君の為に出来る事ー君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事ー

＃10 底辺女と嘲笑

　学校から一番近い商店街は、長い坂を下りた所にある。
　俺は坂の下まで走ったが、彼女の姿を見つけられなかったので、そのまま商店街に入って行った。

　暫く行くと、前方で多量の買い物袋を少し歩いては地面に置いて休み、再び歩いてはまた休むを繰り返しているアイツを見つける。

『あのバカが！』

　俺は心の中で毒吐きながら近づいた。
　息を切らしている彼女の側へ行くと、
　幾つかある袋の中からジュースが何本も入っている重い袋を持ち上げる。
　びっくりして顔を上げた彼女と目があった。

「瀬戸くん？」
「お前バカじゃないのか？持てもしないのにこんなに買い込んで」
「ご…ごめんなさい」
　直ぐに俯いて彼女が謝ってきた。

『直ぐに謝るなよ、この底辺女が！』
　俺が彼女を“底辺”と呼んだのは、何も見目が悪いからではない。
　自分自身で“底辺だ”と思っているその考えが気に入らなかったからだ。

　周りが下した無責任な評価をそのまま鵜呑みにして、自分で自分自身を、底辺女と決めつけるなんてふざけてるだろ！
　自分だけは、自分自身を信じられなくてどうする！
　俺がコイツに腹を立てているのはそこだった。


「さっさと行くぞ、お前に任せてたら学校まで何時間かかるか判らないからな」
　俺は袋を持って歩き出した。
「ご…ごめんなさい」
　彼女が後ろから菓子の入った袋を持って追いかけて来る。
「そこは礼を言ってくれた方が嬉しいけど？」
　謝る三ツ木に、前を向いたままぶっきらぼうに答えた。
「ごめ…あっ…ありがとう」
　俺の後ろで小走りについてくる彼女の足音が聞こえる。


「俺、調理室から氷を貰ってくるから先に行ってていいぞ」
　そう言って調理室へ向かったが、途中で足が止まる。
『しまった！アイツを一人にしないため部へ残ったのにこれじゃあダメだろ
　何やってんだ初っ端から！』
　俺は調理室に行かず、部室のある二階までジュースの入った袋を両手に持って、
　一気に階段を駆け上がり、渡り廊下を突っ切って彼女を追った。
　部室の前まで行くと、三ツ木がドアの横で棒立ちしていた。

　俺が声をかけようとした時、部室の中から何人かの笑い声が聞こえてきた。
『あいつら中にいるのか？なんで中に入らないんだ？』
　俺は片方の買い物袋を床に置き、ドアを開けようと手を伸ばすと、中から部長の声が耳に飛び込んできた。

「あのブス！辛気臭いところはまるで変わってねぇな」
　三ツ木を愚弄する声だ。
「あんな地味でブサイクなメガネ女、たった一度のお慰みでも手を出す気にはなれねぇわ」
こいつどこまで他人ひとをバカにすれば気がすむんだ？

「やだっ春樹、そこまで言う？案外あの子、春樹を追ってこの学校に来たのかもよ？」
あのクズの彼女、水島朱音みずしまあかねの声だ。
「えぇ！勘弁しろよ、重すぎだろ。面倒臭ぇ！」
「かわいそうじゃん、それだけ春樹の事が好きなのかもしれないし」
「やめてくれ、あんなブサイクに思われてるだけでも寒気がして、反吐がでるわ！」
「やだぁ」

三ツ木を嘲笑する声が鳴り渡る。
彼女の方に目を向けると、一点を見つめたまま動けずにいる。
『思いを寄せてる男やつから言われたんだ。ショックなのも無理ないな』

俺は勢いよくドアを開け、飲み物の入った袋を机の上にドンと置いた。
「なんだお前」部長クズが俺を睨んだ。
「頼まれた買い物ですよ」
平然とした顔で答えた。
「俺は三ツ木に頼んだんだ！どうしてお前が持って来る！三ツ木はどうした！」
物凄い剣幕だ。
「もうすぐ来ますよ。何せ彼女足遅いんで」
俺が呆れたように言うと、別の先輩が部長クズに声をかけてきた。
「春樹、賭けは俺の勝ちな一万出せよ」
「うるさい！まだ三ツ木が来てない！」

なんだコイツら、大量の買い物させて、帰る時間を賭けてたのか？胸糞悪いことしやがって！
俺はそのまま何食わぬ顔でドアの外に出ると、
「三ツ木遅いぞ！全くお前は鈍臭いな」

そう叫んで、彼女の持っていた袋を引ったくり、同じように机の上へ置いた。

「なんだか三ツ木、坂道で具合悪くなった感じなんで保健室連れていきます」

俺は表情も変えずに部室を出ると、まだなにか言いたそうな部長クズを尻目にドアを閉めた。