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エピローグ

魔王の島と呼ばれた場所からチートみたいな方法で帰還した男のこれからは――(上)

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 その日、アドイックの街は活気に満ちていた。大通りには色とりどりの旗がかけられ、にぎやかな喧騒に包まれている。

 長年にわたり王国で暗躍してきた「オドネルの民」が、300年前より時を超えて再臨した勇者ヒロキ・ヤマダ率いる「夜明けの戦星団」によって倒されて1か月が過ぎた。

 「天神武闘祭」、バックストリア、マッコイ、ヤーマディスと一連の事件の傷から、アドニス王国は少しずつ立ち直りつつある。

 特に被害が大きかったヤーマディスも、殺害されたドルフに代わり、新たな領主として第三王女・ディアナがその任に着き、7割以上が焼けた街の復興も進み始めている。

 どこか祭りのような雰囲気のアドイックの大通りを、二人の男が連れ立って歩いていた。

 スヴェン・エクセライとテオバルト・カーサである。

「まさか、こんなことになるとはな……」

 どこかボヤくように、テオバルトがぽつりと言った。

「それは今日の式のことですか? それともあなた自身のことです?」

 今日も今日とて黒猫型の造魔獣キメラ・メネスを肩に載せたスヴェンの問いに、テオバルトは「どっちかって言うと自分自身の方だな」と肩をすくめる。

「まさか、俺が『エクセライの研究塔』の管理人になるとは思わなかったぜ……」

 テオバルトはため息とともに言った。

 「オドネルの民」と関わりを持ち、バックストリア襲撃の主犯とされたサイラス・エクセライが殺害された後、「エクセライの研究塔」は管理者不在の状態が続いていた。

 あの事件以降、研究塔は大学とエクセライ家の共同管理ということになったのだが、再びエクセライ家の人間を置くことに、バックストリア大学が難色を示した。かと言って、大学の魔法教授たちは気味悪がって誰も手を挙げない。

 「それならば」とスヴェンが推薦したのがテオバルトであった。

 エクセライの血筋ではなく、バックストリア大学の下部組織ともいうべき魔道士養成所を卒業した経歴を持つテオバルトならば、と大学側もこの提案を受け入れた。

(田舎に帰って土を耕す。そう言っただろ?)

 この話を最初に持ってこられた時、テオバルトはそう言って拒んだ。

(『研究塔』には周囲の土地の魔素の増減を計測する装置があります。それを使えば、農業用魔法の研究もはかどるんじゃないですかね)

 結局それが殺し文句となり、テオバルトは「研究塔」の管理者を5年の期限で引き受けることになる。そして昨日、その辞令を受けたのだった。

「人生ってわかんないもんだな……」

「わかってしまったらつまらないですよ」

 相変わらず悟った風なことを言いやがる、とテオバルトは少し顔をしかめた。

「5年の期限の後は誰がやるんだ?」

「僕の妹でしょう。サイラス師の跡継ぎは、元々そういう取り決めになっていました」

「旦那、妹なんていたのか」

 エクセライ領である「スアン高原」に長らくいたテオバルトであったが、エクセライ家の人間で顔を合わせたのは、スヴェンとその父である現当主ぐらいだった。

 まだまだ謎が多いな、と隣を歩く細身の青年を見て思う。

「どうかしましたか?」

「いや、こんな時ぐらい猫置いて来いよ」

 スヴェンもテオバルトも、正装に身を包んでいる。当然ながら値の張る服装だ、猫の毛がつくのを嫌だと思わないのか、とテオバルトは疑問に思う。現に、彼の造魔獣キメラ猫であるテトは、「エクセライの研究塔」で留守番させている。

「それはできませんよ。この子は僕の護衛です。それにちゃんと正装してるじゃないですか」

 ね、とテオバルトが撫でたメネスの首には、いつもはないリボンがつけられている。

 やれやれ、とテオバルトは肩をすくめた。



  ◆ ◇ ◆



 大闘技場コロシアムの周囲は人で溢れている。

 普段は投擲競技やレース競技、年に一度は「天神武闘祭」が催される大闘技場コロシアムであるが、今日はそのいつとも違うきらびやかな装飾がなされている。

 周囲には屋台も軒を連ね、一種の祭りのような雰囲気であった。

「人出が半端ねェな……」

 赤毛の小柄な男、クサン・ヤーギソクは背伸びをして周囲をぐるりと見渡した。

「さすがは、って感じだなァ……」

 しみじみとそう呟いて、顎を撫でた。いつもはいい加減に処理している無精ひげを綺麗に剃り、珍しく身なりもきちんと整えている。

「さすがって何が?」

 隣にいたはしっこそうな少女、ビビがクサンの顔を見上げて問う。彼女もまた、普段のギルドのエプロン姿ではなく、ドレスに身を包んでいた。

「人気だよ、人気。さすがはバジルとグレースちゃんだ」

 クサンはそう言って両腕を広げた。

 「夜明けの戦星団」でも活躍したアドイックいちの剣士バジル・フォルマースと、彼と長らくパーティ組んでいる魔道士グレース・ガンドールの結婚式を執り行われる。それが、今日のアドイックの「お祭り気分」の理由であった。

 「オドネルの民」討伐の褒賞として望みを聞かれたグレースは、大々的な結婚式を所望した。

 実質的な逆求婚プロポーズであるそれをバジルが受けたことから、ダリル三世もそれを快諾、大闘技場コロシアムを使った大規模な式となった。

 「欲しいものは自分で取りに行かないとね。いつ死んじゃうかわかんないし」とは、その後グレースが語った言葉である。

 その言葉通り、既に「婚礼の儀」まで済ませてある。アドニス王国における結婚式とは、披露宴の性質が強い。二人の結婚を八柱の神々に誓うのは、式の前に行われるのが通例だ。「神々への誓い」と「周囲の人間への披露」の二つを経て、ようやく二人は夫婦として認められる。

 とは言えグレースの「婚礼の儀」へ至る動きは素早く、仲間内では「バジルの気が変わらない内に先手を打ったな」などと囁かれていた。大規模な結婚式も、バジルが後に引けなくなるようにする策だろう、とも。

「多分、俺が同じこと頼んでも、ここまでデカいことにはならなかっただろうなぁ」

 クサンが言うように、このアドイックでは「夜明けの戦星団」の英雄たちの中では、バジルとグレースの人気は高い。元々の名声と地元贔屓の感情からくるものであろう。街中も好きに歩けなくなった、とバジルが嘆くほどだ。

 逆に、クサンなどは街を歩いていても特に気に留められはしない。帰ってきた当初なぞ、わざと忍び歩きをしていたものだが、普通に出歩いても別段何もない。まるで「夜明けの戦星団」にいなかったかのようですらある。

「本物の英雄様は違うぜ」

「おっちゃんだって英雄じゃん」

 しみじみと自虐的なことを口にするクサンに、ビビは不満げに口をとがらせる。

 「受付嬢見習い」から「ギルドマスター見習い」になったビビは、最近はギルドの運営にも携わっている。もっとも、先輩職員の手伝いが主で、薄給なのには変わりない。

「このドレスも買ってくれたしさ」

 ビビはドレスの裾をつまんだ。孤児院の出で結婚式に来ていくような服を持っていないビビを見かねて、クサンが贈ったのがこのドレスだ。とある貴族の家からの払い下げの品で中古品ではあるが、ほとんど新品で上等な生地でできている。

「ビビ……。そう言ってくれんのはお前だけだぜ……」

「うん。だからさ、あそこの屋台で美味しそうなおやつ売ってるんだけど」

「よし、奢ってやろう!」

 やった、とビビは一つ手を打って笑う。

「あっちのも美味しそうだなーって」

「買ってやる買ってやる」

「あとあれもいいよね」

「買ってやる買ってやる」 

「それからあたしも、いつかはこういう結婚式を……」

「いや、ほとんど財布じゃないですか」

 ビビの言葉を遮るように、二人に声をかけてきたものがいた。

「よう、イーフェスじゃねェか!」

「お久しぶりです、クサンさん。ビビさんも相変わらずのようで」

 気安く手を挙げるクサンと、「いいところで」と頬を膨らますビビを見回して、イーフェスはニコリと笑った。

「お前、マッコイから来たのか?」

「ええ、招待状を頂きまして。昨日から滞在しています」

 許嫁の家の事情で冒険者から商人に転身したイーフェスは、現在商業都市マッコイに住んでいる。バジルとグレースは、短いながらも一緒にパーティを組んだ仲でもあるため、招待されたのだろう。

「そこでエクセライ卿ともお会いしましたよ。相変わらず猫をお連れでした」

「スヴェンの野郎も来たか。いい式になりそうだな」

 いやそれが、とイーフェスは頬をかく。

「何かあったの?」

「ちょっとまだ言えませんので……。すみません、先に大闘技場コロシアムに入りますね」

 それでは後程、と言い残してイーフェスは、人込みの中を小走りに大闘技場コロシアムの方へ駆けて行った。

「何なんだろうね、一体?」

「さあなぁ?」

 残されたクサンとビビは顔を見合わせた。



  ◆ ◇ ◆



 どうにも尻の据わりが悪ィ。

 大闘技場コロシアムの控え室で、ザゴス・ガーマスはその大きな体を縮こめるようにして座っていた。

 「天神武闘祭」をはじめとした多くの催しで、競技者の控え室として使われてきたこの部屋であるが、今日は結婚式の出席者のための待合室となっていた。

 「夜明けの戦星団」として戦って以降、式典の類には何度も出たが、未だに慣れない。今日のために仕立てた正装がそれに拍車をかける。体格に合わせたはずが、特に腿の辺りなどが苦しい。こんな窮屈な服はとっとと脱いでしまいたい。

 今や救国の英雄の一人となったザゴスだが、粗野な部分は相変わらずであった。そのせいか、「天神武闘祭」で優勝し、王国をも救った今となっても、街を歩けば怖がられるし、ギルドの中では悪し様に言われるしで、あまり変化はなかった。文句をつけてくる冒険者やゴロツキを、毎度毎度締め上げているのも評判が高まらない一因かも知れない。

 とは言え、急にちやほやされてもそれはそれで気持ち悪いので、これでいいとザゴスは思っている。でなければ普段の生活まで尻のむずかゆいものになるだろう。侮られたり、「悪人面」と罵られる方が、自分の一生らしい。……まあ、売られたケンカは全部買うが。

「ザゴス、入りますよー」

 扉の向こうから声がかかり、返事をする間もなく開け放たれた。

「じゃーん! どうです?」

 現れたのはヘンリエッタ・レーゲンボーゲンであった。「七色」改め「皆色かいしきの魔道士」は、いつも以上にくるくるに巻いた髪に、胸元を強調する派手なドレス姿であった。黒地にスパンコールが光り、目が痛い。

「何つーか、下品だ……」

 率直な感想をザゴスは述べた。かつてヤーマディスで開かれた「天神武闘祭」の優勝パーティーの時もそうだったが、この背中がガバッと開いたドレスは、目のやり場に困る。加えてその胸だ。クサン辺りなら大喜びだろうが、目の毒以外の何者でもない。

「まあ! それがドレスを着た女の子にかける言葉ですの? 自分の方がよほど下品な取り外せない物体を、首の上に載せてここまで恥ずかしげもなく生きてきたくせに!」

「どうです? って聞くから感想を言っただけだろ! 後、顔は関係ねェ!」

 まーったく、とエッタは鼻を鳴らす。

「だから言っただろう、仕立て屋も引いていたじゃないか」

 エッタの背後から顔を出したのは、クロエ・カームベルトであった。

 国家反逆の罪で処刑台に送られるはずだったクロエであるが、「オドネルの民」との戦いの功を認められ、何とか処刑は免れた。ただ、それでも全ての罪を相殺することは叶わず、国外追放の処分が下っていた。

 本来ならば直ちに退去せねばならないところだが、「仲間の門出を見送ってからでも遅くあるまい」というダリル三世の配慮から、今日の式まではアドニス王国内にとどまることが許されていた。

 そういうわけで、クロエも今日はローブでなくドレス姿だ。髪をまとめてアップにし、肩も出ない細身のものをまとっている。この格好で、例の「よそ行き」を出されれば、多くの男はコロリと騙されてしまうだろう。というか、ダリル三世の寛大な処置も、その「よそ行き」で勝ち取った面はある。

「……テメェがこういう格好してれば、下品云々言うことはなかったぜ」

「貴様に褒められても嬉しくはない」

 顔さえしかめてクロエはそう応じた。

「よかったですわね、クロエ。地味なドレスだと思っていましたが、山賊界隈ではモテモテのようですわよ」

「誰が山賊だ! てか、クロエのが普通でテメェの格好が異常なんだからな!」

「腿がぱっつんぱっつんの人に言われたくありませんわ。中に食べ物でも詰めてるんですの?」

「いい加減にしろ、二人とも。外まで聞こえてるぞ」

 そう言いながらフィオ・ダンケルスが入ってくる。

 ドレス姿の二人に対し、フィオは男性用の正装であった。以前、「天神武闘祭」優勝祝賀パーティーで着ていた黒い燕尾服である。

「え、フィオ、ドレスは!?」

「ボクはこっちがいい、といつも言っているだろう」

「それにしたって、前のパーティーと同じ服だなんて……」

「同じじゃない。この勲章が違う」

 フィオは胸元の「アドニス大勲章」を示す。「オドネルの民」との戦いの功績を称えられ、授与されたものだ。

「そんな間違い探し程度のもの、あってもなくても一緒ですわよ」

「エッタ、一応王国最大の栄誉だぞ……」

 あ、俺持ってきてねェわ、とザゴスはそこで初めて気付いた。

「ヤベェな……、クサンやスヴェンが付けてきてたら……」

「安心しろ、多分猫男スヴェンは付けてこない」

 クロエの言葉に、「まあそうか」と納得する。

 「オドネルの民」の打倒によって、王国の歴史観は根底から揺らいでいる。

 何せ、勇者の言行を伝える第一級の資料とされていた「ヤマダ戦記」の記述の大半が捏造であったと知れたのだ。

 とりわけ「五大聖女」の家系とされていたヴィーダー家とダンケルス家への影響は大きい。

 ヴィーダー家は完全にその権威を失い、本家の領土はすべて改易され、そのお膝下であったヤイマストは王国の直轄地となった。傍流の家系も取り潰されるところであったが、ヒロキ・ヤマダらの嘆願により除封じょふう減封げんぽうで済まされた。

 ダンケルス家は逆に地位が向上した。嫡子であるフィオの活躍は言うまでもなく、勇者の直系であることが認められたのが大きい。ある意味では名誉が回復されたのである。

 一方、「五大聖女」だった最後の一つ、エクセライ家への影響はほとんどないようであった。

 「五大聖女」の家系ではない、とされたものの、「オドネルの民」との戦いではスヴェンが主導的な役割を果たした。元々、王国の中でも奥めいた場所に納得して封じられており、ヴィーダー家のように各方面に影響力を持っていたわけでもなければ、ダンケルス家のように捲土重来を夢見ていたわけでもない。スヴェンに言わせれば、「エクセライ家は損も得もしていない」そうだ。

「ということは、スヴェンやクサン、ヒロキはまだ来ていないのか?」

「いや、クサンの野郎はビビが顔見せに来たから、表の露店に出かけてったぜ」

 やけにうきうきと、そしてそそくさと出て行ったな、とザゴスは思い返す。

「まあスヴェンさん遠いですからね。転移魔法があるにしても」

「ヒロキ様が時間に遅れるわけがないだろう」

 ふむ、とフィオは一つうなずく。

「となると心配は、新郎新婦の方か」

「何かあったのか?」

 いや、とフィオは肩をすくめて続ける。

「新婦の控え室の方が騒がしくてな。えらくバタバタしていた」

「確かにやかましかったな」

「何でしょうね。バジルさんが今になってグズり出したとかですかね」

 流石にそれはねェよ、とザゴスが言いかけた時だった。

「大変です!」

 控え室に勢いよく走り込んできたものがいた。

「イーフェス! どうしたんだ、そんなに慌てて?」

 息を切らせ、挨拶もそこそこに元冒険者の商人は四人の顔を見回す。

「バジルさんが、結婚式すっぽかしてシュンジンに旅立ってしまいました!」

「えっ!?」

「はぁ!?」

 ザゴスらは驚き、互いの顔を見合う。

「全然来ないからおかしいな、と思って家に様子を見に行ったら、置き手紙があって……」
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