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ヘンリエッタ編

183.空飛ぶ絨緞

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 水霊呪毒霧スケアリー・ミストの毒で倒れた刺客たちに背を向け、エッタらは脱出の算段を立てる。

「クロエ、アマヌスさんの容態は?」
「……何とかつなぎ止めている。まともに治療できるところに連れて行かねば危うい」

 振り返って問うたエッタに、クロエは顔も上げずに応じた。「よそ行き」はまだ脱ぎ捨てられたままだ。これは相当に危ないのだとエッタも理解する。

「急いでここを出よう。叔父上は私が担ぐ」
「お待ちを! 廊下にまだ刺客がおるやもしれませぬ」
「ガオイ卿に賛成です。わたくしがユーワンなら、伏兵を潜ませておきますわね」

 ならばどうする、とトモテが問うたのはエイトであった。

「大丈夫です、できました」

 珍しくしっかりした口調でエイトが応じたので、エッタは少し意外に思う。

「できたって、何がです?」
「みんなで脱出できる道具ですよ」

 こっちに、とエイトが言いかけた時だった。

 轟音と共に会議室奥の壁が崩れた。土埃の向こうに角の生えた影がいくつか見える。

「あれは、ブキミノヨル!」

 一角無貌有翼の人型魔獣が、群れをなして壁の割れ目から出てこようとしていた。

「あれがその『オドネルの民』とやらの造魔獣キメラか!」
「そういうことか……!」

 目を丸くするガオイの隣で、トモテが歯噛みする。

「あれを私は知っている……。ユーワン師が、以前地下研究所で見せてくれたのだ……」
「何ですって!?」

 応戦のために錬魔をしつつ、エッタはトモテを仰ぎ見た。

「真ですか、殿下!」
「ああ……。あの時は『護国神獣』、国境防衛のための新兵器だと……。魔獣を使うことに懸念はあったが、私はユーワン師を信頼していたから、進めるようにと……」

 苦く顔を歪めるトモテに、ガオイは「何ということだ」と額を押さえる。

「先程、砂漠で商人を襲っているという話が出た時、私はこの可能性を考えたくなかった。目を背けていた……。私が進めるように言った兵器が、私の国の民を殺しているだなんて……」
「殿下、反省は後でしてください! あれはどれくらいできているんです!?」
「かなりの数としか言えぬ……」

 気をしっかりをもって、と声をかけエッタは続々と入ってくるブキミノヨルを見据える。基本型だけではなく、ヤーマディス襲撃に使われたという長槍を携えた陸戦型、ブキミノアンヤの姿もあった。

 こいつらがここに侵入してきたということ、そして今のトモテの話からすれば、ユーワンは既に地下研究所に達していると考えた方がいい。そこで増産していた造魔獣キメラを、トモテに差し向けてくるだろう。

「まずいな……。ユーワンの下にいる魔道士たちは、彼奴に心酔しているものばかり。彼奴めが殿下を討てと命じれば、喜んでその命に従うだろう……」
「どういう忠誠心でやっていってるんですか、この国……」
「かつては神殿の下に団結していたのだ。それが崩れた今、めいめい好き勝手なものにすがってしまうのは仕方なかろう」

 それはそうですけどね、とエッタは言い返して、黒装束集団をとびこえ、踏み越えて迫る造魔獣キメラの群れを見据える。ガオイも再び剣を抜いた。

「この数を屋内で相手取るのきついんで、お城壊してもいいですわよね?」
「殿下を守ってくれるなら、壁に穴ぐらいは許容しようぞ」
「壁に穴がありなんだったら、こっちに来てください!」

 二人の間に割って入った声は、エイトのものだった。

「それはどういう――旋風塁壁ツイスター・ウォール! ――意味ですか!?」

 問いかける合間に魔法を使い、エッタはブキミノヨルの魔法性の短槍を渦巻く風の壁で防いだ。

「脱出できる乗り物を用意したんです! 僕の『ゴッコーズ』、錬星宝具アルケミックスインベンションで作り出した!」
「乗り物って――石筍投槍ストーン・ジャベリン! ――どんな!?」

 迫るブキミノアンヤに石槍を降らせつつ、エッタは後ろを振り向くが、乗り物らしきものは見えない。ただ、意識を失っているアマヌスを、トモテとクロエが協力してエイトの立っている絨毯の上に乗せている。

火炎乱弾ファイア・マシンガン! もしかして、その絨毯が!?」
「そうです! エッタさんが魔法を入れてくれた弾丸と合成しました!」

 なるほどね、とエッタはガオイに目配せして、共に大きく後退した。風の防壁に石槍、そして降り注ぐ火の玉で造魔獣キメラの群れは怯んだ様子だった。

 これならば、とエッタとガオイも絨毯の上に乗った。

「魔法弾と合成するとは、考えましたわね」
「どういうことかわからんが、これで脱出できるのだな?」
「多分、きっと、恐らく……」

 何でそこで弱気になっちゃうんですか、とボヤきつつエッタは錬魔を始める。先程からの魔法の連発で目眩はするが、城の壁に大穴を開けるのはエッタにしかできまい。

 エッタらの乗った絨緞は、この会議室に敷かれていたものだ。モウジ神国特有の幾何学模様が織り込まれている、一見すると普通の絨緞にしか見えない。

「じゃあ、行きます!」

 絨毯の端に陣取って座ったエイトが「浮いて」と声を掛けて絨毯を軽く撫でると、エッタらを乗せたままそれはふわりと浮き上がった。

「うおっ!?」
「これは……!?」

 床から3シャト(※約90センチ)ほど浮き上がり、ガオイとトモテは驚いた様子だった。

竜翼飛翔ウィンド・フローの弾丸と絨毯を混ぜた、空飛ぶ絨緞、ということですわね?」
「そういうことです」

 エイトはうなずいて前方、会議室の外に面した壁を見据える。

 造魔獣キメラたちはめいめいに槍を構え、浮き上がった絨緞を見上げている。ブキミノヨルの一匹が突撃してきたが――。

「やらせん!」

 ガオイがそれを剣で打ち払った。

「脱出します! エッタさん!」
「了解です、連鎖魔法カテナ・スペル!」

 角状のコアを残し、突進した一匹が消滅したのを見て取るや、ブキミノヨルらが一斉に槍を構えた。

「出して! 壱式プリモ爆風炎陣ヴァルカン・マイト!」

 エッタがかざした手から、小さな火の玉が窓の方へと飛んでいく。「炎」属性は爆系統の中級攻撃魔法であるが、エッタの魔力ならば外壁ごと爆散させるのはたやすい。

 火の玉がぶつかると轟音を立てて爆発が起き、壁が崩れた。飛び散る粉塵の中を、エイトは絨毯を飛ばして外へと向かう。

 爆発に怯んだか、ブキミノヨルらは槍を投げるのが一拍遅れた。体勢を立て直し、部屋を抜け出さんとする空飛ぶ絨緞の背後に投げつける。

弐式セコンド百年呪茨森マレフィセンツ・カース!」

 飛来した魔法性の短槍を、無数の暗緑色の硬質のイバラが絡め取った。

「迎撃完了! 飛ばしてください!」
「はい!」

 応じたエイトが表面を叩くと絨毯は加速し、あっという間に城の外へと飛び出した。尖塔の周囲を大きく旋回し、リオットの街の上空を行く。

「街の方は混乱はなさそうですわね」

 帽子を押さえ、下界の様子を見渡してエッタは言う。

「いや、待て! 見ろ!」

 トモテが指さしたのは、王城が立つ丘陵の斜面だった。駱駝車の通る坂道の途中に穴が開いており、そこから何かが這い出してきていた。

造魔獣キメラ!」
「研究所は城の地下だが、城が丘陵の上に建っているからな、あの辺りになるのだ」
造魔獣キメラ、市街地の方に出て行ってないですか?」

 エイトの言うように、どんどんと這い出てきているブキミノヨルらは、丘陵の下に広がるリオットの城下町へと押し寄せている。

「市街地は騎士団と、雇った冒険者が警護に当たっているが……」
「我々も降りて迎え撃ちましょう。エイトくん、一旦城門の方に行ってください。シナオサ聖やバジルさんがいるはずです」

 それと、とエッタはちらりとクロエの方を見やる。この空の上でも、クロエは献身的にアマヌスの治療を続けている。不安定な絨毯の上で落ちないように、その体を押さえつけながら、絶えず回復魔法を使い続けているようだ。

 シナオサも回復魔法の心得がある。二人がかりならば、治療が叶うかもしれない。

「急ぎます。しっかり掴まっていてください」

 言って、エイトは城門の方へ絨毯を向かわせた。


  ◆ ◇ ◆


 トモテ王子らを乗せた絨毯が会議室を出て行くと、それを追うように造魔獣キメラたちも壁の穴を通って城の外へ出て行った。

 動く者のいなくなった荒れた会議室の中、ゆっくりとシーエは立ち上がった。

 床に倒れた黒装束たちの状況は、正に悲惨の一言だった。ガオイに切り伏せられたり、ヘンリエッタの魔法でやられたものはまだいい。魔法性の毒で倒れた後、造魔獣キメラに踏みつけられたり、弾き飛ばされた流れ矢ならぬ「流れ槍」に当たって死んでしまったものもいる。

 それも仕方がない。シーエは覆面の奥の無感情な目でそれを見回す。こいつらは脆弱な試作型の造魔人ホムンクルス。下等な魔獣とは言え、完成されたブキミノヨルよりも劣っているのはわかりきっている。

 毒にあてられても、シーエは気を失っていなかった。闘気の流れを集中させ両足と右腕のしびれを取ることに尽力しつつ、造魔獣キメラ進撃に紛れて攻撃する隙を窺っていた。

 だが、それも間に合わなかった。まともに立てるようになるころには、既に標的は脱出してしまっていたのだから。

 このままでは、ユーワン師の期待に応えることができなくなる。無能のわたしなどに、せっかく素晴らしい腕だけでなく一軍団まで与えてくださったというのに。

「……追う」

 シーエは壁に空いた大穴を見据える。あの毒の魔法やこの爆発魔法の威力からして、あのヘンリエッタは非常に強力な魔道士だ。左腕が壊れた今では勝算は薄い、正面から行けば•••••••だが。

 方法はどうだっていい。トモテを殺したという結果さえ得られれば。

 落とした三日月型の手裏剣をいくつか拾い上げ、シーエは壁の穴から飛び降りた。
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