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第一章 出会い編

リスティーナの夢

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その夜…、リスティーナは夢を見た。
気付けば、リスティーナは冷たい廊下に佇んでいた。ここ…、見覚えがある。
忘れる訳がない。ここは、メイネシア国にいた頃に母と一緒に暮らしていた離宮だ。

「何ですって!?ニーナ!それは本当なの!?」

母の声が聞こえた。リスティーナはビクッとした。

「お母様…?」

あれ?お母様は五年前に亡くなったのでは?冷静な頭の中でそう疑問を抱くがリスティーナは誘われるように声のする方向に向かった。
懐かしい母の声…。でも、大人しく、優しい母があんなに声を荒げるなんて珍しい。
僅かに開いた扉から覗くと、部屋には母、ヘレネと乳母、ニーナがいた。

「ええ。表向きは強盗による殺害とされていますが…、恐らくあれはナディア様の正体を知っての犯行です。」

「ニーナ。あなたがそう思った理由は?」

「その…、遺体が見つからなかったそうです。ナディア様の夫の遺体はすぐに見つかりました。
それから…、子供の遺体も見つからなかったそうです。」

「っ…、何てこと…。一体、どこから漏れたというの?」

「ナディア様の娘、レーナ様はあの瞳の色です。細心の注意を払って、人目を避けて隠れ住んだとしても限界があります。運悪く、どなたかに見られたのかもしれません。」

ニーナの言葉に母は顔を歪めた。リスティーナには二人の会話の意味がよく分からなかった。
ナディア…?レーナ?初めて聞く名前だ。お母様の知り合いの方?

「そう…。分かったわ。ニーナ。火を起こす準備を。」

「よろしいのですか?」

「ええ。確かめないと…。あの二人がまだ生きているか…。」

「御意。」

母と乳母の雰囲気がいつもと違う。まるで主従関係のようなやり取りだ。
リスティーナはそのまま息を殺して、二人の様子を窺った。
乳母が暖炉に火を起こした。赤々と燃える炎の前に佇む母の手には鈴と葉がついた枝のような物を手にしている。
母が鈴をシャラン、と鳴らした。そのまま火の前で踊り出す。
鈴を鳴らしながら、枝を振るって清涼な音を奏でる。その舞いは見惚れる位に美しい。
リスティーナは母の踊りから目を逸らせなかった。
パキッ、と何か音がした。それは暖炉の中からだった。母はスッと踊りを止めて、暖炉を見下ろした。

「ニーナ。」

「はい。ただいま。」

乳母が火掻き棒を使い、何かを取り出した。あれは…、動物の骨?そこには縦と横にくっきりとひびが入っていた。

「こ、これは…!」

乳母が息を呑んだ。母は何も言わない。

「では…、お二人はもう…、」

「死んだ…。ナディアが死んだ…。ナディアの娘、レーナも…。」

ぽつりと静かに呟く母。その直後、母は声を上げて叫んだ。

「あ、ああああああ!あああああ!ナディアー!」

「ヘレネ様!」

鈴と枝を地面に投げ捨て、髪を振り乱し、顔に手を当てて、泣き叫ぶ母を乳母は抱き締めた。

「駄目です!ここで感情を暴走させては…!どうか、堪えて…!」

母は歯を食い縛り、必死に激情に耐えようとした。

「っ…!ああ…。ナディア…!私の大切な妹が…、死んだ…。死んでしまった…!」

妹?母は孤児だった筈では…?

「また…、失った…!どうして…!どうしてなの!どうしてナディアが殺されなければならないの!
あの子はもう一族の名を捨てた身だというのに…!
おまけにレーナはまだ五歳になったばかりだというのに…!人でなし!」

母の妹が殺された…?誰に?その娘であるレーナという子供まで?どうして…?

「ヘレネ様!嘆いてばかりもいられません。ナディア様の存在が知られた以上、こちらも警戒しなければなりません。」

「ッ…、ええ。そうね…。あいつらは、目的の為なら、何だってする…。あの子まで失う訳にはいかないわ。」

母は唇を強く噛み締めた。そうして、怒りと悲しみを無理矢理押し隠すように頭を振った。
そして、静かに涙を流しながら、窓の外を見上げた。

「ナディア…。レーナ…。怖かったでしょう。苦しかったことでしょう。
どうか、あなた達二人の魂に安らかな眠りを…。」

母は窓辺に向けて祈りを捧げた。あれは、母が教えてくれた死者を弔う祈り…。
祈りを終えた母はキッ、と目を鋭くした。

「これ以上、奪われてなるものか…。あの子は…、あの子だけは…!絶対に渡さない…。何としてでも隠し通さなければ。」

いつも穏やかに笑い、おっとりしていた母の激しい一面…。
そんな母の姿から目が離せなかった。母の瞳には強い決意の色が宿っていた。
奪われる?隠すって一体、何の事?リスティーナがそう疑問を抱いている間にフッといきなり、視界が暗転した。

え?と戸惑っている間にさっきとは違う場所に立っていた。
すると、目の前に幼い頃のリスティーナと母が談笑している姿があった。

「ねえ、お母様。このペンダントはどうやってお願い事を叶えるの?」

「そうね。あなたにも教えてあげるわ。ティナ。願いを叶える為には条件があるの。」

「条件?」

「そう。ただ、願うだけじゃ叶えられないのよ。このペンダントに願いを込めて毎夜、お祈りするのよ。それを七日間続けるの。」

「七日間も?じゃあ、忘れないようにしないといけないね。」

「ええ。そうよ。一回でも忘れたら、願いは叶えられない。
そして、何よりも一番大切なのは心の底から願う事。これはね…、強い願い事でなければ叶えられないの。
ちゃんと忘れずに毎夜祈り続けて、七日目の夜に祈りを捧げれば、願いは叶えられるわ。」

「素敵だね!何だか童話のお話みたい!」

「フフッ…、そうね。」

お母様は魔法の力は嘘だと言っていたけど、かなり具体的に話していた。どうして、そこまでしてお母様はあんな嘘を吐いたのだろうか?
どうして…、、それを訊ねようにも、もう母は亡くなっているからその答えを知ることはできない。

また、場面が映り変わった。

~♪~♪

歌?リスティーナはどこからか綺麗な歌声が聞こえた気がした。
この歌…、私知っている。お母様がよく子守唄で聞かせてくれた曲だわ。

母が歌ってくれる子守唄が大好きだった。
優しくて静かなメロディー。母の子守唄はよく眠れた。
雷が怖くて眠れない夜も、怖い話を聞いて眠れない夜も、母が寄り添って子守唄を歌ってくれればすぐに眠れた。まるで魔法のような…。
そう言うと、母は何だか嬉しそうにしていたが、その反面悲しそうに笑っていた。
母はこの歌は、悪夢を追い払う子守唄だと教えてくれた。
リスティーナは幼い頃から聞いていたから歌詞も曲も全て頭の中に入っている。

ああ…。懐かしい…。
お母様の子守唄…、久しぶりに聞いた…。
リスティーナの首元に下げられた黄金のペンダントの石がキラッと光った。
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