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第一章 出会い編

初対面

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「姫様…。本当に大丈夫ですか?」

「スザンヌ…。大丈夫よ。ありがとう。」

湯浴みを済ませ、髪を乾かしてブラシで梳かしてくれているスザンヌが心配そうにリスティーナに話しかける。スザンヌはメイネシア国から同行してくれた数少ない信頼のできる侍女だ。母が生きていた頃から自分達母娘に仕えてくれた。スザンヌはいつもリスティーナの身を案じてくれている。そんなスザンヌにリスティーナは微笑んだ。

「これも王女としての役目だもの。」

「姫様…。」

リスティーナの言葉にスザンヌは複雑そうな表情を浮かべた。

「あんまりでございます…。」

「スザンヌ?」

耐えきれないと言うようにスザンヌが洩らした呟きにリスティーナは振り返った。

「姫様のようなお優しい方がこのような…、今までだってどんな辛い境遇にも耐えてきたのに…!
よりにもよって呪われた王子に嫁がせるなんて…!酷すぎます!どうして、姫様がこのような目に…!」

「スザンヌ。私なら、大丈夫よ。」

「姫様…。申し訳ありません…。誰よりもお辛いのは姫様ですのに…!」

リスティーナはスザンヌに微笑み返した。

「いきなりの事で驚いたけど…、王族に生まれたからには政略結婚をするのは当たり前ですもの。
それに、お相手のルーファス殿下だって、もしかしたら悪い人じゃないかもしれないでしょう?
噂はあくまでも噂なのかもしれないじゃない。だから、そんなに悲しまなくても大丈夫よ。政略結婚でも良い関係を築く夫婦だっているじゃない。」

「姫様…。」

リスティーナの言葉にスザンヌはそれ以上は何も言わなかった。
そうだ。ルーファス殿下が悪い人だと決まった訳じゃない。呪われた王子といってもただの迷信かもしれないし、根も葉もない噂だという可能性だってあるのだから。
大切なのは、噂に惑わされずに相手を見極めることだ。
亡くなった母もよく言っていた。
人は見かけや噂だけで決めつけてはいけないと。
ちゃんと自分の目で見て、その本質を見極めるのよ、と。
怖い噂がある殿下だけど、まずは実際に会って話してみるまでは殿下の事は分からないのだ。
リスティーナは少しだけ前向きな気持ちを抱くようになった。

とにかく、今日は殿下と初めて対面し、初夜を交わす大切な夜なのだ。
気を引き締めていかないと…、リスティーナは緊張でドキドキする心臓を落ち着かせるように深呼吸をした。

「まあ、姫様!とても可愛らしいですわ!」

「あ、ありがとう…。あの、でも、これ…、少し胸元があきすぎじゃないかしら?」

「いえいえ!初夜なのですもの。これ位の格好は普通ですわ!」

スザンヌの言葉にリスティーナはそうなのねと納得した。
リスティーナの白いネグリジェは今までのネグリジェと違っていつもより露出度が高い気がする。
主に胸が。今までこういったデザインのネグリジェは着たことがないのでリスティーナは戸惑った。
が、クローゼットの中を見れば、どのネグリジェも似たようなものばかりだった。
神聖皇国はこういったネグリジェが女性の間で流行っているのだろうか?そう思ってしまう位だ。
母国とこの国では出回っている服も違うのだろう。リスティーナはそう解釈した。
この格好は恥ずかしいが自分はこの国に嫁いできたのだから徐々にこの国の風習に慣れないといけない。
でも、やっぱり、恥ずかしいのでリスティーナはショールを上に羽織り、それで胸元を隠した。
そして、身支度を整え終えてから暫くすると、

「リスティーナ様。ルーファス殿下がお見えになられました。」

遂に来た。リスティーナはビクッと肩が上がった。
ドキドキしながら、リスティーナはお辞儀をしたままルーファス王子が来るのを待った。
コツコツと硬い靴音がして、中に誰かが入室する。

「顔を上げろ。」

許可が得たのでリスティーナはゆっくりと顔を上げる。
目の前には、黒い仮面を被り、顔を半分だけ隠した異質な外見を持つ男が立っていた。
闇のような漆黒の髪に日に当たったことのなさそうな青白い肌‥。目の隈や血色のない顔色も相まって暗く、病弱な印象を与える。目は黒く、濁った淀んだ色をしている。まるで死神みたいだ。
それに、やはり目を引くのはあの黒い仮面だろう。
リスティーナは目を瞠った。

「どうした?噂以上に醜い顔に怖気づいたか?」

「い、いえ!とんでもありません!
失礼しました。メイネシア国の第四王女、リスティーナ・ド・メイネシアと申します。
お会いできて、光栄です。まだまだ未熟者ですが精一杯、殿下に仕えさせて頂きます。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。」

「ルーファス・ド・ローゼンハイムだ。」

端的に名前だけを述べるルーファスはにこりとも笑わない。
無愛想な態度に何か粗相をしたのかと不安になる。
ルーファスはリスティーナの背後にいるスザンヌに目を向ける。その眼差しにスザンヌはビクッとする。

「下がれ。」

「は、はい!」

ルーファスの命令にスザンヌは慌てて退出する。リスティーナを見て、心配そうな眼差しを送っていたのでリスティーナは大丈夫、と強く頷いた。
しん、と無言になった沈黙が重苦しく感じる。
部屋には二人っきりだ。そう意識してしまい、緊張するリスティーナはこういう時、自分から話題を振るべきなのかと思案した。でも、女の方から話しかけるのは無作法なんじゃ…。

リスティーナはそっとルーファスを見つめた。
そして、噂で聞くほど、恐ろしい外見はしていないのだなと思った。
それがリスティーナの率直な意見だった。
呪いにかけられた醜い王子とか、化け物王子といわれているから一体、どんな見た目をしているのだろうと思っていたが…。仮面をしている以外はそこまで人と変わりないように見える。
確かに一見、顔色は悪いし、目も淀んでいるから病人のように見えるけど…、化け物と呼ばれる程、酷い見た目はしていない。
もしかしたら、あの仮面の素顔を見ればまた、違う印象を与えるのかもしれないが…、少なくとも今の時点でリスティーナは目の前にいるルーファス王子が化け物のように醜いとは思えなかった。

「じろじろ見るな。不愉快だ。」

「あ…、も、申し訳ありません!」

リスティーナは慌てて非礼を詫びた。い、いけない。幾ら何でも初対面の方相手に…、しかも、異性の顔をじろじろ見るなど失礼にも程がある。

「そんなに珍しいか?この、醜い面が。」

「え…、」

ルーファスは自嘲するように笑った。

「丁度いい。この際だから、はっきり言っておく、リスティーナ姫。
この婚姻は俺が望んだものじゃない。父上が勝手に決めたものだ。
俺は君を妻として見ることはない。俺にとって、君はただの人質。それだけだ。」

リスティーナは息を呑んだ。彼の言う通りだ。私は妻という名の人質。
夫であるルーファスの関心を得られなければ、後宮に捨て置かれるだけの存在。
分かっていたのに…、もしかしたら、少しだけ…、少しだけ夫である彼から優しさを感じることができたらと淡い期待を抱いていた。だが、その期待も打ち砕かれた。リスティーナがその事実にショックを受けている間にもルーファスは冷たい表情を浮かべながら言った。

「俺は君を愛することはない。だから、俺の寵愛を得ようと愚かな真似はしない事だ。…心配しなくても、君の立場と安全の保障はしよう。予算内であれば好きなだけ贅沢をしてもいい。ただし…、」

ルーファスの黒く淀んだ目がリスティーナを見据える。その冷たい視線にリスティーナはまるで凍り付いたように動けなかった。

「俺の邪魔をしたりしたら…、容赦はしない。それをよく覚えておけ。」

リスティーナはルーファスの言葉にコクン、と頷いた。

「話はそれだけだ。では、俺はこれで失礼する。」

そのままルーファスはリスティーナに背を向けた。まるで一刻も早くここから立ち去りたいとでもいうかのように。
リスティーナはあ…、と手を伸ばしかけるが結局、グッと唇を引き結び、そのまま力なく手を下ろした。リスティーナはルーファスと夜を共にすることなく、一人で夜を明かした。
あの凍り付くような冷たい目…。彼は私を嫌っているのだろう。そう思った。
自分はルーファスに女としても妻としても拒まれたのだ。その事実にリスティーナは打ちのめされた。リスティーナは頬を伝った涙を拭う事もせずにハラハラと静かに涙を流した。



「信っじられませんわ!何様のつもりなんですの!あの王子は!?」

翌朝、目が腫れたリスティーナと暗く沈んだ表情にスザンヌはどうされました!?と駆け寄った。
リスティーナが昨夜の事を話すと、スザンヌは憤慨した。

「こんなにお美しい姫様にそのような酷いことを言うなんて…!やはり、噂通り悪魔のような王子ですわ!呪いのせいで心をなくしたという話は本当だったんですわ!」

スザンヌの言葉にリスティーナは顔を上げた。

「…ありがとう。でも、私なら大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。」

リスティーナは力なく、微笑んだ。

「仕方がないのよ。私は確かに人質で嫁がされた王女なんだから。それに、王女といっても名ばかりのものだし…。弱小国で血筋も卑しい王女何て、王子の妃にはふさわしくないもの。
…殿下が私を厭うのも無理ないわ。」

「姫様…。」

「大丈夫よ。前と同じ日に戻るだけの話。私は、殿下に迷惑をかけないようにこの後宮の隅で大人しく身を潜めていればいいだけなのだから。…何も変わりないわ。」

そう。何も変わりない。故郷と同じようにひっそりと生きていればいいだけの話だ。それに、ここならあの父王も冷たい正妃や側室達も意地悪な異母姉達もいないのだ。そう考えれば、今の環境は悪くない。ありがたい事にルーファスは不自由のない生活を約束してくれた。それだけでも感謝をしないと。リスティーナにできることは、彼の邪魔にならないようにひっそりと生きる事。それだけだ。
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