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愛情の消えた男爵令嬢

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幼い頃は良かった。
毎日お庭でお母様やお父様と遊んで、メイド達も笑ってる。
私が10歳のあの日までは、この暖かい生活が当たり前で、いつまでも続くと思っていた。


お父様が愛人とその子どもを連れて来るまでは。


お母様が私が9歳の頃から体調を崩し始めた。
その頃からお母様は、毎日呪文のように私に言った
「強く生きるのよ」
お母様の言葉は私の心に強く突き刺さった。
弱っているお母様が部屋に篭りきりになり始めた頃、お父様が香水の匂いがキツイ綺麗な女性とその息子を連れてきた。

「アリスこちらに来なさい。こちらはコレットと息子のアダムだ。まだ3歳だ。可愛いだろう?」
「初めまして。」
「まぁ!!可愛らしいお嬢様だこと!今日からどうぞよろしくね。」
「・・・え?」
思わずお父様の方を見ると見た事が無いような嫌な笑顔を向けてきた。
「コレットはね、お前のお母様が体調を崩している間、アリスのお母様をしてくれるんだよ。」
「仲良くしましょうねアリス。」

お父様がコレットの腰を撫でるように抱きこちらを見る姿は、もう、私の知っているお父様ではなかった。
「いや、嫌です! 私のお母様はお母様だけよ!!」
泣きながら叫ぶと、お母様が重たい体を引きずって部屋から出きた。
「エルマー!!!貴方って人は!!!!」
こんなに叫ぶお母様の声は聞いた事がない。
思わず2階を見上げる
「リリス、ダメじゃないか起きてきちゃ、アリスの事は私に任せなさい。」
「アリスに触らないで!!!! エルマー、この男爵家を仕切れるのは誰のおかげと思っているのかしら。 成り上がりきれない貴方を我が男爵家が婿にしたからその地位に居られるのを忘れたの!!」
その時私は初めてこの家がお父様が婿養子として入ってきたと知った。
母はおぼつかない足取りで階段を降りてくる。

「その卑しい女がアリスに何をするかわかったものではないわ!!」
「考えすぎだよリリス。君には勿論感謝してるんだ、だから治すためにゆっくりお休」
「あなたが!!!!」
遮るように叫ぶ母の声が響き渡る。
「この家を乗っ取るために、そこの卑しい女と一緒になる為に、私に毒を少しずつ盛っているのはわかっているのよ!!!」
え。今、なんて。
お父様の方を見ると、相変わらず笑顔を貼り付けている。

「考えすぎだよリリス。子ども達が驚くだろう。」
「出て行きなさい。 貴方のような男はこの男爵家に相応しくない!!!出て行け!!!あっ」
「キャァアア!!お母様!!!」


ドタドタドタッ
足を踏み外しお母様が高い場所から落ちてくる。
私が慌てて駆け寄ると、お母様は私の手をギュッと掴んだ。

「っ・・・強く!!、強く生きるの!負けないで。・・お母様は、いつも、ぁ・・アリ、スのみか・・・・・」
母の手がだらんと力をなくす。

「いや!!いや!!!お母様、いやぁあああああああ!!!!!!!」





その日お母様の遺体は愛人を連れ込んだと言う醜聞を恐れたお父様が屋敷の後ろにある森に埋めた。

世間には心の病を患ったので隣国の大きな療養所へ入れた事になっている。
母が生きている事にしなければならないのは、男爵家の家系はお母様にあるからそれを全てお父様名義に処理をしてから、亡くなったと公表する為だ。

そして、お母様が居なくなった私には最愛のお父様も居なくなった。
あの男はコレットと息子のアダムを溺愛し贅の限りをコレットと息子にさせてやる。 
毎夜聞こえる嬌声は気持ち悪くて耳を塞ぎたくなる。
父であった男の名を屋敷中に聞こえるかのように叫ぶあの女の声は吐き気がする。

数人の執事と使用人を残し、私も家の事をするように言われた。


せめてもの救いは質素ながらも食事が取れた事。
私の部屋は今まで通り使えた事。
そしてメイドが毎日こっそり栄養のある物を持ってきてくれた事。

朝早くからメイドや執事と一緒になりお仕着せを着て屋敷内を掃除して、食事の用意をする。
元父であるあの男もあの女も息子も私の事は使用人のように扱った。
成長していく体に今まで着ていた洋服は着れなくなった。
ドレスも靴も買ってもらえずお仕着せを着るようになった。
するとメイドが母の着ていた物を手直ししてくれて持ってきてくれた。

彼女達がいなければ、生きていないかも知れない。
そのくらい支えになった。
「強く生きなさい。」母の言葉はこれを見据えて居たのだろうか。


あの日から10年経った。
社交界に出る年頃になった頃もドレス代が勿体ない。
使用人が減るから嫁に出すのも惜しい。
嫁に出すのなら家格の高い者としか婚姻させない。
そう言っていたあの男に突然呼ばれた。
「アリス、あぁ。美しく大きくなったね。お母様に似てきたね。」
あの日から私の名を殆ど呼ばなかったのに急に、なんなのか。
それに、気安くお母様と呼ばないで欲しい。
「・・・なんの御用でしょうか。」
「実はね、数日後に王様直々の見合いパーティーがあるんだ。 貴族の未婚の年頃の女性は全て出席するよう書かれている。面白い趣向を凝らせたパーティーらしい。 アリス、これは一世一代の親孝行の時だと言う事はわかるね?」
親孝行。
私はこの男に孝行もしなければいけないのかしら。
「男爵家のお前が公爵家と繋がりが持てる機会だ。 お前のその身体を使ってでも、ものにしてきなさい。」
身体を使って・・・ゾッとする言葉。
血の繋がった親から出てくる言葉なのか。
そう思いながらも、ここから逃げられる可能性が出てきたのだから、私はもう何がなんでも結婚しなければならない。
「・・・承知しました。」


ドレスはお母様のがあるだろう。それを使いなさい。
そう言って私を下がらせた。
流行に疎い私でも10年前の物は恥ずかしいだろうと思うが、お母様のドレス。
少し手直しして使おうか。


「お母様にお許しを貰いに行こう。」
そう言って1人森に入った。
お母様にみすぼらしい格好は見せられない。
1番マシなワンピースを着て森に入った。
そして、お母様がいる場所、大きな木の前まで来た。
「お母様、遊びに来ました。 今日はね、リンゴを持ってきましたよ。」
木の前にリンゴを置く。
「あのね、お母様。今度パーティーがある時にお母様のドレスを手直しして使っても良いかしら? いいわよね?」
返事が返ってくるわけないのに質問する。
「今度のパーティーで素敵な人を見つけたら、私結婚したいの。お母様。私に素敵な人を探してね。」
サワサワと木が揺れる
風が吹いたからなのか、お母様が返事をしてくれたのか。
「よろしくね。」
そう言って立ち上がると屋敷へ戻る道を歩く。


「霧が濃くなってきた。」
こんな日は些細な段差すら危険だ。
「霧が晴れるまで待とうかな。」
すぐ近くに昔母に頼んで作ってもらった小屋がある。
足をそちらに向けた時

「ぅわああああ!!」
と上から馬と男が落ちてきた。
「キャァ!!だ、大丈夫ですか?」
馬はなんとか無事だったようだが、男の方は喋らない。

「息は、・・・良かった。」
どうやら気絶しているようだった。
旅人かな。
この国では珍しい黒髪を1つに束ねている。
顔はとても美しく、瞑った瞼にはふさふさと長いまつ毛が。
「綺麗な顔。」

お母様以外にもこんなに美しい人がいるのね。
コレットは綺麗だけれど、性格が顔に滲んでる。

とりあえず、小屋まで引きずって行こう。
「持ち上げられなくてすみません。」
そう言いながら、すぐそばの小屋まで引きずって行った。
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