冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

ルーファスの過去の妻

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「殺されたのは…、正妃だけじゃありません。」

ぽつり、とミレーヌが静かに呟いた。今までずっと黙っていたミレーヌの発言にリスティーナは目を向けた。

「それって…、」

そういえば、ルーファス様には他にも側室がいた筈だ。
リスティーナはルーファスの七番目の妻として娶られた。けれど、今のルーファス様には自分を含めて四人しか妻がいない。ということは…、前の妃を合わせると、過去に二人の側室がいた筈…。それを聞けば、三人は重々しい表情で話した。

「ええ。確かに…、殿下には他にも後、二人の側室がいましたわ。
その一人は元は一国の王女でありましたわ。ただ王女といっても亡国の王女で…。フェルナス連邦国の王女でしたのよ。」

「フェルナス連邦国…。その国は確か…、ローゼンハイム神聖皇国に敗れた…?」

「ええ。敗戦国で今はもう滅んでしまった国ですわ。その敗戦国の姫君を皇帝はルーファス殿下の妻として与えたのですわ。」

敗戦国の王女を勝利した国の王や王子が貢物として妾や側室として娶るのはよくある話だ。
戦争に敗れた国の人間は殺されるか奴隷のように扱われるかのどちらかだ。敵国の王子の側室にされた王女が何を思ったのかは知らないが屈辱だったことだろう。
でも、戦争に負けた国の王族はどこも同じで似たような末路を辿る。…他人事ではない。自分だって国が負ければその可能性があるのだから。リスティーナはその王女の胸中を察し、ギュッと手を握り締めた。

「その方は…、どうなったのですか…?」

「その王女は嫁いでから数週間で亡くなったわ。部屋で首を吊っていたそうよ。」

「ッ…!?」

ということは…、自殺!?

「よっぽど嫌だったのね。あの殿下の妻になるのが…、」

「当たり前だわ。自分の国を滅ぼした王子でしかも、あんな醜い王子ではねえ…。
ああ。思い出すだけでもおぞましい…。」

ダニエラとアーリヤはあからさまに顔を顰めている。ミレーヌは発言しないがその顔にはありありと嫌悪の色が浮かんでいた。

「あの…、では、もう一人の側室の方は?」

「もう一人はこの国の男爵令嬢でしたわ。彼女の一族は代々、魔術師を輩出した一族で彼女自身も優れた魔術師。天才魔術師と名高い方だったのに…、ある日突然、魔力が暴走してそのまま帰らぬ人になってしまった。」

つまり、ルーファス様は三人も妻を亡くして…、

「やっぱり、呪いのせいよ。恐ろしい…!」

「嫌よ…!私は死にたくないわ…!」

「殿下に近付いたら、死の呪いにかけられるんだわ。きっと。」

口々に言い合うダニエラ達をリスティーナは見つめた。
確かに聞いているだけで少しゾッとする。本当に呪いのせいで…?

「リスティーナ様。まさかとは思うけど…、あなた殿下と床を共にしたの?」

「え!?」

リスティーナは動揺のあまり、カップを取り落としそうになった。

「あ、ええと…、それは…、」

どう答えよう。でも、隠していてもいずれはバレることだ。リスティーナは白状した。

「まあ、やっぱり、リスティーナ様もそう言われたのね。」

「え、も…、ということはダニエラ様も?」

「私だけでなく、アーリヤ様もミレーヌ様も同じことを言われたわ。…フン。言われなくても、こっちからあんな醜い男は願い下げだわ。」

「何様のつもりなのかしら。」

「でも、そのお蔭であの王子の相手をしなくて済んでいるのだから…、」

驚いた。ここにいる全員が自分と同じような事を言われていたなんて。
ルーファス殿下は私だけにああ言ったのかと…。私が弱小国家の姫で人質も同然の女だったからではないの?どうして、こんな立派な血筋を持つ方達まで拒絶するのだろうか。もしかして、ルーファス殿下には他に愛する女性がいるのだろうか?

「そうね。確かに…。ルーファス殿下は後宮にはほとんど近づかないし、私達など見向きもしないもの。お蔭で楽しくやってやれているものねえ。」

そう言って、意味深に笑うダニエラにリスティーナは首を傾げた。

「え、ルーファス殿下はこちらにはほとんど来られないのですか?」

「ええ。でも、月に数回はこの後宮に顔を出すのよ。口では私達に寵愛を与えないと言っておきながら殿下も男。欲望は抑えられないのよ。あの獣は。
リスティーナ様も気を付けた方がよろしくてよ。」

「え…?」

「殿下があなたの元に来られたら、あの王子の相手をしなければならなくなるわ。そんなの、嫌でしょう?」

「でも…、私は殿下の側室として嫁ぎましたので…、」

それもお役目の内なのではと、と言おうとしたがそれより、先にダニエラが叫んだ。

「だからと言って、あの王子に身体を捧げろと言うの!?あんな醜い化け物に抱かれる位なら、死んだ方がマシだわ!」

「それに、あの王子と身体の関係を持ったりすれば、呪い殺されるかもしれないわ。」

「そ、それでは…、ダニエラ様達は今までどうして…、」

「そんなの、月のものがきたとか仮病を使ってお断りするに決まっているでしょう?」

「それに、殿下は頻繁に来るわけじゃありませんから。ルーファス王子はずっと部屋に閉じこもった生活をしていますもの。」

「それに…、殿下はもう長くはないもの。私達もそれぞれ、身の振り方を考えておかないとね。」

そう言って、紅茶を飲むアーリアにリスティーナは目を瞠った。

「え…!?で、殿下が長くないってそれはどういう…!?」

「殿下は呪いのせいでもうすぐ死ぬって専らの話よ。医師も匙を投げているもの。殿下の呪いは子供の頃から発生したもの。その呪いが身体を蝕んでやがては死に至るそうよ。」

「そんな…、」

リスティーナは思わず口を手で覆った。呪いのせいで死ぬかもしれないだなんて…!そんな事が…、

「本当…、さっさと死んでくれないかしら。あの化け物王子。」

忌々し気に呟くダニエラ。本気でそう思っているかのような表情にリスティーナは言葉を失くした。仮にも夫であるルーファス様に対して、そのような言い方をするなんて…。

「リスティーナ様も今の内に他の王子や貴族達に顔を売っておいた方がよろしくてよ。
まあ…、その顔と身体を使えば、小国の王女でも引き取ってくれる物好きがいるかもしれませんわ。」

そう言って、嘲るように笑うダニエラ。その目はリスティーナを軽んじ、明らかに下に見ていた。
リスティーナに敵意はないがやはり、小国の王女というだけで馬鹿にしているのだろう。
でも、仕方がない。実際、リスティーナは何の力もない王女なのだから。
忠告めいたことを言ったのもあくまで、自分の為。
側室のスペアであるリスティーナに何かあったら、自分達に害を及ぼすと考えているのかもしれない。
リスティーナはダニエラの言葉に反論しなかった。でも、彼女の提案に乗るつもりはなかった。

お茶会が終わり、部屋に戻ったリスティーナはベッドに座り、ふう、と溜息を吐いた。
良かった…。何とか無事に終わったわ。一番危惧していた後宮の虐めも回避できそう。リスティーナはその事にホッとした。
ダニエラ様達はメイネシア国の王妃達と違い、リスティーナに執拗な嫌がらせや虐めをすることはないだろう。ここではルーファス殿下が主だ。本来なら、ルーファスの寵愛を巡って苛烈な女の戦いが繰り広げられる筈…。
しかし、彼は呪いの王子として恐れられているため、正妃と側室達はそもそも夫であるルーファスを避け、妻の役目すら果たしていない様子。
だからこそ、夫の関心や興味を得る為に他の女達を蹴落とそうとする気がない。ある意味、この後宮が一番、平和で生き残れる場所なのかもしれない。

後宮では身分と地位で大きく立場が分かれるのでリスティーナは正妃と側室達の中で一番下の扱いになるがそれだけで済むのなら気楽なものだ。
メイネシア国にいた日々と比べると、ここは天国である。
外に出られないという不自由さはあるが後宮は楽園のように美しい場所だし、食事もお菓子も食べられる。王子の側室として、必要最低限のドレスや宝飾品まで誂えて貰えるのだ。
母国にいた頃はドレスなど碌に仕立てて貰えず、ほとんどがレイアや他の異母姉達が使い古したドレスしか与えられなかった。
だから、リスティーナはほとんどのドレスを古着のドレスを手直しして使い回していたのだ。

初めてこの部屋に通されて、衣装部屋を見た時はびっくりした。
たくさんのドレスの数にも、もしかしてこれは前の住人の物ではと思ってしまった。だが、それらは全てリスティーナ様の物です、と侍女から言われ、仰天した。
こんなにたくさんのドレスの山、着ようと思っても着れない気がする。
数着あればそれを使い回せばそれでいいのに…。その思考がそもそも、王女らしさからかけ離れていることにリスティーナは気付かない。
侍女から追加で注文したいドレスや宝石があれば申し付け下さい。予算内であれば可能ですと言われ、思わずこれで十分ですと答えた。これだけドレスがあるのにこれ以上の贅沢は罰が当たってしまう!そう思ったからだ。

「はあ…。これから、どうしよう…。」

リスティーナは側室なのでそもそもする事がない。リスティーナには時間が有り余るほどあるのだ。折角だから、時間を有効に使いたい。母国と違って部屋を出ても、蔑んだ視線を浴びたり、同情めいた言葉を吐かれたり、嫌がらせを受けることもないのだから。
そうだ。自分はまだこの国の事をよく知らない。図書室に行って、この国に関する書物を借りてくるとしよう。近い内に女官長に頼んでこの国のマナーや行儀作法を教えてくれる先生を呼んでくれないか話さないと…。リスティーナはやることを見つけ、俄然やる気を出した。側室がこの国に馴染まないでいると、ルーファス様に迷惑をかけてしまう。
ただでさえ、役立たずで価値のない王女なのだからこの位、しておかないと。
リスティーナは早速、図書室に向かった。
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