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第一章 出会い編

三通の手紙

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リスティーナは自室で刺繍をしながら、時間を過ごしていた。
いつもより、少しだけ楽しそうな様子のリスティーナにお茶を持ってきたスザンヌは声を掛けた。

「姫様。何かいいことでもありましたか?」

リスティーナは顔を上げて、微笑んで頷いた。

「ええ。実はね…、昨日、久しぶりにお母様の夢を見たの。」

「まあ、ヘレネ様の…?」

スザンヌは懐かしそうに目を細めた。その表情は少しだけ寂しそうにも見えた。

「ヘレネ様が亡くなってもう五年も経つのですね。」

「…そうね。」

リスティーナは悲し気な表情を浮かべて、俯いた。

「っ、申し訳ありません。姫様!辛い事を思い出させてしまいまして…、」

「スザンヌ。…いいのよ。気にしないで。」

リスティーナは慌てて謝るスザンヌに微笑んだ。

「お母様が亡くなったのはもう五年も前の事なのだから。…ただ、少し懐かしくて、お母様が教えてくれた刺繍をしたくなってしまったの。」

「姫様…。」

スザンヌは複雑そうな表情を浮かべ、リスティーナに微笑んだ。

「姫様は本当に刺繍がお上手ですわね。ヘレネ様もお上手でしたから、きっと、姫様もその才能を受け継がれたのでしょう。」

「本当?そうだと、嬉しいのだけれど…、」

リスティーナは未完成の刺繍を見つめた。太陽の形をモチーフにした刺繍…。
針を持ったまま、手を止める。

「姫様?」

何かを考え込むように俯いたリスティーナにスザンヌは不思議そうに声を掛けた。リスティーナはスザンヌに目を向け、

「ねえ、スザンヌ。スザンヌは、お母様の一族の話って聞いたことある?」

スザンヌは目を見開いた。一瞬だけ顔が強張ったスザンヌだったがすぐにニコッといつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「さあ。私は何も…。ヘレネ様は踊り子だったという話しか私は聞かされておりませんから。」

そう答えるスザンヌは本当に何も知らない様子だった。
気のせい?スザンヌ、さっき、一瞬だけ…。気になったがそれ以上は聞くことはできなかった。

「あら、もうミルクがなくなりかけていますわ。姫様。私、厨房に行って貰ってきますね。」

「え、ええ。」

そう言って、立ち去っていくスザンヌの後姿をリスティーナは不思議そうに見送った。
何だか慌てている様子だった。傍目から見たら、そうは見えないが小さい頃からずっとスザンヌと一緒にいた私には分かる。

「……。」

もしかして、スザンヌは何か私に隠している?一体、どうして?
その時、スザンヌと入れ違いでリスティーナの専属侍女の一人、セリーが手紙を持って部屋に入ってきた。

「失礼します。リスティーナ様。こちら、リスティーナ様宛に届いたお手紙でございます。」

「ありがとう。セリー。」

もしかして、ニーナからかしら?
手紙は三通あった。差出人を確認すると、予想通り、乳母のニーナからだった。
それに、エルザからも手紙が届いている。エルザはニーナの娘でリスティーナの侍女として、ずっと仕えてくれた女性だ。
リスティーナと姉妹の様に育ち、乳母やスザンヌのように数少ない心の許せる大切な存在。
二人からの手紙を見て、喜んだのも束の間、三通目の手紙を見て、ギクリ、と顔を強張らせた。
グリフォンと王冠の紋章が入った手紙…。それは、メイネシア国の王家の紋章だった。
つまり、この手紙は王家からの…、父からの手紙だ。
あの父が私に手紙だなんて、碌な事が書いていない気がする。中身を見るのが怖かった。
リスティーナは父の手紙を後回しにして、先にニーナの手紙を手に取った。
手紙には、リスティーナの身を案じた内容と母国の近況が書かれていた。

乳母のニーナはリスティーナへ同行することができなかった。
母が死んだことが余程、ショックなのか乳母は体調を崩すことが多くなり、寝込むことが多くなってしまったのだ。そんな状態のニーナを連れて行くなんて、リスティーナにはできなかった。
リスティーナが嫁いでしまったのであの古い離宮にはもう誰も住んでいない。
リスティーナがいなくなったので仕える主がいなくなった乳母はこれを機会に仕事をやめて、娘のエルザと一緒に暮らしているそうだ。

エルザやスザンヌ以外にも、もう一人リスティーナに仕えてくれた侍女はいたのだが彼女はメイネシア国に婚約者がいたので国を離れることができなかった。
エルザはレノアが専属の侍女に欲しいと言い出し、抜擢されてしまったためにリスティーナに同行することができなくなってしまった。

元々、見目も良く、世渡り上手なエルザはレノアに気に入られていた。
優秀な侍女としてなら、スザンヌも同じであるが、スザンヌはリスティーナを虐めるレノアを蛇蝎の如く、嫌っていた。
勿論、スザンヌはそれをレノアの前で態度に出すような真似はしなかった。
だが、周りの侍女の様におべっかやお世辞を使う事はせず、事務的な態度だった。

その反面、エルザはスザンヌと違って、本心を隠して、相手の懐に入るのが上手かった。
自尊心が高いレノアを上手くおだて、自分のペースに誘導するのが得意な子だった。
その機転を生かして、リスティーナへの攻撃の矛先を逸らしたり、レノアの感情を鎮めるなどしてリスティーナを虐めから助けてくれたことが何度もある。

エルザはただ、リスティーナを守る為にしてくれたことだったのに、それが裏目に出てしまい、レノアがエルザを欲しがってしまったのだ。
今まではエルザがいつもそれらしい言い訳を考えて、断っていたのだがさすがにリスティーナが嫁いでしまうとなると、断ることが難しくなってしまった。
結局、命令に逆らえずにエルザはレノアの専属侍女となり、国に残る事となった。

エルザは謝っていたがリスティーナは気にしないでと答えた。
エルザと離れるのは寂しいがスザンヌもいるのだから大丈夫だと。
私の我儘で今までずっと傍にいてくれて支えてくれていたエルザを困らせたくはなかった。
エルザがレノアの専属侍女になると聞いた時は大丈夫だろうかと不安を抱いたがエルザなら大丈夫だろうと思い直した。
エルザの手紙には、特にひどい目に遭わされることなく、上手くやっていると書かれていた。
それを知って、リスティーナもホッとした。良かった。

ニーナやエルザの手紙によると、メイネシア国では異変が起こっているようだ。
何でも、作物の成長が著しく低下し、作物が枯れるという被害があちこちの農村で起こっているらしい。
作物だけではなく、果物も摂れなくなり、鉱山の鉱石も目に見えて激減しているらしい。
王宮や貴族の間でも噂として広がっていて、リスティーナの父である国王はこの問題で頭を悩ましているのだとか…。

リスティーナは初めてメイネシア国の現状を知り、驚いた。
今までそんな異常事態が発生した事なんて、一度もなかったのに…。
確かにメイネシア国は軍事力もなく、特産品もない領土も小さい国ではあるが、気候の穏やかな平和な国だった。
少なくとも、リスティーナが生まれてから一度も飢饉や疫病、災害等の異常事態が起こったことはない。
一体、メイネシア国で何が起こっているのだろうか?

リスティーナはチラッと三枚目の手紙に目を向けた。
父からの手紙…。一体、何が書かれているのだろう。正直、読みたくないがそうするわけにもいかず、恐る恐る手紙の封を切った。
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