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最終決戦編

146.欲望の勇者

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「貴様は――兄では、フレデリックではないな――!」

 兄と同じ顔、兄と同じ声、兄と同じ動き――しかし、それをフィオは「違う」と断じた。

「何を言っているんだ、フィオ。私は『海の神玉』の力で蘇り――」

「兄ならば――!」

 最早そんなものは見苦しい言い訳にしか響かなかった。

「感じたまま何も考えるな、などとは言わない。常に考え、慎重に行動するべきだとボクに言い遺した人だ」

 故に貴様は違う。

 言い放ってもフィオの体は動かぬままだった。だが、その瞳は目の前にいる兄を真似たものを射抜くように鋭かった。

 その視線を受け、一瞬怯んだように見えた「それ」は、くつくつと含み笑いをしながらフィオの顔を見据えた。

「まさか、見抜かれるとはね。兄妹の絆というヤツか……」

 理解できないね、とフレデリックの顔をした「それ」はかぶりを振った。

「貴様、何者だ――?」

 怒気をはらんだフィオの声に、「それ」はニヤニヤ笑いで返事をする。

「『オドネルの民』の勇者。それは、間違いないことだよ」

 だがね、と笑みがどこか自嘲気味になる。

「何者かと言われれば、私も答えに窮する……」

 芝居がかった調子で「それ」は両腕を広げた。

「少し私の話をしよう。そして判断してくれまいか? この私が何者なのか――」

 まず、「それ」は人差し指を立てた。

「我々『オドネルの民』の手元には、二つの『神玉』があった」

 「海の神玉」、そして「愛の神玉」である。だが、「愛の神玉」は力の半分が使われた状態で、完全ではなかった。

「この二つの『神玉』では新たに勇者を召喚することはできない。そこで、エピテミアは一計を案じた」

 「海の神」は海底にあるという死者の国をつかさどる神でもあった。それ故に「海の神玉」には人を蘇らせる力がある。その力を使い、勇者の血を引くものを現世に蘇らせ新たな勇者にすればいいのではないか、そう考えたのだ。

 「神玉」の力を行使するには、ヒロキのような異世界人の精神器官プネウマが必要だった。この世界の人間と違い、ヒロキの世界の出身者は二つの神の祝福を受け入れられる特殊な精神器官プネウマを持っている。このようなものでなくては、「神玉」の力は行使できない。

「『オドネルの民』は複製するのが得意でね、100年前に召喚した魔女ヒルダの精神器官プネウマの複製品が残っていた」

 この精神器官プネウマを組み込んだ造魔人ホムンクルスを使い、「海の神玉」の蘇りの力を行使することになった。

「蘇らせるには、遺体が必要だった。勇者の血を引くもの、というと君たちダンケルス家しかいない。そういうわけで墓を暴かせてもらった」

 また、蘇らせる対象は、死から時間があまり経っていないものでなくては成功率が低い、と予測されていた。それ故に、フレデリックに白羽の矢が立った。

「君の兄の遺骨だけを奪えばよかったが、目くらましのために他の墓も荒らした。必要な骨だけを持って行って、残りは森に捨てたんだがね」

「貴様……!」

 そうにらむなよ、と「それ」の嘲りはフィオの方に向いた。

「だがね、死後10年も経った遺骨からでは、上手く蘇らせることはできなかった。肉体器官サルクス精神器官プネウマは本来一体のものだから、骨だけではどうにもならなかった面もある。とにかく、記憶だけが蘇るという中途半端な結果になったんだ」

 蘇ったフレデリックは目を覚まさなかった。その精神器官プネウマを探ると記憶だけは残っているようだが、肉体器官サルクスが蘇らなかったため、体を動かすことができないようだった。

 フレデリックの記憶だけをもった肉体、ヒルダの精神器官プネウマの複写品、そして半分だけ力を残した「愛の神玉」。

 これらの中途半端な品々を前にして、エピテミアは決断した。

「半端な品々でも組み合わせれば体裁が整うかもしれない。エピテミアはそう考えたのさ」

 そして、サイラス・エクセライが造ったもののエッタを素体にする計画が頓挫し、使いどころがなく放っておかれていた胚を使い、生み出されたのが――

「この私、クピディタスというわけさ」

 「それ」は名乗ると右目を手で隠した。それをどけると、目の強膜は黒く瞳は赤くなった。この目こそが造魔人ホムンクルスの証であると言わんばかりに。

「中途半端な品々から生み出されたこの私は、確かに『ゴッコーズ』を行使できる造魔人ホムンクルスとなった」

 だけど、とまたクピディタスは自嘲気味に笑う。

「その『ゴッコーズ』さえも半端なものだったんだ」

 「愛の神玉」は、周囲の人間に作用し行使したものが「愛される存在」になる「ゴッコーズ」――「愛星革命ラブスターレボリューション」を秘めている。

 この「ゴッコーズ」を持っている者は、他人に何をしても許され、また他人に何でもさせることができる存在になれるという。

「だが、半分しかなかったせいか私が中途半端だったせいか、その力は生前のフレデリック・ダンケルスの知人、顔をよく知っているものにしか通用しなかったんだ……」

 ドルフとの戦いで彼の剣が鈍ったのも、カーヤが動けなかったのも、すべてこの「愛星革命ラブスターレボリューション」の力である。

 そして今、フィオが動けないのも、ザゴスの背中を斬ってしまったのも――。

「そうさ。意識はどうあれフィオ、君はまだ私の『ゴッコーズ』の支配下にある」

 クピディタスはフィオの頬に触れた。振り切ることはできない。声を上げようにも、また口が動かなくなっていた。

「少し力を強めた。君にはまだ働いてもらわねばならないからね……」

 クピディタスは指を伸ばし、フィオの顔に走る傷を撫でる。左目の上から頬まで、ゆっくりと指を這わされ、フィオの背中に怖気おぞけが走る。

 だが、抵抗することはできなかった。

「君はこの後、生き残っている仲間を次々に斬り裂いていくんだ。そこにいる大男のように、隙をついて殺していってくれ」

 何も考えず、私の言葉を自分の衝動に変えて。

 これが「ゴッコーズ」の力であろうか。フィオの心がクピディタスの言葉が覆われていくような感覚があった。

「ヒロキ・ヤマダも、無駄にたくさん来た他の連中も。そして王都に戻り、報告の席で王も殺せ。その場にいる全員を殺したら、自分で自分の首をねるんだ」

 クピディタスの這わせる指が、フィオの首筋まで下りてくる。

「君がそれを成した時、私は本当の自分を知るような気がするよ。自分が何者なのか、中途半端な素材を集めて作られた寄せ集めなんかじゃなくて、『オドネルの民』の真の勇者だと納得することができる――。そんな日を、是非とも作ってくれ」

 フィオはまた荒くなった呼吸の中、口元が勝手に動こうとするのを必死に抑えていた。

 紡ごうとする言葉が喉元に上ってきている。「わかりました、仰せのままに」、そう自分は言おうとしているのだ。

 それだけは言ってはいけない。口に出したら二度と抗えなくなる。そんな確信の中、フィオはまどろむ全神経を集中して耐えている。

「返事はどうした? うん?」

 クピディタスが喉元をさすった。そのたびに、力が抜けていく。

 もうこのまま、こいつの自由にされてしまうのか。フィオが強く目を閉じたその時だった。

 強い殺気が、背後から立ち上った。
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