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第一章 出会い編

リスティーナとスザンヌの出会い

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スザンヌは廊下を歩きながら、ぼんやりと窓の外から景色を見下ろした。
見下ろせば、庭には大きな池があった。
澄み切った美しい池だ。同じ池でもあの時の池とは全然違う。スザンヌは幼い頃の出来事を思い出した。リスティーナと初めて出会った日の事を…。

スザンヌはメイネシア国のある男爵家の娘だった。
だが、家庭環境は恵まれていなかった。幼い頃に母が死んで父が後妻として娶った女と連れ子に虐められ、家には居場所がなかった。父は後妻の色気にやられて、あちらの言いなりだし、後妻と連れ子の義妹が贅沢三昧するせいで一気に家が傾いた。男爵家といっても、地位も低く、大して財産もない家だ。
お金はすぐに底をついた。早くこの家から解放されたいスザンヌはこれを機会に働きに出ることにした。
没落寸前とはいえ、一応は貴族の出なので王宮侍女として働けることとなった。
けれど、スザンヌは裕福な家の出の侍女達から陰湿な虐めを受けた。
ある時、その性悪な侍女達に母の形見である指輪を取り上げられ、池に捨てられた。
その池は手入れのされていない汚い水で濁っていて、底が見えなかった。
幸い、池はそこまで深くなく、子供のスザンヌでも足の膝位までの深さだったので溺れることはしなかった。
でも、濁った池の中から指輪という小さな物を見つけ出すのは絶望的だった。
母の形見はあれだけしかないのに…!

「うっ、うっ…!お母様あ。」

大切な母の形見を失くしてしまい、池の畔に座り込んで泣き出すスザンヌだったが、不意に誰かが近付く足音が聞こえた。

「どうしたの?」

幼い女の子の声に振り返ると、そこには天使がいた。思わず泣いているのも忘れて、見惚れた。

「て、天使様…。」

「天使?」

女の子はキョロキョロと辺りを見渡した。どこ?とでも言いたげな顔を浮かべて。
女の子はスザンヌがこちらを見ていることに気が付き、自分を指差した。

「天使って、もしかして、あたしのこと?」

スザンヌが頷くと、女の子は笑いながら、首を振った。

「あたしは天使じゃないよ。普通の女の子だよ。」

スザンヌはそこで漸く女の子が自分と同じ人間なんだと分かった。
よく見れば、この子は翼が生えてない。でも、本当に天使か妖精だと信じてしまう位に可愛い子だった。
母に読んで貰った絵本に出てくる金髪のお姫様みたい…。
女の子が着ているドレスはお世辞にも綺麗ではない。スザンヌの目からでも古びたドレスだと一目で分かる。それでも、女の子は眩しい位に可愛かった。日の光に反射して、キラキラする金髪にボーと見惚れていると、

「泣いているみたいだけど、どうしたの?何か悲しい事でもあったの?」

女の子の言葉にスザンヌは我に返り、ポロポロと泣き出した。

「え、えっ?ど、どうしたの!?な、泣かないで!」

そんなスザンヌに女の子が焦った表情でオロオロした。そして、おずおずとスザンヌに手を伸ばした。

「いい子、いい子。」

女の子はスザンヌの頭をポンポンと撫でた。優しい触り方にスザンヌは涙が止まった。
女の子は何度も頭を撫でてくれた。女の子は持ってたハンカチでスザンヌの涙も拭いてくれた。

「あ、ありがとう…。」

スザンヌがか細い声でそう言うと、女の子はニコッと笑った。
そんな女の子につられて、スザンヌも笑った。やっと泣き止んだスザンヌに女の子は訊ねた。

「それであなたはどうして、泣いていたの?」

「指輪が…、池に落ちちゃったの。」

スザンヌはシュン、と俯いて事情を説明した。

「指輪?」

「うん。お母様の大事な形見なのに…。」

また、じわっと涙が出そうになるスザンヌに女の子は数秒黙ったままだったが、

「それって、どんな指輪?」

「え?えっと、黄緑色の石の指輪で…、」

「黄緑色…。ねえ、ちょっと手を出して。」

「え?うん。」

女の子に言われるがまま、手を差し出した。池の水で汚れた手を女の子の白くて綺麗な手が触れる。

「もう一回、指輪の事教えてくれる?」

「え、う、うん。えっと、黄緑色の石が入った指輪で…、」

「…うん。分かった。」

手を触りながら、女の子は目を瞑り、頷いた。
分かった?何が?そう思っている間に女の子は手を離すと、池に躊躇なく手をつけた。
裾が濡れて汚れているのに気が付いたスザンヌはギョッとしたが女の子は気にせず、目を瞑ったままじっとしていた。

「…あ。」

女の子はパッと目を開くと、そのまま池に足を入れると、水音を立てて、一直線に池の中央に向かって進んでいく。その足取りに迷いはない。スザンヌが慌てて後を追った。
不意に女の子が足を止めると、そのまま屈んで水に手を入れた。そして、池から何かを掬い上げる。その手の中には何か光る物が握られていた。

「あった!これがあなたの探していた指輪じゃない?」

女の子の手の中にある物は黄緑色の石の指輪だった。確かにスザンヌが探していた指輪だ。

「っ!?そう!これ!この指輪!」

スザンヌは女の子の手から指輪を受け取った。

「凄い!あなた、魔法使い!?どんな魔法使ったの!?」

興奮したように目を輝かせるスザンヌに女の子は笑いながら、

「魔法じゃないよ。これは、お母様から教えてもらったおまじない。お母様のおまじないってよく効くの!あ。でも、このおまじないはあまり、人前でやっちゃいけないんだった。」

女の子は誇らしげに言った後に、しまったという顔をした。

「ね、お願い。この事、誰にも言わないでくれる?」

そう言って、両手を合わせて頼み込む女の子にスザンヌは勿論!と頷いた。

「姫様!どちらにいらっしゃいますか!姫様!」

女の子はハッとしたように声のする方に振り返った。

「エルザが呼んでるわ。あたしもう行かないと。それじゃあ、あなたも気を付けて帰ってね。」

そう言って、慌ててその場から駆け出して、声のする方向に向かった女の子の後姿にスザンヌは「あ…、」と手を伸ばしたが、そうしている間にも女の子の姿はどんどん遠ざかった。
結局、それ以上は何も言えずにスザンヌは呆然と女の子の後姿が見えなくなるまでじっと見送るしかなかった。

後日、スザンヌはあの女の子が誰であるかを知った。
第四王女、リスティーナ姫。
王女という高貴な身分に生まれながらも母親が平民であるために下賤な血を引く王女として周囲から蔑まれ、虐げられている姫君。
王宮でもリスティーナの噂は有名だ。王宮で働き始めたばかりのスザンヌですらも知っている位なのだから。リスティーナの母親は元々、王宮の宴に余興として招かれた踊り子だった。
踊りだけでなく、その美貌は目が離せない程に美しかったといわれている。
当時、王太子だった国王はその美しい踊り子を見初め、側室に迎えたそうだ。
美しさだけで王の寵愛を受けたその側室にスザンヌは会ったことはないが興味があった。
一目見ただけで国王が心を奪われたという美しい踊り子…。一体、どれだけ綺麗な人なんだろう。

スザンヌは今日、初めてリスティーナに会って、その美しさは噂以上だと思った。
リスティーナ姫は母親似だと聞いたことがある。
スザンヌはあの時、リスティーナの愛らしい容姿に心奪われた。
今でも十分に可愛らしいが大人になれば、さぞかし美しい女性になるだろうと確信できる整った顔立ち。
リスティーナを見れば、その踊り子の側室がどれだけ美しい女性であったかを物語っている。
国王が一目で心奪われたというのも無理はない。
スザンヌはリスティーナの容姿だけでなく、その人柄にも強く惹かれた。
泣いているスザンヌを慰め、ドレスが濡れるのも構わずに汚い池に入って指輪を見つけてくれた。
あんな風に自分に優しくしてくれた子は初めて…。スザンヌはリスティーナにどうしても会いたいと思った。会ってお礼がしたい。できれば、彼女の傍でお仕えしたい!

早速、スザンヌは女官長にお願いして、リスティーナの侍女として働きたいと希望した。
その希望はあっさりと叶えられ、スザンヌはリスティーナの侍女として配属された。
スザンヌが自ら希望したと知らない意地悪な先輩侍女達は「あの日陰王女の侍女だなんて、最悪!」、「とんだ外れくじを引かされたわね。」と言われたが全て無視した。言いたい人には言わせておけばいい。

使用人で一度しか会っていないにも関わらず、リスティーナはスザンヌのことを覚えてくれていた。
スザンヌを喜んで歓迎してくれたリスティーナに対して、スザンヌは固く心に誓った。
この心優しい少女をずっと傍でお仕えして、お守りして差し上げたい。
これがスザンヌとリスティーナの出会いだった。

「姫様…。」

スザンヌはぽつりと呟いた。リスティーナは不幸な境遇にあった。
本来なら、王女として何不自由ない生活を送られただろうに母親が平民という理由で周りから虐げられた。
それでも、そんな辛い中でもリスティーナはスザンヌと出会った頃のまま、慎ましやかで優しい性格へと育っていった。
スザンヌはリスティーナにはいつか、幸せになって貰いたいと心から願った。
辛い経験をした分、幸せになるべきだと。
けれど、あの日…、
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