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ヘンリエッタ編
162.オアシスの街キウセイ
しおりを挟む首都リオットで一泊した翌朝、エッタはリオットの駅から東へ向かう駱駝車に乗った。
駱駝車はいくつかのオアシスに立ち寄り、二日掛けてキウセイへと辿り着く。
「ついこの間までは、神都オイスタム直通の駱駝車がいくつもあったんだがネ」
リオットを出立した時の御者が、「オイスタムに行きたい」と言ったエッタに教えてくれた。
「神都と首都の対立が深まってからは、キウセイが東の終点になっちまったンダ。半端なところまでで悪いネ」
キウセイは首都勢力の最東端にあたり、駱駝車の駅で言えばこの次がオイスタムである。
御者の言うように平時は顧みられることの少ない「半端な」鄙びたオアシスなのだが、今は物々しい雰囲気に包まれていた。
リオットから派遣された王立騎士団が、三方にある街の入り口を固め、周囲を駱駝隊が巡回して警戒に当たっている。
首都にいた声の大きな衛兵やユーワンの話にあった通り、小競り合いが続いているようだ。この日も戦闘があったらしく、詰め所になっているテントにはケガ人が寝かされていた。
「皆軽傷ですので、ご心配なく」
様子を見に行ったエッタに、出迎えた騎士はそう説明する。
彼はキウセイに駐留している部隊をまとめる百人隊長だと自己紹介した。既に王宮から連絡があったらしく、エッタが名乗る前から「『皆色の魔道士』殿ですね」と了解していた。
「魔法銃で撃たれたのですか?」
「ええ。小賢しい武器ですよ」
「その鎧で弾が止まるものですか?」
百人隊長の着ている鱗鎧をエッタは指した。
砂漠の国故の高温のためか、騎士と言えども分厚い金属の鎧を着ている様子はない。魔法で強化した硬い革の小片を組み合わせた鱗鎧が主流のようだ。
「はい。鎧に当たれば怪我をすることさえありません。変に避けようとしてこの辺りに当たると厄介ですがね」
彼は鎧に覆われていない左上腕の辺りを指で示す。
「最近は神兵隊の連中もそれがわかっているのか、ほとんど撃ってきませんよ。もっぱらこちらです」
彼は腰に佩いた、モウジ神国特有の薄刃の曲刀の柄を叩いた。
「魔法銃は、あまり脅威ではないようですね」
「砂漠の魔獣にも効きが悪いようで。牽制ぐらいにはなるようですが、最近は魔獣がやたらに強いので……」
今のところは魔道士の魔法の方が恐ろしいですな、と騎士は冗談めかして言った。
やっぱりか。エッタは騎士に礼を述べる。
「ついでになんですが、オイスタムに入る方法ってあったりします?」
「ありませんな」
ばっさりであった。
「徒歩で砂漠を越えるのは、いかに貴殿が強い魔道士であっても難しいかと」
砂漠の脅威は魔獣ではなくその自然環境だ、と騎士は重ねた。
「やっぱりミツコブラクダですか?」
「そうなりますな」
とはいえ、騎士団の駱駝を使うわけにはいかない、と百人隊長は言う。キウセイ方面からオイスタムへ向かう駱駝は問答無用で攻撃されるらしい。
「加えて、今は駱駝が不足しておりまして」
駱駝が不足? とエッタは眉を寄せる。
「ええ。最近は砂漠で多くのキャラバンが魔獣の襲撃を受けています。駱駝の犠牲も多く、値段が高騰しているのです」
とりわけ神都と取引しているキャラバンの被害が大きく、彼らはミツコブラクダを使わないため、魔法強化に馴らした従来の駱駝の需要が高いらしい。
「神都は『新たなコブ』の開発や採用に反対でしたから、その義理立てでしょうな。そのせいで、神都も軍用駱駝の調達に困っているのではないか、とも」
愚かなことです、と騎士は首を振った。ただ、そのお陰で大規模な戦闘に至っていない側面もあるようだ。
「えらく神殿から嫌われていますわね、ユーワン師」
「神都から派遣されていた学者を一掃し、ユーワン師を支持する魔道士で要職を固めたことが、神官たちには面白くなかったのでしょう」
ユーワンの神都勢力排除はかなり徹底していたようだ。
「だのに、その神都に賢者を取られて……。ユーワン師はまた苛立っておいででしょうな」
「また」にうんざりした空気を感じる。一度の会談ではあまり人となりはわからなかったが、どうやら激情家らしい。
「まあ、わたくしに任せてください。オイスタムに渡れさえすれば、きっと賢者を説得してみせましょう」
「お願い申し上げます。自分も、神都に向かう手を考えてみましょう」
百人隊長は恭しく頭を下げた。
その晩、エッタはキウセイの宿に泊まった。
砂色のレンガで建てられた二階建ての一室で、寝台の上から窓の外に浮かぶ月を見るともなしに眺めていた。
砂漠の夜はよく冷える。厚手の毛布に包まったエッタは思考を巡らせ、ここまでの状況を整理する。
まず、賢者のことだ。
ここまで見てきたことを総合すると、この賢者の知識が世界の均衡を崩す程とはどうしても思えなかった。
「ゴッコーズ」を持っているのは予想外であったが、少なくとも「異世界の知識」だけで、この名前も顔も知らない少年を「賢者」と称するのは無理がある。
本人との会談でも今以上のものは出ないだろうが、乗り掛かった船だ、「クエスト」はやり通そう。アドニス王家も関わっているようであるし。
次に、この国の王権のことだ。
スヴェンは「知ったことではない」と言うだろうが、トモテの他にアマヌスという候補が出てきていることは、捨て置けない。
大方、トモテやユーワンはこの「クエスト」の裏にアドニス王国の思惑があることを、感じ取っているだろう。
異世界の知識を得るのを邪魔しない代わりに、賢者を説得してくれとでも考えているのだろう。神殿側もエッタに滅多なことはできまい、とも踏んでのことだ。
どちらにしろ、ここは既定路線であったトモテにまとめるのが無難だろう。恐らく先王から帝王学も教育されている。ならば、神殿暮らしのアマヌスよりは政治に明るいはずだろうし。
となると、やはりオイスタムに入る方法が問題になる。
現実的なのは、どこかの冒険者ギルドで神都に向かうキャラバン護衛の仕事を受けることだ。そのためには、神都側の街に行くことになるが……。
「この辺りの勢力図でも、誰かまとめてくれませんかねぇ……」
概ね西と東でにらみあっているようだが、そのどれもが完全にどちら側かはっきり分かれているはずがない。神都「寄り」ぐらいならば、何とか潜り込めるだろう。そこを取っ掛かりに、キャラバン護衛の仕事を探して……。
そこまで考えた時、不意に背筋に電流のようなものが走った。
「ッッ!」
毛布を跳ね飛ばし、エッタは寝台から床に素早く降りた。
次の瞬間だった。
さっきまで寝ていた寝台に火の玉が降り注ぎ、激しく燃え上がったのは。
「敵襲……!?」
一体どこの誰が? 考えるのを後回しにして、サイドボードから素早く装飾品を手に取り、壁に掛けてあった外套と帽子を引っ張る。手早くそれらを身に着けて、エッタはドアを蹴破るようにして廊下に出た。
「死ね!」
その瞬間を狙っていたのか、暗い廊下に白刃が閃く。
だが、エッタの錬魔は既に完了していた。
「旋風塁壁!」
エッタを取り巻くように小さな旋風が巻き起こり、襲撃者の腕を跳ね上げた。
「城壁突破!」
「ぐわぁっ!?」
旋風の壁が襲撃者に突っ込み、巻き上げて天井にその体を叩きつけた。
よし、と一瞥してうなずき、エッタは暗い廊下を一息で駆けた。階段を転げるように降り、宿から飛び出す。
「ッッ! これは……!」
エッタは息を飲んだ。キウセイの街のあちこちで火の手が上がっている。怒号が聞こえ、金属を打ち合うような音も響いている。
濃い血のにおいがエッタの鼻を突いた。においのする方を見やると、宿屋の壁にもたれるようにして、血まみれの騎士が倒れている。
昼過ぎに話した百人隊長だった。
エッタがこの宿に泊まると聞き、彼自ら護衛を買って出てくれたのだ。
「誰が、どういうつもりでやってるのか知りませんが……」
唇を噛んで帽子をかぶり直す。エッタは外套をひるがえして街の方に向き直った。
刺客が宿屋に潜んでいたことからして、この襲撃はエッタを狙ったものだ。どこの誰の差し金かは判然としないが、明確に彼女を標的としている。
「このヘンリエッタ・レーゲンボーゲン、容赦はいたしませんことよ!」
月明りと炎の中、蠢く黒い服の集団が視界の端をかすめる。
エッタは静かに錬魔を始めた。
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