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ヘンリエッタ編

186.集う戦士たち

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 リオットの城が建つ丘陵、その中腹に内側から突き破るように大きな穴が開いた。

 そこから姿を現したのは、異様なモノであった。

 それは、30シャト(約10メートル)を優に越す巨体で、硬質な鱗に覆われた半球形の頭部と、それと対照的な半液状の下半身を持ち、その境目からは悍ましい液体に塗れた触腕が何十本も蠢き生えている。目も耳も鼻も、おおよそ表情の窺える器官を持ち合わせていないが、ただ頭部と思しき半球に嘴状の突起が突き出ている。

 鼓動を繰り返すように脈打った液状の下半身を引き摺らせ、その異様を見せつけるかのようなゆっくりした速度で、穴からズルリズルリと這い出してきていた。動くたび頭部の鱗の隙間からは、闇色の煙が吹き出していく。

「な、何なんですかアレ……!?」

 海のものとも山のものともつかぬ、およそ名状しがたき巨大なそれに、エッタも思わずそう漏らした。

「あんなものが、城の地下に……!」
「何とも悍ましい……」

 トモテは寒気を感じたようにその身を抱き、ガオイは「国の発展に役立つならば」と一度でもユーワンをかばったことを恥じるように、何度も首を横に振った。

「あ、あんなのがちょうどいいって……」

 指さされた先に現れた想像以上の大きさの魔獣に、エイトはクロエの顔を見上げる。だが、クロエの方に怯んだ様子はない。

「どれだけ大きかろうが、やるべきことは変わらない」
「ま、そうですわね……」

 とはいえ、とエッタは周囲を見回す。

 神兵隊士たちは、アマヌスの遺体を調達してきた茣蓙の上に移し替え、横たえている。この遺体も含めて、シナオサとトモテは避難させねばなるまい。

 その護衛が隊士だけでは少々心もとない。意外と動けるガオイがいるにしても、彼も老齢で現場からは遠ざかって久しく、連戦となると厳しいかもしれない。

 となればバジルかクロエを同道させるべきだが、今度は造魔獣キメラとやり合うこちら側が手薄になる。

 ブキミノヨルだけならばそれでもよかっただろうが、未知の大型魔獣が出現したとあっては、状況は厳しい。

「バジルさんが二人いれば……」
「流石に私も一人だけだな」

 聞こえたのか、バジルは肩をすくめて見せる。

「せめて、あの大きな造魔獣キメラが何をして来るかがわかればマシなんですが……」
「――あれは、ヒカリノムフチだ」

 エッタのぼやきに答えるかのように、新しい声が響いた。

「よう、エッタにクロエさん。久しぶりだな」

 路地から姿を現したのは、黒髪の青年だった。細身だが、がっしりとした体格で腰にはこのモウジ神国のものとは違った、長細い曲刀を提げている。

 その顔、その声にエッタは覚えがあった。むしろ、とても忘れられない――。

「え、ヒロキじゃないですか!」
「ヒロキ様! この国におられたのですか!」

 エッタとクロエに、青年――300年前の勇者ヒロキ・ヤマダは「合流できてよかったぜ」と笑った。

「ヒロキ!? ヒロキとは、ヒロキ・ヤマダなのか……!?」

 トモテが驚いたようにヒロキの顔を見やる。そう言えば憧れなのでしたね、とエッタは以前の会話を思い出した。

「300年前の勇者がアドニス王国に現れたとは聞いていたが……、何故この国に……」
「何故って言われても、偶然っていうか、成り行きっていうか……」

 ガオイの問いかけに、ヒロキは困ったように笑った。

「ヒロキ様、ここは『悪あるところに勇者ありだ』と力強く答える場面かと。そうすることで、信者の獲得が容易になります」
「相変わらずブレないな、クロエさん……」

 囁いてきたクロエに、困り笑いに苦みが混じった。

「いや、何だっていい! こんな状況だ、伝説の勇者が来てくれたなら、こんなに勇気付けられることはない!」

 トモテの表情に光が差した。本当にファンらしい、とエッタも苦笑する。

「あんまり期待しないでくださいよ。俺、今『ゴッコーズ』ないんで」
「なくても十分でしょ。助かりましたよ、狙ってたような場面で出てきてくれて」

 その辺に潜んでたんじゃないですか、というエッタをクロエが「貴様!」とにらんだ。

「潜んでいてもいいだろう! 勇者とはいいところに駆けつけるものだ! ヒロキ様、わたしはあなたがどこに潜んで状況をうかがってらしたとしても、気にしませんから!」
「潜んでないからな! めっちゃ走ってきたわ!」

 冒険者として会談中の市街警備の「クエスト」を受けたヒロキは、その最中に城から見覚えのある造魔獣キメラと、それに追われる空飛ぶ絨毯を見、何かあると見て追いかけてきたのだという。

「会談にエッタ、あんたが同行するのは『ニュース』に出てたからな。絶対なんかやらかしたんだろうと思ってさ」
「あら、わたくしのことをよくわかってらっしゃるのですね」
「あんたのいるところ、厄介事ありってフィオもザゴスも言ってたからな」

 ザゴスには言われたくないですわね、とエッタは口を尖らせる。

「それで、何が起こってるんだ、そっちは? 何でブキミノヨルやヒカリノムフチが暴れてんだ?」

 実はですね、とエッタはかいつまんでこれまでの流れを説明する。

「なるほど、元『オドネルの民』の造魔人ホムンクルスが宮廷魔道士として潜り込んでたのか……」
「我が国のことながら、お恥ずかしい……」
「そんな、ご自分を責めても仕方ないですよ」

 俯くトモテを励ますようにヒロキは言った。

「それで、勇者殿は何故この国に?」
「あ、あー……」

 ガオイの訝しむような視線に、ヒロキは目を逸らした。

「それはあっちを見たら、わたくしはわかるんですけどね……」

 エッタの視線の先にはバジルがいた。険しい表情で腕を組んでいる。その向かいには、大剣を背負った端正な顔立ちの魔道士風の女が立っている。

「あれは……?」
「俺の仲間の魔道士の、グレース・ガンドールです」
「大神殿の雇った冒険者の、バジル・フォルマースの妻でもありますね」

 ヒロキとエッタはそう説明したが、夫婦同士とは思えないほどの雰囲気が、両者の間には漂っている。

「グレース……、君の怒りはわかる」
「当然でしょう」

 重々しくバジルがそう切り出すと、グレースは氷よりも冷たい視線を向ける。

「いきなり姿を消したあなたを探して、わたしとヒロキがどれだけ苦労したか……。『プロクシフォス』まで置いていくし……」

 すまない、とバジルは俯いた。珍しく殊勝な態度だ、とエッタは思う。グレースも同じなのだろう、心なしか表情が和らぐ。

「ようやく、わかってくれるのね」
「ああ、わかっているさ」

 うなずいてバジルは続けた。

「私が未だにこの程度の強さにとどまっていることに、不満を覚えているのだろう」
「……は?」

 斜め上のことを言い出しましたわね、と傍で見ていたエッタも慄いた程だ。直接言われたグレースの気持ちといったらないだろう。

「やはり最強への道は遠いものだ。だが! 一歩一歩着実には上っている。だから、待っていてくれないか」

 グレースが拳を震わせて握りしめたので、ヒロキが慌てて駆け寄った。

「ぐ、グレースさん、落ち着いて……!」
「わかってる、わかってるわ、ヒロキ……。今は、こんなことで、揉めている場合では、ないものね」

 白い息を荒く吐きながら、グレースは振り上げかけた拳を下ろした。

「そう、そう! その怒りは敵にぶつけよう! な!」
「……そうね。丁度よく暴れているのがいるようですものね」

 そうとも! と何故かバジルもうなずいているが、流石にそこに怒る気力もないのか、グレースは何も言わなかった。

「相手からしたら、たまったものではないな」
「ま、戦力は整ったからよしとしましょう」

 それで、とエッタはヒロキに尋ねる。

「向こうにいる巨大魔獣のこと、何か知ってるんですか?」

 ああ、とヒロキは居住まいを正した。

「あれは、ヤーマディスに『オドネルの民』が襲撃してきた時に使われた造魔獣キメラだ。ヒカリノムフチって呼ばれてたとか」
「……! あれが……!」

 その来歴を聞き、エッタの巨大魔獣に向ける視線が鋭さを増す。

 ヤーマディスの冒険者のほとんどを葬ったという、悪辣な造魔獣キメラだ。戦いの終盤にヒロキが駆けつけねば、一人の生存者もいなかっただろう。当時その場に居合わせなかったエッタも、事後の報告でその猛威については聞いている。

「なかなか厄介なものを引っ張り出してきたな」
「ええ。ほとんど嫌がらせみたいな魔獣だそうよ」

 クロエの言葉に、グレースが肩をすくめる。

「で、でも! その時は一回倒せてるんですよね?」
「いや、あの時、俺が駆けつけた時点では既に、そのほとんどの能力を失っていたようだ。俺はほぼとどめを刺しただけなんだよ」

 そこまで言って、ヒロキは急に口を挟んできた小太りの少年に初めて目を向けた。

「この子、誰?」
「賢者として召喚された異世界転移者、エイト・ミウラです」

 この子が、とヒロキは意外そうにその顔をしげしげと見つめる。

「あ、はい、一応そんな感じで……」
「『ゴッコーズ』も持っていますわ。チートという点では現状、あなたよりも上ですわよ」

 遠慮したように曖昧な笑みを浮かべるエイトの横から、エッタはそう補足した。

「違いないな。俺に『ゴッコーズ』があったのは、300年前の話だし」

 頼りにしてるぜ、とヒロキの延べた手に、エイトは躊躇いの視線を向ける。

「えっと、僕は、その、戦いとかは……」
「何言ってるんですか、当然頭数に入ってますわよ?」

 えええ!? とエイトは頓狂な声を上げた。

「そもそも、この空飛ぶ絨毯、あなたしか操れないでしょう。その時点で突撃組ですわよ」
「ううう……」

 呻きながらも、エイトは納得した様子ではあった。300年前の勇者たる、同じ日本人のヒロキが現れたのが効いたのだろうか。

「それに、あの造魔獣キメラがヤーマディスで暴れたのと同じものならば、やってもらいたいことがありますの」
「既に作戦は出来上がっている、ということか」

 ええ、とエッタは一同を見回し不敵な笑みを浮かべる。

造魔獣キメラが街に出てきて危機! なーんて、わたくしにとってはもう三度ネタですからね。しかも、タネの割れている相手です。どうとでもなりますわよ」

 安心なさい、とエッタは重ねた。
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