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幕間

あの頃のヤーマディスの冒険者

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 少女は走っていた。

 くすんだ金のくせ毛を揺らし、しなやかな脚を動かして、ただひたすらに前へと進むことだけを考えていた。

 少女の脚には秘密があった。

 強く集中することで力がみなぎり、脚がほのかに金色こんじきの光を放てば、走る場所は選ばない。どんな悪路も、建物の壁も、空中さえも数歩ならば走ることができた。

 このドースタムの街では、誰も少女に追いつけなかった。子どもはもちろん、大人も衛兵も冒険者も、彼女を捕えることができずにいた。

 加えて、この狭く入り組んだ路地である。

 少女が生まれたドースタムのスラムは旧市街と呼ばれ、近隣の大都市ヤーマディスがスワイマルという名の寒村だった頃に栄えた場所だった。

 300年で趨勢が変わる。スワイマルは大きな都市へ発展、ドースタムの中心はよりそのヤーマディスに近い辺りに移った。かつて賑わいを見せた旧市街は、ヤーマディスから弾き出された者たちが流れ着く場所になっていた。

 少女は親を知らない。物心ついた頃からこの路地と、同じような生まれの「兄弟」たちが彼女の家族だった。

 誰よりも早い脚を持つ少女は「兄弟」たちを生かすために、スラムから新市街地に遠征しては、その日の食べ物や衣服を盗んで生活をしていた。

 スラムの路地は、その場所で生まれた少女を守るかのように、衛兵や冒険者を寄せ付けなかった。複雑に入り組んだこの場所は、母のように少女を守った。

 そしてもう一つ、少女には力があった。

 走る少女の眼前に、分かれ道が迫る。左右どちらの道がどこに通じているか、少女は熟知している。

 そして、どちらに曲がれば追っ手を振り切れるのか、その未来もうっすらと見えている。

 右に曲がれば隠れ家の近くに出る。入り口は巧妙に隠されているから、追っ手を撒くのは容易いだろう。

 だが、少女は迷わず左を選択する。左の方に光が差したように見えたから。この光に従って、悪いことが起きた試しはない。逆に言えば、従わなかった時は――。

 少女の脳裏に捕まってしまった「兄弟」の顔が浮かぶ。

 あの時、あたしが光を信じなかったから。

 唇を噛んで、痛みで脳裏の映像をかき消すと、少女は跳躍し左の壁に足をつける。脚に強く力を集中させて、少女は体を横に倒しながら壁を走った。

 驚いただろう、諦めただろう、振り切れただろう。

 地に足をつけ、速度を緩めないまま少女は追っ手を振り返る。

 そして目を見開いた。

 追っ手は稲妻のように素早く、少女とまったく同じ道筋、つまり壁を走って彼女に迫っている。

 あたし以外に、アレができるヤツがいるのか……!

 衝撃を受けながらも、少女は更に加速する。

 これだけ追いすがられたのは初めての経験だった。

 人間離れした速度、彼女を守る路地、薄らとした未来予測。

 三つの優位を持った少女にも、この追っ手は振りきれない。

 何者だ、一体?

 いや、何者でも構わない。こちらに光が差した、それは逃げ切れるということだ。

 一瞬の思考の乱れ。しかし、それはこの高速の追走劇の中では致命的な隙であった。

 背後から強い光が差したと思った次の瞬間――。

「ッッ!?」

 少女の手前1シャト(※約30センチ)のところに轟音と共にそれは着地した。

 衝撃が少女を襲い、彼女の体が仰向けに倒れる。尻餅をつきそうになったその時、少女の手をしかと握った者がいた。

「……少し着地点を見誤ったかな」

 申し訳ないね、お嬢ちゃん。

 少女の手を握ったのは、彼女の正面に突然現れた青年、光と轟音と共に着地した追っ手であった。

 黒い鎧に非対称の赤く長い前髪、両腰に剣を一本ずつ差した面立ちの整った青年は、少女の手を掴んだもう一方の手で優しく彼女の背を抱いた。

 捕まった。殺される。

 少女は顔を蒼くする。それをのぞきこんで、青年は目を細め口角を上げた。

 微笑った。微笑ったのだ。

「そんなに怖がらなくてもいい。君を衛兵に突き出そうというわけじゃないんだ」

 強張っていた体から、力が抜けていくのを少女は感じた。青年の微笑みは、今まで少女が見たことのない表情だった。青年の言葉は真実で自分が彼から害されることはない、と何故か確信できた。

「……ッハァ、速いぞオイ!」

 そこに、息を切らせてもう一つの人影が走り込んでくる。黒い長髪の上からターバンを巻いた大柄な男だ。

 青年は顔を上げて、男に親しげに呼びかける。その表情は、少女に向けたものよりも柔らかく――少し彼女はモヤモヤしたものを覚える。

「ドルフ候、保護しました」

 ターバンの男は、そう呼ばれて苦笑する。

「お忍びだ、候はやめろフレディ」

 フレディ――フレデリック・ダンケルスは「そうでした」と肩をすくめた。


「ちょっと、こら、暴れない、暴れないの――!」

 大理石の広い風呂場で、自分を泡だらけする手から逃れようと少女は手足をばたつかせる。

 その手の主――ダナと呼ばれていたメイドの女は、細腕に見合わない強い力で少女を押さえつけようとする。

「ダナ、苦戦しているようだね」

 風呂場の戸の向こうから聞き覚えのある優しい声がして、少女はぴたりと動きを止めた。

 その隙に、とダナはざぶりと桶の湯を少女の頭からかける。

 びしょびしょの少女はぶるりと体を震わせ、ダナは飛んでくる水滴に顔をしかめた。

「ちょっと、フレデリック様! 全然大人しくないじゃないですか!」
「いや、僕が連れてきた時は大人しかったんだが……」

 少女はフレディとドルフに連れられて、ヤーマディスの領主屋敷に通されていた。

「まずはその汚れた体を洗わんとな」

 話はそれからだ、とドルフ――ヤーマディスの領主は言い、ダナというメイドに彼女を洗うよう言いつけた。ダナは風呂場に彼女を連れてきて、ボロ布のような衣服を剥いだ。

 スラムでも、におい消しのために沐浴はしていた少女であったが、石鹸で体を洗われるのは初めての経験だった。その白い泡は目や体の擦り傷に入ればしみて傷み、少女にとっては拷問に等しかった。

「あ、でもフレデリック様が来たら大人しくなりました」
「そうかい?」
「というワケなんでフレデリック様、わたしの代わりに洗ってもらえません?」

 メイドにしてはざんない言い方である。

「いや、それはまずいだろう……。裸のレディと一緒に風呂だなんて……」
「フレデリック様、妹がいるのでしょう? 一緒にお風呂入ったりしてないんですか?」
「妹は10歳も下だし、お転婆であまり女の子という感じではないんだよ」

 この子も相当暴れ者ですけど、とダナは逃げようとした少女の腕を掴む。

「おや、ならばフリーデ様のような勇猛な女戦士になれますね」
「そうだな。魔法の才も優秀なようだし、槍も既になかなかの腕なんだ」

 まあまあ、とダナは笑った。

 フレデリックの声音は優しげで、少女はまた心がざわついた。自分にだけ、その暖かい光が向いていればいいのに、と思えた。

「フレディ、こんなところにいたのか」

 一際大きな声が響く。フレデリックが名前が呼ばなくとも、すぐにドルフのものだと知れるぐらいの胴間声だ。

「あの子はどうしてる? おい、ダナ!」
「はいはい、今洗ってますよ!」

 やはり少々ぞんざいにダナは応じる。

「苦戦してるようだな! 俺が代わってやろうか? これでもかわいい姪っ子の体を洗ってやったりしてたんだ、上手いぞ!」
「ダメですよ! よそ様の女の子を洗うなんて。そもそも、それが原因でディアナ姫殿下はドルフ候のこと嫌がってるんじゃないですか?」

 うぐ、と一言漏らしてドルフは黙り込む。

「5歳の女の子からしたら、ドルフ候は迫力があり過ぎますから……」

 フレデリックの慰めに、「ううむ」とドルフは唸る。

「そうだ、ドルフ候。彼女の名ですが……」
「おう、そうだそうだ」

 気を取り直したようで、声に張りが戻った。

「名前って、この子名前ないんですか?」

 どこか非難めいた口調に聞こえて、少女は茶色がかった瞳でダナを見上げる。

 少女には名前と呼べるものがなかった。「兄弟」たちの間では、「あ」とか「う」とかそういう呼び方がされていた。それだけでよかったし、事足りていた。

「そうだ。だから、俺がつけてやろうと思ってな」

 候補を考えてきた、とドルフはそれを列挙する。

「ミルフェルド、リリセオス、ティグリア、シイナ……。どうだ、ダナ?」

 どんな反応だ、と問われて、ダナは少し困ったように少女を見下す。

 少女には、ドルフが挙げた候補のどれもが、これから自分の名前になるとは思えていなかった。それがダナにも伝わっているようだ。

「ピンと来てないですね」
「うーむ……。馴染まないか……」

 恐れながら、とフレデリックが口を挟む。

「僕も考えていました。カーヤ、というのはどうでしょう?」

 カーヤ。

 少女は口の中でフレデリックの名付けたそれを繰り返す。

「あ、反応ありましたよ……って、ちょっと!」

 少女はダナの手からするりと逃れ、扉の方へと駆け寄る。がらりとそれを開けて、向こうにいたフレデリックの顔を見上げた。

「カーヤ……」

 少女がそう繰り返すと、フレデリックはあの微笑みを向けて濡れた彼女の髪に触れた。

「気に入ってくれたかい?」

 手の感触が伝わる。包み込まれるような気持ちで、少女は自分が「カーヤ」になっていくのを感じていた。

「どちらかというと、フレディのことを気に入ってるだけなんじゃないのか?」
「そうみたいですね……」

 ドルフとダナは、そんな二人の様子を見て笑い合った。


 ドースタムのスラムに住まう足の速い少女の話をドルフが耳にしたのは、彼が冒険者を引退し正式にヤーマディスの領主に就任して一月ほど経った頃のことであった。

 ヤーマディス冒険者ギルドのギルドマスター代行・エリスから上奏された、少女の「捕縛クエスト」を、ドルフは「保護」に修正して承認、その担当にフレデリックを指名した。

「ギルドの集めたデータや、ドースタム衛兵隊の話を総合すると、この少女は生まれながらにして探索士スカウトの才能があるようだ」

 特徴である足の速さや壁走り、入り組んだ路地を正確に記憶し把握する能力、そして追っ手を上手くかわす幸運。これらはすべて、探索士スカウト向けの魔法を使用していると考えれば、説明がつく。

 つまり、足の速さや壁走りは速度強化魔法や縮地法ビヨンドという探索士スカウトの固有魔法、路地の把握はやはり探索士スカウトの十八番である地図製作マッピング魔法で説明できる。

 そして、幸運については恐らくは未来予測魔法ではないか、とドルフはにらんでいた。

「未来予測なんて高度な魔法を、スラムの子が使えますか?」
「どの魔法も系統立てて学んだわけではあるまい。稀にいるだろう、魔道式を学ばなくとも自分で自然に構築できちまうような天才が。この少女はそのクチだ」

 だから保護なのだ、とドルフは続ける。

「この子を保護して冒険者にする。泥棒をやらしておくのも、その罪で投獄するのも、この子の一生にとっていいことじゃないからな」


 風呂から上がり着替えをもらった後、カーヤと名付けられた少女は食事を与えられた。

 料理の満載された縦長のテーブルの向かいにドルフが座り、がふがふと料理にかぶりつく少女を眺めていた。

「うまいか?」

 カーヤは返事する間も惜しいと言うぐらいに食べ物を口に詰め込んだ。これだけの量の料理を目にするのも、それを好きに食べていいというのも人生で初めてだった。

「お前の『兄弟』たちのことは知っている」

 その言葉を聞いて、カーヤはピタリと手を止めた。

「あちらも保護した。といっても、うちで全員面倒を見るのも難しいから、ヤーマディスの孤児院に入ってもらうことになるがな……」

 心配するな、とにらむようなカーヤの目にドルフは微笑みかける。

「同じ街にいるんだ、いつでも会えるさ」

 だからもう、泥棒なんてしなくていい。ドルフはそう断言して続ける。

「カーヤ、お前はこれから冒険者になるんだ」

 冒険者、とはカーヤのこれまでの生活にとっては障害でしかない存在だったから。それに自分がなる? なって、どうするというのだろうか。

「お前には才能がある。それを活かすんだ。危険も多いが、泥棒をしているよりかは、余程いい。それに――」

 微笑みが、ニヤリとした笑みに変じた。

「冒険者になれば、フレディと一緒にいられるぞ」


 こうしてカーヤは冒険者になった。彼女が12歳の時のことだ。

 ドルフの言う通り、1年間フレデリックの後について冒険者稼業に精を出した。

 フレデリックは優しく彼女を導き、粗削りだったその魔法にも磨きがかかった。

 しかし、カーヤが14歳になる年に事件が起きる。

 「太陽祭」の休暇で故郷に帰ったフレデリックが、帰って来なかった。二度と、帰って来れなくなったのだ。

(いかないで、フレディ! 行っちゃダメだ!)

 彼が街を出る前、カーヤは必死に引き止めた。

 光が見えない。それどころか彼の顔に影が差している。影が見えたのは初めてだった。

 そう訴えても、「ただの里帰りだ」と彼はあの微笑みを浮かべる。

 ならば自分も一緒に行く。カーヤは尚も食い下がったが、フレデリックは「心配することはないよ」と彼女を落ち着かせるように頭を撫でた。

(カーヤ、君は街に残っていなさい。僕はすぐに帰ってくる。だから、それまでこの街を守っていてくれ)

 冒険者は誰しも自分のいる街を守っているのだ、とフレデリックは言った。

 そしてヤーマディスを発ち、守るべき街には戻れなくなった。

 その原因が、フレデリックと10歳離れた妹だと知った時、カーヤはその少女に殺意を覚えた。絶対に許すものか、と怒りに震えた。

 いつかその子も、冒険者としてヤーマディスに来るかもしれない。その時には、必ず――。

 そんな思いを抱えて7年、遂にフレデリックの妹が――フィオラーナ・ダンケルスがヤーマディスの街にやってくる。

 やってきた彼女は、いつも思いつめたような顔をしていて、それを見たカーヤは抱え続けていた殺意が砂のように零れ落ちていくのを感じた。

 ああこの子も、大切なあの人を喪ったのだ。

 ちゃんとそれを感じているのだ。原因なればこそ、カーヤ以上に。

 ならば、自分ができることは何か。

 その悲しみを解きほぐすこと? そんな真似は到底できない。何せ、カーヤ自身もまだ喪失感を埋めきれていない。それに同期の女魔道士やドルフ候がその役目を担っている。

 だったら、力になろう。フレデリックが鍛えてくれたこの力で、彼女の冒険を手助けしよう。何もなかった自分を照らしてくれた力を、彼の妹のために使うのだ。

(あたし、カーヤ。探索士スカウトだよ。あんた、強いんだってね。あたしのこと雇ってくんないかね――?)


 ◆ ◇ ◆

 
 行っちゃったか。

 ヤーマディス冒険者ギルドの食堂で、カーヤは三つの空席を見回して一つ息をついた。

 つい先ほどまで、フィオとエッタ、そして彼女らのパーティに最近加わったザゴスという大男の四人で昼食を囲んでいた。

 三人とも、平静を装っていたがどこか辛そうに見えた。

 ザゴスはいつも以上に岩のような険しい顔をしていたし、エッタも明るく振舞っているが暗いものを隠しているようだった。フィオも口数少なく、どこか考え込むような素振りを見せていた。

 何があったのか、カーヤは尋ねなかった。

 バックストリアへ、マッコイへ、そして今フォーク地方へ、三人で旅立ってしまったということは、そこにカーヤの居場所はないということだから。

 確かに、「王国の機密に関わるクッソヤバそうな事態なら避けたい」とは言った。

 かと言って、本当に避けられるのも寂しいものだ。

「もうちょっと、頼られてると思ったんだけどにゃあ……」

 そう独り言ちて、カーヤは立ち上がる。いつまでも座り込んでいても仕方がない。新たに何か「クエスト」でも受けようか……。

「カーヤ、フィオくんたちは行ってしまったのか」

 と、そこに声をかけてくる者がいた。紫がかった長髪の、槍を携えた戦士風の男だ。眼光鋭く、細身だが引き締まった体をしている。

「ブレントじゃん。こんな時間にギルドにいるなんてめっずらしー」

 槍の男――ブレントは、ヤーマディスきっての冒険者である。アドイックの「銀炎の剣士」ことバジル・フォルマースと互角の使い手と評されている。

「フィオくんたちが帰ってきたと聞いてな。急遽『クエスト』を切り上げて、戻ってきていたのだ」

 ふうん、と鼻を鳴らして「そいつはお生憎だったね」とカーヤは肩をすくめる。

「あんたの愛しいフィオはついさっき出て行っちまったところだよ」
「い、愛しい!? な、ななな、何をバカな!」

 大袈裟に思えるほどにブレントはたじろぎ、頬を紅くする。

 ブレントがフィオに恋愛感情を抱いていることは、ヤーマディスの冒険者ならほぼ全員が知っている。ほぼ、なのは他ならぬフィオ本人が知らないためだ。

「お、俺はただ、長い冒険から帰ってきたフィオにねぎらいの言葉をかけてやろうと思っただけでだなあ……」

 はいはい、とカーヤは適当にうなずいておく。

「ああ、そうだ。あんな山賊めいた大男を連れていては、ダンケルス家の沽券に係わるのではないか、と俺が心配していたと伝えておいてくれ。ただでさえ、あんな『悪役』を名乗っている性悪がパーティにいるんだ。もう少し外聞というものをだな……」

 模範的な冒険者であるブレントは、エッタと非常に折り合いが悪い。ブレントの恋心はエッタも勿論知っており、それ故に近付かせないようにしているので、両者が顔を合わせると確実にケンカになる。その意味でもすれ違いになってよかった、とカーヤは内心で思う。

「あのデッカい人、顔面ほど悪い人じゃないよ」
「どうだかな。人相には心根が出ると言うだろう。それに、アドイックではいい評判の持ち主ではなかったと聞く」
「ふーん、調べたんだ。熱心だね。フィオに近付く悪い虫はこの俺が許さないー、って感じかにゃ?」

 ななな何をバカな、とブレントは一層顔を紅くする。

「とにかく、俺は心配しているのだ。よその街になど出掛けず、また昔のようにヤーマディスで俺たちと一緒に『クエスト』をして過ごすようになればいいのだが……」
「あたしはともかく、あんたとフィオが一緒に『クエスト』に出たことなんて、一回もないじゃんよ」

 物のたとえだ! といささかブレントはムッとした様子だった。このようにすぐにムキになるため、エッタには格好のからかいの標的にされていた。

「ま、心配いらないよ。特に影は差してなかったし」
「影? ……ああ、君の未来予測というヤツか」

 フィオが「故郷に帰る」と言うと、カーヤはどうしてもフレデリックのことを思い出してしまう。なので、ついつい「未来予測の目」を使いがちであった。

 さっき会食した時には、影は差していなかった。かといって、光が見えたわけではないが。

 つまりは、まだどう転ぶか分からないということだ。

 ならば、自力で光明への道筋を切り開くことができる。

「やはり、君も心配していたのだな。一人ヤーマディスに残っていたから、三人の間に何かあったのかと思っていたが……」

 ブレントにしてみれば、カーヤはフィオやエッタとパーティを組んでいるように見えるのだろう。実際は、カーヤはフレデリックとのパーティを解散して以来は一人で仕事をしている。フィオらと組む際は「ゲスト」の扱いだ。

「街を離れるのは、あんましあたしの好むところじゃないのさね」

 ふうむ、と納得したようなしていないような顔をするブレントに、カーヤは続けた。

「あたしらはさ、このヤーマディスでやれることをやろうよ。いつもみたいにさ」

 旅立ったみんなが帰ってくるところを守るのが、残ったものの務めだから。

 そうだよね、フレディ。カーヤは心の中で、今はもういない彼に語りかける。

「じゃ、行こうか。これも何かの縁だし、たまには一緒に『クエスト』こなそうよ」
「それはいい。『腕のいい探索士スカウトは戦士百人に勝る』というからな」

 カーヤに肩を叩かれたブレントはそう応じ、二人はギルドのカウンターへ歩いて行った。
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