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ヘンリエッタ編
193.母よさらば
しおりを挟む終わった。全てを見届けてエッタは大きく息を吐いた。猛烈な目眩が襲っていて、立っていられない。
「あ……」
ぐらりと視界が揺れ、倒れそうになった時、彼女の肩を支えたものがいた。
「終わらせたな」
「……ええ」
クロエにうなずき、エッタは微かに笑った。肩を借りてどうにか立つ。
「おーい、やったな!」
振り返ると、ヒロキとエイトがこちらに向かってきているところだった。追いついてきたヒロキは、極大魔法5連発に巻き込まれた「惨状」を見回して、「うお……」とこぼした。
「とんでもない威力だな……」
「一個人で街って壊せるんですね……」
二人の感想にエッタは肩をすくめる。
「まあ、だいぶ抑え目になってしまいましたがね。極大魔法は連鎖魔法に組み込むと、どうしても威力が落ち気味になってしまいますから」
「これで落ちてるんですか!?」
エイトは目を見張った。銃程度でどうにかなるものではなかった、と痛感しているのかもしれない。
「お疲れ様」
「無事に片付いたようだな」
と、そこに新たに二つの声が聞こえる。振り向くと、グレースとバジルであった。
「あら、バジルさん。どうしてこっちに?」
「私が護衛を頼んだのだ」
バジルの背後からトモテが姿を見せる。
「この戦い、やはり為政者として見届けねばならぬと……」
「『三日月』と言ったか、あの暗殺者も私が撃退した。こちらも君たちがいるならば危険は少ないだろうと思ってな」
「やっぱり襲ってきたんですか?」
エイトの言葉に、「うむ」とバジルは応じる。
「なかなかの強敵だったが、いい修行にはなったな」
「カマチさんからもらったっていう例の小太刀、『カザハナ』で戦えたンスか?」
「そうとも。ヒロキ、君にも見せたかった。私が剣聖討魔流を見事に使いこなすところを……」
「え、どうやって!?」
実はな、と武勇伝を語り出したバジルの背後では、グレースが彼の腕をしっかりと握っている。
「どうした、何をしている?」
「捕まえとかないと、またどっか行っちゃうでしょ」
クロエに振り返ったグレースの目は据わっていた。
「そうか……。首輪でもつけておくといい」
「鎖も探しておきたいわね」
その顔は真剣そのものであった。
「ヘンリエッタ師……」
周囲の会話をよそに、トモテが改まった口調で声をかけてきた。
「今回は本当に助かった。感謝している」
「いえいえ、主にわたくしの力ではありますけど、皆さんの協力もあってのことですわ」
なのでお礼はみんなに、と謙虚なのかそうでないのかわからないことを言った。
「ああ、わかっている。ところで、ユーワン師のことなのだが……」
「彼女なら、どうもあの大きな造魔獣を動かすために合体したようですわね」
もしかして行方を探させています? と尋ねられ、トモテは「どうだろうか」と首をひねる。
「ガオイ卿が命じていたようだが、ユーワン師の上半身が造魔獣から生えてきたのは、街のどこからでも見えたはずだ。その魔獣が倒れたことは、捜索していた騎士たちにも伝わっていよう」
言って、トモテは地割れの中心に目をやる。
ユーワンと一体となった造魔獣は、既に跡形もなく消え去っているが……。
「ん? 何か真ん中の方で動いたような……?」
「……あれは!」
土の中で何かが蠢いたのを見てとって、トモテは弾かれたように地割れの中心へと走り出す。
「ちょっと、王子! 誰か!」
地割れ跡の法面を滑り降り駆けていくトモテを追いかけようとして、エッタはふらついて地面に手をついてしまった。極大魔法5連発の影響が後を引いている。
振り返って呼ばわると、すぐにヒロキが気付いてトモテの後を追った。バジルも出ようとしたが、グレースが腕を掴んでいる。
「グレース、離してくれないか?」
「どこに行くか言いなさい」
「……トモテ王子を追うのだが?」
訝しげに眉を寄せるバジルに、グレースは重ねて尋ねる。
「戻ってくるわよね?」
「すぐそこだが……? うむ、不安なら約束しよう」
そこまで言って、ようやくグレースは右手を離した。
「いや、あの、急いで追った方が……」
「仕方ないだろう、国を跨いで二度もいなくなったのだから」
横から見て困惑しているヒロキに、クロエは冷静にそう告げた。
トモテは走った。背後から聞こえるエッタの静止も聞こえないふりをして。崩れた家屋の瓦礫が散らばる地割れの跡を駆けた。
まるで子供の時のようだ。荒く息を吐きながら、トモテは思う。
幼い記憶の、やわらかい思い出の中にはいつもユーワンの姿があった。父王が忙しい合間を縫ってトモテに会いに来る時、必ずそこにはユーワンが影のように寄り添っていた。
トモテは母を知らない。早くに亡くなってしまっているから。ギラッカ王の後ろに立ち、柔和に微笑むユーワンの眼差しこそが、彼の知る母性であった。
だからこそ、ユーワンのことを信じていたというのに。
「ユーワン師……」
すり鉢状に凹んだ地面の中心付近に、彼女は倒れていた。腰から下と右腕を失い、色の褪せたような白い髪と異様な黒と赤の目は記憶にあるそれとは違っていたが――、それでもトモテは手を延べずにはいられなかった。
「殿下、危ないですよ!」
ヒロキが背後から警告を発するが、トモテはユーワンに語りかける。
「どうしてこんなことになってしまったのか……。本当に、残念でならない……」
荒い息を吐くユーワンは赤い瞳を動かして、トモテの方を見やる。
「残、念……? それはこちらのセリフね……」
ヒロキと、少し遅れたバジルが追いついてきた。トモテは近寄ろうとする二人を、振り返らずに手で制した。
「とんだ、見込み違い、だったわ……。お前は、あの人の後を継いで、この大陸を、世界を統べる器があると思っていたのに……」
「父は、本当に覇王になろうとしていたのか?」
ユーワンが胸を揺らした。声になっていないが、笑ったらしい。
「そうよ? あの人は、ギラッカ様は自らがこの大陸を治めることが最も平和に近づくと確信していた。自分が死んでも、息子が必ずそれを継いでくれると。その夢に共鳴して、そのためにわたしは尽くしてきた。あの人に、その息子であるお前にも……」
だけど、とユーワンは笑いやめた。
「お前は、その期待も踏みにじって、わたしを殺すのね……」
「すまない……」
俯いたトモテの背後から、ヒロキが何かを言おうとしたが、バジルがそれをとどめた。
「謝らないでよ。虚しく、なるわ……」
ユーワンが激しく咳き込むと、右腕の断面から魔素がチリのように舞った。既に体を保つのが難しくなっているらしい。
死が、近づいていた。
「ユーワン師、私はあなたのことを、母のようにも思っていた……」
「母……?」
やめてくれるかしら、とユーワンは鼻で笑う。
「わたしの子供だというのなら、従いなさいよ……。それを、拒絶したくせに、今更、そんなことを……」
残された左腕を使って、ユーワンが身を起こした。トモテの背後の二人が、武器に手をかける。
「お前の母親は、あの女だけよ……。あの人の、ギラッカ様の最大の過ち、選択の失敗……。嫡男であるお前を産み、用済みになってわたしが殺してやったあの女だけ!」
「師が、私の母を殺したのか!?」
そうよ、とユーワンは体を揺らす。
「後継が生まれれば、もう必要ないでしょう? ギラッカ様にもお前にも、わたしがいればいいのだから!」
「ッッ!」
告げられた事実が、トモテの手を腰の剣にかけさせ、そのまま白刃を抜かせた。
「殺すのね、わたしを……」
目を細めてユーワンはそれを見上げた。
「いいわ、振り下ろせばいい。激情と怒りのままに……!」
剣を握る手に強い力がこもる。トモテは剣を振り上げた。
「乗っちゃダメですよ、殿下」
言葉とともに、ヒロキがトモテの腕を押さえた。
「勇者ヒロキ、あなたは許せというのか……?」
いえ、とヒロキは首を横に振る。
「許せとか許すなとか、俺にいう権利はないんで。だけど、何か狙ってるように見えるから……」
魔素へと変わり行く体を揺らして笑うユーワンを、ヒロキは見やった。
「呪いですよ」
新たな声に振り向くと、エッタがクロエに支えられてこちらに歩いてきているところだった。その後ろを、おずおずといった様子でエイトもついてきている。
「怒りに任せて憎い敵にとどめを刺した。その事実は王子、傷跡のようにあなたの中に残ります」
その傷跡は、トモテの行動をこれからも苛んでいくことになる。一度切ってしまった堰を修復するのは難しい、とエッタは続ける。
「王子、あなたは周りの国とは戦わないやり方でこのモウジ神国を治めていくのでしょう。その時に、この傷は足枷になる。それを気にせずにやっていける人もいるでしょう。だけど、あなたは違う。違うから、呪いになる」
そうですね、とエッタはユーワンを見やった。
「最後にわたしを殺させれば、このヘタレなお坊ちゃんも、わたし好みに近づくと思ったのに……。本当に、邪魔をしてくれる……」
「挑発した、ということか……!?」
荒い息を吐きながら、トモテはユーワンをにらみつける。最早ユーワンの体は、残っていた左腕も消え、胸もほとんどが魔素へと還っていた。
「放っておいても、このまま消滅するのでは?」
ぽつりとバジルが言った。
「放置すればよろしいかと。あとは、時間が決着してくれましょう」
クロエの言葉に、トモテは剣を鞘に収めた。
「さらばだ、ユーワン……。これからは、お前に寄らない国を作っていく」
ユーワンは口角を上げた。
「あら、そうですか。では、精々その中で足掻くがいいでしょう、殿下」
「足掻くさ、いくらでも……」
それから、とトモテの目が少し緩んだ。
「これまでありがとう、ユーワン師」
ユーワンは一瞬目を見開き、そしてまた体を震わせた。
「どこまでも坊やね……。その甘さは、わたしが海の底へ持っていきましょう」
ユーワンの体が、完全に消滅するまでそう長くはからなかった。
残された造魔人の核を拾い上げ、トモテはそれを握りしめた。
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