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第一章 出会い編
お見舞いの品
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「申し訳ありません。殿下の体調は芳しくなく…、主治医から面会の許可が得られなかったのです。」
「そんなに悪いのですか…。」
「体調が良くなって面会の許可が出たらお伝えいたしますので。」
女官長にそう言われ、リスティーナは分かりましたと残念そうに答えた。
医師から許可が出なかったのなら仕方がない。リスティーナは大人しく、引き下がることにした。
お見舞いには行けなくても、見舞いの品を贈る位ならしてもいいかな?
そう思い、リスティーナ早速準備に取り掛かった。
「姫様。お茶をお持ちしました。」
「ありがとう。スザンヌ。」
リスティーナは刺繍をする手を止めて、顔を上げた。
「姫様は刺繍がお上手ですわね。」
「そう?」
「それは鷲の刺繍ですの?」
「ええ。分かる?」
「勿論ですわ。…けれど、姫様はいつもお花や可愛らしい動物を刺繍していましたのに…、どうして、鷲の刺繍を?」
「実は、ルーファス殿下に差し上げようかと思って…、」
少し恥ずかしそうに言うリスティーナにスザンヌは固まった。
「え、あの王子にですの?」
「うん。お見舞いの品にどうかなと思って…、」
「ひ、姫様…!あの王子に何をされたのかお忘れですの!?」
スザンヌはクワッと目を見開いてリスティーナに詰め寄った。
「幾ら大国だからって一国の王女である姫様をあのようにないがしろにして…!
私の姫様はこんなにもお美しいのに…、あの王子は…!」
思い出すだけで腹立たしいのかスザンヌは怒りを顕わにした。
「あんな無礼極まりない王子相手にそこまで気を遣う必要はありません!
見舞いの品など不要です!不要!むしろ、姫様にあんな態度をとった罰ですわ!そのまま寝込んでいてしまえばいいのです!」
「す、スザンヌ。幾ら何でもそれは言い過ぎだわ。
確かに殿下にはあんな風に言われてしまったけど…、それでも今、私がこうやってここで何不自由なく暮らしていられるのは殿下のお蔭だわ。それに…、」
リスティーナはあのお茶会の会話を思い出した。
「殿下は…、先が長くないのかもしれないらしいの…。」
リスティーナは目を伏せた。女官長の話によると、ルーファス殿下はとても苦しんでいるみたいだ。
だから、せめて見舞いの品でも贈ってあげたいと思ったのだ。
「姫様…。何て、お優しいのでしょう…。私は姫様以上に優しい方を見たことがありませんわ。」
「褒めすぎよ。スザンヌ。それに…、私はそんなに優しくないわ。」
そうだ。これは善意でやっているわけじゃない。贖罪も込められているのだ。
初めて会った日に具合が悪かったルーファス殿下に気付けなかった事への謝罪でもあるのだから。
こんなのであの時の非礼がなくなる訳ではないが少しでも喜んでくれると嬉しい。
そう思い、リスティーナは心を込めて刺繍をした。
刺繍は無事に完成した。出来上がった刺繍のハンカチと手紙、それから、庭師に頼んで作って貰った花束を用意した。それを女官長に預けて殿下に渡してくれるように頼んだ。
母に教えてもらったおまじないもかけてみた。おまじない、効くといいな。
リスティーナはそう願った。
その夜、リスティーナは寝付けなくて、庭園を散歩していた。
スザンヌや他の侍女には内緒でこっそりと一人で夜の庭園を歩きたくなったのだ。
昼間と違って、夜の庭園はまた雰囲気が違う。
そんな風に夜の庭園の風景を眺めていた。
すると、何気なく視線を上げた先にダニエラの姿を発見した。ダニエラ様?
あちらからはリスティーナの姿が見えないのか、こちらには気づいていない様子で人目を忍んでどこかに向かっていく。供の一人もつけずにどこに行っているのだろうか?
リスティーナは思わず後を追った。
薄暗い廊下を渡り、人目につかない部屋に入っていくのを見て、リスティーナは首を傾げた。
あそこは確か今は誰も使っていない部屋だった筈。一体、何を…?そう思っていると、
「ああ!殿下…!会いたかったですわ…!」
ダニエラの感極まった声にリスティーナはん?と疑問を抱いた。ダニエラ様以外にも誰かいる?
殿下ってことは…、ルーファス様?あれ?でも、彼は確か具合が悪くて寝込んでいる筈では…、
そう思っていると、チュッと音が聞こえ、段々とその音が大きく、激しくなっていく。
ダニエラの色っぽい声までも聞こえ、舌を絡めるような厭らしい音も…。
も、もしかして…、これって…、リスティーナはかああ、と頬を赤く染めた。
リスティーナは急いでその場を離れようとした。
「もうすぐ…、もうすぐですわ…!あの化け物王子はもうすぐ死にますもの。そうすれば、私はあなたの物に…、」
え…、リスティーナは思わず立ち止まった。どういう意味…?もしかして、お相手はルーファス殿下ではない!?そっと少しだけ開いた扉から中の様子を覗き込んだ。
そこには、ダニエラが胸元を露にした状態で男と抱き合っていた。
相手は、ルーファス殿下ではなかった。金色の髪をした男性…。
男がふと、視線に気づいたのかこちらを見た。暗がりの中、青い瞳がリスティーナを見据える。
リスティーナはハッとして、身を翻してその場から逃げ出した。
「!?な、何!?」
ダニエラが物音に気付いて声を上げた。リスティーナは振り返らずに走った。
幸い、誰も追ってはこなかった。そのまま息を荒げて部屋に駆け込んだ。
はあはあ、と肩で呼吸を整えながらも先程の光景が目に焼き付いて離れなかった。
リスティーナは愕然とした。あのお茶会でのダニエラの意味深な笑いの意味が分かった。
楽しくやれている、ってそういう意味だったの…?
それに…、ダニエラ様は相手を殿下と呼んでいた。でも、相手は明らかにルーファス殿下ではなかった。まさか…。お相手はルーファス殿下以外の王子ということ?
という事は…、ダニエラ様は夫以外の他の男性と密会をしていたという事?
何て、事…!正妃の身でありながら不貞を犯すなんて…、こんな事、ルーファス様に知られたらどんな罰を受ける事か…。
下手したら、ダニエラ様だけでなく、実家まで罰せられるかもしれないのに…!
リスティーナはダニエラが不貞しているという事実に激しく動揺した。
メイネシア国では、不貞は重罪だ。特に王族の場合…、女性が不貞の疑いをかけられれば、重い罰が課せられる。不義密通を犯せば死刑。それ程、重い罪だった。
リスティーナはふと、思い出した。父王の側室の一人であった女が不義密通の罪で捕らえられ、処刑された出来事を…。
あの側室は元々、恋人がいた。なのに、父が見初めて強引に妻にしたのだ。だが、恋人が忘れられなかった側室はその元恋人と秘密の逢瀬を交わしていたのだ。それを他の妃達に密告されてしまったのである。相手の男も処刑された。勿論、その側室も…。
父も正妃や側室達も…、皆が皆、不貞を犯したその女性を悪く言っていた。
確かに…、不義密通は罪である。妻や夫を裏切るような行為は許されない。
分かっている。それは十分すぎる程に分かっているのだ。
リスティーナは浮気や不義を肯定するわけじゃない。それは重罪であるのは頭ではきちんと理解しているつもりだ。
でも…、リスティーナにはあの側室が悪いとは思えなかった。そもそも一番悪いのはその側室を強引に奪い取った父である。恋人がいた女性を無理矢理妻にするなんて…。あまりにも横暴だ。
元々は横恋慕した父が悪いのに…、それなのに、不貞を犯した彼女を責めるだなんて身勝手すぎる!
父の外道な振る舞いには吐き気がする。あれが王だなんて…、私にはあの父が王の器だとは思えない。そんな父がリスティーナは昔から大っ嫌いだった。女を道具のように扱い、母を無理矢理側室にした癖に飽きたら捨てる様な父が…。
忘れていたと思っていた父への負の感情が沸き上がってしまう。駄目だ。抑えないと…!
亡くなった母の言葉を思い出す。
「ティナ。泣かないで。」
レイアを筆頭にした異母姉達に虐められ、その場を逃げ出して、泣いていたリスティーナを母が優しく慰めた。
「ティナ。どんなに辛くても、苦しくても…、負けては駄目よ。どんな時でも思いやりの心を忘れないで。」
母はリスティーナを抱き締めて、言った。
「いいこと?言葉や感情には…、力があるの。でも、それは…、時には自分も相手も傷つけてしまうこともある。悪い言葉や感情を抱けば、その狂気に囚われてしまう。
それに自分がしたことは必ず自分に返ってくるの。いいことも悪いことも…。
人を嫌ったり、憎むのは簡単だわ。でも、そうすることで…、自分自身を傷つけてしまう時もある。
私はティナに傷ついてほしくないわ。だから…、ティナ。人を嫌ったり、憎んだりするよりも…、相手を許して、思いやる心を持ちなさい。そうすることで…、きっとあなたも…、」
幸せになれるから、と母は寂しそうに微笑んだ。
「お母様?」
母がどうしてそんな顔をするのか分からず、リスティーナは不安そうに見上げた。母はリスティーナの頭を撫で、
「…大丈夫。大丈夫よ…。ティナ。例え、この先何があっても…、私はあなたを…、守るから…。」
まるで自分に言い聞かせるように呟く母は何だか焦っているかのようだった。
「だから…、ね?ティナ。約束して頂戴。今、話したことを守るって。」
母はリスティーナの手を握り、そう懇願した。どうして、ここまで母が必死になるのか分からなかったがそれで母が安心するなら…、と思い、コクン、と頷いた。
母はホッと安堵したように笑い、リスティーナを強く抱き締めた。
「…ありがとう。ティナ。どうか、いつまでもそれを忘れないで。きっと、それはあなたを守ってくれるわ。」
守る?リスティーナがそう問い返しても母は何でもないわと誤魔化すように笑うだけだった。
今でも母がどんな思いであんな事を言ったのか分からない。でも、母と約束したのだ。
相手を憎んだりするよりも許しなさいって。だから…、この気持ちは封印しないと。
母の約束を…、守らないと。リスティーナは深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
今日は…、もう寝よう。きっと、寝たら…、忘れられる。
そう思って、リスティーナはベッドに横になった。
結局、あまり眠れなかった…。
次の日、リスティーナは欠伸を噛み殺しながら、睡魔と戦っていた。
講師の授業中なのに寝るだなんて失礼だ。集中しないと…!
今日は夜更かししないで早く寝よう…。そうリスティーナは心に決めていた。
しかし、その夜…、
「え…、ルーファス様がこちらに来られる?」
侍女からの伝言にリスティーナは目を見開いた。
「そんなに悪いのですか…。」
「体調が良くなって面会の許可が出たらお伝えいたしますので。」
女官長にそう言われ、リスティーナは分かりましたと残念そうに答えた。
医師から許可が出なかったのなら仕方がない。リスティーナは大人しく、引き下がることにした。
お見舞いには行けなくても、見舞いの品を贈る位ならしてもいいかな?
そう思い、リスティーナ早速準備に取り掛かった。
「姫様。お茶をお持ちしました。」
「ありがとう。スザンヌ。」
リスティーナは刺繍をする手を止めて、顔を上げた。
「姫様は刺繍がお上手ですわね。」
「そう?」
「それは鷲の刺繍ですの?」
「ええ。分かる?」
「勿論ですわ。…けれど、姫様はいつもお花や可愛らしい動物を刺繍していましたのに…、どうして、鷲の刺繍を?」
「実は、ルーファス殿下に差し上げようかと思って…、」
少し恥ずかしそうに言うリスティーナにスザンヌは固まった。
「え、あの王子にですの?」
「うん。お見舞いの品にどうかなと思って…、」
「ひ、姫様…!あの王子に何をされたのかお忘れですの!?」
スザンヌはクワッと目を見開いてリスティーナに詰め寄った。
「幾ら大国だからって一国の王女である姫様をあのようにないがしろにして…!
私の姫様はこんなにもお美しいのに…、あの王子は…!」
思い出すだけで腹立たしいのかスザンヌは怒りを顕わにした。
「あんな無礼極まりない王子相手にそこまで気を遣う必要はありません!
見舞いの品など不要です!不要!むしろ、姫様にあんな態度をとった罰ですわ!そのまま寝込んでいてしまえばいいのです!」
「す、スザンヌ。幾ら何でもそれは言い過ぎだわ。
確かに殿下にはあんな風に言われてしまったけど…、それでも今、私がこうやってここで何不自由なく暮らしていられるのは殿下のお蔭だわ。それに…、」
リスティーナはあのお茶会の会話を思い出した。
「殿下は…、先が長くないのかもしれないらしいの…。」
リスティーナは目を伏せた。女官長の話によると、ルーファス殿下はとても苦しんでいるみたいだ。
だから、せめて見舞いの品でも贈ってあげたいと思ったのだ。
「姫様…。何て、お優しいのでしょう…。私は姫様以上に優しい方を見たことがありませんわ。」
「褒めすぎよ。スザンヌ。それに…、私はそんなに優しくないわ。」
そうだ。これは善意でやっているわけじゃない。贖罪も込められているのだ。
初めて会った日に具合が悪かったルーファス殿下に気付けなかった事への謝罪でもあるのだから。
こんなのであの時の非礼がなくなる訳ではないが少しでも喜んでくれると嬉しい。
そう思い、リスティーナは心を込めて刺繍をした。
刺繍は無事に完成した。出来上がった刺繍のハンカチと手紙、それから、庭師に頼んで作って貰った花束を用意した。それを女官長に預けて殿下に渡してくれるように頼んだ。
母に教えてもらったおまじないもかけてみた。おまじない、効くといいな。
リスティーナはそう願った。
その夜、リスティーナは寝付けなくて、庭園を散歩していた。
スザンヌや他の侍女には内緒でこっそりと一人で夜の庭園を歩きたくなったのだ。
昼間と違って、夜の庭園はまた雰囲気が違う。
そんな風に夜の庭園の風景を眺めていた。
すると、何気なく視線を上げた先にダニエラの姿を発見した。ダニエラ様?
あちらからはリスティーナの姿が見えないのか、こちらには気づいていない様子で人目を忍んでどこかに向かっていく。供の一人もつけずにどこに行っているのだろうか?
リスティーナは思わず後を追った。
薄暗い廊下を渡り、人目につかない部屋に入っていくのを見て、リスティーナは首を傾げた。
あそこは確か今は誰も使っていない部屋だった筈。一体、何を…?そう思っていると、
「ああ!殿下…!会いたかったですわ…!」
ダニエラの感極まった声にリスティーナはん?と疑問を抱いた。ダニエラ様以外にも誰かいる?
殿下ってことは…、ルーファス様?あれ?でも、彼は確か具合が悪くて寝込んでいる筈では…、
そう思っていると、チュッと音が聞こえ、段々とその音が大きく、激しくなっていく。
ダニエラの色っぽい声までも聞こえ、舌を絡めるような厭らしい音も…。
も、もしかして…、これって…、リスティーナはかああ、と頬を赤く染めた。
リスティーナは急いでその場を離れようとした。
「もうすぐ…、もうすぐですわ…!あの化け物王子はもうすぐ死にますもの。そうすれば、私はあなたの物に…、」
え…、リスティーナは思わず立ち止まった。どういう意味…?もしかして、お相手はルーファス殿下ではない!?そっと少しだけ開いた扉から中の様子を覗き込んだ。
そこには、ダニエラが胸元を露にした状態で男と抱き合っていた。
相手は、ルーファス殿下ではなかった。金色の髪をした男性…。
男がふと、視線に気づいたのかこちらを見た。暗がりの中、青い瞳がリスティーナを見据える。
リスティーナはハッとして、身を翻してその場から逃げ出した。
「!?な、何!?」
ダニエラが物音に気付いて声を上げた。リスティーナは振り返らずに走った。
幸い、誰も追ってはこなかった。そのまま息を荒げて部屋に駆け込んだ。
はあはあ、と肩で呼吸を整えながらも先程の光景が目に焼き付いて離れなかった。
リスティーナは愕然とした。あのお茶会でのダニエラの意味深な笑いの意味が分かった。
楽しくやれている、ってそういう意味だったの…?
それに…、ダニエラ様は相手を殿下と呼んでいた。でも、相手は明らかにルーファス殿下ではなかった。まさか…。お相手はルーファス殿下以外の王子ということ?
という事は…、ダニエラ様は夫以外の他の男性と密会をしていたという事?
何て、事…!正妃の身でありながら不貞を犯すなんて…、こんな事、ルーファス様に知られたらどんな罰を受ける事か…。
下手したら、ダニエラ様だけでなく、実家まで罰せられるかもしれないのに…!
リスティーナはダニエラが不貞しているという事実に激しく動揺した。
メイネシア国では、不貞は重罪だ。特に王族の場合…、女性が不貞の疑いをかけられれば、重い罰が課せられる。不義密通を犯せば死刑。それ程、重い罪だった。
リスティーナはふと、思い出した。父王の側室の一人であった女が不義密通の罪で捕らえられ、処刑された出来事を…。
あの側室は元々、恋人がいた。なのに、父が見初めて強引に妻にしたのだ。だが、恋人が忘れられなかった側室はその元恋人と秘密の逢瀬を交わしていたのだ。それを他の妃達に密告されてしまったのである。相手の男も処刑された。勿論、その側室も…。
父も正妃や側室達も…、皆が皆、不貞を犯したその女性を悪く言っていた。
確かに…、不義密通は罪である。妻や夫を裏切るような行為は許されない。
分かっている。それは十分すぎる程に分かっているのだ。
リスティーナは浮気や不義を肯定するわけじゃない。それは重罪であるのは頭ではきちんと理解しているつもりだ。
でも…、リスティーナにはあの側室が悪いとは思えなかった。そもそも一番悪いのはその側室を強引に奪い取った父である。恋人がいた女性を無理矢理妻にするなんて…。あまりにも横暴だ。
元々は横恋慕した父が悪いのに…、それなのに、不貞を犯した彼女を責めるだなんて身勝手すぎる!
父の外道な振る舞いには吐き気がする。あれが王だなんて…、私にはあの父が王の器だとは思えない。そんな父がリスティーナは昔から大っ嫌いだった。女を道具のように扱い、母を無理矢理側室にした癖に飽きたら捨てる様な父が…。
忘れていたと思っていた父への負の感情が沸き上がってしまう。駄目だ。抑えないと…!
亡くなった母の言葉を思い出す。
「ティナ。泣かないで。」
レイアを筆頭にした異母姉達に虐められ、その場を逃げ出して、泣いていたリスティーナを母が優しく慰めた。
「ティナ。どんなに辛くても、苦しくても…、負けては駄目よ。どんな時でも思いやりの心を忘れないで。」
母はリスティーナを抱き締めて、言った。
「いいこと?言葉や感情には…、力があるの。でも、それは…、時には自分も相手も傷つけてしまうこともある。悪い言葉や感情を抱けば、その狂気に囚われてしまう。
それに自分がしたことは必ず自分に返ってくるの。いいことも悪いことも…。
人を嫌ったり、憎むのは簡単だわ。でも、そうすることで…、自分自身を傷つけてしまう時もある。
私はティナに傷ついてほしくないわ。だから…、ティナ。人を嫌ったり、憎んだりするよりも…、相手を許して、思いやる心を持ちなさい。そうすることで…、きっとあなたも…、」
幸せになれるから、と母は寂しそうに微笑んだ。
「お母様?」
母がどうしてそんな顔をするのか分からず、リスティーナは不安そうに見上げた。母はリスティーナの頭を撫で、
「…大丈夫。大丈夫よ…。ティナ。例え、この先何があっても…、私はあなたを…、守るから…。」
まるで自分に言い聞かせるように呟く母は何だか焦っているかのようだった。
「だから…、ね?ティナ。約束して頂戴。今、話したことを守るって。」
母はリスティーナの手を握り、そう懇願した。どうして、ここまで母が必死になるのか分からなかったがそれで母が安心するなら…、と思い、コクン、と頷いた。
母はホッと安堵したように笑い、リスティーナを強く抱き締めた。
「…ありがとう。ティナ。どうか、いつまでもそれを忘れないで。きっと、それはあなたを守ってくれるわ。」
守る?リスティーナがそう問い返しても母は何でもないわと誤魔化すように笑うだけだった。
今でも母がどんな思いであんな事を言ったのか分からない。でも、母と約束したのだ。
相手を憎んだりするよりも許しなさいって。だから…、この気持ちは封印しないと。
母の約束を…、守らないと。リスティーナは深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
今日は…、もう寝よう。きっと、寝たら…、忘れられる。
そう思って、リスティーナはベッドに横になった。
結局、あまり眠れなかった…。
次の日、リスティーナは欠伸を噛み殺しながら、睡魔と戦っていた。
講師の授業中なのに寝るだなんて失礼だ。集中しないと…!
今日は夜更かししないで早く寝よう…。そうリスティーナは心に決めていた。
しかし、その夜…、
「え…、ルーファス様がこちらに来られる?」
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