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冬の章 雪の王子

未知目標

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 クラス委員長のエリックを先頭にして、彼を守るように、まずB班の面々が城内に足を踏み入れた。続いてC班、D班が入るのを確認し、そして最後にA班のソルエルたちが入る。
 すると、扉は重い音を立てて勝手に閉じてしまった。もう、生徒たちに逃げ場は残されてはいなかった。

 外から見る以上に、城の中は一面青の美しい世界が広がっており、見る者を圧倒した。太陽光の青だけが氷を透過して、人間の目には青く映る。こんな美しい光景は、今までに誰も見たことがなかった。

 城の中は予想通り冷気に包まれていたが、それでも凍えるほどの寒さではない。風が吹き荒れていた外のほうが、よほど寒く感じられた。

 罠などは特に何も仕掛けられてはおらず、純粋に住居や鑑賞物としての役割を果たしているに過ぎない城だった。
 天井は広々として高く突き抜けており、一つの螺旋状の階段が、最上階へと連なる道を示している。
 小部屋に繋がる扉がいくつか点在していたが、おそらくそれらにトゥーリはいない。一階の最奥の大広間か、最上階の奥かのどちらかだろうと、冷気や魔力の気配の強さから絞り込んだ。

 城内の構造はいたってシンプルだったが、当然のごとくすべて氷でできており、廊下や壁、天井、柱、階段にいたるまで、その一つ一つがどれを取っても、息を呑むほど美しかった。
 いたるところに飾られている氷の彫刻像や、壁や天井一面に掘られたレリーフなど、その繊細で緻密な細工を見て、思わずこれが実習であることを忘れてしまいそうなほどに、ため息を吐いてしまう生徒もいた。

 現実離れした城内を見て回って、ソルエルは実感した。トゥーリも美しかったが、きっと彼自身も綺麗なものや美しいものを好むのだろうと。
 彼と氷上で滑りながらダンスを踊ったこと、それから空を飛んで素晴らしい景色を見せてもらったことを思い返す。
 トゥーリはあのとき、何を思って自分にあの景色を見せたのだろう。

(もっと、トゥーリとたくさん話をすれば良かった。あんなに一緒にいたのに、私彼のことを何も知らない。彼の好きなもの、抱えているもの、一番の望み……。何も知らないまま、表面上だけを見て彼のことを好きになっていた。こんなの、ただ恋に恋しているだけだ。もう一度、ちゃんと彼と向き合いたい。もっと彼のことが知りたい)

 クラス一同は、一階の、おそらくは構造的に大広間に繋がっているであろう最奥の扉の前にたどり着いていた。

「……たぶん、ここで間違いないだろう」

 エリックが緊張気味につぶやいた。
 エリックだけではない、クラスの誰もが、彼と同じように強い魔力の波動をこの扉の向こうに感じていた。扉の前に立つだけで、異様な冷気と重くのしかかってくる圧を感じる。
 一人の緊張は一瞬でクラス全体に広がっていたが、それでも、そのようなプレッシャーに負けるわけにはいかなかった。

「扉を、開けるぞ。いいな」

「――ああ。みんな、行くよ」

 副委員長のオズマを含めた他数が頷き、その意思は全体に波及する。
 重い扉を、B班のエリックとリュートが一緒になって力いっぱい開け放つ。

 霧のように靄がかったひんやりとした冷気が外に解放され、大広間が少しずつその様相を露にしていく。
 広間には、やわらかな自然光が氷の壁を突き抜けて差し込んでおり、まるで聖堂のような清らかさがそこにはあった。広間の奥には階段があり、高くなっている場所に見事な祭壇がいただかれている。

 最初に目に飛び込んできたものは、祭壇にまつられるようにして、氷漬けになっているトゥーリの姿だった。頭部だけを外に出し、身体は氷の中に捕らわれている。両腕を上げた状態で、身体に沿うように凍らされており、まるで十字架にかけられているようだ。

 そして、彼を包む氷は、そのまま彼の背部から放射状に鋭く伸びた状態で、背後の祭壇や壁に侵食している。背中に羽でも生えているようだと一瞬見紛った。近づきがたく、神々しくもどこかぞっとする光景。
 トゥーリは眠っているのか気を失っているのか、広間に人が入り込んでも目を開けることはなかった。

「――トゥーリ!」

 ソルエルが思わず彼の元へ駆け寄ろうとすると、すぐにも異変は起こった。ソルエルの足元の床から、鋭い氷柱がいくつも彼女の身体を串刺しにせんとする勢いで生えてくる。まるで近づくなと威嚇するように。
 出会って間もないころと同じだった。

「トゥーリ……」

 ソルエルが悲しげにつぶやく。すると、彼女の声に呼応してか、それともたまたまなのか、トゥーリがゆっくりと開眼した。
 しかし、彼はこちらを一切見ようとはせず、あくまでうな垂れたまま。

 トゥーリが目を開くとともに、広間全体の空気が一瞬にして変化していた。
 全身の血が凍り付いてしまいそうなほどの悪寒が走る。うっすらと青く透き通っていたはずの広間の氷が、一面禍々しい赤色に染まり、暗く冷たい淀みが充満する。

 生徒たちはみな一様に身構えた。
 しかしその甲斐もなく、彼らは次々と足元からみな氷漬けにされていった。

「うわっ、なんだこれ! 冷たいぃっ……」

「みんな大丈夫っ? 今助け――」

 飛翔魔法でなんとか咄嗟にかわしていた者も、今度は壁や天井など四方から襲いくる氷に捕らわれてしまう。
 炎であぶっても、氷はまったく解ける様子を見せない。

「嘘だろ、こんな簡単にっ……」

 エリックが歯噛みする。この短時間で、クラス全員が例外なく氷に捕らわれてしまった。

 たとえ向こうが強くても、こちらも最上級仮想精獣アンリミテッド・ヴァイラスを倒したという自負もあり、また多勢に無勢、ひょっとすると手加減すら必要な可能性もあるのでは、と少し前まで考えていた自身を、エリックは大いに恥じた。

 そして、想像していた以上の圧倒的強さを前に、こうも簡単に屈服させられてしまうものかと、絶望しか抱けなかった。
 広間中の氷がどくんと脈打ち、さらに赤みを帯びていく。城全体の氷がまるで生きているようだった。

「寒い……」

 ルビが震えながら弱々しく口にした。
 氷漬けにされた部位から、ものすごい勢いで熱と力、そして感覚が失われていく。しばらくして、魔力を吸い取られているのだということにようやく気づいた。

 生徒たちから吸い上げられた魔力は、部屋の氷を伝ってすべてトゥーリの元へと流れ込んでいく。
 魔力を吸われ朦朧とする意識の中で、ソルエルは思い出していた。トゥーリの食事回数が極端に少なかったことを。

 彼は仮想精獣なのだから、人間の食事など摂ったところでさほど力になりはしない。彼の本当の食事は、仮想精獣を倒して魔力を得たり、こうして人間から魔力を吸い取ることで、初めてありつけるものだったのだ。

「寒い……死んじゃう……」

「このままでは凍らされた部位が壊死してしまう」

「みんなしっかりしろ! こんな氷すぐに炎で――」

 混乱極まる中、何が起こったのか。
 生徒たちを捕えていたはずの氷が突然消失し、霧散した。天井から吊るされていたオズマなどは、床に真っ逆さまに落とされていた。

「いったーーいっ」

「ど、どうした……何があったというんだ……」

 祭壇のほうを見ると、トゥーリが再び閉眼していた。まるで一時休息でもしているかのように、本当にまったく何もしてこない。
 トゥーリには、全力で向かってこれない何かしらの制約でもあるのだろうか。

 とにかく、ラッキーでも何でも、間一髪助かったというわけだ。この機を逃す手はない。
 エリックが迅速かつ的確な指示を出し、大いに采配を振った。

「トゥーリの属性は氷結と風だ。本気の彼に炎が効かなかったとしても、こうして眠りに落ちている今なら効果があるかもしれない。夏属性・炎使いのメンバーを主軸に体勢を整える。冬属性と秋属性は、今回は治癒魔法や後方支援に徹してくれ。なんとしてでも炎使いを守りきる。彼らが倒れてしまえばこの場は終わりだ。トゥーリが覚醒したらまた魔力を奪われるぞ、それまでのあいだにできるだけ――」

 みながあれこれと右往左往していた、そのとき。

 耳をつんざくような機械音が、突然この大広間に鳴り響いていた。
 誰も聞いたことのない、何か警報のような不穏な音だった。
 音源は生徒の中にいた。みなが一様にその人物を振り返って見やる。

「――ソルエル……?」

 音の主はソルエル。
 彼女は顔を真っ青にしながら、震える手で鳴り響く右手首の銀のバングルを押さえ込んでいた。警報は、少しずつその音を鈍らせ弱まっていった。

「ソルエル……お前……」

 状況を理解したルビが、彼女の細い右手首に乱暴に掴みかかっていた。

「何、やってんだ……――お前、何やってんだよっ……!」

 ルビにものすごい剣幕で怒鳴られ、ソルエルはぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。マイスもその光景を見て、愕然として言葉を失っている。

「ここまで来て、お前……リタイアって――!」
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