上 下
71 / 222
第一章 出会い編

ルーファスside

しおりを挟む
「ゴホッ!ゴホッ…!グッ…!?」

ルーファスは止まらない咳をし、口元に手を当てた。すると、一際大きな咳をしてしまう。
同時に勢いよく口から何かが零れ出た。よく見れば、それは血だった。ハッ…、ハッ…、と荒く息を吐きだす。息が苦しい。思わず、喉元を抑える。

いつまでこの苦痛に耐えなければならないのか…。幼い頃に熱病に侵され、それからずっとこの苦しみを味わってきた。成長すればするほど、その苦痛は増していく。
自分でも分かる。この身体はもうボロボロだ。いつ壊れてもおかしくない。余命を宣告されても驚きはしなかった。むしろ、まだそこまで生きられるのかと思った程だ。
この苦痛がまだ一年も続くのかと思うと、気が狂いそうだった。…もう、いっそのこと…、

ルーファスは淀んだ目で卓上に置かれた護身用の短剣に目を向ける。ずりずり、と懸命に体を動かし、短剣に手を伸ばす。もう、いっそのことこれで楽に…、そこまで考えた時、扉がノックされる。ルーファスはハッとして短剣に伸ばした手を下ろした。扉に目を向け、入室を促した。

「殿下…、あの…、こちらリスティーナ様からのお見舞いの品でございます…。」

「見舞い?…いらん。捨てておけ。」

「そ、そんな事仰らず!折角、殿下の為に用意して下さったのですから!」

この従者は数日前にやめた従者の代わりにきた新しい従者だ。この従者は前の従者と違って何故かルーファスの世話を焼きたがる。今までの従者は目を向けたり、話しかけるだけであからさまに怯えていたというのに…。

「ほら!見て下さい!とても綺麗な花束ですよ!」

従者から差し出された花束の色は黄色を基調にした花束だった。その色があの新しい側室の髪色を連想させた。

「こちらが見舞いの品みたいですよ。」

小さな箱を差し出され、反射的に受け取る。ルーファスは溜息を吐きながら、箱を開けた。
中にはハンカチが入っていた。目を凝らしてみれば、ハンカチには鷲の刺繍が施されていた。
ハンカチからは微かに柑橘類の香りがした。

「それに、手紙まで…、よろしかったら、僕が読みましょうか?」

「…いい。処分しておけ。」

「ええ!?折角、手紙を下さったのに読まずに捨てるなんて…!せめて、読むだけでもしてあげてください。」

そう言って、従者はベッドの傍の卓上の上に手紙を置いて、花束を生ける為に花瓶を探しに行った。

ーあの側室はまだ諦めていないのか。ご苦労な事だ。どうせ、無駄な事なのに。

見舞いを断ったら諦めるかと思いきや、あの王女は未だに接触を図ってくる。理解できなかった。
そこまでして、自分の寵愛を受けろと母国から圧力をかけられているのだろうか。
さっさと切り替えて、別の男を標的にした方が利があるというのに…。何故、死にぞこないの自分に構うのだろうか。
ルーファスはチラ、と手紙を一瞥するが読まずにそのままベッドに横になった。



―けて…。助けて…。

ひたひたと忍び寄る足音と共に縋るような助けを求める声が聞こえる。
闇の中で無数の黒い手が自分に向かって伸ばされる。逃げても逃げても追ってくる。
憎悪、怨念、殺意、敵意、苦しみや悲しみ…、ありとあらゆる負の感情を乗せた声が聞こえる。
ガッと足首を掴まれる。見下ろせばそこには、眼球のない女がこちらを見上げている。

「…は、放せ!」

肩を掴まれ、思わず振り返る。頭が半分損傷した男がこちらをじっと見下ろしていた。

「ッ…!」

思わず振り払い、そのまま駆け出す。

―助けて下さい…。
―置いて行かないで…。
―私達を救って…。

「…来るな!あっちに行け!」

ルーファスは逃げていた。この亡霊達から。彼らの正体は知らない。だが、明らかに人間じゃない。身体が腐っている者、顔の半分がない者、身体が欠けている者、どちらにしろ皆、生きている筈がない状態の姿をしていた。こいつらは死者の国の住人だ。自分を死者の国に引きずり込もうとしている。夢だと分かっているのに、やけに生々しくて、現実に起こっているかのような錯覚に捉われる。
これも、呪いの一つなのだろうか。彼らに捕まったり耳を貸したりすれば自分が人間ではない何かに変わってしまいそうで恐ろしかった。早く、早く目が覚めろ。

そう願った時、ふわり、と何かに包まれたような温かい感触を感じた。…何だ?まるで羽根に包まれるかのような感覚。それは不快ではない。むしろ、揺り篭に乗って揺らされてウトウトと微睡む赤ん坊のような…、そんな気分すら味わった。ルーファスの記憶はそれが最後だった。そのままスウ、と心地よい眠りに誘われた。

フッと目を開ける。気付けば眠ってしまっていたようだ。こんなに寝れたのはいつ振りだろうか?
今日はあの痛みもない。起き上がったルーファスはパサッと何かが落ちる音に目を向けた。
鷲の刺繍が入った紺色のハンカチ…。思わずハンカチを手に取った。ふわり、と爽やかな香りが鼻腔を擽る。

「…あの王女。」

ルーファスは卓上の上に置かれた手紙に目を向ける。そして、その手紙を手に取った。ガサリ、と音を立てて、手紙の封を開ける。



「殿下?どうされましたか?」

ベルの音に従者が何事かと駆けつけた。

「後宮に使いを送れ。…今夜、リスティーナ姫に会いに行くと。」

従者はその言葉にあんぐりと口を開け、固まった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます

三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。 だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。 原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。 煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。 そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。 女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。 内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。 《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》 【物語構成】 *1・2話:プロローグ *2~19話:契約結婚編 *20~25話:新婚旅行編 *26~37話:魔王討伐編 *最終話:エピローグ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...