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ヘンリエッタ編
198.報告
しおりを挟むリオットの復興が軌道に乗ったのを見届け、エッタはバジルとグレースを伴ってモウジ神国を発った。
「エイト殿はヒロキ殿と自分の世界に帰ったか……。それがええじゃろうな」
イアカスの港に見送りに現れたシナオサ聖はそう言ってうなずいていた。
港にはクロエの姿はなかった。一足先に、ヤズサコーへと旅立っていた。
(二度と貴様の顔を拝まなくて済むように、せいぜい毎日祈っておくさ――)
そんな憎まれ口を残し、見送りに現れないのはいかにも彼女らしい。
「またいつか、この国を訪ねてくれ。君たちならいつでも歓迎しよう」
国王トモテ直々の見送りの言葉を受け、楽団の勇壮な喇叭に見送られ、エッタ達を乗せた船は、出航したのだった。
◆ ◇ ◆
「――と、いう感じでしたわね」
モウジ神国を発って半月後、無事に王都アドイック近郊の港オタニムに着いたエッタは、この街の冒険者ギルドの応接室で、待ち受けていたスヴェンに「クエスト」の報告を行っていた。
一緒の船で帰ってきたグレースとバジルの姿は既にない。二人とも、アドイックへ一足先に戻った。
(今度はもっと穏やかな場で会いたいものね)
(同じ国にいるのだ、いつだって会えるだろう)
バジルの言葉に、グレースは「あんたが修行馬鹿を発動させなきゃね」と呆れた。
グレースの手には鎖が握られ、その先はバジルの腰に繋がっている。切れない鎖は、海を越えても尚二人を結び付けている。
見た目は異様だが、この二人はそれでいいのだろう、とエッタは無理やりにでも納得するおくことにした。
「なるほど、非常に興味深いお話でした……」
今日も今日とて黒猫型造魔獣のメネスを胸に抱いたスヴェンは、エッタの報告を聞いてそう何度もうなずいて見せた。
モウジ神国から事前に送った手紙であらましを聞いていたスヴェンであるが、エッタからの直接の報告を聞きたがり、船の到着予定日の今日、その場を設けたのだった。
わたくしのお土産が早くほしいのでしょう、とエッタはその理由を推察していた。
「では、お待ちかねの品々ですわ。これが空飛ぶ絨緞で、後は新型魔法銃とその弾丸、それから修復装置です」
エッタは床に広げた旅の荷物を指し示す。
絨毯と新型魔法銃はリオットの戦いで役立ったものを、こっそりと持ち帰ってきた。修復装置もただの携帯魔道灯と偽って持ち込んだものである。
「『賢者』、っていうかエイトくんは連れてこれなかったので、発明品の方だけを持って帰ってきました。これでもかなり危ない橋を渡ったんですよ? 向こうの軍務卿のガオイさんとか、物凄く怪しんでたんですから」
「いやあ、さすが素晴らしい仕事だ! 感謝しますよ」
目を輝かせて、スヴェンは床に広げられた道具を見回す。
「あと、グレースさんがバジルさんに括り付けている、絶対に切れない鎖もありますけど」
「それも興味深いですが……、グレースさんの心情を考えると、ちょっと取り上げるのは可哀想な気もしますね」
流石のスヴェンも、グレースのことは気の毒に思っているらしい。港で一緒に帰ってきた二人を出迎えた時も、「本当に、本当によかったですね」と感慨深げに何度もうなずいていた。
「では、少し見せてもらいますか……」
スヴェンは立ち上がると、床に広げられたものの中から、新型魔法銃の弾丸を手に取った。
「お、やっぱりそれに注目ですか?」
「ええ。特にこれは、解析できれば応用範囲が広い技術ですから」
道具の合成自体は「ゴッコーズ」によるものだ。だが、実際にそれが道具として機能しているということは、その中身は解析可能だろう、というのがスヴェンの見立てである。
実際、あの携帯魔道灯型の修復装置に関しても、その錬成式の付与方式は、新型魔法銃の弾丸のものを応用しているところまではわかっている。
神の力を使っているとは言えど、解析不能ではないのだ。
「これからは人間の時代だそうですからね。神の力もどんどん解き明かしていきたいですね」
エイトとヒロキが帰ったことを伝えるために、エッタは「旅の神」のこともスヴェンに話していた。
ヒロキはともかく、連れて帰るよう言われていたエイトが自分の世界へ戻ったことを知ったら、スヴェンは機嫌を損ねるだろうかとエッタは危惧していたのだが、彼の関心はどちらかと言えば、「旅の神」の言った「神の時代の終わり」に向いたようだ。
「まあ、本音を言えば、その『錬星宝具』という『ゴッコーズ』は惜しいですがね」
「スヴェンさんのことだから、とんでもない実験に使いそうですわね」
「そんな、人を狂魔学者みたいに……」
「え? 自分でもそう思ってらっしゃるのでは?」
ひどいなあ、とスヴェンは苦笑するが、その胸に造魔獣を抱いているのだから説得力は低い。
「それで、報酬のことなんですけども」
「ええ。所定の報酬はギルドの方に振り込んでおきました。それから……」
スヴェンが頭を撫でると、メネスが大きなあくびをした。すると、部屋の中に立ち込めていた気配がすうっと消える。
「入ってきていいですよ」
スヴェンのセリフを合図に応接室の戸が開き、外套をまとった魔道士風の男が姿を見せた。元冒険者で、今はバックストリアの「エクセライの研究塔」の管理者をしているテオバルト・カーサであった。
先の戦いの折にスヴェンに雇われて以降、彼の腹心的な働きをしている。エッタとも知己であるが、色々あってあまりいい知り合いとは言えない。
「えらく待たしてくれたな、旦那。中の音も聞こえないし、俺の知らない内に帰ったのかと思ったぜ」
ずっとドアの外で待機していたらしい。中の音が聞こえない、ということはスヴェンは防音の魔法を使っていたようだ。さっきのメネスのあくびで解除したのだろう。
「すみませんね、少し長引きました。それで、あちらの方を」
ああ、と応じて、スヴェンは手にしていた動物を入れる小型の檻を、机の上に置いた。
山型の檻の中には、一匹の白い猫が入っている。
「きゃー! かわいい!」
エッタはすぐに檻に手を伸ばすと、その正面の戸を開けた。中から猫が転がるように飛び出て、エッタの胸元に抱きついた。
「きゃー! いい子でちゅねー!」
白い猫をギュッと抱きしめ、エッタはソファの上を転げまわる。
「喜んでいただいて何よりです」
その様子を、スヴェンは目を細めて見守る。
この猫が、エッタが要求した報酬だった。当然、普通の猫ではなく、エクセライ家の開発した造魔獣である。
「しかし、本当によかったのですか? 戦闘能力のない愛玩用の造魔獣で……」
「いいに決まってるじゃないですか! 猫ちゃんに戦わせるなんて野蛮すぎますわ!」
跳ね起きてそう反論すると、またすぐにエッタは転げ回る。
「猫って、鼠を捕ったり小鳥を捕ったり、狩りの達人だと思うんだがな……」
田舎の農村の出らしい感想をテオバルトはぽつりと述べた。
「ところでエッタさん。その、これはヒロキさんから聞いた話ですが、彼の世界では独身で猫を飼い始めると婚期が遠のくという言説があるそうでしてね……」
「……はい?」
よく見えない話を切り出され、エッタは起き上がった。
「それで、僕も猫を飼っているわけじゃないですか。で、エッタさんもその子を……」
「おすしちゃんです」
白い体をシャリに、背中のぶち模様をネタに見立てたらしい。「おすし」を知るよしもないスヴェンは、不思議な響きに首をひねりながら続ける。
「おすしちゃんを飼ってるわけじゃないですか。それでですね……」
「あーっと! わたくし、今日中にヤーマディスに戻るつもりでしたわ! 今から急げば早馬車に間に合いますので、それでは!」
猫をもらえば用なしということなのか、それとも要領を得ないスヴェンの話に飽きたのか、エッタはそう言うと、挨拶もそこそこに応接を走って出て行ってしまった。
残されたテオバルトは、にやりと笑ってスヴェンを振り返る。
「フラれちまったな、旦那」
「いやあ……、まさかあんな風に逃げられるなんて……」
ガクッと頭を垂れて、珍しくスヴェンはしょげ返った声を出す。
「前置きが長いんだよ。何で異世界の話をし始めるんだ」
「作戦ですよ、作戦……」
テオバルトは、エッタが異世界転生者であることは知らない。説明しても理解させるのが難しいだろうと思って、話していなかった。
郷愁を誘う元いた世界の話題と、共通の好みである猫の話題。この二つを組み合わせることで興味を惹こうとした作戦だったのだが……。
「頭で考えるようにはいきませんね、求婚というのは……」
妹にどやされる、とうなだれたスヴェンの膝に、メネスが励ますように頭をこすりつけた。
「お嬢さん強烈だからなあ……」
やけに実感のこもった調子でテオバルトは顎を撫でた。
バックストリアで出会った時から、スヴェンはエッタに惹かれていた。エクセライ家の嫡子である立場上、配偶者を得ることは至上命題でもある。
スヴェンは、彼なりにエッタに気を回し、アプローチをしていたつもりだったが、まったく実っていない。
今回の「クエスト」も、本来はスヴェンも同道するつもりだったのが、「オドネルの民」との戦いで地位を得てしまった彼は、出国することも中々叶わず、このような形になってしまったし……。
「何であんなに結婚を急かすんでしょうね、あの子も……」
何でだろうなあ、と気のない相槌を打って、テオバルトは話題を変える。
「それで、この床の上のガラクタを運んだらいいのか?」
「ガラクタじゃないですよ。これからの魔道の発展に寄与する重要な品です」
言って、スヴェンはメネスを抱えて立ち上がった。
「では、我々も行きましょうか」
「ああ。一杯ぐらいなら奢ってやるよ」
テオバルトはエッタの持ち込んだ品をまとめて袋に包み、背負い上げた。
「お気持ちだけ受け取っておきますよ。僕は飲まないので」
スヴェンも、テオバルトと連れ立って冒険者ギルドの応接間を出て行った。
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