどうやって生きていけというのだろう。

あまり部屋に籠っているのも身体によくないと言われ、爺達に促されて外に出た。
ルーファスの足は自然とノエルと出会ったあの池に向かった。
ルーファスはそこにノエルの面影を感じ、思わず目を細めた。

「ノエル…。」

もう…、あの子はいない…。
ノエルの笑顔を思い出し、ルーファスは唇を噛み締めた。
ルーファスが俯いていると、いきなり背筋がゾクリ、とした。
反射的に振り返ると、そこには変わり果てた姿のマリーがいた。
いつも綺麗に手入れしていた茶色の髪は乱れ、目の下の隈がひどく、顔が窶れている。
素朴で愛らしく、陽だまりのような女性だと称された美しさは見る影もない。

「ルーファス王子…!よくも…、よくも、ノエルを…!」

マリーの手にはナイフが握られていた。
ルーファスを睨みつけるその目は憎悪と復讐心に支配されていた。

「死ね!ルーファス王子!」

そう言って、マリーはナイフを振り上げるが…、

「殿下!」

ルーファスの護衛騎士であるロイドがマリーの短剣を叩き落とした。

「邪魔しないでよ!」

マリーは短剣を失っても、その殺意は消えなかった。
むしろ、邪魔をしたロイドをギロッと睨みつけた。

「あんたなんて…、あんたなんて…!」

そのままマリーはしゃがみ込み、石を拾い上げた。

「死んでしまえばいいのよ!」

そう叫ぶとマリーは石を振り上げて、それでルーファスを打ち殺そうとした。
ロイドがマリーを取り押さえた。

「放して!放しなさいよ!あいつは、わたしの坊やを殺したのよ!」

ロイドに押さえつけられながらもマリーは激しく抵抗した。
マリーはロイドの手に噛みつき、顔を引っ掻いた。
思わぬ反撃にロイドの手が緩んだ。その隙を突いて、マリーはルーファスに飛び掛かった。
ルーファスの首を掴み、マリーは叫んだ。

「あんたのせいでノエルは…!あんたさえいなければ…!」

マリーは泣きながら憎しみの籠った目でルーファスを睨みつける。
そんなマリーを見て、ルーファスは声を上げることができなかった。抵抗する事すらも。

「この…!今すぐ殿下から離れろ!」

ロイドがルーファスからマリーを引き剥がした。

「嫌あああ!放して!あいつは、息子の仇よ!ノエルの仇をとるんだからー!」

半狂乱になって叫びながら、マリーはルーファスに手を伸ばした。
そんなマリーをロイドは無理矢理、拘束した。

「返してよ!あたしの息子を返しなさいよ!この、人殺し―!」

マリーは騎士に引き立てられながらもルーファスへの罵声を止めなかった。
ルーファスは泣き叫ぶマリーを見えなくなるまで見送った。
それがルーファスが見たマリーの最後だった。

このことはすぐ皇帝に報告された。
マリーはルーファスに近付かないように徹底的に監視され、今までよりも多くの使用人がつけられた。
マリーがルーファスを殺そうとしたのはその一回だけでそれ以降はルーファスに近付くことはなかった。
しかし、子を亡くした母の悲しみは深く、マリーは心が壊れてしまった。
ノエルが亡くなったという事実を忘れて、子供を探し回ったり、壁や天井に向かってブツブツと呟いたりしたかと思えば、ノエルが亡くなった現実を思い出して、泣き叫んだりと、奇行が絶えなかった。

ノエルが亡くなる前は穏やかで優しいと評判だったのに息子を失ってからというもの、まるで人が変わったように凶暴な性格になってしまった。
使用人にも手を上げて、大怪我をさせるという問題も起こしてしまい、皇帝はマリーを療養という名目で別荘地に連れて行くように手配した。しかし、それは叶わなかった。
旅立つ前日にマリーは塔の上から身を投げて自殺してしまったからだ。

マリーの死はルーファスの耳にも入った。
ノエルとマリーの死は不吉なものだとされ、二人の所持品は全て廃棄処分することとなった。
二人の遺骨は王家の墓には入れられることはなく、その存在は抹消された。
そして、ノエルとマリーにまつわる話は二度としないようにと皇帝から厳重に命令が下った。
ルーファスは爺に頼んで二人が描かれた肖像画をこっそりと取っておいた。
父の命令でノエルの存在は隠された。まるで初めから第五王子という存在はいなかったかのように…。
自分のせいでノエルの存在は抹消され、きちんと弔ってあげることもできなかった。

だからこそ…、自分だけはノエルの存在を忘れないでいようと心に刻んだ。
ノエルが生きていたという証を残しておきたかった。
もう見ることはできないノエルの笑顔…。せめて、肖像画だけでも手元に置いてノエルの笑顔を忘れないでいたかった。
ルーファスは心に決めた。
ノエルの分まで自分は生きようと…。
例え、短い命でも最後の最後まで自分は生きていこう、と。
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