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ヤーマディス編
118.炎上都市(8)
しおりを挟む赤い影がよぎるたびにヒカリノムフチの生やす触腕が斬り落とされていく。赤い獣のように素早く、それが一つの刃であるかのように鋭く。実体を伴った魔素の塊なのだろう、落ちた触腕は分解されて消えていく。
無数にあった触腕は、いつの間にかすべて斬り落とされていた。それでもユリアは手を緩めない。瞬時に跳躍し、守るもののなくなったヒカリノムフチの硬い外殻に、赤い刃を振り下ろす。
巨大な魔獣の体が揺れた。一撃は深く食い込み、下半身を構成するそれ似た半液状の何かが噴き出した。
何という攻撃力だ。ブレントは刮目する。これならばあの巨大な魔獣に勝てるのではないか。
「コンラート、私はユリアに加勢する。君は……」
「ダメだ、このまま逃げる」
「何故だ!?」
「『血化粧乱れ髪』の発動中は、ユリアは見境なく近付くものを攻撃してしまう」
轡を並べて戦うことなどできない、と首を横に振った。
「それに、あの『鬼術』は底なしに力を引き上げる……」
「どういう意味だ……?」
「あれだけの強化を上乗せしては、すぐにユリアの体は限界を迎えてしまう。それまでに、あの魔獣を倒し切れるとは思えない……」
◆ ◇ ◆
コンラートの言葉通り、触手を断ち、外殻を断つユリアの体から軋むような音が聞こえていた。腕力、脚力、肉体のあらゆる力が引き上げられ、その負担が人の体から発せられているとは思えない異音となって悲鳴を上げる。
限界が、近付いていた。
ユリアはそれに構わない。目の前にあるものを破壊することだけにしか、意識が向いていなかった。ただその身を深紅の刃として、魔獣の外殻を斬る、斬る、斬る。硬い鱗に覆われた上半身に無数の深い傷が走り、崩れていく。
このまま、斬り刻んで――。
「……!?」
振り下ろした刃の手ごたえが変わった。これまでよりも入りが浅い。
相手が硬くなった? いや、違う。
こちらの力が落ちたのだ。ユリアは肩からもげ、落下する自分の右腕を見た。
「ぐ……!」
左右の均衡が崩れ、ユリアは着地に失敗する。膝から下が潰れるように砕け、ユリアの左手からスミゾメがこぼれた。
「あと、少し……。あと、少し、なのに……!」
四肢の内三つを失いながらも、ユリアは手を伸ばし、取り落したスミゾメを拾おうとする。
一方のヒカリノムフチは、ずるりと触腕を伸ばした。たった2本、無数の触腕を斬り飛ばされた中、唯一残った2本であるが――今のユリアを相手取るには十分だった。
「あ、ぐ……!」
這いつくばったユリアの背中に、触腕が鞭のように叩きつけられる。「血化粧乱れ髪」は表皮の強度を上げるが、それを通しても尚強い痛みがユリアの体を揺らした。
「ま、まだ……」
何度も降り注ぐ触腕に耐えながら、ユリアは手を伸ばす。
こいつを破壊する。破壊する。破壊する。
無残にも石に変えられた冒険者仲間の、「鬼術」を発動するために斬った彼女の――ラナのためにも。
ヒカリノムフチが触腕を大きく振り上げる。とどめを刺そうというのか。その機を逃さず、ユリアは器用に転がってスミゾメの元へたどり着く。
触腕が叩きつけられ、砂ぼこりが舞う。それを傍目に、ユリアは遂にスミゾメを拾い上げた。
無事な左腕ではなく、その口にくわえて。
「うぅぅううぅっ!」
空いた左腕を、地面に強く叩きつける。全身全霊を込めた一撃は、ユリアの軽くなった体を空中に飛び上がらせるのには十分だった。
そして、残った体の部位を脱落させるのにも。
砕けた骨肉をまき散らしながら、ユリアのくわえた「カタナ」は、ヒカリノムフチの嘴状の突起に深々と突き刺さった。
最後の捨て身の一撃が突き刺さったか否かを、ユリアは知らない。既に頭だけになった彼女は事切れていたから。柄に噛み付いていた首が地面に落ちる。魔獣の触腕は、それを無慈悲に砕いた。
◆ ◇ ◆
一方、撤退を開始したブレントらであったが、危機に陥っていた。
「黄金通り」の城門とは反対側、中央方面でブキミノアンヤが逃げるものを待ち伏せしていたのである。
その数は12と少ないが、疲労困憊のブレントとコンラートを相手取るには十分すぎる数だった。
「くっ!」
背後に二人の負傷者をかばうコンラートの前に立ち、ブレントは魔獣の繰り出す槍をしのぐ。魔法性の槍を自身の槍で受けるために、最後の力を振り絞って風招来をかけたが、これが切れれば最早――。
「ブレント!」
コンラートの警告が飛ぶ。側面から回り込んできた一体が、ブレントの脇腹に槍を繰り出したのだ。反応しきれず、ブレントの腹を槍の切っ先がえぐる。
倒れたブレントに、四体のブキミノアンヤが群がってくる。
「させるか!」
コンラートがブキミノアンヤに体当たりを仕掛け、あわやというところでブレントを守った。
「すまない、コンラート……」
「ここは俺が引き受ける。お前は行け……」
前に立とうとするコンラートの腕をブレントは「バカなことを言うな!」とつかんだ。
「この場を乗り切れば、勝機はある!」
自分を鼓舞するようにブレントは声を張り上げ、槍を構える。
ブキミノアンヤも態勢を立て直している。その数は前衛に4、その後ろに2の合計6。手に余る数だが……。
「む……、6?」
ブレントはいぶかしんだ。襲いかかってきた時は、この倍はいたはずでは……? どこかに潜んでいるのか、とブレントが警戒した時だった。
後ろに控えていたブキミノアンヤが、二体まとめて両断されたのは。振り返った残る魔獣たちも、得物を振るう間もなくなぎ倒されていく。
「これで、終わりだ!」
最後の一体の核が地面に転がり、その場にいたブキミノアンヤは全滅した。
「ふーっ……、やーっと生きてる人に会えた……。大丈夫ですか?」
魔獣を瞬く間に打ち倒したその人物は、そう言ってブレントとコンラートを見比べた。
細身だが、がっしりとした印象の青年であった。その肉体や実力からして戦士であろうが、ブレントもコンラートも見覚えのない顔であった。
「すまない、助かった」
「うむ。礼を言おう」
「ケガはなさそうッスね」
よかった、とうなずく青年にブレントは自分の名を名乗ってから尋ねる。
「君は一体誰だ? ヤーマディスの冒険者か?」
あー、と青年は少し言い淀んだ。頬を指でかき、少し考えるそぶりを見せる。
「俺は――ヒロキ・ヤマダ」
え、と驚くブレントとコンラートを、やっぱりなという視線で見やってから、青年――ヒロキは続ける。
「この世界じゃ300年ぶりに戻ってきた、ってことになるのかな……?」
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