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第二章 相思相愛編

第五王子

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「ルーファスの妻が殺されたと聞いてもわらわはそこまで驚かなかったがのお。何せ、実の弟ですら平気で殺すような男じゃ。妻だろうと躊躇なく殺すじゃろう。本当に血も涙もない男よ。」

「え…!?」

リスティーナは王妃の言葉に思わず顔を上げた。弟?でも、殿下の弟は…、

「殿下の弟はイグアス殿下とアンリ殿下のお二人しかいないのでは?お二人共ご存命ではありませんか。」

「ああ。そうか。そなたは他国から来たから知らないのじゃな。そなたが知らぬのも無理はない。
これは、この国の貴族と王族しか知らないことなのじゃが…、我が王家にはもう一人、王子がいたのじゃよ。」

もう一人の王子?ということは、この国には五人の王子がいたということ?

「第五王子、ノエル。まあ、王子とはいえ、所詮は側室の子。しかも、平民の出の侍女に孕ませた子じゃ。王位継承権はないに等しい。」

ノエルという名にリスティーナはあの肖像画に描かれていた少年の絵姿を思い出した。まさか、あの子は殿下の弟?じゃあ、あの茶色い髪をしたマリーという女性は…、

「あ、あの…、その側室の名は何と仰るのでしょうか?」

「さて…、何という名だったかのう?あのような下賤な女の名など覚えておらぬのでな。」

王妃は嫌悪の色を強く滲ませ、吐き捨てるように言った。すると、侍女の一人が

「確か、マリーという名ではありませんでしたか?」

「ああ。確かそんな名前じゃったかのお。」

侍女の言葉にどうでもよさそうに呟く王妃。
やっぱり、あの肖像画の二人は親子だったんだ。殿下の妻と子供だと思っていたけど違った。
マリー様はハロルド三世の側室だったのだ。

「ノエルがまだ一歳になった時だったかのお。裏庭でノエルが遺体となって発見されたのじゃ。その時、ルーファスがノエルを抱えていたそうじゃ。全身血塗れの姿でな。」

「…!」

リスティーナは息を呑んだ。

「ノエルは身体の半分を食われたような姿に変わり果てておったそうじゃ。ノエルを殺したのはルーファスじゃ。それを隠蔽するためにあやつは弟を食ったのじゃよ!まさしく、あれは悪魔じゃ!人間を食らうなどおぞましい!ましてや、それが実の弟なのじゃからな!」

何て惨い…。ノエルの死は聞いているだけでも痛ましいものだった。子供がそのような死を迎えたと知り、マリーはどんな気持ちだったのだろうか。

「マリー様は…、ノエル殿下の死にどれだけ悲しんだことでしょうね。」

母親を亡くすのも辛いが子供を亡くすのも同じように辛い筈だ。私だって、母が死んだ時はとても悲しく、辛かったのだから。

「あの女は息子の死を知り、狂ったように泣いていたそうじゃ。息子の仇だと言って、ルーファスを殺そうとした位にな。」

「なっ…!」

殿下を殺そうとした?リスティーナは思わず声を上げた。

「当然じゃろう?自分の子を殺した殺人鬼じゃぞ。復讐に駆られるのも無理はない。」

「それは…、」

マリーの気持ちは分かる。でも、それは本当にルーファスがノエルを殺したのならばの話だ。
だって、王妃の話はおかしい。確かに話しだけ聞くと、ルーファスが疑われるかもしれない。
でも、ルーファスがノエルを実際に殺していた姿を見た訳じゃない。血で汚れていたのだってノエルを触った時についただけかもしれない。もしかして、彼が最初にノエルを発見したのでは?
それで、ノエルの生死を確認しようと近づいて触った時に別の誰かがその現場を見て、彼がノエルを殺したのだと誤解したのではないだろうか?

「結局、あの側室は子を亡くしたショックのあまり、心を病んでしまったのじゃ。そして、最後は塔から身を投げて自殺した。哀れな女よのお。」

王妃はそっと目を伏せ、口元を扇で覆った。

「そんな…、そんな事が…、」

「あまりにも痛ましい事件だった上、犯人が王族であったのもあり、陛下が圧力をかけたのじゃ。
このような王家の醜聞を他国に知られるわけにはいかないじゃろう?だから、この話は自国の王族と貴族しか知らないのじゃ。」

「…そうでしたか…。」

リスティーナは何とかそれだけ答えるのが精いっぱいでそのまま黙り込んでしまう。
まさか、そんな事件があったなんて知らなかった…。

「ああ。怖がらせてしまったかのお?すまぬな。そなたも今までの妻達と同様に殺されるのではと思い、つい余計な事まで喋ってしもうたな。」

「…い、いえ。大丈夫です。お気遣い感謝いたします。王妃様。」

リスティーナは青褪めた顔で何とかそう答えた。顔色が悪いのは王妃の話を聞いたからではない。
亡くなった正妃や側室達の死の原因を考えたからだ。まさか、彼女達は…、
そんなリスティーナに王妃は囁くように言った。

「のう、リスティーナよ。そなたとて死にたくないであろう?」

王妃は口元に笑みを浮かべると、

「ルーファスは半分とはいえ血を分けた弟ですら殺す残忍な男じゃ。妻だろうと関係ない。次はそなたの番かもしれぬぞ。」

リスティーナは王妃の言葉に目を見開いた。

「私が…?」

「リスティーナ。わらわがそなたの力になろう。」

そう言うと、王妃の背後から侍女が現れ、スッと小さな箱を差し出した。

「これは…?」

「何。ただの茶葉じゃ。ただし、普通の茶葉ではない。わらわが用意した特別な茶葉じゃぞ。これをルーファスに飲ませるのじゃ。そうすれば、全てうまくいく。」

「えっ…、」

リスティーナはドクン、と心臓が音を立てた。どういう意味…?
まさか、この方…。

「あ、あの…、王妃様。」

「受け取るがよい。義理の母であるわらわからの贈り物じゃ。宝石は無理でも茶葉なら受け取ってくれるであろう?まさかとは思うが、わらわの贈り物が気に入らないとは言うまいな?」

スッと目を細め、低い声を出す王妃にリスティーナはビクッとした。冷たく、鋭い眼差し…。
ここで拒否すれば私は…、リスティーナはスッと箱を受け取ると、ニコッと微笑んだ。

「ありがとうございます。王妃様。お心遣い、感謝いたします。」

口元が引き攣っていないだろうか。手が震えていないだろうか。そんな不安と恐怖を隠して、リスティーナは表面上はにこやかにお礼を言った。そんなリスティーナに王妃は満足げに笑った。

「フフッ…、わらわは物分かりのいい女は好きじゃ。安心せい。そなたを悪い様にはせぬ。何かあってもわらわが守ってやろう。」

「…ありがとうございます。」

リスティーナは王妃の言葉に深々と頭を下げた。





「殿下。リスティーナ様は素敵な方ですな。あの方は他の方々と違って殿下をきちんと見てくれている方です。大切にしないといけませんぞ。」

ロジャーの言葉にルーファスは黙ったまま答えない。ロジャーはそんなルーファスを微笑ましく見つめ、

「安心しました。リスティーナ様が殿下の妻になられて。爺は嬉しいですぞ。分かっていましたとも。いつか、殿下の素晴らしさに気付いてくれる女性が現れると。わたしは信じておりました。こんなに喜ばしい事はありません!」

「…爺。彼女は別に俺に好意を寄せている訳じゃない。」

喜びを露にするロジャーにルーファスは即座に否定する。

「そのようなことはありません。リスティーナ様の目を見れば分かります。あの方は本当に殿下を慕っているご様子です。現に殿下の誘いを受けられたではありませんか。」

「それは…、立場上、断れなかっただけだ。それに、イグアスの件もあるから不安なのだろう。」

「そうでしょうか?少なくともわたしの目には心から嬉しそうに見えましたが。」

「それは…、」

言葉に詰まるルーファスにロジャーは溜息を吐いた。

「いいですか?殿下。あなたが他人に心を許せないのも相手を信じることができないのもよく分かります。あのような事があったのですから当然です。人を…、特に女性不信になるのも当然です。ですが、このままではいつまで経っても前に進めません。時には人を信じることも必要です。リスティーナ様は今までの女性とは違います。あの方は信頼できるお方です。」

「…。」

ルーファスは黙ったまま俯いた。

「わたしはこれでも人を見る目はあるのです。殿下。一度だけでいいのでリスティーナ様を信じて差し上げて…、」

「…彼女が嘘を吐くような女じゃないことは分かっている。今まで会った女達と違う事も。」

ルーファスはぽつりと呟いた。

「だが…、俺は彼女に好かれる程の事はしていない。むしろ、嫌われることしかしていない。」

「ですが、見た所、リスティーナ様は殿下を怖がっている様子も嫌悪している様子もありませんでしたよ。どちらかというと、好意を寄せているように見受けられます。」

「そんな筈は…、」

「殿下。」

ロジャーが強くルーファスの名を呼んだ。顔を上げると、ロジャーが真剣な表情でこちらを見つめた。

「殿下が御自分に自信がないのはよく分かっております。ですが、殿下はもっとご自分に自信を持つべきです。あなたは素晴らしい方なのですから。きっと、リスティーナ様はそれを分かっておられるのです。あの姫君は見る目がありますな。」

「…そう思うか?」

ぽつりとか細く呟いたルーファスにロジャーは勿論でございますと頷いた。
ルーファスは一度、考え込むように俯いたその時、

「た、大変です!殿下!」

いきなり部屋の扉を勢いよく開けたルカが飛び込んできた。

「ルカ。ノックもなく、入るとは何事だ。」

ロジャーが厳しい目をして注意をするが、ルカはぜえぜえと息を切らしながら、そんな事言っている場合じゃないとでも言いたげに必死の形相で叫んだ。

「り、リスティーナ様が…!王妃様の部屋に連れて行かれたみたいなんです!この事、殿下は知らないですよね?」

ルカの言葉にルーファスは反射的に立ち上がると、そのままルカの横を通り過ぎて部屋を飛び出した。





「姫様!大丈夫でございましたか?」

戻ってきたリスティーナを見て、スザンヌが駆け寄った。

「スザンヌ…。」

「顔色が悪いですわ。姫様。」

「王妃様の前だから緊張してしまって…。もう、大丈夫よ。」

「本当ですか?お辛いならいつでもこのスザンヌに仰ってくださいね。」

「ありがとう。スザンヌ。」

「あら?姫様。その箱は?」

スザンヌはリスティーナの手の中にある小さな箱に目を留めた。

「王妃様が下さったの。」

「まあ、王妃様がわざわざ?気位が高くて、我儘だとお聞きしていましたのに意外といい方なんですね。」

「…。」

スザンヌは意外そうに呟くがリスティーナは黙ったまま俯いた。

「姫様?」

「スザンヌ。お願いがあるの。」

リスティーナは真剣な表情を浮かべ、スザンヌにある頼みごとをした。

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