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第一章 出会い編

ノエルという名前

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「殿下…?」

リスティーナはさっきまでルーファスがいた長椅子に向かうが彼の姿が見当たらない。
長椅子を覗き込むと、彼は横たわって眠っていた。

「すみません。リスティーナ様。殿下は疲れたのか眠ってしまいまして…。もう少しだけ寝かせて差し上げて下さい。」

その時、ルカが毛布を手にして戻ってきた。

「殿下はあまり眠れていないのですか?」

「元々、殿下は不眠症なので…、いつも夜は悪夢に魘されてほとんど寝れていないんです。」

「魘されて?」

「これでも、随分回数は減ったんですよ。前はしょっちゅう、魘されていたのに最近はめっきり減って…。
でも、またいつ寝れなくなる日が続くか分からないですからね。だから、僕達、殿下が寝れる時はできるだけ休ませてあげようと思ってまして。」

「ルカさん…。」

「ルカでいいですよ。僕は一介の使用人ですし。」

敬語も結構ですよと言うルカにリスティーナは頷いた。

「で、では…、ルカ。殿下は…、その、よく夢で魘されることがあるの?」

「そうなんです。呪いのせいですかね…。ただの夢とは思えない位に魘されるてるんですよ。まるで悪夢に憑りつかれているみたいな感じで…。」

「そんなに酷いの…?」

「本当はこんな事、話しちゃ駄目なんですけど…、真夜中に何度も叫んだりして、その声もかなり苦しそうで…。睡眠薬も処方されているんですけど、殿下は薬を飲んでも数時間しか寝れないんです。
寝ると悪夢を見て、すぐに起きてしまうから夜もほとんど寝れない時もあったりして…。」

ルカは沈んだ声で溜息を吐いた。

「殿下の不眠症は治らないの?」

「ええ。まあ…。はっきりとした原因が分からないのでお医者様もお手上げの状態なんですよ。
せいぜい薬を処方する位で…。今のところは落ち着いているんですけどね。
これがいつまでも続くといいんですけど。
そういえば、リスティーナ様は昨日、殿下と一緒にいたんですよね?大丈夫でしたか?お二人共、ちゃんと眠れましたか?」

「ええ。昨夜は殿下も私も熟睡して朝まで目が覚めなかったから。」

「そうですか。なら、良かった。」

ルカは嬉しそうに微笑んだ。
そんなルカを見て、リスティーナは彼もルーファスの事を大事に思っているのだと感じた。

「あの…、もう少しだけここにいてもいいかしら?」

「勿論。構いませんよ。殿下も喜ぶと思いますし。」

ルカはそう言って、リスティーナの申し出を嬉しそうに受け入れた。
リスティーナはルーファスが横たわった反対側のソファーに腰を下ろした。そんなリスティーナにルカがお茶を淹れてくれた。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

リスティーナはルカが淹れたお茶を口にした。

「あの…、リスティーナ様。一つ質問をしてもいいですか?」

ルカの言葉にリスティーナは頷き、ルカを見つめた。ルカは少し黙った後、意を決したように口を開いた。

「その…、リスティーナ様は殿下の事…、どう思ってます?」

「!?えっ、えっと…、それは…、」

ルカの質問にリスティーナはドキッとした。

「殿下の事、男としてどう思います?いや。まあ、殿下は正直、他の王子と比べると見劣りするかもしれませんけど…、でも、殿下ってあの傷痕さえなかったら中々の美形になると思うんですよ。
まあ、ダグラス殿下みたいに強くはないですけど、頭の良さなら多分、アンリ殿下と張り合えると思うんです。何より、ダグラス殿下やイグアス殿下と違って浮いた噂がないから、一度情を交わした女性は絶対大切にするタイプだと思うんです。これって女性にとって魅力的だと思いませんか?」

ルカは小声でリスティーナに話し続けた。その様は何だか必死に何かを成し遂げようという使命感を感じさせた。

「あ、殿下に触ったり、関わると呪われるっていう噂もありますけど、あれって王妃様が流した噂ですから、全部デタラメですよ。大体、その噂が本当なら、僕達だって、呪われている筈なのに何ともないんですから。」

ルカの言葉にリスティーナは瞠目した。ああ…。やっぱり。ちゃんと彼の事を見ている人はいるんだ。
彼の事を理解してくれている人は身近にもいる。その事をリスティーナは実感した。

「殿下って冷たく見えるけど、意外と優しいんですよ。素っ気ないし、態度も言葉も冷たいから誤解されやすいんですけど…。だから…、リスティーナ様。今は無理でも、これから少しずつ殿下を知って…、」

「フフッ…、」

「え?な、何で笑ってるんですか?僕、そんなにおかしいこと言いました?」

リスティーナは思わず笑ってしまった。

「あ、ごめんなさい。ただ…、何だか安心して…。」

「安心?」

「リリアナもルカも言っている事が一緒なんだなって思って…。さっきも似たような事、リリアナに言われたの。あなた達は殿下の事が本当に好きなのね。」

「え、リリアナも?」

「リリアナは言っていたわ。自分は殿下に救われたって。殿下は本当はとても優しい方だって。」

「リリアナが…。もしかして、僕の事何か言ってました?」

「いえ。特には…。ただ、ルカも殿下に救われたってことしか…。」

「アハハ…。そうなんですよ。殿下はこの手の話、嫌うんですけどね。」

ルカは照れくさそうにでも、どことなく得意げに言った。

「つまんない話かもしれませんけど…、良かったら、僕の昔話に付き合って貰えます?」

「ええ。是非。」

リスティーナの反応にルカは嬉しそうに話し始めた。

「実は…、僕、数か月前にこの王宮で働き始めたんですけど、同じ職場の人間から虐めに遭ってたんです。」

「え、虐め?」

「僕の髪色ってちょっと珍しいでしょ?これ、僕の魔力属性が水の属性だからなんですよ。」

そういえば、魔力が高い人間は髪や目にその魔力が宿ると言われている。

「水の属性…。」

「はい。僕の魔力は他の人より、結構強いみたいで…、そのせいで同僚や先輩から虐められてしまって…、」

ルカも理不尽な理由で虐められていたんだ。

「それで、いつもみたいに虐められていたら、誰かがそこを通りかかって声を掛けたんです。
そうしたら、虐めっ子達が悲鳴を上げて、逃げ出したんです。で、目の前に立っていたのが殿下だったんです。その時、殿下は何も言わずにそのまま立ち去ったんですけど…。あの時から僕、殿下の印象が変わったんです。丁度、その直後に殿下の従者が辞職して新しい従者を募集しているって聞いたんで迷わず立候補しました。それですぐに採用されたんです。」

「そうだったの…。」

「殿下にあの時はありがとうございましたってお礼を言ったんですけど、助けた覚えはない。って言ったんですよ。殿下らしいですよね。」

彼なら確かにそう答えそうだ。分かりづらい優しさを持っている人だから。
例え相手を助けたとしても、それを自分からは口にしないだろう。

「リスティーナ様。良かったら、また殿下と会ってやってくれませんか?きっと、喜びます。」

「でも…、ご迷惑じゃないかしら?」

「まさか。殿下はああ見えて、寂しがり屋で愛情に飢えている所があるのできっと喜びます。」

ルカは嬉しそうにニコッと笑った。その言葉にリスティーナも笑顔で頷いた。
ルカは他に仕事があるので一度部屋から下がり、部屋にはルーファスとリスティーナだけになった。
リスティーナはルーファスの寝顔を見て、ぐっすり寝ているのを確認し、微笑んだ。

ふと、机の上に肖像画が置かれたままでいるのが目についた。
確か…、あそこの部屋から持ち出していた筈。リスティーナは肖像画を奥の部屋に戻そうと思い、肖像画を持って奥の部屋に足を踏み入れた。
勝手に入るのは気が引けるがルーファスは休んでいるし、ルカは忙しそうなのでリスティーナは自分が片付けようと思った。ただ、どこに飾っていたのか場所が分からないのでどこか分かりやすい場所に置いておこうと思い、辺りを見回した。

リスティーナは見えやすい位置に肖像画を置き、ぐるり、と部屋を見回した。
ここにも本がいっぱい…。壁には肖像画や風景画が飾られている。ふと、部屋の隅にあった白い布が目についた。
あれは…?何となく気になって、リスティーナはそちらに足を向ける。白い布に手をかけ、捲った。

それは一枚の肖像画だった。茶色の髪の綺麗な女性とその腕に抱かれた幼子の絵。
親子だろうか?何となく、面差しが似ている。この子は誰なのだろう?殿下の知り合いの方?
それかただ単に知らない人の絵?その時、額縁の端に文字が書かれているのに気が付いた。
字が滲んでよく見えない。リスティーナはしゃがんで文字に目を走らせた。

「ま、マリー…?ええと、その後に…、ノエル…、ド・ローゼンハイム…?え…、ノエルって…。」

所々、読み取れない部分もあるが辛うじて読み取れたその文字にリスティーナは目を見開いた。
マリーは恐らくこの茶色い髪の女性の名前。そして、ノエルという名はこの幼子のことだろう。
この幼子はローゼンハイムという国の名を受け継ぐ者…。ということは…、この子は王族の一人?
でも、王族にはノエルという名前のつく人はいなかった筈。

これは偶然?リスティーナはノエルという名について触れた時に見せた彼の表情を思い出した。
一瞬だけ、傷ついた様に歪められた顔…。もしかしたら…、このノエルという王族と関係しているのではないだろうか。

「……。」

リスティーナは無言で白い布を元に戻し、部屋を後にした。
起きたら、殿下に聞いてみるべき?でも…、私なんかが聞いていい事だろうか?
悶々と考えながら、寝ている彼の傍に行くと、

「っ…、うっ…、」

「殿下?」

様子がおかしい彼にリスティーナは名を呼んだ。寝ているが眉根を寄せて苦しそうな表情を浮かべ、時折、呻き声が口から零れた。
それに凄い汗…。リスティーナは苦しそうに魘されている彼に思わず手を伸ばした。
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