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第二章 相思相愛編

秘密

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「すまない。少し長く握り過ぎたな。」

そう言って、ルーファスはリスティーナからそっと手を離した。
少し名残惜しく思いながらも、リスティーナも彼から手を離す。
何だか恥ずかしくて、彼の顔が見れない。気まずい空気を変えるようにリスティーナは話題を変えた。

「あ、あの…、そういえば、さっき見えたあの最後の場面は…、一体何だったのでしょうか?」

ずっと気になっていたがあの暗闇の中で見えた映像は何だったのだろうか。
死んだ筈の正妃と側室がまるで人ではない何かに変わったような姿になっていた。

「ああ。あれか…。最後に君が見たものは、俺が何度も繰り返して見る夢だ。」

「夢…?」

あんな生々しく、恐ろしい夢を何度も見ているというの?
彼が眠れない夜を過ごしているという理由が分かった気がした。
死んだ人間が亡霊のように付き纏い、自分を殺そうとする夢なんて怖くて、眠れる筈がない。

「そういえば、まだ礼を言っていなかったな。あの時、君が声を掛けてくれなかったらきっとまた俺はあの悪夢から目が覚めなかっただろう。感謝する。」

「い、いえ!そんな…!私は何も…。でも、あの…、殿下は別に眠っていた訳ではないのにどうして夢を見てしまったのでしょうか?」

「時々、似たような事が起きるんだ。突然、昔の記憶や悪夢が頭の中に思い浮かんで意識が飛んでしまう事が。意識が飛んでいる時間は、ほんの数分だ。だが、俺にはその時間がとてつもなく長く感じる。」

「どうして、そんな事が…。」

「分からない。俺の不眠症と何か関係してるかもしれない。もしかしたら、夢遊病の一種なのかもしれないと医者からは言われた。だが、結局のところ原因は分からないのだそうだ。」

医者にも原因が分からないだなんて…。
殿下の不眠といい、原因不明のものばかりだ。

「しかし、どうして、俺の見えたものが君も共有できたのだろうな。これも呪いの影響か?それとも、魔力の相互作用が働いて…?」

ルーファスは何かを考え込むように俯きながら、小さな声で呟いた。

「そういえば、初めて君から見舞いの品を貰った時、不思議と体調が良くなった。
もしかしたら、まじないではなく、君が無意識に魔力を使っていたのではないのか?だとすると、今の現象も君の魔力が関係して…、」

リスティーナは魔力、という言葉にギクリ、と顔を強張らせた。
そうだ。私は殿下にまだ話せていない。殿下は私に秘密を打ち明けてくれた。
それなのに、私は秘密を彼に打ち明けていない。リスティーナは勇気を出して、口を開いた。

「違います。私の力ではありません。だって、私は…、魔力がないのですから。」

「何…?」

リスティーナの言葉にルーファスは目を見開いた。

「魔力がない?…だが、君は魔力の属性判定で土の属性だと判定されたのだろう?それに、君からは確かに魔力の反応がある。」

「騙していて、ごめんなさい!全部、嘘なんです。私には魔力はないし、土の属性持ちでもないのです。私…、殿下にずっと嘘を吐いていました。」

リスティーナは深々と頭を下げて、謝罪した。

「どういう事だ?」

「私の魔力は乳母の娘である侍女の魔力を借りたものなんです。だから、この魔力は私の物ではないのです。」

「魔力を借りる…?不可能ではないが、それはかなり高度な魔術の筈だ。」

「エルザは…、あ。エルザというのは先程、話した侍女の名前で…。
エルザが王族でありながら魔力がない私の身を案じて、自分の魔力を与えてくれたんです。」

「ただの侍女がそんな事ができるとは思えないが…。そのエルザという女は魔術師なのか?」

「いえ。正式な魔術師の資格は持っていません。本当なら、エルザは魔術師として身を立てることもできたんですけど、私の侍女として仕えることを選んでくれたんです。
でも、エルザは独学で魔法を習得したんです。」

「独学で…?普通は魔法学院に通うなり、魔術師に弟子入りをして魔法を学ぶものだが…、」

「独学といっても、一人で魔法を習得するには限度があるので母親である私の乳母が基礎魔法を教えていました。私の乳母も優秀な魔術師だったので。でも、それ以外の事はほとんど自力で魔法を習得していました。エルザは賢いし、呑み込みが早いので難しい魔法もすぐに覚えていって…。」

エルザの魔法はリスティーナも何度も見せてもらった。
風の魔法で宙に浮いたり、空を飛んだり…、風と土を応用した植物魔法で枯れた花を生き返らせたり…、
エルザの魔法でリスティーナは何度も助けられた。
懐かしいな…。エルザは元気にしているだろうか…。

「君はその侍女の事が本当に好きなんだな。」

「えっ?」

「そのエルザという侍女の話をする君はいつもより、楽しそうだ。」

「す、すみません!私…、」

いつの間にか話が逸れてしまいそうになったことに気付き、慌てて謝罪した。

「いや。別に責めている訳じゃないんだ。魔力がない事を隠していたのも事情があったんだろう。俺は誰にも言うつもりはないから、安心しろ。」

「お、怒らないのですか…?だって、私…、殿下を騙していたのに…、」

「怒るも何も君は魔力なしであることを隠していただけだろう。俺に何か悪い事をしたわけでもないし、誰にも迷惑はかけていない。魔力がないと言われたのは正直、驚いたが…。そんな事で怒る訳がないだろう。そもそも…、ッ!?」

ルーファスはまだ何かを言いかけていたが、リスティーナの顔を見て、動揺したように息を呑んだ。
目の前でいきなり、リスティーナがポロポロと泣き出したからだ。

「ど、どうした?何故、泣いているんだ?」

ルーファスは少しだけ焦ったようにリスティーナの肩に手を置いて、訊ねた。

「ッ、す、すみません…。ただ…、その…、そんな事、言われると思ってなくて…、」

やっぱり、彼は優しい。私を責めることもなく、罰を与えるでもなく、こうやって優しい言葉を掛けてくれるのだから…。

「ありがとう、ございます。殿下。」

そっと涙を拭いながら、リスティーナは礼を言った。

リスティーナは自分が魔力なしであることにずっとコンプレックスを抱いていた。
どうして、自分には魔力がないのだろう。父もレノアもその他の異母兄弟達も魔力があるのにどうして、私だけ…。恥ずかしくて、自分が欠陥品のように思えてならなかった。
だから、必死に隠した。これ以上、惨めになりたくなかったから…。

本当は怖かった。殿下に魔力なしであることを知られれば、軽蔑されるのではないかと思ってしまったから…。何より、騙したことで嫌われてしまうのではないかと思うと、怖かった。
だけど、このままずっと彼に嘘を吐き続けることはできなかった。だから、リスティーナは遂に自分の秘密を打ち明けてしまった。今までずっと隠してきた秘密を…。

でも、彼は私を責めなかった。それどころか…、私を気遣ってくれた。
まるで魔力なしでもいいのだと言われたようで…。とても嬉しかった。

―私はいつも…、彼に助けられてばかりだ…。

私も彼の力になりたい。
そうリスティーナは強く願った。
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