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ヘンリエッタ編
184.別離
しおりを挟むエッタらを乗せた絨毯はリオットの街の上空を行き、城門の近くに滑り込むように着陸した。
地上から見ていたのであろう、城門近くで待機していたシナオサやバジルらと、彼らについていた騎士たちがこちらに駆けつけてきた。
「シナオサ聖、早くきてください!」
「どうした、何があった?」
「アマヌスさんが……」
エイトの背後を見て、シナオサはすぐに状況を理解したらしい。同道している神官の何人かに声を掛けると、自身はトモテらに向き直る。
「殿下! ガオイ卿もご無事でしたか!」
「ああ……。だが、叔父上が私をかばって……」
トモテは目を伏せた。
「そうでしたか……、アマヌスが……」
シナオサは治療にあたっているクロエに声を掛ける。
「クロエ聖、容態は?」
それまでずっと無言でアマヌスの枕元に座し、回復魔法をかけ続けていたクロエであったが、シナオサの言葉に立ち上がってゆっくりと振り向いた。
「クロエ……?」
その様子にエッタが声を掛ける。
クロエは首を横に振った。何、とシナオサが訝しがると、もう一度首を横に振った。
「え、まさか……?」
「心臓が、止まっている」
絞り出すように、クロエは言った。
「もう、死んでいる」
それを告げる声は小さなものだったが、その場にいる一同にのしかかったものは、山よりも重かった。
「そんな……!?」
「叔父上……」
エイトが悲鳴のような声を上げて膝をついた。トモテも悲痛な顔を覆った。シナオサは顔をしかめて瞑目し、ガオイは無念そうに首を振った。神兵隊士の中には声を上げて泣き出すものもおり、バジルは少し離れたところからそれをじっと見つめている。
「なんてこと……」
エッタはかぶりを振った。そして、白い顔で立ち尽くすクロエを見上げた。死を告げた彼女の表情は、無表情に固まっていた。
仰向けに寝かされたアマヌスは、その胸板に3本の三日月型の手裏剣が刺さったまま目を閉じている。
微かに、口角が上がっているようにも見えた。穏やかな死に顔だった。
「そんな、そんなことって……。どうにかならないんですか!?」
膝をついたまま、エイトは何度も繰り返し、近くにいたシナオサに縋りついた。
「魔法! 魔法はないんですか!? 『ザオリク』とか『レイズ』みたいな……」
だが、老神官は厳しい顔で首を横に振るばかりだった。エイトが口にした「ザオリク」や「レイズ」の意味はわからなくとも、何を言いたいかはわかるのだろう。
「賢者殿。いかな魔法でも、死した魂を海底より呼び戻すことはできぬのだ……。大祭司殿に無理を言ってはならぬ……」
取りなすようにガオイが手を伸べ、エイトをシナオサから引き離した。
「どうして……!」
エイトは地面を叩いた。頰は紅潮し湿った線がいくつもついている。
「僕、頑張ったじゃないですか! 『ゴッコーズ』で空飛ぶ絨緞を作って、みんなを脱出させて……! 最善を尽くしたじゃないですか! そうやって『グッドエンドのフラグ』は立てたはずなのに、どうして……」
慟哭するエイトに寄り添うように、トモテがその背を撫でた。
「エイト・ミウラ」
その名を呼ぶトモテ自身の目も赤く腫れている。
「君は確かによくやってくれた。正に賢者に相応しい働きだった。私もガオイ卿も、ここにいる皆は君に命を救われたのだ。叔父上が守ってくれたものを、君は引き継いで守ったのだ」
アマヌスが身を呈して盾にならなければ、トモテは生きてはいないだろう。王位継承者である彼が死んでいれば、ユーワンがどうなろうともモウジ神国の未来は暗いものになっていた。
「叔父上はきっと、君のしたことを誇りに思っているだろう。だから……」
「そんなこと言ってもらっても、アマヌスさんは帰ってこない……!」
続く言葉を遮って、エイトが叫んだ。
「こんな辛い思いをするんなら、僕は、こんな世界になんて……」
いい加減にしなさいよ、と言いかけたエッタの肩を押さえたものがいた。
「泣き言ばかりか、賢者殿」
そこまでじっと黙っていたクロエだった。自分に任せろ、と言うかのようにエッタを一瞥すると、エイトに近づく。どこか冷たく響く声音は、神殿や会見の場で見せていたものとはまるで違っていた。
「何が最善を尽くした、だ。これが全員がそうした結果だ。そこに『もし』も『だって』もない。万事において最善を尽くすのは当然のことだ。取り立てて主張するものでもない」
泣き言は、ばっさりと切って捨てられた。今までにないクロエの強い口調に、エイトは戸惑っている様子だった。
「では、その結果が意に沿わないからと泣くのが今の最善か? 断じて違う。まだやるべきことがあるだろう」
エッタは、あのヤーマディスの戦いの後に自身がクロエから掛けられた言葉を思い出した。
あの時は、エッタも仲間の冒険者を殺されて自暴自棄になりかけていた。それを止めた時と、同じことをクロエは言っている。
まだ生きていて続きがあるのならば、やれることをする。やるべきことをする。
それが彼女の人生哲学なのだろう。「戦の神殿」の立てた陰謀に、物心ついた時から加担させられていたクロエが、身に付けざるを得なかった厳然たる覚悟だ。
「じゃあ、何をしたら……」
ぐずぐずとうつむいたままのエイトの首根っこを、クロエは捕まえて引っ張り起こした。
「そんなものは自分で決めろ。貴様が何をするべきか、貴様に何ができるのか。わたしの知った話ではない」
見ろ、とクロエはエイトを立ち上がらせ、城の方を向かせた。
「よかったな。ちょうどいい、お誂え向きの敵が出てきたぞ」
クロエが指さした先、王城の建つ丘の中腹付近が崩れ、その奥に何か巨大なものが蠢いているのが見えた。
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