98 / 222
マッコイ編
93.欲望の情景
しおりを挟むその夜、マッコイの街とその周辺を強い揺れが襲った。
地震か、それとも魔獣か何かの襲撃か。バックストリアでの事件は、「ニュース」によって知れ渡っている。まさか、このマッコイにも? 動揺する人々の目の前に、それは現れた。
「戦の神殿」を地下から突き崩すように、白亜の柱や巨大な女神像が音を立てて崩れ、もうもうと立ち込める土煙の向こうに巨大な影が浮かぶ。
無数の手足が生えた白い体に、大きな頭。現れたそれは、全長50シャト(※およそ15メートル)はあろうかという巨大な魔獣であった。
太く短い手足や肌の質感は芋虫を、大きな頭は赤ん坊を思わせる。その醜悪な姿は、正に悪夢に登場する怪物であった。
頭部にはおよそ顔と呼べるものはなく、ただ縦に裂けた亀裂が走っている。それが開くと、奥にはびっしりと鋭い牙が3列に渡って並んでいた。目に当たるものは見当たらないが、頭部の表面に明滅する不気味な器官が、その代用を果たしているようだった。
この時マッコイ市街の各地では、イェンデル・リネンの「クエスト」を受けた冒険者たちと、武闘僧隊との間で小競り合いが繰り広げられていた。
だが、それも巨大魔獣の出現により中断される。冒険者たちは状況を把握しようと、ギルドに戻ったり魔獣の下へ走ったり、各自行動をとり始める。
一方、武闘僧隊はそうはいかなかった。「戦の神殿」がどうやら崩れたらしい、という情報を受けて彼らは混乱、神殿の様子を見に行くべきか、魔獣を迎撃するべきか、はたまた市民の避難誘導を優先すべきか、判断がつかずに手をこまねいていた。
そんな中、武闘僧隊を更なる混乱に陥れる情報がもたらせられる。
市街地外れの路地裏で、複数の武闘僧の死体が発見されたというのである。
見つかった死体は、警邏隊に所属するオリヴァーという隊員と彼の率いる班の班員2名、そして武闘僧隊副隊長のパブロであった。
特に、副隊長の死がもたらした衝撃は大きい。武闘僧隊自体の存続を危ぶむ声すら上がった。
こんな時にキケーロ隊長は何をしているのか。「戦の神殿」からの連絡はまだない。神殿に詰めていた彼らや神官たちも、死んでしまったのだろうか。
足元の喧騒をよそに、巨大魔獣の発する不気味な呼吸音が、マッコイの夜空にこだまする。
「あーあ、デジールのヤツ失敗してやがんの」
マッコイの中心にほど近い広場に建つ、時計台の上から慌ただしい市街の様子を見下ろして、白い髪の女――「オドネルの民」のベギーアデは鼻を鳴らした。
せっかくお膳立てしてやったのに、と不機嫌顔で巨大魔獣――フェートスを見据えた。
半刻(※一刻はおよそ2時間、1時間程度)ほど前、ベギーアデは計画の完遂を確信し、およそ10日ぶりにその「模倣」を解いた。
ベギーアデの持つ「邪」属性の魔法、それが容姿の「模倣」である。
武闘僧隊の隊員であるベルタを殺して成り代わり、ゲンティアン・アラウンズについての内偵を進めていたのだ。
正体を現したベギーアデは、まずその場に居合わせたオリヴァー以下班員3名を殺害する。戦闘は得手ではないベギーアデであるが、不意を突いたお陰で簡単に始末は済んだ。
しかし、ちょうどそこに武闘僧隊の副隊長パブロが現れる。
(テメェ、ナニモンだ!? ベルタをどこにやった!?)
副隊長を張るパブロの繰り出す棍は想定以上に鋭く、ベギーアデは苦戦を強いられる。
あわや、というところで間に入ったものがいた。
(変装を解く場所ぐらい考えなよ、ベギーアデ)
デジールであった。間一髪のところで転送されてきた弟は、驚くパブロを殺害し、ベギーアデの窮地を救ったのだった。
(計画の仕上げを手伝いに来たよ。転送装置は、神殿の地下でいいんだね?)
事務的に話を進めるデジールに舌打ちしながら、ベギーアデは自分が内偵で得た情報の概略を伝えた。
(では行ってくるよ、ベギーアデ。ここからは僕が引き継ぐ)
姉さんを付けろよ、とにらみつけたが、デジールは意に介した風もなく神殿へと行ってしまった。
面白くないね、まったく。
暗に「帰れ」と言われたベギーアデであったが、計画の完遂を見届けようと密かに街に留まっていた。
フィオ・ダンケルスとその仲間は「戦の神殿」が無力化、武闘僧隊の副隊長も今始末した。デジールの進撃を阻める者は、もうこの街にはいないはずだ。
そのはずなのに、とベギーアデは肩をすくめる。
あの巨大魔獣フェートスは、デジールが「模造・星系創造」で造り出したものだ。100年前、その元となった「ゴッコーズ」の持ち主ヒルダ・マナが、似たような魔獣を造ったのを見たことがある。
「星系創造」を使って魔獣を造るには、素体が必要だ。素体は死体を使うのが一番簡単で、生きた状態ならば植物、虫、動物、人間の順に難易度が上がっていく。
デジールの「模倣」では動物を素体にするのが限界だ。しかも相当時間がかかる。だが、あの魔獣はただの死体を使ったにしては巨大すぎる。できる魔獣の大きさは、素体の魔力に比例するのだ。と考えるならば、自分の体の一部を切り離して、それに「模造・星系創造」をかけたと見るのが妥当だ。
いくら造魔人とはいえ、自分の体を切り離すのには抵抗がある。それを選択したのだから、相当切迫した状況に追い詰められたに違いない。
これらのことから、ベギーアデはフェートスの出現を見て、デジールの失敗を悟ったのであった。
「……帰ってなかったのかい?」
不意にベギーアデの背後から声がした。振り向くと黒い靄の中からデジールが這い出てくる。よく見ると上半身しかない。片腕で屋根の端を掴み、尖塔の壁にしがみつくようにして、ベギーアデの顔を見上げる。
「お前、アレに下半身全部使ったの?」
「そうだよ。でなきゃ簡単に倒されるだろうからね」
何があの地下室に出てきたんだよ、とベギーアデは顔をしかめる。内偵中、例の地下室「女神の間」には立ち入ることができなかった。だが、その警備の厳重さから召喚装置があるならばあそこだと目星をつけていた。
警備用に強力な造魔獣でも用意していた? いや、それよりも……。
「まさか、お前……勇者召喚されちゃったとか?」
「いいや、装置は破壊したよ」
だけどね、とデジールは地下であったことをかいつまんで説明した。
「カッ、存外に使えないねェ、クロエも。あの姉にして、この妹ありってか」
フィオの仲間が生きていたことを聞き、ベギーアデはそう吐き捨てる。
「いや、というかフィオ・ダンケルスが『神玉』を持っていたことに、君が気付かなかったのが最大の問題だと思うのだけれど」
デジールはじっとりとベギーアデをにらむ。
ベルタに化けてフィオを騙し、気絶させて一晩監禁していた。その間に「戦の女神像」を奪い取っておけばよかった、とデジールはもっともなことを言う。
「うっさい! 気付かなかったんだから、しょーがないでしょ!」
ベギーアデの常識でも、「神玉」は球形をしているはずであった。まさか女神像の形に加工されているとは思うまい。
「フィオ・ダンケルスに暗殺の罪を着せ、社会的に辱めてから処刑させる。それに固執するから、こういうことになるんだよ」
グダグダうるさい、屋根から落としてやろうか。ベギーアデは苛立つ。
「ともあれ、ここはフェートスに任せて一度撤退しよう」
「お前一人で帰んな。あたしにはまだやっとくことがあるからね」
訝しげにデジールは顔をしかめる。余計なことをするんじゃないかと疑っている目だ。
「クソったれのエピテミアのご命令の、ちゃんとした仕事だよ。お前の積み残しでもあるってのに……」
「おや、そうかい。ではお願いするよ」
ベギーアデは転送魔法のこめられた黒いコインを投げてやった。靄に包まれてデジールの体がかき消えていく。
さて、と残ったベギーアデはマッコイの街を見下ろす。
フェートス、どこまでこの街を壊せるだろうかね……。全部更地にしちまえば、サイコーだってのに。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!
酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。
スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ
個人差はあるが5〜8歳で開花する。
そのスキルによって今後の人生が決まる。
しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。
世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。
カイアスもスキルは開花しなかった。
しかし、それは気付いていないだけだった。
遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!!
それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!
最弱クラスからの逆転冒険者ライフ! ~不遇スキルで魔王討伐?! パーティーは奇形・単眼・屍喰鬼(グール)娘のハーレム!?~
司条 圭
ファンタジー
普通の高校2年生、片上勇二は軽トラに轢かれそうになった子犬を助けた……つもりで、肥溜めに落ちて窒息死する。
天国に行くかと思いきや、女神様に出会い、けちょんけちょんにけなされながら異世界へ強制的に転生することに。
しかし、聖剣にも匹敵するであろう「強化」スキルのおまけつき!
これなら俺も異世界で無双出来る!
ヒャッホウしている勇二に、女神は、ダンジョンの最深部にいる魔王を倒せなければ、次の転生はミジンコだと釘を刺されてしまう。
異世界に着いたのは良いが、貰った「強化」スキルは、自分の能力を増幅させるもの!
……かと思いきや、他者が使ったスキルを強化させるためのスキルでしかなかった。
それでいて、この世界では誰でも使えるが、誰も使わない……というより、使おうともしない最弱スキル。
しかも、ステータスは並以下、クラスは最弱のノービス。
しかもしかも、冒険者ギルドに薦められた仲間は3本目の腕を持つ奇形娘。
それから立て続けに、単眼娘、屍喰鬼(グール)娘が仲間になり、色モノパーティーに……
だが俺は、心底痛感することになる。
仲間の彼女たちの強い心と卓越した能力。
そして何より、俺のスキル「強化」の持つ潜在能力を……!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる