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ひと時の夢

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なかなか見つからない。
この筆入れを返したい相手は、もしかしたら本当に外遊で来ていたのかもしれない。
疲れてソファーに座っていたら男性が声をかけてきた。
そしてクロヴィス様を探してくれると言ってくれた。
よくよく考えれば私はクロヴィス様のフルネームを知らないからこの筆入れを見せた。
すると、
「その男は、こんな顔だったか」
「・・・え?」
こんな顔?と思い男性の方を見ると少しマスクを外して私に素顔をみせる。

もう一度お会いしたいと思っていた方の美しいお顔が目の前にあり顔が熱くなった。
「クロヴィス、様」
心臓が張り裂けそうなくらい鳴ってる。
聞こえていないかしら。

無事にクロヴィス様には聞こえなかったみたいで話題が変わった。
「やはりアリスか。 貴族だったのだな」
マスクを元に戻しながらそう言われた。
「はい、いえ。名ばかりの末端貴族ですわ。」
お母様が生きていらしたら、末端なりにももう少しましだったけれど。
ドレスをギュッと掴む。

「そうか。 だが、上手くやればここで公爵夫人になれるかもしれないぞ。」
軽く言うクロヴィス様に慌てて手を振る
「そ、そんな大それた事。私には・・・」
それがあの男の望みだが、どう考えても無理だ。
それと同時にそんな風に言われて少しショックだった。
クロヴィス様の爵位はわからないけれど、クロヴィス様とそういった仲にはなれないんだ、と。

公爵夫人になりたい訳じゃない。
でもここであの家から逃げ出す為に相手を見つけなければいけない。
本当はクロヴィス様のお嫁さんになりたい・・・

そう考えているとクロヴィス様が私の前に手を出してきた。
「では、ご令嬢。一曲踊って頂けますか?」
「ぇ。 ぁ。はい。」
私は自分の手を重ねる。
ホールの真ん中までエスコートして下さるけれど、ヒソヒソと話す周りの言葉が耳につく
「まぁ、見てくださいな。時代遅れのドレス。」
「手直ししてる様ですけれど、このパーティーにあれはないですわね。」
「あの男性も見る目がないんじゃなくて?」
「一目で家格が分かりそうなものですのにね。」

私は良いけれど、クロヴィス様に申し訳ない。
マスクでお顔がほとんど見えないから、どう思ってらっしゃるのかわからない。

曲が始まり身体を密着させたり離れたり、まるで夢のような時間。
いつも執事がコソコソとダンスの練習をしてくれていた。
「ダンスが上手いのだな。」
「あの、こんな風に踊るのは初めてなのですが・・・執事が練習してくれて。」
こんな日が来るかもしれないと、諦めていた私に熱心にずっと指導してくれた。

「ほう。 だが、このパーティーに参加してるということは既に20歳は過ぎてるんだろう?」
「今年20歳となりました・・・」
このパーティーは20以上の成人貴族が呼ばれている。
マスクを外さなくてもわかるお年を召した男性も女性も数名いた。

「15も上か・・」
「え?」
何が15なんだろう。
「あ。いや。 社交界デビューはしなかったのか?」
「・・・・事情がありまして。」
主に贅沢させたくないという理由で。

もう曲が終わってしまう。
クロヴィス様は、他の方とご縁を結ぶだろうから邪魔をしてはいけない。
そう思って曲が終わったので失礼させて頂こうとクロヴィス様から離れようとしたら私の腰を持ってグッと引き寄せ
「もう少しだけ、君と一緒にいたい。」
耳元でそう言われてしまった。
言われた事がない、こんな事。
きっと顔が赤いと思う、マスクをしていて良かった。

「は、い」
「ありがとう。」
クロヴィス様の口元を見ると微かに微笑んでる。
クロヴィス様は私の手を握りまた先程までいたソファーに戻る。


「アリス、先日は本当に助かった。」
「ぁ。いえ。」
「君とここで出会えるとは思わなかったから驚いたよ。」
「はい。」
握ったままの手に集中してしまってクロヴィス様の話が入ってこない。
ドキドキが伝わっていないかしら・・


「・・・、いいか?」
「ぁ。はい。」
聞いてなかった。
なんと言ったのかしら。
「ありがとう。 では明日またあの家に行くから。」
「ぇ、あの!」

スッと立ち上がり私に礼をして人の中に入って行った。
「なんと言ったのか・・・どうしましょう。」


その時閉会の合図音がした。
「只今を以てパーティーを終了致します。 この後は後2時間こちらは開放していますが、その後は皆さま御退場願います。 アプト国の方々は数日こちらに滞在して頂きますので、もし交流を深める方がいらっしゃいましたら、明日からは自由となっております!」
大きな声で叫ぶように従者が言うと下がっていく。

ざわざわと周りが騒めきだした。
「明日から暫くこちらにいらっしゃるのね!」
「はい。ご令嬢方をより深く知りたく思います」
「まぁ!お上手な事!」
私の周りからもそんな声が沢山聞こえる。


クロヴィス様も暫くこちらに滞在されるのね。
「明日も、クロヴィス様と会える・・・」
身体の奥が嬉しさがこみ上げる。


私はお喋りする人達を避けながら自分の馬車まで向かい、帰路に着いた。

屋敷に入ると嬉しそうな顔の2人が待っていた。
「アリス!! どうだったんだ?良いお相手は見つかったかい?」
手を揉みながら聞いてくる男

「・・・いえ。」
クロヴィス様の事あまり言いたくない。

「!!!お前ってやつは!その身体を使ってでも男を虜にしてこいと言っただろう!!」
コレットが目を吊り上げて叫ぶ
「ここまでお父様に大切に育ててもらっておいて、親孝行の1つも出来ない娘だ!!」
2人揃って喚く。
「こんな事なら初めからレートル伯爵様の所に嫁がせれば良かった。」
ボソリと聞こえた言葉に背中がゾクリとした。
レートル伯爵とはあの70歳前のご老人の事?
次々と娶られる若い女性が謎の早死にをしていってるあの?
それは嫌だ。

「・・・あの。明日から、本日知り合った方と会う約束を、しています。から。そのお話はその方と上手くいかなかった時に、して下さいまし。」
本当は言いたくなかったけれど、言わなければ明日にでも嫁がせられるかも知れない。
クロヴィス様ともう少しだけ過ごしたい。
それが終わってからなら。
お母様の元に行くのが早くなるだけよ。
「そのお方は男爵以上なのか?」
「・・・おそらく。」
「、そうかい!!!なら必ずその方の家柄を聞き出すんだぞ! それまでは家の事よりそちらを優先なさい。」

「あ、りがとうございます。」
気持ち悪いくらい嬉しそうな顔の2人
失礼しますと礼をして、さっさと部屋に戻る。

「クロヴィス様、理由に使ってしまい申し訳ございません。」
ポタリと床に涙が落ちる。
出逢ったばかりだと言うのに、クロヴィス様が私の心を満たす。
もしかして、これが恋というものなのかしら。

「あと少しだけ、貴方と過ごさせて下さい。」
そうしたら私は、後悔無くレートル伯爵様の元に嫁ぎます。
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