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第一章 出会い編

朝食

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リスティーナが浴室に入った直後、ルーファスは三人の侍女達に視線を向けた。ビクッ!と震える侍女達にルーファスは冷ややかな視線を注ぎながら、口を開いた。

「今、見たことは他言無用だ。絶対に誰にも言うな。…いいな?」

「は、はい!ぜ、絶対に!だ、誰にも言いません!」

ルーファスの言葉に侍女達はコクコクと何度も頷いた。ルーファスはそんな侍女達に朝食の準備をするように言いつけると、彼女達はペコッと頭を下げるとバタバタと足音を立てて、勢いよく部屋を飛び出した。





リスティーナは湯浴みをすませ、室内用のドレスに着替えると急いでルーファスの元に駆けつけた。
彼は長椅子に座り、本を読んでいた。リスティーナが来ると、彼は顔を上げた。

「…。」

「お、お待たせしました。殿下。遅くなってしまって…、殿下?」

こちらを凝視したまま一言も発さないルーファスにリスティーナが首を傾げた。
すると、ルーファスはフイッとリスティーナから視線を逸らした。

「いや…。」

本を閉じた彼はリスティーナを見ようとしないまま、口を開いた。

「朝から何も食べていないだろう。そこに食事の用意がされているから、食べるといい。」

彼が指を差した先には、机の上に焼きたてのパンやスープ、サラダ、オムレツ、、ソーセージやハムの肉料理、果物等の朝食が用意されていた。香ばしい匂いが食欲をそそる。湯浴みをする前は食事の用意はされていなかった。リスティーナが入浴している間に彼が手配してくれたのだろうか。

「あ、ありがとうございます。あの、殿下はお食事は…?」

「俺は食欲がないから結構だ。」

「え、ど、どこか具合でも悪いのですか?やっぱり、無理をし過ぎたのでは…?」

私を抱えたりしたから、具合が悪くなったのではと考え、顔を青褪めるリスティーナにルーファスは違うと首を振った。

「そうじゃない。…別に君のせいではないからそんな顔はするな。本当に大丈夫だ。」

「ほ、本当に…?」

気を遣ってあえて無理をしているんじゃないだろうか。リスティーナは思わず彼をじっと見つめる。
すると、そんなリスティーナと目が合ったルーファスはスッと目を逸らした。まただ。さっきから、殿下は私と目を会わせてくれない。

「…ああ。」

そう言ったきり、数秒黙っていた彼だったがやがて、スッと長椅子から立ち上がると、

「いや…。医者から栄養は摂るようにと言われたからな。…君さえ良ければ、一緒に食事をしても構わないか?」

「は、はい!勿論です!」

リスティーナはぱあ、と顔を輝かせて頷いた。
殿下と一緒に食事ができるなんて…。初めて…。そんな風に嬉しそうに微笑むリスティーナを見て、ルーファスは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべるがすぐにいつもの無表情に戻ると、朝食が並べられた机に向かった。ルーファスは椅子の真後ろに行くと、椅子を引いた。そのまま座るかと思いきや、彼はチラッとリスティーナに視線を向けた。

「…早く座れ。食事が冷めるぞ。」

「え、あ…、も、もしかして…、その席はわ、私の…?」

「…当たり前だろう。君以外に誰が座るというんだ。」

呆れたように言われた言葉にリスティーナは漸く彼の行動を理解した。
てっきり彼が自分で座るかと思っていたのに、彼はリスティーナが座りやすいように椅子を引いてくれたのだ。
元々、母国では一国の姫どころか淑女としての扱いも受けていなかったリスティーナは男性にエスコートされていること自体、初めてなので全く、気が付かなかった。
慌ててリスティーナは彼が椅子を引いてくれた席に座った。

「あ、ありがとう、ございます…。殿下…。」

こんな風にエスコートされたの、初めて…。さっきから、彼には、初めてされることばかりだ。
メイネシア国では下賤な血を引く王女として疎まれ、冷遇されたリスティーナはこんな風に丁寧に接してもらったことがない。まるで一人前の淑女として認められたような気がして、とても嬉しかった。
リスティーナの反応に怪訝な表情を浮かべたルーファスは無言で頷くと、自分も向かいの椅子に腰を下ろした。

リスティーナは思わず向かいに座る彼を見つめた。
地位や身分によって態度を変える貴族はたくさん見てきた。
王族の面汚し、名ばかりの王女であるリスティーナを貴族達は蔑む一方で国王や正妃、異母姉レノア達に対しては、あからさまに媚びを売っていた。その姿に漠然と貴族とはこういうものなのだと理解した。
私が彼らに見下されるのも生まれが卑しいから。平民の血を引いている王女だから。
だから、私がこんな境遇にいるのも当たり前の事で仕方のない事なのだと…。そう思って諦めていた。

でも、この人は…、違う。きっと、彼は身分や血筋に関係なく、他人に対して誰にでも平等に接する人なのかもしれない。だって、私が平民の血を引く王女だと知っているのに変わらない態度だもの。私に優しくしても何の得もないのにこんな丁寧に接して下さって…。そう思いながら、彼を見つめていると、

「どうした?食べないのか?」

「っ!い、いえ!た、食べます!」

彼の言葉に我に返ったリスティーナは慌てて目を伏せ、スプーンを手に取った。あまりにも無礼な態度だったと恥じ入るリスティーナはぎこちない動きでスプーンをとうもろこしのスープに沈めた。
ふと、顔を上げると、給仕をしていた侍女が真っ青な顔で震えていた。
オレンジ色の癖っ毛に愛らしい小動物を連想させる侍女。リスティーナの専属侍女の中でも一番若い少女の名は確か…。

「ミラ。顔色が悪いようだけど、どこか気分でも悪いの?」

「っ、い、いいえ!そ、そんな事は…!」

リスティーナの声にビクッとしたミラはその弾みでグラスに手をぶつけてしまい、ガシャン、と音を立てて、グラスをひっくり返した。グラスの中の水が零れて、テーブルクロスが汚れた。

「み、ミラ!あ、あなた、な、何てことを…!」

「も、申し訳ありません!」

ミラ以外の侍女達がヒイイ!と悲鳴を上げた。ガタガタと震えながら、ミラは目を瞑り、ルーファスに頭を下げた。

「…。」

「お、お許し…、くだ、さ…、」

か細い声で許しを乞うミラの尋常ではない怯えた様子にリスティーナは思わず声を掛けようとするが、それより早くにルーファスが口を開いた。

「…出ていけ。」

冷ややかな声にリスティーナは思わずルーファスを見つめた。
そこには、初めて会った時と同じ表情を浮かべる彼の姿があった。
凍り付くような冷たい目…。ルーファスはあの時と同じ目でミラを見下ろし、その後に壁に身を寄せ合うようにして震え上がっている他の侍女達に視線を向けた。それだけでヒッ!と侍女達は涙目で震え上がった。

「お前達もだ。…満足に給仕もできない役立たずに用はない。目障りだ。今すぐ、ここから出ていけ。」

「っ、は、はいいいい!」

バタバタと逃げ出すように部屋を飛び出す侍女達。ミラも先輩侍女の後を追うように泣きながら部屋を出て行った。が、スザンヌだけは顔を青褪めながらも毅然とした表情を浮かべてその場に残った。
リスティーナは侍女達が出て行く後姿を呆然と見送った。急にどうして、あんなことを言ったのだろうかと彼に視線を戻した。ルーファスの顔はいつもと同じ無表情ではあったがその表情とは裏腹にその目は苦しそうで悲しそうな影が見て取れた。

「殿下…?」

が、それは一瞬の事で、すぐに無機質で感情のこもらない目になっていた。
見間違いだったのかとも思ったが、リスティーナは彼のその一瞬だけ見せた表情が目に焼き付いて離れなかった。
ルーファスがじろり、とスザンヌを一瞥する。その視線にスザンヌは怯えたように肩を震わせるがその場から動こうとはしなかった。

「聞こえなかったのか?俺は出て行けとそう言った筈だが?」

「っ、い、いいえ!た、例え、殿下のご命令でも…、ひ、姫様を残しては行けません!」

顔を青褪めながらも、スザンヌはルーファスに言い返した。ルーファスがスッと目を細めた。
そんなルーファスにスザンヌはビクッとしながらグッとその場に踏みとどまった。

「姫…。そう呼ぶという事は、この侍女は君の…?」

ルーファスの言葉にリスティーナは頷いた。

「は、はい。彼女はメイネシア国にいた時からずっと私に仕えてくれている侍女です。スザンヌと言います。私とほとんど年も変わらないのにとても優秀な侍女なのです。」

「そうか…。なら、己の職務をしっかりと果たすことだな。精々、俺の機嫌を損ねないように気を付けろ。」

ルーファスの圧力がかかった視線にスザンヌはたじろいだが、頭を下げてかろうじて聞き取れる程の声ではい、と頷いた。
スザンヌが濡れたテーブルクロスを片付け、グラスも回収してくれたのでリスティーナは食事を再開した。

この国に来てから、リスティーナの生活は母国にいた時よりも格段にいいものに変わっていた。
その一つが食事だ。メイネシア国にいた頃の食事はひどいものだった。
王妃やレノアの嫌がらせで食事に虫が入っていたり、腐っていたりすることは日常茶飯事でとても食べられたものではなかった。そういう時はスザンヌや乳母がこっそりと食事を持ってきてくれたり、母と料理を作ったりして凌いだものだ。
あの頃に比べたら、ここは天国だ。きちんとした食事が用意され、どれも美味しい物ばかり。おまけにお茶とケーキや砂糖菓子まで食べられるのだ。
リスティーナはその事に思わず感動してしまい、料理長にお礼を言いたいと口にしたら、侍女達にはひどく驚かれた。
あ、これも美味しい。リスティーナはチーズのオムレツを口にしながら、頬を緩ませた。
料理長が作るこのくるみのパンも格別だ。思わず食事に夢中になっていると、ふと視線を感じて顔を上げる。ルーファスと目が合い、リスティーナはハッとした。しまった。食事に夢中になり過ぎて、ついつい食べ過ぎてしまった。

「…す、すみません…。食事が美味しくてつい…。」

かああ、とリスティーナは顔を赤くしながら俯いた。女の身でこんなに食事にがっつくなど淑女として恥晒しもいい所だ。普通、女性は優雅に慎ましく食事をするものなのに…。

「いや…。じろじろ見たりして、悪かった。続けてくれ。君は細いから、もう少し食べた方がいい。」

「あ、ありがとうございます…。」

気を遣わせてしまった。恥ずかしい…。こんな姿を見せても、あくまでも紳士的な態度を崩さない彼にリスティーナは申し訳なく思った。
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