73 / 100
#73話 後悔
しおりを挟む
「クリスマスにバイトをしたんだって?」
恩師が訊いてきた。
「はい、花屋の配達をしました」
今日は恩師が入院している病院に来ている。
「彼女の家の花屋だって?この前お父さんが来た時言っていたよ」
「はあ」
『くそっ!親父のやつ余計な事を!』
「そんなに照れんでもよかろう?君くらいの年齢で彼女がいても普通だろう」
「はあ」
俺は何と返せばいいのか困った。
「どうかね?彼女とは仲良くしてるのか?」
「中々難しいです」
俺は正直に答えた。
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
「い…いえ、喧嘩は一度も…ただ、上手く応えてやれてるのかと…」
恩師が突然笑いだした。
「そう云う、変に真面目な所はお父さんそっくりだな」
「は…はあ」
「彼女は大事かね?」
「はいっ」
俺は即答した。
「なら、思っている事はきちんと言葉で伝えなさい。決してこれくらいは判ってくれる筈などと傲慢な事を考えてはいけない。
人間は言葉を介して判り合えることも多い。想い合ってるもの同士なら尚の事だよ。
あれこれと悩んでいる事も、相手のたった一言で解決してしまう事だってある。
逆もまた然りだよ。」
恩師の温かい言葉だった。
「ありがとうございます。彼女と一度ちゃんと話をします。」
「その方がいい。親子揃って同じ轍は踏まないでくれ」
多分、父と母の事を言っているのだろう。
俺が産まれて間もなく、些細な事で父と喧嘩別れをした母さんは事故で亡くなった。
親父は今も、母さんに気持ちを伝えられなかったあの時の事を後悔している。
「おや、王子様はやっと外に出てきたか」
俺は《王子様》と云う言葉に、一緒に窓の外を見た。
「小児病棟の女の子が、王子様みたいだと言っていたが本当にそうだね」
川沿いを車椅子に乗って散歩している霧嶋の姿が見える。
「あんなに若い子が難病を抱えているなんて辛いね。最近は学校に行けない事をナースにあたって困らせていたようだが無理もない」
恩師は自分の病と重ね合わせているのだろうか、窓の外に見える霧嶋の姿を、寂しそうに見つめていた。
霧嶋は新学期になっても学校に来なかった。
クリスマスには土日だけとは云え、バイトで可成り無理をした筈だ。
俺は気になったから病院に来てみたが、やっぱり子なければ良かったと後悔した。
霧嶋の病室からは、あいつの声が聞こえる。
あんなに大声を出すのは珍しい。
「僕はいつになったら学校にいけるの!」
「僕の躰なんてどうでもいいんだよ!
どうせあと3年ももたないんだから!」
俺は固まって動けなくなった。
何となく判ってはいたが、期限を改めて訊かされると衝撃は大きかった。
「僕は誰にも知られずに3年間こんなところでなんか生きていたくない!」
「僕は、好きな人に僕を覚えていてもらいたいんだ!例え残りが1年になっても、半年になっても構わない!彼女の傍にいたいんだよ!」
「僕がちゃんといたことを彼女にだけは覚えていてもらいたいんだよ!」
霧嶋の悲痛なさけびだ…
聞かなければよかった…
帰り道、遠くで鳴く白鷺の声が切なかった…
恩師が訊いてきた。
「はい、花屋の配達をしました」
今日は恩師が入院している病院に来ている。
「彼女の家の花屋だって?この前お父さんが来た時言っていたよ」
「はあ」
『くそっ!親父のやつ余計な事を!』
「そんなに照れんでもよかろう?君くらいの年齢で彼女がいても普通だろう」
「はあ」
俺は何と返せばいいのか困った。
「どうかね?彼女とは仲良くしてるのか?」
「中々難しいです」
俺は正直に答えた。
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
「い…いえ、喧嘩は一度も…ただ、上手く応えてやれてるのかと…」
恩師が突然笑いだした。
「そう云う、変に真面目な所はお父さんそっくりだな」
「は…はあ」
「彼女は大事かね?」
「はいっ」
俺は即答した。
「なら、思っている事はきちんと言葉で伝えなさい。決してこれくらいは判ってくれる筈などと傲慢な事を考えてはいけない。
人間は言葉を介して判り合えることも多い。想い合ってるもの同士なら尚の事だよ。
あれこれと悩んでいる事も、相手のたった一言で解決してしまう事だってある。
逆もまた然りだよ。」
恩師の温かい言葉だった。
「ありがとうございます。彼女と一度ちゃんと話をします。」
「その方がいい。親子揃って同じ轍は踏まないでくれ」
多分、父と母の事を言っているのだろう。
俺が産まれて間もなく、些細な事で父と喧嘩別れをした母さんは事故で亡くなった。
親父は今も、母さんに気持ちを伝えられなかったあの時の事を後悔している。
「おや、王子様はやっと外に出てきたか」
俺は《王子様》と云う言葉に、一緒に窓の外を見た。
「小児病棟の女の子が、王子様みたいだと言っていたが本当にそうだね」
川沿いを車椅子に乗って散歩している霧嶋の姿が見える。
「あんなに若い子が難病を抱えているなんて辛いね。最近は学校に行けない事をナースにあたって困らせていたようだが無理もない」
恩師は自分の病と重ね合わせているのだろうか、窓の外に見える霧嶋の姿を、寂しそうに見つめていた。
霧嶋は新学期になっても学校に来なかった。
クリスマスには土日だけとは云え、バイトで可成り無理をした筈だ。
俺は気になったから病院に来てみたが、やっぱり子なければ良かったと後悔した。
霧嶋の病室からは、あいつの声が聞こえる。
あんなに大声を出すのは珍しい。
「僕はいつになったら学校にいけるの!」
「僕の躰なんてどうでもいいんだよ!
どうせあと3年ももたないんだから!」
俺は固まって動けなくなった。
何となく判ってはいたが、期限を改めて訊かされると衝撃は大きかった。
「僕は誰にも知られずに3年間こんなところでなんか生きていたくない!」
「僕は、好きな人に僕を覚えていてもらいたいんだ!例え残りが1年になっても、半年になっても構わない!彼女の傍にいたいんだよ!」
「僕がちゃんといたことを彼女にだけは覚えていてもらいたいんだよ!」
霧嶋の悲痛なさけびだ…
聞かなければよかった…
帰り道、遠くで鳴く白鷺の声が切なかった…
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう
楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。
きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。
傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。
「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」
令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など…
周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる