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老人と弟子と

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「はぁ・・・やっと川があったわ」
シウンは誰にも会う事なく無事に川まで辿り着いた
鬱蒼とした木々で空も隠れていたが、川の周辺は木々もなく開けた場所だ
「わぁ・・・星が沢山流れてる。なんて綺麗なのかしら。最近では一番寒い夜だからより美しく見えるわ」
先程まで必死だったからか自分が上着を着ていないことすら忘れていた
ピンと張り詰めた冷たい冬の空気とキラキラと落ちるように流れる星々を見てふと涙がこぼれそうになる
宮中ではユエの尚宮として清く正しく仕えてきた、ユエも後宮によくあるような争いは苦手だった。
皇后様の姪御様でもあった為皇后様からの後ろ盾を得ながら側室の中でも1番の寵愛を得ていた
王様は美しく儚げでいて芯の強いユエ様に優しく大事にしていた。
豪快な政策もするが威厳もあり民の事をよく考えていた王様が、あの様な民心を裏切る行為をするはずがない
今回王様の首を切り落としたあの王弟は以前から王座を狙っていたともっぱらの噂だった
「忌々しい・・・絶対に王弟が何かしたに違いない」
ギュッと両手で自分の肩を抱き爪を立てて怒りを鎮めるそしてハッとする
「いけない、ユエ様と姫様に早くお湯を沸かしてあげなくては・・・とは言っても手桶も器も何も持ってないが・・・ぁ」
いつもより明るい空の下で幾分か辺りが見やすくシウンは周りをよく見ると2人分の影を見つける

「(まさか・・・兵士か?)」
慌てて周りを見るとすぐ近くに女1人が屈んで隠れられる位の岩がありその後ろに隠れ息を殺す
心臓が張り裂ける程に脈打ち気分も悪く感じるシウン
「(そんな・・・私がもしここで見つかれば間違いなくユエ様も見つかる。それだけは避けねば!!)」
ドクンドクンと全身にまで響く鼓動が近くにいる2人にも聞こえているのではないかとさえ思う
お願い早くどこかへ行ってとギュッと目をつむり息を殺していると
「心配せずとも儂らはそなたをどうにかしたりするつもりはないから出てきなさい」
と川の音に乗って声が響く

びくりと身体を震わせてそっと岩陰から顔を出すと、すぐ近くに僧侶のような姿の老人とシウンとそう歳の変わらない体格の良い男が並んでいた
「ぁ・・・あの」
砂利の音もなくすぐそこにまで来ていた事にも驚いたが少女だった頃に宮廷に時々来る物売りから買った仙人とその弟子の姿とよく似ており言葉を失った

「どうした?物珍しいものでも無いじゃろ、儂らはこの山で修行中の者じゃ、そなたは・・・かような格好でこのような山にいると言うことは誰かに追われておるのかの?」
寒い中上着をユエの寝床に敷いてきたので山の中の川に来るにはあまりにも軽装で裾を引き摺るような衣は逃げ回っていた時に引っ掛けて泥や破れが目立つ
「ぁ・・・っ」
下手なことを言えば役人に突き出されるのでは?
そう考えギュッと服の裾を握る

「そんなに怯えずとも良い、儂らが役人にでも突き出すとでも思うたか?ここらに儂ら以外の人はおらぬ、それにそなたからは悪人の相が見えぬ、セイもそう思うじゃろ?」
「そうですね・・・あと、徳のある高貴な方に仕える相をお持ちですね」
そう言いながらセイという男はシウンの事を射るように観ている

ふむ、なかなかわかるようになったの。等と老人に言われ真剣な顔を崩し喜ぶセイ
そんな2人を見ながら驚いた顔をするシウン
「何故・・・そんな事が?貴方方あなたがたは一体・・・」
「なに、名乗る程大した人間ではない、そうじゃの・・・人よりちぃとばかり長く生きとる義光老師ぎこうろうしとでも名乗ろうかの。こっちは弟子のセイじゃ」
「セイと申します。そちらの名前は?」
「シウンと申します。老師様とセイ様でございますね。」

神に仕える僧とその弟子はこの国では尚宮よりも上だ、勿論王様は神の次に位の高いお方なので大僧でも王様に丁寧な言葉が必要だが
「敬称など結構ですよ、気軽にお呼びください。」
「では、セイさん。お二人を信用して話す事は多言無用に願います。 私は宮廷にて仕える女官でございますが、今は訳あって宮中へ帰る事は叶いません。私と共に宮中を出たとある高貴なお方が産気付き先程赤子を出産いたしました、今はある場所にて赤子と共におられます。どうかお助け下さい!助けて頂ければ私が御恩を必ずお返しいたします!!」
シウンは必死の形相で話をするとゴツゴツとした石が転がっている砂利など厭わず座って頭を下げる

「なるほど、それで水を汲みにここまで来たと言うことか。」
「はい、早く帰ってお湯を沸かしある方と赤子を綺麗にして差し上げなければなりません」
「ふむ、セイよ先程いた辺りに水桶が落ちておったな、たっぷり水を汲みシウンと共にその高貴なお方の所へ参ろうか」
「はい!」

セイはそう言うと砂利音を鳴らして水桶を拾いに行く
「シウンよ案内を頼む。」
「はい!」
「儂らはこの山の中にある寺で数年修行で籠るつもりじゃ、どうもそなたは儂が助ける人間のようだの、そなたとその女人と赤子も体調の加減を見て共に寺に来ると良い、質素な暮らしではあるが役人や兵士の目は誤魔化せるはずじゃ」
「ありがとうございます。そこまで考えてくださり。・・・でも助ける人間、とは?」
「ま、勘かの?」
老師はとぼけたように言いながら3人で洞窟まで進んで行く


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