190 / 222
ヘンリエッタ編
168.人の領分
しおりを挟むアマヌスの怒りを買い、牢屋に閉じ込められたエッタの前に現れた神官ポンテオは、「旅の神」の正体を現し、エッタに語り掛ける。
「旅の神」は、この世界を創造した際に、二つの大陸に9個1組の「神玉」をそれぞれ配置した、と言う。
「人間の力ではどうにもならない事態が起きた時、使えるようにね。もっとも、マグナ大陸はフォサ大陸と比べて政情が不安定な国が多いので、戦乱の中で行方がわからなくなってしまっていますがね」
もったいないことに、と「旅の神」は皮肉っぽく笑う。
「神玉」がまだあることはわかった。けれど、エッタには引っかかることがあった。
「『神玉』って、この世界の人にも使えるんですか? 『ゴッコーズ』を得るには異世界人でないといけないって聞いているんですが」
「神玉」の力とは即ち、「ゴッコーズ」を与えることである。それがエッタの認識であった。
そして、「ゴッコーズ」は異世界の精神器官を持つ者にしか与えられない。
この法則を、エッタは身をもって知っている。何せ、異世界転生者であるために、「ゴッコーズ」の勇者の素体にされかけた経験があるのだから。
彼の「オドネルの民」も、「海の神玉」を使って死体を生きている状態に戻した際に、異世界の人間の精神器官の模造品を作り、それに「ゴッコーズ」を与えて使うという方法を取っていた。また、ヒロキ・ヤマダを呼び戻した召喚装置「決意之朝」も、類似した仕掛けがその内部に仕込まれていたという。
そのように、「神玉」はこの世界の人間が軽々しく頼れるものではない、というのがエッタの認識だったのだが……。
「『ゴッコーズ』を与えることは『神玉』の本質ではありませんよ。あれはどちらかと言えば邪道、危険な使い方です。二つの神の祝福が必要なのも、安全装置というわけですね」
この世界の人間の精神器官は、一つの神(ないし相)の祝福しか受け付けられないようにできている。だが、偶然にも異世界の人間は二つ入れることができたため、人の身ながらにして神の力を使いこなせる、即ち「ゴッコーズ」の使い手になれた。
これはあくまでも異例のことである、と「旅の神」は重ねた。
「で、どうしたらこの世界の人間でも『神玉』の力を引き出せるんですか?」
「簡単ですよ。『神玉』はその神やら相に対応する祭壇を組んで、100人ほどの人身御供を集めて祈れば、その命と引き換えに力が引き出せるんです」
100年につき1回だけですがね、と「旅の神」は肩をすくめる。
「さらっと残酷な条件を言いますわね……」
そうですかね? と眉一つ動かさない「旅の神」に、エッタは今まで以上に「神」というものを見た気がした。
「どうしようもない事態に晒されたら、これぐらいの犠牲は安いものだと思えるんじゃないですか?」
まあいいでしょう、と「旅の神」は話を本題に戻す。
その語るところによれば、この大陸で最後に「神玉」が使われたのは300年前、それも「大地の神玉」――すなわち「旅の神」が所管するものだった。
「『邪の相』の使徒を名乗る一団が、私の『神玉』を使い、召喚を行いました」
この召喚で現れたのが、かの魔王であった。
「『邪の神玉』が封印されていた孤島に召喚できたのはいいものの、あの魔王は社会そのものを憎む程に精神が歪んでいた。結局、自分たちも滅ぼされてしまって……」
愚かしい人間たちです、と神らしい言葉を「旅の神」はつぶやいた。
その後、力を失った「旅の神玉」は戦乱の中で行方がわからなくなっていた。「神玉」は100年で力を取り戻すが、以降はマグナ大陸で使われたことはなかったという。
つい三か月前までは。
「突然、二つの『神玉』が使われたのです。この私のものと『炎の相』――『かまどの女神』のものがね」
それを感じ取って、「旅の神」は神官ポンテオとなって人間世界にやってきたという。
「確かめる必要がありました。私の『神玉』は異世界人を召喚する力があります。誰が、何を呼んだのかは把握しておきたいじゃないですか」
異世界のものは、良くも悪くもこの世界に影響を与えてしまうから。見定める必要がある、と「旅の神」は重ねた。
「状況から考えて、それで呼ばれたのが、あのエイト・ミウラですか……」
「旅の神」の確かめたい、見定めたいという「誰が」と「何を呼ぶのに使ったか」の内、後者のことはエッタにもわかった。
「では、『誰が』の方もご存じなんですか?」
「知っているかもしれないし、知らないかもしれない」
またもあの言い草だ。神はこの世界のことをよく知っているのではなかったのか、とエッタは怒りすら覚えた。そして、それを口に出した。
「確かに知っていますよ。誰がエイトくんを呼んでしまい、『炎の神玉』を使って『ゴッコーズ』を与えたのか」
けれどね、と「旅の神」は鉄格子に顔を近づけて続ける。
「何でも神に聞くのは感心しませんね」
「いや、あなたが何でも聞けって言ったんじゃないですか!」
「そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」
四度目である。エッタは深々、棘のあるため息を吐いた。
「そうため息を吐かれましても。そもそも、『何でも聞け』とは言ったかもしれませんが、『何でも答える』は確実に言っていませんよ」
のらりくらり、ふわふわと。掴みどころのなさが神なのだろうが、だとしたらその属性から引っぱたいてやりたい、とエッタは奥歯を噛んだ。
「私はその立場故に、あなたにだけ情報を与えようと思いました」
「旅の神」は冒険者の守り神だとされている。冒険者ギルドの看板には、世界共通で「旅の神」ないし「大地の相」の紋章が描かれている。
この神都オイスタムには冒険者ギルドはない。そのため、エッタだけが「旅の神」の直接の庇護下にある人間だった。
「必要な分は与えました。この先は自分で調べたり、考えたりしなさい。冒険者なら尚更のことですよ」
「いろいろ言ってますけど、これ以上力は貸さない、と」
見守ってはいます、と「旅の神」はにこりとした。
「そもそも、この世界のことはもう、この世界の人間がやっていくべきです。神の出番は最早ない。無論――異世界人も」
そう言った「旅の神」のまとう雰囲気がにわかに鋭くなったようで、エッタは鉄格子から少し後ずさった。
怯んだ様子のエッタを見て、「旅の神」はすぐに柔和に笑った。
「では、この辺りで……」
そしてふわりと床から浮き上がった。
「私はもう神の世界へ戻ります。我々も忙しいのですよ。何せ、我ら九柱神は、今別の新しい世界を創っている最中ですから」
「え? 新しい世界を、創ってる……?」
「そうそう、神官ポンテオのことは誰も覚えていないので、よしなに」
エッタの問いに答えず、「旅の神」は言いたいことだけ言ってそのまま天井付近へと浮き上がっていき空気に溶けるように消えてしまった。
何だったんだ、今のは。
牢屋の中にポツンと残されたエッタは、混乱を振り払おうとするかのように一人かぶりを振った。まるで白昼夢のような体験だったが、それは今確かに「あった」ことなのだ。
失われたはずの「旅の神玉」、それが使われ召喚されたエイト・ミウラ。
「神玉」を用いて彼を呼んだのは一体誰か。その目的はどこにあるのか。
そして――
「何故わたくしのことを、グリム・エクセライなどと……?」
この疑念は、「賢者」にまつわる事柄に比べれば、よほど小さな個人的な問題だ。似ている程度の意味でしかないのかもしれないし、気まぐれな神の無意味ないたずらと片付けてしまってもいいことなのかもしれない。
しかし、エッタの心の中で最も大きく引っかかっていた。
「ああ、もう……! これだからああいう思わせぶりな男は!」
エッタがそう地団太を踏んだ時、新たな足音が階段の方から聞こえた。
「ヘンリエッタ師、よろしいかな?」
そう顔をのぞかせたのは神官のローブをまとった老人であった。口ひげ、顎ひげ、眉毛とすべてが白く長い。絵に描いたような老人だが、背筋だけはピンと伸びている。
「あなたは?」
「わしはシナオサ。このオイスタム神殿の大神官だ」
「大神官……!?」
「オイスタム大神殿」はモウジ神国の信仰の中心地、その大神官ということは、この国の宗教的指導者ということになる。
「わしのおらぬ間に、アマヌスがご無礼を働いたようだ。あいすまなかった」
シナオサはそう詫びると鍵束を取り出して錠を開けた。
「大神官自ら牢を開けていただけるとは……」
流石にエッタも恐縮しつつ、鉄格子の外側に出る。
「アマヌスも頭が冷えたであろう。もう一度、エイト殿も含めて話し合いの場を持ってくれぬか?」
「もちろんですわ。こちらも聞きたいこともありますし」
特にエイトには、とエッタは内心で付け加えた。
神の気まぐれのようなものだということに腹は立つが、ともかく情報は得られた。その情報は、今の状況をひっくり返してしまうことになるものだろう。
取扱注意ですわね。自分を牢屋から出してくれた神官の小さな背を見つめて、流石のエッタも気を引き締める。
何せ、使い方によってはこの神殿全てを敵に回してしまうかもしれないのだから。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

望んでいないのに転生してしまいました。
ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。
折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。
・・と、思っていたんだけど。
そう上手くはいかないもんだね。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる